人質
帝国に到着すると、予想通り、僕は捕らえられた。帝国の皇女への姦淫罪だ。全くその通りなので、笑えない。
「お兄様を丁重に扱いなさい」
取り押さえられている僕からエリカは離れない。こうなることは、彼女もわかっていたが、考えと行動は別だ。
実際に、僕が取り押さえられて、エリカは泣いた。
「お兄様、お兄様」
離れないエリカを無理に引き離すことが出来ない。力が強い妖精憑きは、何をしでかすか予想できない。かといって、無理に僕を連れていっても、エリカが離れないので、一緒に投獄することとなってしまう。
結果、僕とエリカは貴賓室に閉じ込められることとなった。
「う、ううっ、酷い。私とお兄様の関係を罪にするなんて」
泣いてるのは、そっちか。妖精憑きの感性は、常人とは少しずれている。
エリカが泣き止むまで、そのままベッドの上で抱きしめた。
外から鍵をかけられたドアがガチャリと開けられる音に、エリカは顔をあげた。もう、泣き止んでた。女は怖い。
入ってきたのは、あの帝国の筆頭魔法使いと、エリカによく似た女性だ。たぶん、帝国の皇女だろう。
皇女は、エリカと僕がベッドの上で抱き合っているのを蔑むように見下ろす。
「育ちが悪いと、婚前交渉なんてするのね」
「育ちが良いと、聖域を真っ黒にしちゃうのね。育ちが良いのに、白く出来ないの? 私なんて、三日で真っ白に出来たわ。あら、育ちが良い妖精憑きがいっぱいいるのに、出来ないの? 育ちがよいって、その程度なのね」
こわっ!
ギリギリと扇子を握りしめる皇女。相手が悪い。妖精憑きの上、同じ血族だ。どんなに口が悪くても、帝国の騎士も侍女も、エリカに手を出せない。
「せっかくお兄様との船旅をこぉんなふうに台無しにして、気分悪くなったわ。明日行う歓迎パーティには、ぜひ、赤ワインを用意してくださいね」
「あなた、帝国で赤ワインを用意することの意味を知らないの?」
「聖域、白くしたいんでしょ。いう通りにしなさいよ、育ちのいい、妖精憑きじゃない皇女様。偉そうにしたって、役立たずなんだから。育ちが悪くっても、役に立つ私のほうのいうことを、ここにいる侍女も騎士も聞くしかないのよ」
「偉そうに。たまたま綺麗になっただけでしょっ!」
「偉そうに、何もできない皇女のくせに。悔しかったらっ」
「エリカ、やめないか」
言い過ぎだ。皇女が今にも泣きそうな顔をしている。
「何よ、お兄様は私のお兄様でしょ」
「エリカとよく似た人が泣くのは、見ていて辛い」
「………わかったわ」
ぎゅーと抱きついて、笑顔になるエリカ。
「帝国のことは、僕も父から聞いている。調べてわかっている思うが、僕の先祖には帝国の皇室がいる。妖精憑きの記録が出来てしまうくらい、妖精憑きがよく生まれる。だから、事情も理解している。エリカのこと、大事にしてほしい。僕の、一生、大切な人だ」
「嬉しい!」
エリカが喜び、安心するなら、人前だろうと、言ってやる。
次の日、エリカは帝国の侍女に連れられて行かれた。彼女は貴賓室に戻って来なかった。
窓のない、出入口が一か所しかない貴賓室だが、残念ながら、妖精憑きがよく生まれる男爵家にとっては、連絡手段が山のようにある。
何も与えられないので、男爵家の力で、外で売られている新聞を読んでいると、鍵が開いた。
来たのは、エリカによく似た、例の皇女である。
「読み物、誰か持ってきたの?」
「いや。ここの警備はザルだから、持ってきてもらった」
「はっ?」
「人が良い、騙されやすい血筋だけど、帝国時代から仕えている一族がいるんだよ。逃げようと思えば、騒がれる前に逃げられるくらいの身体能力もある」
「それは無理よ。ここには、魔法使いの警戒がおかれているわ」
「亡くなった叔母の妖精憑きの力は、相当すごいらしくてね。亡くなった今も、妖精たちは叔母の願いを叶え続けている」
最強であり、最凶である妖精憑きの叔母。新聞を持ち込めたといことは、帝国の妖精憑きは、亡くなった叔母に勝てなかったのだろう。女は怖い。
ギリギリと歯をかみしめて悔しがる皇女。
「そういうふうに歯をかみしめるのはやめなさい。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
「っ! そんな事いうなんて、この顔がお好きなようね」
「エリカに似た顔が醜くなるのは、見るに耐えられないだけだ。それで、君たち皇族の計画は、順調のようだね」
新聞を皇女の前に投げ捨てる。
一面には、”血のマリィの再来”とでかでかと書かれていた。
「育ちが悪いあの子にはお似合いよ」
「そして、君は帝国の伝説の名君、女王の再来、となるわけだ」
「何がいいたいのよ」
「別に。終わったら、エリカを解放してくれればいい。勝手に僕が連れて帰る」
無事に連れて帰るつもりだ。もう二度と、エリカを手放すつもりはない。
ただ、大人しく待っていてやっている、というのに、この皇女は、俺に伸し掛かってくる。
「あなたは女王の伴侶になりたいと思わないの?」
「エリカとよく似た顔で、気持ち悪いことをいうな」
押しのけ、僕は皇女から距離をとった。
「悪いが、お前じゃ、その気にならない」
「あんな育ちの悪い女の、どこがいいのよ!?」
「育ちが悪いところ全てだ! 近づくな。もともと、エリカの足枷になるくらいなら、死ぬ覚悟は出来ている」
死ぬ方法など、いくらだってある。貴賓室には、その道具が満載だ。
しばらくにらみ合っていると、ドアの外側から、皇女が呼ばれた。仕方なく、彼女は出ていき、再び、施錠された。
「気持ち悪いっ!」
皇女に触れられた部分を乱暴に払った。




