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第二十九話:隠し砦の三姉妹

 アシダリアから北へ少し離れた地。

 火山地帯の手前に広がる岩窟の一角に、その砦は隠されていた。


 外から見れば風に削られたただの洞穴にしか見えない。

 だが一歩奥に踏み込めば、石を組んで築かれた門や崩れかけた塔が現れ、確かに「砦」と呼ぶにふさわしい姿をしていた。

 黒魔術師の砦――ここを根城とするのは、ダークエルフの三姉妹である。


 長女のナルマリアは銀のローブをまとったアルケミスト。

 次女のドレルムーンは漆黒の鎧をまとうダークナイト。

 三女のエンニールは邪神に仕えるダーククレリック。


 中でも次女、ドレルムーンが落とす『旅人のブーツ』は、全プレイヤーの必須装備として知られていた。使用効果で移動速度が上がり、普段の探索にも、いざという時の逃走にも役立つ。

 旧EOF時代には、この一品を求めて長蛇のキャンプ待ちが発生し、しみじみと「苦行だった」と語られるほどだ。


「いやぁ……待ち時間だけで夜が明けたこともあったな」

「だがね。せっかく順番回ってきても、レアドロップでそこからがキャンプ本番だったがね」


 しみじみと語り合うケンタとシャチョーに、結が目を丸くする。

「そんなに……足が少し速くなるだけで?」

「命がかかってりゃ、一歩の差が勝敗を決めるんだよ」

 ケンタが真顔で答えれば、ベルウッドが「そだなぁ」と腕を組んでうなずいた。


 今回の挑戦者は六人。

 ケンタ、シャチョー、結、ベルウッド、ユメゾウ、タクヤ。

 赤黒い岩肌を舐める熱風を浴びながら、彼らは隠し砦の入口へと歩みを進めていった。


* * *


 砦の内部は思いのほか広く、外からの印象よりもずっと複雑に入り組んでいた。

 石の壁には黒い燭台が等間隔に立ち並び、青白い光を放つ魔導火がゆらめいている。陰影が濃く、ただ歩くだけでも背筋に寒気が走った。


「ここはな……昼と夜で難易度がガラッと変わる」

 先頭を歩きながらケンタが口を開く。

「昼間は出てくる雑魚が弱い。せいぜい召使いや下級兵士くらいだ。だから探索そのものは楽なんだよ」


「へぇ、だったら昼にチャッチャと攻めた方がいいってこと?」

 結が首をかしげる。


「問題はボスの三姉妹だ」

ケンタは指を三本立てた。

「昼間は三人そろって長女の部屋に集まっている。だから一人を釣ろうとしても、必ずリンクする。攻略は不可能だ」


「げぇ……それ、一気にドカーンって全員来ちゃうやつ?」

結は渋い顔で手をバタバタさせた。


「逆に夜になると、砦の難易度は極端に跳ね上がる。アンデッドが徘徊し始めて、油断すれば全滅必至だ。だが――その代わり、三姉妹は自分の部屋へ戻る。各個撃破が可能になるのは、このタイミングしかない」


「……ってことは」

結は少し考えてから、口を尖らせた。

「アッチを立てればコッチがスタンドじゃない?」


「それ、どっちも立ってるだべさ……」

ユメゾウが珍しく起きている。


「そこで定番のソリューションがあるんだがや」

シャチョーがケンタの真似をして天を指差す。

「昼間のうちに次女の部屋に潜り込んで、夜に帰ってくるのを待つんだがや!」


「うわー、それって……ストーカーっぽくない」

ちょっと引き気味の結。


「作戦ってのはそういうもんだがね」

シャチョーが肩をすくめ、ベルウッドとユメゾウも苦笑した。


「……にしてもよ」

 タクヤがぽつりとつぶやく。

「相手がダークエルフってのが、ちょっと気が引けるんだよな。銀髪でさ、どうにもカグラを思い出しちまう」


「わかる。私も思った」

結も同意し、肩をすくめる。


 脳裏に浮かぶのは、あの毒舌混じりで頼りになる銀髪の姿。戦う相手に似ていると思うと、やはりやりにくさがあった。


 だが――目的ははっきりしている。

『旅人のブーツ』。この先の攻略に欠かせない一品を手に入れるため、迷っている暇はない。


「じゃあ、行くぞ。次女の部屋を目指す」

ケンタの言葉に、五人は静かにうなずいた。


 砦の奥からは、夜を待ち構えるかのように冷たい風が吹き抜けてきた。


* * *


 砦の奥へと足を進める六人。

 迷路のように入り組んだ通路は薄暗く、時折どこからか水滴の落ちる音が響いていた。


「おっと……ここ、床の色がちょっと違うな」

ケンタが警戒の声を上げた直後だった。


 ――ガコン!


「うわっ!?」

「ぎゃああああ!」


 床が抜け、一行まとめて暗い下層へ真っ逆さま。

 受け身を取りながらも全員無様に転がり、しばし呻き声だけが響いた。


「……痛ってぇ。全員そろって落ちるか、普通」

タクヤが頭を押さえながらぼやく。


「うー、誰よ〜!ガコーンって罠踏んだの!?」

結がぷりぷり怒るが、もう遅い。


「お約束だがね」

シャチョーは埃を払いながら笑う。


* * *


 しばらく進むと、薄暗い部屋の中央に木箱が鎮座していた。

 金具付きの立派な宝箱だ。


「よっしゃ、今度はオレの見せ場だがね」

シャチョーがしゃがみ込み、器用にピックを操る。

カチリ、と錠前が外れる軽快な音――だが、次の瞬間。


 ――ガバァッ!!


「うおっ!?」

宝箱が牙をむき、長い舌がシャチョーの顔面めがけて飛び出した。


「ぎゃーっ!ちょっと誰か助けるがねぇぇぇ!」

シャチョーが必死に舌を押しのける。


「ミ、ミミックかよ!?」

タクヤが鈍重化の呪術をかけ、ミミックの動きが途端に鈍くなる。


 その隙にベルウッドが斧を振り上げ、怪物の蓋をこじ開けるように押し返す。


 結は静かに弓を引き絞り、呼吸を合わせて放つ。

矢はミミックの舌を正確に貫き、怪物は苦悶のうなりをあげて崩れ落ちた。


「ギガじゃないミミックなんて敵じゃないわ!」


「このサイズなら、メガミミックってとこだな」


「女神様が金と銀の斧持って出てきそうだがねぇ」


* * *


 そこから先も試練は続いた。


 重厚な鉄扉に行き当たり、シャチョーがしゃがみ込む。

「へっへっへ、ここはまたオレの出番だがね」


しかし、


「……あれ? また鍵穴がないがね」


「おかしいな……」

ケンタが首をひねる。


「またコイン投入口とかないよね?」

結が扉の周辺をキョロキョロ見渡す。


「あっても、どうせ財布は持ってきていない」

何故か胸を張るケンタ。


 結局、その扉はよく見ると、壁に描かれた精密な絵だと判明し、脇の狭い抜け道を延々と進む羽目になった。


* * *


 岩壁に囲まれた湿った通路を遠回りし、上へ下へと階層を行き来しながら、ようやく目的の部屋の前へとたどり着く。


 そこは砦の中でもひときわ重厚な扉に守られた区画だった。

 黒鉄の取っ手には禍々しい紋章が刻まれ、薄暗い灯りの中で鈍く光っている。


「……ここだな。三姉妹の次女、ダークナイトの部屋」

ケンタが低く告げる。


「長かったなぁ……」

ベルウッドが肩を回すと、ユメゾウも「おれ、三回くらい寝たべ」とあくびをかみ殺した。


「よし、あとは夜を待つだけだ」

ケンタの言葉に、五人はそれぞれ頷き、静かに待機の体勢へと入った。


* * *


 重厚な扉を閉ざし、六人は部屋の中に身を潜めた。

 石造りの壁と簡素な寝台、黒い布を垂らした祭壇――ダークナイトの住処にしては飾り気が少なく、ただ冷たい空気だけが満ちていた。


 時間は刻一刻と過ぎていく。

 だが夜になるまでは次女本人が戻らないため、やることといえば、たまにポップするスケルトンを片付けるだけだった。


「カシャカシャ……」

「はいはい、また出た」

ベルウッドが斧を軽く振るえば、弱々しいスケルトンはあっさり砕け散る。


「弱すぎるんですよね、ここのペット」

結が矢をつがえる気力もなく、膝を抱えてぼやいた。


「でら暇だがねぇ……」

シャチョーが大あくびをしたあと、バグセルを立ち上げる。

「そういや、コーサクのおっさんから聞いたんだけどよ。バグセルに隠し機能があるんだわ」


 カタカタと操作すると、画面に数字が散らばった9×9の盤面が現れる。


「……ナンプレ?」

結が目を瞬かせる。


「そうそう! イースターエッグで問題が出るんだがね。空欄を埋めていくとちゃんと判定もしてくれる」

シャチョーが得意げに笑った。


「うわー、ほんとだ……ゲームになってる」

結が覗き込み、思わず声をあげる。


「ふん、そんなもん暇つぶしだべさ」

ユメゾウが寝ぼけ眼で呟いたが、しばらくすると本人も「そこのマスは7だべ」と口を出してくる。


* * *


 数字遊びに夢中になっていた一行だったが、やがてケンタがぽつりと漏らした。

「……そういや、コーサクさんには世話になりっぱなしだな」


「ああ、DoubtLookのバグな」

タクヤがうなずく。

「FAQ通信が潰されたときは本気で詰んだと思ったけど……今じゃ普通に連絡取れてる」


「あんなのよくポーンって見つけたよね!」

結がぱんっと手を叩いて喜ぶ。


「数の魔術師様様だがや」

シャチョーの言葉に、皆しみじみと頷いた。


 退屈な待機時間は、いつの間にか笑い声と小さな感謝の言葉で満たされていった。


* * *


 だが、それも長くは続かなかった。

 外の気配が変わる。魔導火のゆらめきが次第に青から紫へと濃くなり、窓もない部屋の中に、夜の帳が忍び寄るのがはっきりとわかった。


 ――コツン。


 扉の向こうで、石床を叩く靴音が響いた。

 笑い声がぴたりと止む。六人の視線が同時に扉へと向けられる。


 足音が近づく。

 鋭さを帯び、速さを秘めた響き――『旅人のブーツ』に違いなかった。


「……当たりだな」

ケンタが低くつぶやき、全員の背筋が粟立つ。


 やがて扉の前で足音が止まり、取っ手がぎぃ、とゆっくり回った。


 六人は一斉に武器を構えた。


 部屋に帰還するのを待ち伏せる作戦――その本番が、今まさに始まろうとしていた。


* * *


 ――ギィィ……。


 扉が開き、鋭い気配とともに黒い影が部屋へと踏み込んできた。

 先頭に現れたのは、漆黒の鎧をまとう次女ドレルムーン。

 その足元には茶色の革で仕立てられたブーツが光り、側面には羽根を思わせる模様が刻まれていた。

 短い間合いで切り込む歩調が、岩床に乾いた音を刻んだ。


 ――しかし、


 その後ろから、さらに二つの影が現れた。

 銀のローブのアルケミスト、長女ナルマリア。

 邪神に祈る漆黒の法衣、三女エンニール。


「なんでこーなる……」

タクヤが呻く。


「仲良し三姉妹かー……」

結が青ざめつつも弓を構え、ぼやくように呟いた。


「……バグだがね」

シャチョーが苦笑した。


 待ち伏せのつもりが、なし崩しに集団戦闘に突入してしまった。


* * *


 戦況はすぐさま劣勢に傾いた。

 長女ナルマリアの指先がひらめくたび、アルケミストの多彩な魔法が仲間を襲う。チャーム、そしてスリープ。


 ベルウッドが一瞬よろめき、ユメゾウが剣を振りかけて止める――間一髪で味方同士の斬り合いは免れたが、冷や汗が背を伝った。


 だが次の瞬間、スリープの光がユメゾウを直撃した。

 ……にもかかわらず、彼は豪快ないびきをかきながらも、動きを止めなかった。むしろその剣筋は無駄が削ぎ落とされ鋭さを増していた。


「……あれ? 寝てるのに起きてる?」

結が目を丸くする。


「おれ、いつも昼寝してっからなぁ……効かねぇのかも」

ユメゾウがぽりぽり頭をかきながら答える。


「……でら謎だがね」

シャチョーが苦笑した。


 次女ドレルムーンは真正面から迫る。

 漆黒の剣を振りかざし、その刃に黒い炎をまとわせる。

 次の瞬間、剣が閃光を帯びて叩きつけられた。


 『ハームトーチ』――。


 爆ぜた衝撃が前衛のベルウッドを直撃する。

「ぐぅっ……!」

岩床に膝をつき、砕けた小石がぱらぱらと散った。体力をごっそり削られ、ベルウッドの顔が苦痛に歪む。


「ベルウッド!」

ケンタが手を突き出し、叫ぶ。

「ヒール!」

温かな光が仲間を包み込み、ベルウッドの傷はかろうじて塞がれた。


 そこへ、背後からエンニールの声が響いた。

「ヒール!」

 ドレルムーンの傷も瞬く間に塞がっていく。的確な回復が戦線を立て直す。


「マジかよ……!」

タクヤの呪術がドレルムーンを蝕んでも、三女の回復がすぐさま相殺する。


 さらに追い打ちのように、床の影から骨の音が立ち上った。

「カシャカシャ……!」

 弱いとはいえ三体のスケルトンが次々と立ち上がり、一行の背後を突く。


「おいおい! 数の優位もなくなっとるがね!」

シャチョーが慌てて後ろのスケルトンを抑える。


 六人対三姉妹+スケルトン三体。

 数で押すつもりが、気づけば押し返されつつあり、その上、魔術・火力・回復を揃えた三姉妹の連携に徐々に追い詰められていく。


 ダークエルフの黒い影が迫り、部屋の空気は一瞬で修羅場と化した。


* * *


 「アルケミストが敵に回ると……えげつないな」


 ケンタは思わず呟いた。

 長女ナルマリアの無表情な顔立ちに、ふと赤毛のハイエルフ――おっとりしたアンの面影が重なり、ぞくりと背筋に寒気が走る。

 その落差が、余計に冷たさを際立たせていた。


「まずはヒーラーからだ、セオリー通りに行くぞ!」

 ケンタの合図に、一行は息を合わせる。


 ――だが。


 ナルマリアの口の端がかすかに吊り上がり、冷たい笑みを浮かべた瞬間、光が弾け飛んだ。


 ナルマリアが指を鳴らす――アルケミストの更なる特技、変身魔法!


 指先が弾け、敵の六体が、ケンタたち六人へ輪郭を重ねるように変貌した。

 本物と寸分違わぬ姿が、ずらりと並んだ。


「お、おいおいおい! オレがもう一人!?」

 シャチョーが目を剥いたのも束の間。


 偽物たちは間を置かず動き出した。

 剣がぶつかり、矢が飛び交い、呪術の声が重なり――部屋は一瞬で混沌の渦へと叩き込まれる。


「どっちが本物……撃てない」 

 結が弓を構えたまま叫び、後ずさる。


「紛らわしいだべさ……!」

 ユメゾウは偽物の斬撃を受け止めつつ、歯噛みする。


「くそっ、仲間同士でぶつかりかねねぇぞ!」

 タクヤが呪術を中断し、苛立たしげに舌打ちした。


 本物と偽物が入り乱れ、誰が誰かわからない。

 視線を逸らした一瞬が命取りになる、最悪の乱戦が幕を開けた。


* * *


 敵味方入り乱れる混沌の戦場は、やがてひとつの形を取りつつあった。

 同じ姿の者同士が相対する――これで少なくとも味方同士の斬り合いは避けられる。敵にとっても同士討ちは望まぬことだろう。


 膠着状態。張り詰めた空気が支配する中、ケンタが叫んだ。


「――ソリューションがある!」


 すると、もう一人のケンタが声を張り上げる。


「ソイツは偽物だ!信じるな!こっちにもソリューションがある!」


「う〜っ!どっちが本物なの!?」

 結が悩ましげに声を上げる。


「も〜!頭ぐるぐるポンでわけワカメ!」

 今度はもう一人の結が、同じ仕草で悩む。


「……なんとなく、結ちゃんは区別つくがね」

 シャチョーがぼそりと呟けば、


「まるわかりだぎゃあね」

「そりゃあ、まるわかりだぎゃあ」

 もう一人のシャチョーが同じ言葉を返し、二人そろって頷いた。


 混乱が増すばかりの中、ケンタの声が響き渡る。


「ナンプレと一緒だ!理詰めで一歩ずつ埋めていくんだ!」


 その言葉と同時に、ケンタは大きく息を吸い込み詠唱する。


「――ワード・オブ・ヒーリング!!」


 部屋全体に広がる癒やしの光。

 だが、アンデッドにとっては致命の災厄。


 癒やしは生者を撫で、死者だけを焼く。


 悲鳴とともにシャチョー、ベルウッド、タクヤの片割れが白骨をさらし、やがて骨片となって崩れ落ちた。


「やった……!」

 結が思わず声をあげる。


 残るは三姉妹のみ。


「次のマス目はこれだ! 走れ、ユメさん!」

 ケンタの指示に、二人のユメゾウが同時に駆け出した。


 部屋をぐるぐると走り回る二つの影。最初は見分けがつかないかに思えたが、やがて明らかな違いが浮かび上がった。


「……しまった!」

 一人が追いつきそうになった瞬間、顔をしかめて吐き捨てる。

「足の速さが違ぇ!あっちは『旅人のブーツ』を履いてる……次女ドレルムーンだ!」


 集中砲火がドレルムーンに殺到する。


「ヒール!」

 その瞬間、片方のケンタが無意識に手を伸ばし、回復の光を放ってしまった。


 ケンタは相対するもう一人の自分の瞳が揺れ動くのを確かに見た。無言なのに、「お姉様」と呼ぶ声が聞こえた気がした。


「……エンニールか」


 姉妹の絆が仇となる結果に、皆が息を呑む。

 しかし、今は情けを掛ける余裕はない。


 ヒーラーが自身を回復しても、焼け石に水、多勢の攻撃には耐えられない。

 ケンタの姿をしたまま、エンニールは一気に押し潰され、光の粒へと変わっていく。


 残るマス目はひとつ。

 偽の結――ナルマリアである。


「後から実装されたモノは、バグりやすいんだよ」

 その声が冷たく響く。指先が向けられた先、本物の結の手にある弓は竹製の和弓。

 だが、もう一人が握るのは西洋のロングボウだった。

「ユーザー要望で、後から追加された竹弓に対応できなかったようだな」


「ユメさん!まずはキャスターからだ!」

 ケンタが攻撃の優先順位を指示する。


 セオリーでは回復役の次は、攻撃力が高いのに体力が少なく削りやすいキャスター――アルケミストのナルマリアである。


 足の遅い方のユメゾウが、突進する。


「スリープ!」

 結の姿から放たれた眠りの光がユメゾウを襲う。


 だが彼はびくともしなかった。むしろ、その刹那に目を見開き、剣を閃かせる。


 ユメゾウの漆黒の剣が微かに唸る。

「おれは……寝ても起きても変わらねぇ!」


――閃光。


 しかし、漆黒の剣同士が激しくぶつかり合う。

 次女ドレルムーンが姉をかばったのだ。


 それでも、他のメンバーの攻撃がナルマリアに集中する。


 「鈍足化!」

 「バックスタブ!」

 「ダブル・トマホーク!」


 投擲された二本のミノアックスが、偽りの結を裂き、ナルマリアは断末魔をあげる間もなく、光の粒子へと砕け散った。


 最後に残るは、ダークナイトのドレルムーン。

 ナルマリアが沈んだ今、彼女はダークエルフの姿に戻っていた。


 いかに固いダークナイトといえども、回復も支援魔法も途切れた今、多勢に無勢で徐々に追い詰められていく。


――やがて。


「正射必中!」


 蒼く尾を引く一箭が、漆黒の鎧を貫いた。

 ただひとり残されたドレルムーンは、微かに口の端を歪め、膝をつく。


 さきほどまで寄り添っていた姉妹の気配はもうない。

 空を掴むように伸ばした手は、誰の指にも触れぬまま虚空を彷徨う。


 その姿は一瞬、見えぬ姉妹を求めるようで――

 やがて静かに光の粒へと変わり、部屋の闇に溶けていった。


 戦場を覆っていた幻影が霧のように晴れ、残ったのは荒い息を吐く六人の姿。


 そして、部屋の真ん中には磨き上げられた茶色い革のブーツが一組、寂しげに取り残されていた。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者A「黒魔術師の砦、滞在最長記録更新を確認」

監視者B「六人分のために三日間ですか……」

監視者C 「可哀想になるくらいプアーハンドやな」

監視者D 「なんですかそれ?」

監視者C 「昔から、引きの悪い手を貧乏の手と書いてプアーハンドって読むんや」


監視者A「タグ付与:#待たされた貧乏なあの頃」


監視者C 「昭和歌謡かいな……」


(おわり)


――第二十九話あとがき

最後まで読んでくださってありがとうございます!


はぁ〜……今回ばっかりは、本気で頭ぐるぐるポンだったよ!

だってさ、ケンタが二人もいて、しかも二人とも「ソリューションがある!」って叫ぶんだよ!? どっち信じればいいのさ、ほんとに!


それにしてもロングボウって……竹弓と全然違うのに、みんな気づくの遅くない? 私があんな洋弓で遊んでたら、師匠の説教で「正座二時間コース」確定だよ……もう想像しただけで足しびれるってば!


次回の『マジチー』は閑話を今週金曜日のお昼ごろに投稿予定です。

セレノスのほっとする日常のお話なんだって。

そちらも読んでくれると嬉しいな。


もし少しでも楽しんでいただけたなら、ブクマやポイントで応援してもらえると励みになります!


……次回こそ、もっとピコ〜ンとわかりやすい敵でお願いしたいです。ほんとに。

――結


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