閑話:バウワウ迷宮のニュービィ(後編)
――前編あらすじ。
南エリス草原に足を踏み入れたコウイチたちは、ノール亜種のダンジョン『バウワウ迷宮』へ向かう。
入口は見落としそうな巣穴。頼りの地図は二本線だけ――だが、両開き扉の前で“扉キャンプ”を始めれば、経験値稼ぎは順調に進む……はずだった。
見慣れないタケノコ状モンスター、バンブーシュート・テラーの固有スキルで一行は吹き飛ばされ、奈落へ落下。
辿り着いた先は地底湖の砂浜で、青く光る砂がソウルを吸い、回復も魔法も使えない。しかも入り口の扉は、こちら側から開けられなかった――。
* * *
ジャリ……ズルッ……。
「しっ……何か聞こえる……」
ユウタは反射的に声を落とした。
暗闇で耳を澄ますと、いくつもの音が重なって聞こえてくる。
上層の橋から――あのタケノコが、岩を這うような音。
そして、この砂地エリアの地底湖と反対側の奥。岩陰から、砂を踏む音がする。
淡い青い光が、じわりと滲み出た。
……何かを引きずる音も混じっている。
やがて、岩陰から姿を現したのは――茶色い犬頭のノールだった。
足元で鎖を引きずり、先端が砂を削っている。
もう片方の手には、大きな両刃斧。
『処刑人』
ネームタグが、青く光る砂の上に浮かんだ。
バウワウ迷宮のネームドモンスターだ。
脅威度は黄色。
六人がかりなら美味しい相手だった。
だが、今は状況が悪すぎる。ヒールも攻撃魔法も使えない。
(……実質、物理職の四人だけ)
ユウタは喉の奥で唾を飲んだ。
とはいえ、逃げ場はない。
処刑人は鎖を振り回し、こちらに迫ってくる。
鎖が空気を裂き、砂の青い光が震えた。
「こうなったら、やるしかない! 短期決戦だ!」
コウイチが叫ぶ。
被害を抑えるには、なるべく早く倒すしかない。
コウイチが盾で、両刃斧の一振りを受け止める。
ぶつかった瞬間、金属のうなりが手首に食い込んだ。
剣で牽制しつつヘイトを乗せる。
十分に引きつけたところで、ヤオキが背後へ回り、バックスタブ。
アルゴが鉄拳を振るい、ユウタは次々と矢を射込む。
しかし――。
盾で受けていても、コウイチのHPがジリジリと削られていく。
この速度より速く、処刑人のHPを削りきらなければならない。
幸いなことに、処刑人はボス扱いではなかった。
HPゲージは一本だけ。
ユウタは、コウイチと処刑人のHPゲージを並べて睨む。
矢を番え、引き、放つ。
拮抗している。
このままでは、コウイチが持たない。
最後はこちらに襲い掛かられるのを覚悟して、ユウタはひたすら連射を続けた。
早く。
早く。
でも、一射、一射丁寧に。
番えて、引いて、放つ。
番えて、引いて、放つ。
とうとう、コウイチのHPゲージが10%を切る。
だが、処刑人のHPゲージも同じくらいだ。
もっと早く、早く!
でも、丁寧に。
番えて、引いて、放つ。
番えて、引いて、放つ。
ユウタは無我夢中だった。
一体どれくらいの時間、どれくらいの矢を射込んだのか、まったく覚えていない。
ユウタの体力も限界を迎えつつあった。
引き込みが徐々に浅くなっていく。
コウイチが、膝をつく。
ユウタは集中で頭だけが走り続け、すべてがゆっくり見えた。
コウイチも、処刑人の動きもスローモーションのようだ。
音もしない、いやユウタには聞こえない。
最後に放った矢が、空間を這うように、ジリジリと進む。
それは処刑人の目の下をかすめた。
そして、その一矢は処刑人の怒りを買った。
コウイチにとどめを刺すことも忘れ、ユウタに向かって両刃斧を振り上げる。
だが、もうユウタも腕が上がらない――。
――その時だった。
【条件達成:ユニークスキルを獲得しました】
【千射万箭】――千の矢も、万の矢も、初矢の如く
祈るように叫ぶ。
もうこれに賭けるしかなかった。
「千射万箭!」
腕が軽くなる。力が湧いてくる。
千射でも万射でも、放てる気がする。
音がしない。砂を踏む音も、処刑人の吠え声も聞こえない。
迫る処刑人が、先程と同じく、とてもゆっくりに見えた。
――ひとつだけ、違いがある。
飛翔する矢だけがいつものように走る。
焦げ臭い。矢は空気を押し除け、焦がす。
次から次へと――
放つ――ひとつ、ふたつ、みっつ……
無数の矢が、刹那に圧縮された刻を駆け抜ける。
そして、一瞬の無限が終わりを告げる。
「ぎゃん!」
処刑人は無数の矢を受け、光の粒となって消えていった。
後には音もなく発光する砂地だけが残された。
* * *
静かだった。
処刑人が光の粒になって消えてから、青く発光する砂地だけが残った。
波のない黒い水面も、遠くの岩陰も、息を潜めたまま動かない。
「なあ、助けは呼べたのか?」
ヤオキが、静けさを破るように問う。
「メールは送ったんだが、返信がない……」
座り込んで体力の回復を待つコウイチが、短く告げた。
盾を膝に立てかけたまま、視線だけがどこか落ち着かない。
「届いてないかも知れないってこと?」
チコリが不安そうに言い、膝の上のユウタの頭に手を置く。
先ほどの激闘のあと、ユウタは気を失ってしまったのだ。
幸い、静かな寝息を立てている。命に別状はなさそうだった。
初めてのユニークスキル行使は、心身ともに負担が大きかったのだろう。
ぐうぅ〜〜っ――。
静けさの中、その音はやけに大きく響いた。
アルゴが腹のあたりを押さえ、照れ隠しもなく言う。
「なあ、腹が減ってきたんだが、餓死するとかないよな?」
「水中の呼吸ゲージほどじゃないけど、飢餓状態ではHPが少しずつ減ってく。それで死亡までいった例は見たことないけどね」
コウイチが説明する。
確かに先ほどの戦闘でダメージを負ったわけでもないのに、アルゴのHPゲージはわずかに欠けていた。
「そこに水なら、いっぱいあるぞ」
ヤオキが地底湖の方をアゴで指す。
「喉の渇きではソウルの方が減るから、水じゃダメだと思うわ」
フレイアが肩をすくめる。
青い光が頬を照らし、表情だけが妙に冷静だった。
「クッキーでよければ何枚かあるよ」
チコリがポーチからクッキーを取り出し、アルゴに差し出す。
「ありがてえ、助かったぜ」
アルゴは遠慮なく受け取る。
チコリは他のみんなにもクッキーを差し出したが――。
コウイチとフレイアは、ユウタの寝顔を横目に見て顔を見合わせる。
「僕はいいよ……」
「私も遠慮しとくわ……」
「なんだよ? 結構うまいぜ?」
ヤオキが遠慮の欠片もなく言いながら、かじった。
「……非常事態です。食べてください」
その声に、全員が一瞬止まる。
ユウタが目を覚まし、身を起こしつつ告げたのだ。
目はまだぼんやりしているのに、言葉だけはやけに真面目だった。
「なんでお前の許可がいるんだよ?」
即座に返したのはヤオキ。
「だよな。許可いるとか、ないよな」
なぜかアルゴまで乗る。
空気の読めないヤオキとアルゴであった。
* * *
「ここから、橋の上の扉が見えるね」
青く光る砂地の上で、チコリが上を見上げて気づいた。
視線の先、闇の天井近くに、両開きの扉の縁がかすかに見える。
「ユウタの矢で、開閉ボタン押せないかな?」
「どうだろう……ボタンの位置が見えないよ」
下からは扉の上の方しか見えない。
それでも、だいたいの見当をつけてユウタは弓を構えた。
番えて、引いて、放つ。
ひゅん――。
矢は暗闇へ吸い込まれ、どこかで乾いた音がした気もしたが、扉は動かない。
「やっぱり難しいよ。当たる気がしない……」
その時だった。
ズズズッ――。
橋の上を、何かが這いずる音がする。
見上げた先、扉のあたりに三角形の影が行ったり来たりしていた。
「あのタケノコ……まだあそこにいるんだな……」
コウイチが影の動きを眺めてつぶやく。
「それだ!」
突然、ユウタが叫ぶ。
「アイツに矢を当てれば、反応して扉を開けてこっちに来るかも知れない!」
「なるほど。元々扉のこちら側のモンスターだから、こっちの経路に戻るかも知れないな」
コウイチが手を打つ。
「アルゴ、扉の近くで死んだ振り待機だ」
「了解」
アルゴが、扉へ向かう通路へ走る。
通路を抜け、扉の裏に身を滑り込ませた。
「よし! ユウタ、頼む」
ユウタはうなずき、弓を引き絞る。
狙いは、橋の上の影。
ひゅん――。
軽い音を立てて矢が昇る。
「当たった! 来るよ!」
矢の刺さったバンブーシュート・テラーは一瞬、周囲を見渡すように回転すると、扉へ向かった。
「やったぜ、開いた!」
アルゴがタケノコが通り過ぎたのを確認し、『死んだ振り』を解いて扉の向こうへ滑り出る。
「よし!」
思わず拳を握るユウタ。
「タケノコが来るぞ!」
その声に、一同が身構える。
だが――。
「……なにあれ……」
通路から姿を現したのは、タケノコだけではなかった。
大回りをしてきたタケノコは、経路上のモンスターをすべて引き連れてきたのだ。
列車状に長く伸びたモンスターの大群。
大トレインが、光る砂を跳ね飛ばしながら突進してくる。
「まずい、走るぞ!」
コウイチを先頭に、砂浜を大きく回り込み、モンスターたちが出てきた通路へ入れ違いで飛び込む。
幸い、扉への道にモンスターは一体もいなかった。
それもそのはず。経路のモンスターみな、大トレインの一部となって彼らの後ろだ。
「アルゴ! 全員が橋に出たら扉を閉めてくれ!」
コウイチが叫び、扉へ向けて駆け抜ける。
先頭が扉をくぐり、次々に抜けていく。
最後にユウタが飛び込んできて、アルゴがボタンを叩く――。
だが、扉が閉まりきる前に、先頭のモンスターも抜けてきた。
バンブーシュート・テラー。
「やべえ。また落とされたらシャレなんね」
「走るんだ! ゾーンはすぐそこだ」
走った。
脇目も振らず、真っ直ぐに走った。
『固有スキル:バンブーシューティング』
無慈悲にも、あのスキルの発動がログに流れる。
だが、もうゾーンは目の前だった。
今度は全員が前に吹き飛ばされる。
LOADING…….
* * *
外はすっかり夕暮れの赤に染まっていた。
西の地平線へ、夕陽がゆっくり沈んでゆく。
丘を覆う草の匂いが、春を告げていた。
さっきまでの冷たい闇と湿った風が嘘みたいに、空気が柔らかい。
「あ、なんか白い鳥!」
チコリが指をさして声を弾ませる。
「いや、鳥に脚が四つあるわきゃねーだろ」
ヤオキが即座にツッコむ。
それは翼を背に、天を駆ける馬だった。
「ついてるな。ペガサスだ。滅多に見れないレアだぞ」
コウイチが赤い空を見上げて言う。
白い幻獣は悠々と、赤く染まった空を横切って――そして、ふっと消えた。
しばし、誰もが黙る。
あれだけ騒がしかった一日が、夕陽の中で一枚の絵みたいに遠のいていく。
「さて、帰るとしますか。今日は色々ありすぎて疲れたぜ」
ヤオキが肩を回しながら言った。
「まあ、ここから数時間徒歩だけどな……」
コウイチが、さらっと追い打ちをかける。
「うへえ……そうだった」
ヤオキが本気で嫌そうな声を出す。
アルゴは笑い、フレイアは呆れたように息をつき、チコリは小さく頷く。
ユウタは夕暮れをもう一度だけ振り返り、弓を握り直した。
軽口を叩きながら、彼らは帰途についた。
セレノスの灯りが恋しい――。
(おわり)
――閑話:バウワウ迷宮のニュービィ(後編) あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとな!
シーフのヤオキだ。
いやー、ほんと今日は色々ありすぎだろ。
落とされるわ、詰むわ、鎖ジャラジャラの処刑人に追い回されるわ、最後は大トレインだぞ? どんな新人研修だよ。
次回の『マジチー』は本編を、来週火曜日に投稿予定だ。
パイセンたちはまた会議らしいぜ。好きだね。ホント。
そっちも読んでくれると嬉しいぜ。
もし少しでも楽しんでくれたなら、ブクマや★だけでもポチってくれると乗ってくる。
しかし、あれだな。俺たち、もうベテランって名乗っても良いんじゃねーか?
タケノコ野郎は吹き飛ばすだけで大したことねーし、おっかない処刑人も、いつの間にか矢にまみれて消えちまったし……。
……あれ?
俺ら最強?
よーし、今度はペガサス狩りだー!
――ヤオキ




