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第五十一話 正義と悪

 険しい山々や敵兵を警戒しながら向かう必要はない俺たちは、馬に乗り舗装された道を走っていた。当然、馬に乗り騎士達にも出会わなかった俺たちは、数日で首都アムステリアの近郊まで来ていた。


 丘の上には懐かしい学院の姿も見える。俺はその光景を見て、ほっとした。まだここには日常があるのだ。


 だが、そう思ったのは束の間で、学院の近くに騎士の大軍がいることを確認した。


「丘の上に陣取っているのはラムース連合軍かしら?」

「その可能性がたかいだろうな」


 エル会長とロドリゴ先輩は眉間に皺を寄せながら話している。


「会長! どうしますか?」


 俺が尋ねると


「そうね...... イツキ君がいればあの大軍を倒せそうだけど、イツキ君は大丈夫かしら?」


 俺の魔力や体力を気遣っていた会長は心配そうに見ている。


 時間をかければ5000を超える大軍を倒すことはできる。それに、それほど魔力を消費する感じはしない。

 のちに、天使や、悪魔と戦うことになっても大丈夫だろう。


「大丈夫です! やりましょう!」

「そう! 皆! 先に、ラムース軍を殲滅するわ! でも、敵は多いから無理はしちゃだめよ!」

「いくぞ! 皆!」


 ロドリゴ先輩がそういった時だ。空の左は漆黒に、右は黄金に輝き始めた。かつて、クリルで悪魔が降臨したときのようにその光はミラとニドから一直線に伸びている。そして、それは遠くの空でも起こっていた。他の街でもきっと今頃戦闘が行われているに違いない。


 その輝きは徐々に広がっていた。


 その規模はけた違いだった。首都アムステリアを覆いつくすほどのその光に俺たちは驚愕した。


「凄まじい魔力なのです!......」

「そうだな。あれが神々の力ということなのか......」


 ルルとイリアは怯えていた。


「皆! 怯んじゃだめよ! 私たちはユーミールで悪魔や天使を倒せることを証明したのだから!」

「そうだぜ! お前らなら勝てるって!」


 人ごとのように笑うユニ先生に癒されたのか、A組の生徒から緊張がほぐれていた。


「そうだな!」

「あんな奴らやっつけてやるよ!」


 様々な声が声が聞こえてくる。


 俺たちが鼓舞し合っている間に、まるで『時間稼ぎはさせないよ』と言っているかのように、、その光からひと際黄金に輝く天使と、漆黒に輝く悪魔がアムステリア上空に現れてた。


「あなたたちは、降伏することをを無視しました!」

「だからよ、悪いがお前たちをここで滅ぼす! 漆黒落雷!!(ダークライトニング)

天界光!!(ヘブンズレイ)


 二人が詠唱すると、空は再び漆黒と、黄金に染まっていた。


「まずいですよ先生!」

「ああ、そうだな......」


 ユニ先生も展開が好ましくないのか、緊張な表情をしていた。


 なにかこの攻撃を止める手段はないのか。俺は頭をフル回転させた。


 だが、解決策を思い浮かぶことはなかった。そして、それはA組の皆も同じで、ただただ空を見上げているだけだった。


 そんな何もできない俺たちをあざ笑うかのように、無数の漆黒の落雷と、街の大半が焼失しそうな光は街に放たれた。


「そんなっ!」


 リリーは俺のそばで声を上げている。


 もうだめなのか。俺たちが到着するのがほんの少し遅れただけなんだ。たった少しだけ遅れたせいで、街が消えてしまうなんて。たった少しだけなんだ。


 俺は握り拳を作りながら、消失する寸前の街を見守ることしかできなかった。


 だが、徐々に首都アムステリアに近づこうとしているときだ。


 都市を覆うように、炎の壁が現れていた。


 その壁に二つの技はぶつかり、凄まじい衝撃音が聞こえてくる。巨大な隕石がイースに落ちた時のような轟音に俺たちは思わず耳をふさいだ。


「父上ね!」


 リリーは嬉しそうに笑っている。


 だが、俺たちを再びあざ笑うかのように、技は壁を破ろうとしていた。


「見て! 壁に亀裂か入っているわ!」


 その言葉の後には、漆黒の落雷と、光は数や、強度を減らし街に落ちていた。


 凄まじい衝撃音が再び聞こえてくる。


「許せない! 無抵抗の市民まで殺害するなんて!」


 リリーの言葉に皆は真剣な表情で頷いている。俺もリリーに同感だ。騎士と戦うのではなく、市民まで殺そうとしているのだ。何が神様だ。神様らしくないその行動に怒りを覚えた。


 今すぐにでも天空にいる悪魔や天使たちを葬りたい。そんな感情が沸き起こる。だが、ここから首都アムステリアまではは距離があった。今から向かったとしても、敵の攻撃は止められない。


 状況は絶望的だった。


 そんな状況をA組の皆も必死に頭を悩ませていた。


 だが、そんな俺たちを再びあざ笑うかのように、丘の上に陣取っていたラムース連合軍は首都アムステリアに向けて進軍していた。一定のリズムで歩く彼らの足音は遠く離れたここまで聞こえてくる。


「ユニ先生! どうすれば!」

「あたしだってわからねえよ!」


 ロドリゴ先輩のその言葉にユニ先生は首を振っていた。


 俺はそんなこの状況を変えるために頭をフル回転させた。丘の上からはラムースの軍勢が向かって、空からは天使や、悪魔が技を放っている。そして、ここからアムステリアまでは少し距離がある。


 そんな絶望的な状況を改善できる方法は..... ない。


 だが、一つだけ可能性がある方法がある。


 あの方法ならば。


 俺は皆に聞こえるほどの大声で話した。


「一つだけ方法を思いつきました! でも、あまりにも危険なので死ぬかもしれません」


 俺のその言葉にA組の皆は固まっている。


「それは何かしら?」


 だが、エル会長は物怖じせず尋ねていた。流石は会長だ。こんな時でも冷静だ。


「それは...... ユニ先生にゴーレムを召喚してもらい投げてもらうんです」


 俺のその突飛な作戦にA組の生徒は驚いている。


「イツキ、今なんて?」


 ロドリゴ先輩は尋ねていた。


「この作戦は風魔素を持っている人限定です。ユニ先生に風魔素を保有している生徒を投げてもらい、天使や悪魔と戦うのです」

「なるほどなあ! さすがはあたしの生徒だ!」


 ユニ先生は理解したのか、いつもの笑顔になっていた。


「どういうことでしょうか?」


 ミシェル先輩は尋ねていた。


「ラムースの軍勢は人なので、民間人を襲うことはしない。でも、あいつらは違うだろ? だから、あいつらを止めなければいけないことは明白だ。でも、いい作戦はない。だから、少数精鋭を送り時間稼ぎをしようってことだよ!」


 ミシェルの言葉にユニ先生は背中を叩きながら答えている。


 ユニ先生は叩き終えると、再び口を開いた。


「だが...... お前たち、死ぬことになるぞ」


 いつにない真剣な表情でユニ先生は言っていた。


 その様子にA組の生徒は目を伏せている。ユニ先生の言う通り、敵のど真ん中に放り込まれるんだ。死ぬ可能性は高い。だが、俺たちが戦わないと、いったい誰が首都アムステリアを守るというのだ。


 それに俺は元より行くつもりで、発言したんだ。


「先生! 俺がいきます!」


 絶望的な状況を見ながら、降伏するよりも、少しでも可能性が高い方を選んだほうがマシだ! 俺はそう言っていた。


「そうね! 私も行くわ!」

「私もいくぞっ!」


 リリーとイリアも同じことを思ってくれているのか、立候補してくれていた。


「あなたたち2年生に負けるわけにはいかないじゃない! 私も行くわ!」

「俺もいくぞ!」

「私もいくのです!......」


 生徒会の皆も立候補してくれている。そのおかげか、A組の皆も同意してくれていた。


「おうおう! すげーやる気だな! だが、あたしのゴーレムに乗れるのはせいぜい7人が限界だ。誰が行くか選んでくれ」


 ユニ先生の言葉にA組の生徒はチケットを奪い合うように口論していた。そんな皆を見て俺は心から頼もしいと思った。皆がいればきっと誰一人かけることはない。俺はそう確信した。


「皆! 聞いて! 投げられた先は、敵のど真ん中よ! だから、少しでも確率を上げるために強い人が行くべきだわ!」

「そうだな! イツキ、リリー、イリア、エル、俺、ルル、ミシェルの7人で行くのがいいだろう」


 エル会長と副会長であるロドリゴ先輩の意見に誰も異論はないのか、A組の生徒は頷いていた。


「じゃあ、決まりだな! 時間はない、いくよ! 土の聖霊よ! 力をかしてちょうだい! ゴーレム!」


 すると、土魔素が集まり巨大なゴーレムを形成する。ビルほどの大きさがある巨大なゴーレムは手のひらを天に向けていた。


「じゃあ、皆も気を付けて!」


 俺たちはゴーレムの手に乗ると、力強く投げられていた。




 ◇




 ゴーレムに力強く空に投げられた俺たちは、物凄い速さで交戦中の空に近づいていた。アムステリア上空では地上から放たれる技と、天空から放たれる技でキラキラと光っていた。それはまるで、教科書で見たことがある第2次世界大戦の戦艦と戦闘機の戦いのようだった。俺はその光景に思わず、拒否反応が現れていた。ちょっとでも油断したら、流れ弾に当たり死ぬことになるだろう。


 行きたくない。学院に帰りゆっくりとお茶でも飲みたい。心の奥底は悲鳴を上げていた。


 だが、それはきっとみんな同じで、行きたくなどないのだ。それに行かなければいけないことは理解している。俺は頭を切り替えるために深呼吸をした。


「そろそろ風靴(ウインドブーツ)に切り替えたほうがいいだろう!」


 ロドリゴ先輩のその言葉に頷き、詠唱するとさらに近づいていく。


 そんな時、地上から技が飛んできて、俺は火盾(ファイアーウォール)を詠唱する。気づいていなかったら、今頃地面に落下していただろう。俺は戦争に来たことを再認識する。


「イツキ! 大丈夫だった?」

「イツキ、大丈夫か?」


 リリーやイリアは心配そうに見つめていた。


「ああ、大丈夫だ! それより、悪魔の衣(デビルアーマー)天使の衣(エンジェルアーマー)を詠唱したほうがいいかもしれない」


 俺の言葉に頷くと、基礎的な技を詠唱する。


 こうして、天使や悪魔のいる中心に向かうと、彼らが何人いるか見えてきた。規模的にはそんなに多くなかった。1000人の悪魔や天使がいた。だが、相手は全員魔力4万越えの化け物集団だ。どうやって戦えばいいだろうか。


 そんなことを考えていると、上空で戦っている人間の姿が見えた。


「あれは! オルフェレウス院長に、リーシュ陛下や帝国10騎士!」


 2000を超える騎士を率いていた、リーシュ陛下は天使や悪魔と戦闘をしていた。


「これは心強いわね!」

「そうですね!」


 俺たちが安堵してそんな会話をしていると、オルフェレウス院長は風剣(ウインドブレイド)を手に持ち上位悪魔であろう男に斬りかかっていた。


 だが、そんな院長の攻撃を易々と弾き、オルフェレウス院長の腹に剣を突き刺していた。


「そんな、じい!」


 リリーは教育係であるオルフェレウスの院長の姿に涙していた。


「リリー......」


 俺は何も言えなかった。それは生徒会のメンバーも同じだった。


 剣を突き刺した男はまるでごみを捨てるようにオルフェレウス院長を地に放っていた。そして、それはオルフェレウス院長だけじゃない。2000強いた騎士の姿はたった数分で見えなくなっていた。


 オルフェレウス院長には俺も世話になった。そんな院長をごみを捨てるように投げた悪魔や、天使にはらわたが煮えくりかえった。なおさら、リリーはそうだろう。そんなリリーのためにも俺たちは仇を討たなければならない。


「リリー...... オルフェレウス院長の仇を討ちに行こう!!」

「ええ! ごめんね! 弱いところを見せて!」

「姫様...... いいんです! 私たちも院長にはお世話になりました。さあ、憎き相手を討ちに行きましょう!」


 俺たちはイリアの言葉に頷くと、天使や悪魔のところに向かった。そんな天使と悪魔は残っていたリーシュ陛下や、帝国10騎士をからかいながら、弄んでいた。だが、俺たちの存在に気づくと一斉にこちらに向き直った。


「おや! そこにいるのは英雄、私たちにとっては厄災でしょうか」


 周りの天使たちとは違うオーラを放っていた女は尋ねていた。


「そうだと言ったら?」


 すると、その隣にいた大悪魔と女は笑い出した。


「ハハハハハ! 面白いことを言いますね! 貴方は魔力の暴走を抑えました。でも、それによって、私達に勝つ魔力はないはずです!」

「ミカエラの言う通りだ。おまえは、我々には勝つことができない」

「もし、そうだとしても戦うしかない」

「そうですか! アザゼオ! 遊びはお仕舞にしましょう!」

「ふんっ。もう少し遊びたかったが、仕方がない」


 すると、天使と悪魔たちは一斉に大規模な技を詠唱し始めた。


「そうはさせない」


 リーシュ陛下は不死鳥を召喚すると、灼熱の炎を天使や悪魔に放っている。


「何をぼーっとしておる! リリーたちも早く詠唱せよ!」


 我に返った俺たちは、詠唱が早い技を唱えると天使や悪魔に放つ。だが、魔力が高い彼らには効かなかった。いや、唯一通用したのは俺の技のみであった。


「だめか...... ならば!」


 リーシュ陛下は灼熱の炎で下級悪魔や、天使を焼き尽くしながら俯いていた。


「至急、防御詠唱を開始せよ!」


 俺たちはリーシュ陛下の言う通り、それぞれ大規模な盾を繰り出していた。そして、俺も唱える。


「光よ! 俺に力を貸してくれ! 聖盾(ホーリーシールド)


 俺が放ったシールドは首都アムステリアを覆いつくした。その下にリーシュ陛下の不死鳥の盾が。そして、それより規模は劣るが、生徒会のメンバーは首都アムステリアを覆うようにシールドを放っていた。


「いいですよ! 私たちの攻撃を耐えきる自信があるようですね! 行きますよ!」


 ミカエラがそう言うと、1000弱の技が襲ってくる。


 いくつもの技が聖盾(ホーリーシールド)を破ろうとしているその光景は圧巻だった。まるでシールド越しに花火を見たかのような景色にたじろぐ。それに、盾が持ちそうになかった。


「くっ! ダメです! 聖盾(ホーリーシールド)は持ちそうにありません!」


 いくら高魔力を保有してようと、1000の攻撃は防ぎきれなかった。多くの攻撃を防いだ聖盾(ホーリーシールド)は消えてなくなっていた。


「私の盾もこれを防ぎぎ来ることはできないだろう! だが、民を守るのが私の使命だ!」


 リーシュ陛下のそんな叫びも虚しく、不死鳥の盾は破られれていた。そして、最後の盾であるリリー達の盾も容易に破られていた。


 勢いを衰えることない技は凄まじい音と共に、俺たちと首都アムステリアに迫っていた。


 そんな技を見ているリリーやイリアの表情は暗く、絶望していた。それはリリーたちだけに限った話でない。陛下や、生徒会メンバーも同じだ。


 このままでは、俺たちも街も危ない。


 使いたくはないが、あれを使うしかないだろう。


「皆! 俺のそばに来てくれ!」


 俺がそう言うと、皆は集まってくれた。


 正直に言えば、俺は隠していた力がある。それは、虹色の力だ。でも、それは使いたくなかった。もし、使ってアミルの時のように暴れてしまえば、俺はアムステリアを滅ぼすことになるだろう。だが、使わなくても、滅びるだけだ。使うしかないのだ。


 例え、リリーやイリアの顔を見ることができなくなったとしても!


 俺は全魔素を感知するように目を瞑った。すると、色とりどりの魔素が空間を流れているのを感じられる。そして、それを連結させる様にイメージする。


 反発する魔素同士を無理やりくっつけるんじゃなくて、自然にそばにいられるように。俺は心の中で呟きながら、6色の魔素を重ねる。


 そうだ! できたぞ!


 その瞬間、激しい目眩が襲ってきた。


 気持ちが悪い。なんだか怒りも覚える。


 殺したい。全員皆殺しだ。でも、なんでだろう。


 しるかっ。そんなの関係ない!


 衝動のままに、自分がやりたいことをするんだ!


 全てを破壊する!


 そんな時だ、どこか遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。「イツキ! 大丈夫!」「ここで、死んだら許さないぞ!」そんな声が聞こえてくる。その声は優しく、そして、悲しそうだった。


 その声に思わず惹かれる。もっと触れていたい気分になる。だが、俺はこの声の持ち主を知らない。


 そうだ。知らないのだ。知らないのだから、俺には関係ない。


 破壊しよう!


 全てを破壊するために、目を空けようとすると


「イツキ! 私たちを、この街を救って!」


 そんな二人の女性の声が聞こえてきた。そして、両側から温かい感触が俺を包んでいた。


 この感触の持ち主は俺は知っている...... えっと、誰だっけか......


 柔らかくて、優しくて、俺の大切な......


 そうか! 思い出したぞ!


 こんなに大切な人たちを忘れるなんて、俺は大馬鹿野郎だ。自分の不甲斐なさに、思わず頭突きをしそうになる。


「すまない! 我を忘れそうになっていた!」

「いいんだよ、イツキ!」

「ああ、そうだぞ!」


 そう言うと、二人は俺を抱きしめている。


「えっと! んっんっ! 街が消えそうなことを忘れてないかしら!」

「すみません会長! でも、任せてください!」


 俺は空高くに全魔素を集め、虹色の盾を作り始めた。


 そんなこの技の魔力の消費は激しい。疲れが俺を襲ってくる。


 疲労感と引き換えに得たこの盾ならば、必ず防ぐことができるだろう。根拠はないが、そう確信できる。


 そして、それは現実となった。


「やったぞ!!」


 皆はハイタッチしながら笑っていた。


 だが、喜びの祝杯をあげるにはまだ早かった。


 ミラとニドからレーザーのように漆黒の光と、淡い光がアムステリアに向けられていた。この光が、アムステリアに直撃すれば、首都だけではなく、帝国自体がなくなってしまう。そんな風に思える光だった。


「リーシュ陛下! 私はあれを壊しに行きます! なので、少しの間耐えてください!」

「うむ。任せたぞ」


 俺はそう言うと、虹色の空間を作り出し、ミラに上がる。


 こうする他に手段はなかった。本当はリリーとイリアのそばにいたいが、仕方がない。それに、天使や悪魔だってすぐに大技を使えるほど魔力は残っていないだろう。


 俺は虹色の空間を作り出し、宇宙空間を超え、ミラとニドの兵器を破壊した。



 ◇



 ガインの街での愛の告白ゲームが行われてから、数組のカップルが誕生した。そして、そのゲームを行ったことは、果たして正解だったのだろうか。俺はその答えを知らないし、知りたくもない。




「イツキ! 考え込んでいる時間はないぞ! 気持ちはわかるが、今は動かなければ!」




 俺の隣にいるイリアは猛攻を防いでいる。周りを見渡せば、A組の皆や騎士達は必死にアムステリアの首都であるアムステリアを守ろうとしていた。空は昼間だというのに曇天のような黒や黄金のような黄色に輝いていて、その輝きの中からいくつもの技がアムステリアを襲っていた。風は爆発のような音や、詠唱された技が空気を切り裂いていく音や、人々が懸命に叫んでいる音を耳に運んだ。地面をみれば、無数の死体が転がっていて、中には負傷したがまだ戦えると思っている騎士が、懸命に立とうとしていた。




 その答えを知りたくもない。そして、今思うことは、あの時に戻ることができればということだけだ。


 ミラとニドから帰還した俺が見た光景は悲惨だった。


 それに、まさかあの会長が倒れているなんて......


 会長は腹部と足に致命的な傷を受けて倒れていた。息は荒く、どこか遠くを見ている。


 でも、ロドリゴ先輩に抱えられたエル会長は幸せそうに口角を上げていた。


「エル! エル! 死ぬな!! なぜ俺を庇った!! おまえが、庇う必要はなかった!」

「いい..... のよ...... ロドリゴだって、そうした...... でしょ?」


 エル会長は再び笑っていた。


「エル! 死ぬなよ! 待ってろ! イツキ! エルに治療をしてくれ!」

「は、はい!!」


 俺はエル会長に天恵(ヘブンズヒール)を唱える。


 だが、やはり傷が深く、治ることはなかった。


「イツキクン...... 私のことはいいから...... 早く、イースを救って......」

「だめだ!! イツキ! 回復し続けてくれ! じゃないと......」

「ロドリゴ...... もうわかってるでしょ...... 私はもうだめだわ......」

「そ、そんな!! そんなのいやだ!! 結婚するって言ったじゃないか!! 頼むよ!!」

「ロドリゴ...... 私の分まで幸せになってね......」


 エル会長はそう言うと、目を閉じた。その姿はとてもきれいだった。


 俺はその姿を見て、涙を流した。許せない。こんな風にしたあいつらが許せなかった。


 必ず倒す。俺は心に誓った。


「ロドリゴ先輩。俺、行ってきます」

「ああ...... 頼んだぞ!」


 ロドリゴ先輩は顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。だが、目つきは鋭く、訴えかけていた。


 ロドリゴ先輩のためにも、エル会長のためにも、俺はあいつらを倒さなければならない!


 涙を服で拭き取ると、はるか上空にいる天使や、悪魔に虹色の光を放出した。



 結果を言うと、それに耐えられた悪魔や天使は少なかった。残ったのはごく一部の高魔力保有者だけだった。


「ああ...... なんてことを!!」

「貴様!! なにをしたかわかっているのか!!」

「お前たちこそ、俺たちの大切な仲間を殺した! 許さない」


 俺のそんな言葉に天使ミカエラは肘をついて、天に祈っていた。


「ああ...... 神よ! なぜ、このようなことを...... 私たちは毎日あなた様に祈りを捧げていました。ですが、何もせず見ているのはなぜですか!!」

「ミカエラ! 神に対して無礼だぞ!!」


 神である二人が神に祈っている光景に、先ほどの怒りは薄まっていた。


「どういうことだ! お前たちが神ではないのか!」

「俺たちは人間には神と呼ばれている。だが、神ではない」

「じゃあ、一体神は――」

「神は...... 俺たちにも分からない。だが、数百年前の神話によると、俺たちは宇宙の彼方からやってきたらしい。そして、そのような遺物もミラとニドには残されている」


 アザゼブが説明すると、ミカエラは手を天に上げながら話し始めた。


「その神話によると、神は気まぐれに私たちを見守っていらっしゃるのです! ですから、干渉もせずに生きているのです......」


 ミカエラはそう言うと、腰を抜かし、倒れこんだ。


「じゃあ、俺たちがハーフだというのは――」

「それは、本当だ。お前ら人間はハーフだ。だが、イースの加護も受けている。聖霊のな。聖霊は元々イースにいた固有種だ。俺たちもその性質は知らない」


 俺の頭の中を覗いたのか、アザゼブは答えていた。


「そうか...... だが、これとこれとは話が別だ!会長や、皆の仇を討たせてもらう! 」


 そうだ。会長やロドリゴ先輩や街の皆の仇を討たなければならない。


「ふんっ。それが神の望みってやつか。いいだろう、やれ」

「そうです! やりたまえ! 俺たち人間を騙した罰だ!」


 俺はこの独特の喋り方の人物を知っている。


 サミーだ。サミーは俺の隣に立つと指をさし、厳しい目を悪魔や天使に向けていた。


「あなた! 裏切るというのですか!」

「フフフフ...... 全て貴様らが悪いのだ! 俺は何も悪くはない!! そうだろ、イツキ!!」


 人の性格は変わらないようだ。サミーはいつまでたってもサミーだった。


「お前は黙っててくれ!!」


 俺がそう言うとサミーは舌打ちをしている。


 そんな様子を見ていると、何が悪で正義か分からなくなった。確実に天使や悪魔のしたことは悪いことだ。俺は会長を殺し、ロドリゴ先輩を悲しませ、リリーを悲しませ、街のみんなを殺したこいつらを許すことができない。だが、過去に人間が行ったことも悪だ。この時代だけ切り取れば、悪は天使や悪魔だ。だが、それは復讐のためだったり、俺という脅威があるから行ったことだと思う。


 それに、サミーを見ていると本当の悪人というのがよく分かった。悪人とは平気で裏切り、自分勝手な行動しかしない人のことを言うのだ。


 だとしたら、俺が天使や悪魔をここで抹殺することは間違ったことじゃないか。


 エル会長もそう決断するはずだ。


『殺すべきではないわ! 彼らを許せないけど、連鎖は打ち切らなければならないわ!』


 頭の中にエル会長の声が聞こえた。それはまるで肉声のように聞こえる。


 そうだ。やはり、殺すべきではない。


 俺はアザゼブに向き直ると話した。


「アザゼブ、ミカエラ。俺はお前たちのことを許せない。だが、殺しても何も解決しない。だから、人間に干渉しない、人間に技を教える、古代の遺物の技術を教えるという条件でお前達を許そう」


 きっと会長も殺し合いをするより、平和的に解決することを望んでいるはずだ。


「いいのか? それで」

「ああ」

「ああ、ありがとうございます! 貴方は神の使いですね!!」


 狂ったミカエラは俺に抱き着いていた。ミカエラといい、アリスといい、どうやら天使というのは変な種族のようだ。


「離してくれ!」


 こいつにだけは抱き着かれたくはなかった。会長を殺した親玉の顔も見たくないくらいなんだ。


「すまないな、イツキよ」


 アザゼブはそう言うと、ミカエラを俺の体がから引き離してくれた。


「裏切ったら、俺は今度は抹殺するぞ!」


「ああ、分かってる。また、話し合いのためにイースに来よう」


 アザゼルは少数の天使や、悪魔を引き連れ帰っていった。



 ◇



 天使や悪魔が帰っていってから数カ月がたとうとしている。季節は春を迎えていて、柔らかで優しい風がこの街を包んでいる。


 天使や悪魔が去った後、ラムースの兵は真実に気づき、大陸に帰っていき、ユーミールや、ガリアの戦争犯罪者は死刑になった。もちろん、その中にはサミーもいた。サミーは往生際が悪いのか、最後まで他人のせいにしながら死んでいった。


 そんなアムステリア中の街は半壊状態で、人口も減ったが、他国の支援により徐々に復興しようとしている。まだまだ、復興の途中だが、人々の表情は前より明るい。


 俺たちはというと、植物状態のエル会長の見舞いに病院に来ている。


 俺が去った後、治癒使いが延々とヒールしてくれたおかげで一命はとり止めたようだ。だが、一生目覚めることのない植物状態になってしまった。そんなエル会長の髪をロドリゴ先輩は優しく撫でている。


「エル会長、綺麗ですね」

「ああ、そうだな」

「綺麗です......」


 俺たちはエル会長の美しい顔を見ながら話していると、扉がノックされ、開いていた。


「あのー...... イツキ君たちはここですか?」


 アリスは尋ねていた。





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