閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(1)
これは、ログアウトへの道を探して世界を旅した仲間たちの記録である。
ハーフリングの世話役――プラムは、生来の性分として調べごとに夢中になってしまうたちだった。
あのヘスペリアでの大会議の後も、彼は同郷の仲間たちと連れ立ち、あてもなく「出口」への手がかりを求めて旅を続けている。
プラム、ナム、ベリー、ププン。
小柄な影四つ。全員がシーフであり、全員がハーフリング。
もともと隠密行動に長けた彼らは、街から街へ、森から遺跡へと軽やかに駆け抜け、世界中で「ログアウトの穴」を探し続けてきた。
その朝。
プラムはふかふかの羽毛布団から上体を起こし、重厚な天蓋のついたベッドの上でぼんやりと天井を見上げた。
「……ここもダメか」
寝ぼけ眼をこすりつつ、枕元に置いたメモへ赤いバッテンをひとつ書き足す。
列挙された街と宿屋の名前の数々は、すでに真っ赤に塗り潰されている。
ヘスペリアの宿屋――しかもロイヤルスイート。これが最後の望みだった。
大会議で『トーチ』の代表からもらった「滅多に使われない機能ほどバグりやすい」という助言に従い、最高級の部屋ならワンチャン……と試してみたのだが、やはりそう甘くはない。
「さて、次はどこの街に行くべきか……」
ため息まじりに呟きながら、プラムはすばやく身支度を整え始めた。
食堂で仲間――ナム、ベリー、ププン――と顔を揃え、また新しい作戦会議を始めるために。
* * *
「そういうことなら、次はカオス系の街だな」
地図を広げながら、ベリーが冷静に言った。
「えー? カオスの街じゃゲテモノしか食えないじゃん! 甘いお菓子ゼロとか生きていけないんだけど!」
ププンが椅子にのけぞって嘆く。
「……そもそも、カオスの宿屋がオーダーの俺たちを泊めてくれるのか?」
ナムが腕を組み、現実的な懸念を口にした。
「そうだよね……うん! じゃあ――まずは変身アイテムだな」
プラムがぽんと手を打つ。「ケロック下層へ行こう」
「なるほど、アレかぁ!」
ププンが勢いよく飛び上がる。「全員分そろえれば、どこの宿屋でもバッチリ紛れ込めるじゃん!」
「姿を変えられるなら、確かに道は開けるな」
ナムも納得する。
「それに……ちょっと楽しみでもあるよね」
ベリーが口元を緩めた。「自分がどんな姿になるか」
「ふふふ……おいらが超イケメンになったらどうする?」
ププンが胸を張る。
「「「絶対ならない」」」
三人同時の即答で、宿の食堂に笑い声が響いた。
* * *
『ケロック』はカエル族のダンジョンである。
上層と下層に分かれており、上層は生きたカエル族の生活域。だが下層は地下墓地の迷宮で、カエル族のアンデッドが跋扈する領域であった。
『ケロック上層』の入り口は、ヘスペリアからはるか南――プロム砂漠を越えた先の沼地にある。
四人は海岸沿いに整備された黄金街道を南下し、バロルグに向かう街道を沼地の中程で東に逸れる。そこに、苔むした石門のような『ケロック上層』の入り口が待ち構えていた。
目的の『ケロック下層』へは、上層の少し奥から降りることができる。
上層にも下層にもそれぞれボスが居るが、今回はそんな奥地まで踏み入る必要はないので、それほどの危険はない。
生きたカエル族はオーダーに対して親密度が低いが、KoS――視界に入った途端に襲ってくるほどではないのだ。
とはいえ、プラムたちシーフは嫌われ者。中には剣を抜いて襲いかかってくるカエル族もいるため、スニーク――隠密行動スキルを活かして、四人はゆっくり確実に進んでいった。
途中。
眩い光を発する聖剣を振り回すカエル騎士にじっと見つめられ、四人とも硬直する場面があった。
カエル騎士はスニーク中の彼らが見えているのかいないのか、順番に顔を覗き込み……何故か納得したように頷くと、喉をケロケロと鳴らしながら立ち去って行った。
「……な、なんだったんだ、今の」
プラムが額の汗を拭う。
「バレたと思ったぁ……!」
ププンが尻もちをつきそうになりながら小声で叫ぶ。
「逆に怖ぇよ。あいつ、絶対わかってた顔だろ」
ナムが低く唸り、ベリーはただ苦笑いを返すしかなかった。
なんとか下層にたどり着いた一行。
今回の目標はボス部屋ではない。
下層に入ってすぐの枝道、その上部に穿たれた横穴――通称シーフ部屋である。
そう、相手はご同業のシーフ。
見た目はダークエルフだが、それは装備している変身マスクの効果。倒せば正体が露わになる。
逆に言えば、ダークエルフ以外がポップすればマスクを持っていないハズレ。
さらに厄介なのは、たまに「正体が本当にダークエルフ」という大外れまで混ざっていることだった。
幸運にも、その部屋をそっと覗いた四人の目に映ったのは――
目つきの悪いダークエルフが一人、部屋の中を落ち着きなくうろついている姿。
「……よし」
プラムが短剣の柄に手をかけ、仲間に視線を送る。
「当たりだと信じたいね」
ベリーが低く返す。
「よーっし、変身マスクゲットぉぉ!」
ププンが気合を入れすぎて声を上げそうになり、ナムに口を塞がれた。
四人は息を合わせ、影のようにシーフ部屋へと踏み込んでいった――。
* * *
ナムが息を殺したまま、影のようにダークエルフの背後へと回り込む。
スニークを維持したまま腰を低く落とし、短剣を逆手に構える。
――バックスタブ。
背面からの奇襲攻撃にして、シーフの真骨頂。
通常の一撃に比べて大きなボーナスダメージを生み、さらにスニーク状態から放てば追加ダメージのチャンスもある。
「……ッ!」
バシュウウゥッ!
刃が深々と突き刺さり、ダークエルフの体がのけぞった。大ダメージ。
だが攻撃を当てた瞬間、スニークは解除され、敵の赤い瞳がナムを捕らえる。
「おっとっと〜、こっちだこっち!」
ナムはおどけるように身をひねり、振り下ろされた剣を紙一重でかわしながら後退する。
追撃に夢中になったダークエルフ。
その背中に――ベリーのバックスタブがクリーンヒット!
「続けぇ!」
今度は振り向いた敵がベリーに狙いを変える。
しかし、回頭した瞬間にはプラムが背後をとっていた。
「はい背中、いただき!」
プラムの一撃が突き刺さり、ダークエルフの体勢が大きく揺らぐ。
三度の大ダメージに耐えきれず、獲物はよろめき、誰を追うか迷うようにタタラを踏んだ。
そこに――
「フィニッシュはおいらに任せな!」
ププンが飛び込みざま、最後のバックスタブを突き立てる。
断末魔の叫びもなく、ダークエルフの姿は淡く揺らぎ、人間の姿へと戻ったかと思うと、光粒子となって掻き消えた。
「ふっ……みたか! 名付けて――シャル・ウィ・ダンス!」
ププンがおいら流の自称を高らかに叫び、ドヤ顔でガッツポーズ。
「……スキル名じゃなくて自称だろ、それ」
「でも決まると気持ちいいよね」
「まあ、連携が決まったのは事実だな」
四人の息が合った、シーフらしい鮮やかな連撃。
四連バックスタブに耐えられる者は、そう多くはない。
残されたのは、足元に転がる小さな宝箱。
ベリーがロックピックで器用に開けると――中には黒光りする仮面が収められていた。
「……出た! 当たりだ、『闇妖精のデスマスク』!」
歓声を上げる四人。
出だしは順調そのもの、目的のアイテムをさっそく入手できた。
だが――。
本当のキャンプの罠は、ここからが始まりだった。
* * *
しかし――出ない。
マスクどころか、ダークエルフ姿のシーフすら滅多に出ない。
たまに現れても、元からダークエルフのマスクなし個体で、大外ればかりだった。
シーフ部屋では一度に一体しか現れない。
倒してしばらく待つと、また次が姿を見せる――その繰り返し。
人間や獣人、オーガやトロール、カエル族など、本当に種族はバラバラだった。
「なんで……ハイエルフのシーフまでいるんだよ」
プラムが眉をひそめる。
プレイヤーがシーフを選択できない種族まで現れる始末。
しかもカエル族の巣窟なのに、どうしてここだけ色んな種族が出てくるのか、まるで理由がわからない。
「なあ、こいつら本当にシーフなのか?」
ナムが疑わしげに言い、ベリーも冷静に観察する。
「格好はシーフ装備だけど……バックスタブ、一度も使ってこないしね」
三人が顔を見合わせ、違和感だけがじわじわと積もっていった。
そのとき、ベリーがふと顔を上げた。
「……普通さ、ドロップ率がもし百分の一なら、百体倒せば一個くらい出ると思うだろ?」
「おまえ……嫌な計算するね」
ナムが苦い顔をする。
「例えば十種族いたとしてさ。ドロップ判定が、ダークエルフがポップした時にだけ働くんだとしたら――」
「え? それって何が違うの?」
ププンが目を「?」にして首をかしげる。
「十分の一に百分の一を掛ける……つまり千分の一」
ベリーが指を折って結論を述べた。
「――当たりが出る確率は、千分の一だ」
「ええぇぇぇぇ!?」
三人同時に悲鳴を上げ、シーフ部屋の横穴に虚しく響いた。
だが、ベリーはさらに困った顔をする。
「……それより、もっとまずいことがある」
「まだあるの!?」
ププンが頭を抱える。
「このままキャンプを続けて、様々な種族を倒し続けたら……親密度が下がりまくって、各地の街に入れなくなる可能性がある」
「親密度……」
プラムの顔が青ざめる。
「つまり――オーダーの街も閉め出されるってことか」
ナムが低く言い切った。
「えーっ!? オーダーの街も入れなくなる? 本末転倒じゃん!!」
ププンの叫びが、下層ケロックの石壁に空しくこだました。
闇妖精のデスマスクを求めて始めたはずのキャンプ。
しかし彼らを待ち受けていたのは、果てしないハズレ地獄と、親密度という見えざる罠だった――。
* * *
「帰ろう」
全員一致で撤退することになった。
一個マスクが出ているので、カオスの街には一人が潜入調査すればいいのだ。
ところが問題があった。
シーフ部屋のポップにカエル族が混ざっていたせいで、カエル族の親密度が最悪になっていたのだ。
とはいえ、倒して進めば、さらに親密度が下がって戻せなくなる。
カエル族と敵対関係になるのを許容して、カエル族を排除して進むとしても、不安要素があった。
「問題は――途中にいた、あのカエル騎士だ」
誰も口を開けず、四人は同時にあの恐怖を思い出していた。
じっと顔を覗き込み、納得したように立ち去った聖剣の騎士。
今度は確実に剣を振り下ろしてくるだろう。
どうしようかと迷っていると――
部屋の空気がぐらりと揺れた。
シーフが一体だけ出現するはずの空間に、歪んだ影がせり上がる。
緑の肌にぎらつく双眸。額で血のように赤い宝石が脈打つ。
腰をかがめてもなお天井に迫る巨体が、きしむ音を立てて現れた。
「……ゴブリン、ロード……!?」
プラムの声が震えた。
「なんで……シーフ部屋に……ボスなんか……!」
ベリーが絶句する。
「は、はは……冗談だろ……?」
ナムは笑おうとして声が裏返る。
「おいら、もう限界……!」
ププンは真っ青になって、その場にペタリと尻もちをついた。
だが巨体は、部屋の狭さに阻まれて奥で身動きが取れないようだった。
「……なんか、あいつハマってない?」
ベリーが恐怖と困惑の混じった声でつぶやく。
「アイツなら親密度落ちても構わないよな?」
ナムが皮肉っぽく言う。
「でも……どう見てもハズレだぜ?」
プラムが冷や汗をぬぐう。
「ケロケロ……」
「カエルが鳴くから帰るか」
ププンが引きつった笑みで言った、その時――
「えっ!?」
カエル騎士が、いつの間にかそこにいた。
四人が凍り付く間もなく、ニタリと口角を上げ、巨体のゴブリンロードへと突進する。
白く輝く刃――『太陽の聖剣』が閃いた。
額の赤い宝石が砕け散り、ゴブリンロードは断末魔もなく光の粒子となって消えた。
――沈黙。
「な、なんだ今の……」
プラムの声が震える。
「俺たち……助けたのか? あいつが……?」
ナムが半信半疑で呟く。
「味方……ってわけ、なの……?」
ベリーの言葉は喉でつかえる。
「こわいこわいこわい! もう帰ろうよぉ!」
ププンが泣きそうな声で叫ぶ。
カエル騎士はそんな四人を見やり、片目を器用につむってウィンク。
喉をケロケロと鳴らすと、悠然と背を向け、光の向こうへ消えていった。
ともあれ。
ゴブリンロードの異常な出現も、騎士に襲われる懸念も、まとめて片付いてしまった。
「……とにかく、もう帰ろう」
プラムの声にうなずき、四人は脱出路へと駆け出した。
* * *
ケロック上層の入り口がある沼地を南へ抜けると、すぐそこにカオスの拠点バロルグの入り口がある。
その手前、木陰に身を潜める四人のハーフリング――いや、すでに一人は姿を変えていた。
「どうよ? おかしいとこ無い?」
ダークエルフの姿になったププンが、不安げに仲間を見回す。自分では姿を確かめられないのだ。
三人はそろって首を振った。
(沈黙)
「……それは大丈夫だ、と思う」
「けどさ、逆に目立たないかコレ?」
「ジャンケン、やり直すか?」
そこに立っていたのは――
白い八重歯を光らせる、ちょっと愛嬌のある癒し系イケメンのダークエルフであった。
* * *
――火星の衛星フォボス、観測室。
監視者A「……スパイ部屋に侵入者四名」
監視者B「あそこは各陣営がカエル族監視のためにスパイを送り込んだ設定、でしたね」
監視者C「そんなら、何でカエルまで出るんや?ジブンでジブン監視とかおかしいやろ?」
監視者B「要求定義に『この空と大地の間に生きとし生けるもの全ての種族を対象とする』とあります」
監視者C「……あー、はいはい。#ヒゲのバグ職人(仮)に分類しとくわ」
(おわり)
――閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(1)あとがき
最後まで読んでくれてありがと〜!
次回、『マジチー』本編第二十九話は来週の火曜日、お昼頃に投稿予定だってさ。
『トーチ』のみんなが、EOFでいっちばん過酷なキャンプに挑戦するんだってよ。
もし少しでも「おいら、がんばってるじゃん!」って思ってくれたなら、ブクマとかポイントで応援してくれると……おいら、癒し系イケメンの笑顔でさらに輝いちゃうからな!
この閑話の(2)はまた今度のお楽しみ。おいらのもっとカッコいい活躍、期待して待っててくれると嬉しいな。
あ、そうそう……ここだけのヒミツなんだけど、ジャンケンするとき、あいつら大体グーから出すんだよね。
しーっ! これはナイショだからね?
――ププン(変身中)




