Report16:トレーニング最終日1
日曜日の朝5時50分、山河をはじめとするルーキーたちは、合同トレーニング2回目のキャリア別講義を受けるため教室に集まった。山河、小澤は天野、花川のペアと席を隣にしていて、講義がはじまるまで彼らは昨日のチーム戦の反省会をしている。彼らに加えて、矢田と寿を加えて作ったチーム、ハイブリッドは最終的に残り3組の枠に入れなかったのだ。反省会というよりも実際はお互いのデバイスをどう改良していくのかということについて話し合っている。すると、講義が始まる直前、山河達は見知った顔のエグザに声をかけられた。
「おはようございます、ヴァン君。」
「あっ、アーサーさん、おはようございます。」
「隣にいるのはキミのナビゲーター?」
「そうです。」
「あっ、はじめまして。小澤彩です。えーっと・・・、昨日はありがとうございました。」
「ふふっ、面白いナビゲーター。私はアキラ君のナビゲーターをしています三上ウルウです。ウルウは【潤い】の漢字を使っているんだけど、名前は紛らわしくて読みにくいから【ジュン】でも【ウルウ】でも好きに呼んでね。」
「ちなみにアキラってのは俺のことだから。研修の講師が来たから三上ちゃん、もう行こうか。」
「うん、じゃあ、またね!」
『はい。』
アーサー達が席に座るのを確認した講師、蔦野照は暫く何も喋らずに教壇に立っている。手元の資料を確認した後に一瞬、山河を見てから視線を教室全体に向けて喋りはじめた。
「今回の講義では現場における最悪の事態を話します。重要なことです!朝早くて眠いかもしれませんが聞いてください。それは情報体が電子世界であるサイバーワールドを抜けて、現実世界、私たちがいるリアルワールドに出現することです。皆さんが普段の任務で対処しているのは出現する初期の段階です。情報量が異常なまでに集中している場所をアークバスターズで発見して、それを具現警報としてメンバーに通達。早急に対応してもらうことで、完全なる現実化【リアリゼイション】を未然に防いでいます。現実化舞台を構築しているのは、情報体に対処するための場所決めだと思ってください。フィールドを構築しなければ我々は情報体に攻撃ができません。体感した人がいるかもしれませんが、リアリゼイション状態に近くなると情報体は進化します。最初は形を持つこと。次に現実化舞台内にある物体に対して物理的な干渉が可能になる。意思を持つことなど。その中で最悪の事態というのは、現実化舞台の外に出るということです。現実化舞台はサイバーワールドとリアルワールドの境目の空間です。だから、リアルワールドにいる私たちがサイバーワールドにいる情報体に攻撃が可能なんです。もし、現実化舞台の外に情報体が逃げたとしても、姿が消えれば問題は無いです。ですが、姿が消えずに状態を保っているとそれはリアリゼイションしたことになります。我々がデバイスを使って展開している武装はフィールドの内部でしか使えません。だから、もしも、情報体がリアリゼイション状態になってしまったらアークバスターズは管轄外。警察や他の治安維持組織に任せるしかありません。リアリゼイション状態だとリアルワールドの物質全てに干渉が可能となり、建物破壊から人への攻撃など様々な問題が起きます。その時の我々は、手出しできずにただ見ているだけ、逃げるだけになります。これが最悪の事態の1つ【情報体のリアリゼイション】です。2つ目は【ディペンデンス】つまり、この任務をする空間である現実化舞台もしくはサイバーワールドに頼る生活をすること。エグザだけで考えるならば、フィールドの中でなければ生きられない精神状態になることです。一種の依存症です。この依存症に関しては一般人でも発症することがあります。実際、日本や海外でも発症患者数は年々増えています。特に我々アークバスターズは発症しやすい環境にいます。日常の近くにある非日常に対処するという特別感、非現実感に溺れるというか、ハマってしまうというか、夢中になる場合があるみたいです。私はその症状になったことが無いので上手に説明できませんけど、いつでもディペンデンスになる可能性はあります。それは皆さんも含めてです。今まで日本支部にいたエグザのほんの数名はディペンデンスと認定されて、アークバスターズを退団させられたとのことです。彼らのその後については個人情報なので、私には教えられていません。我々が活動するエリアである現実化舞台では電子情報があれば、モノを生み出せます。もちろん制限はあります。代表例としては食べものを生み出してはいけません。いけないと禁止してはいますが、理論上では生み出すことが可能です。ちなみに生み出せたとしても食べる時の味覚や手で持った時の重さ、臭いであって、実物は無いので食べた所でお腹は膨れません。現実化舞台で生み出した食べ物を食べ続けたとしても栄養補給にならないので、結果として体調を悪くします。それから、建物は生み出せますが2階建てとか複数の階があるものを生み出しても、別の階に行けないので意味がありません。足場があるように見えて実際はありません。実在しないとわかっていても、自らの理想のものを生み出せるということに魅力を感じてしまい、リアルワールドの生活から逃げて、ディペンデンスになってしまうのです。現時点で分かっているのはエヴォリューションを多用しすぎると電子情報に触れている時間が長くなるので、この症状になりやすいということです。色々とわからないことはありますが、ディペンデンスについては自らの精神状態の問題なので治療は努力次第で可能になります。」
(相変わらず、話が長い。少し飽きたけど・・・って?プリマの様子が昨日と違うような・・・)
山河は蔦野の話を長いと思いつつ聞いている。ふと、彼が周りの席に目を向けるとメモを取っている天野の手が震えていることに気付く。だが、講義中であることや厄介な問題になりそうだと直感で判断した結果、山河は天野の手に関する話について触れないようにした。
「色々とお話しましたが、最悪の事態であるリアリゼイションとディペンデンスを未然に防ぐためには自分自身を保つことです。現場で慌てて混乱していても、むやみに行動するのではなく、自分が今どういう状況にあるのかを理解してください。ナビゲーターは現場に行かないのでエグザが置かれている状況は理解できないかもしれませんが、ナビゲーターの行動1つでエグザの助けになりますので、ナビゲーターも現場の状況を把握するように努めてください。そうすれば少しでも情報体がリアリゼイション状態になる可能性を減らせると思います。1人で対応が無理なら応援を呼ぶようにしてください。所属ブロックや担当地区は決めていますけど、いざという時はその垣根を越えて対処しましょう。ディペンデンスについては、正直、防ぎにくいかもしれません。ですが、これも1人ではなく仲間達と一緒であれば乗り切れると思います。ですから、皆さん、この合同トレーニングで出会った仲間達とはこれからも協力して、日ごろの任務を遂行してください。私からの話は以上になります。トレーニング最終日、精進してください!」
講義の終わった時刻が7時30分過ぎだったので、朝食を早めに取ろうと移動するメンバーがいる中で、山河と小澤は次のトレーニングに向けて準備をする。その理由は前日のチーム戦において、初めて実戦形式で使った放出剣。山河が持つ2つ目の切り札を調整するには少しでも使える時間を費やさなければいけなかった。そのため、彼らは管制部屋であるコンピューター室にいる。
「小澤さん、ディスチャージの時に放出する情報の量は発動中に調整できますか?」
「理論上は可能ですよ。でも、ヴァンさん、それはかなり厳しいですね。制限を外して放出しているのに、さらに放出量を調整なんかしたらデバイスの処理速度は極端に落ちますし、フリーズしてしまいます。」
「じゃあ、バスタード形態の時に刃の長さを調整するのはどうですか?」
「それなら、ヴァンさんだけでは無理ですけど、私が調整かければ出来ますね。」
『うーん、どう改良すれば・・・』
「どうしたの、2人して?」
「み、三上さん?それにアーサーさんもどうしてここに?」
「俺たちは調整だね。俺のデバイス【カラドボルグ】の調整をしたいから三上ちゃんと一緒に来たんだ。」
「アキラ君の頼みだからね~、私も好きでやっているから。アキラ君と一緒に調整できるなんてあんまりないから嬉しいの。」
「俺たちと話をしていていいんですか?時間が無いんじゃ。」
「あー、そうだった。ってその前に、お前らと一緒にいたプリマだっけ。多分なんだけど、あいつってお嬢様?」
「え、えーっと、ナビゲーターの花川さんがお嬢って時々呼んでいたので、もしかしたらそうかもしれません。」
「そっか、ありがとう。なら、2人とも気をつけた方がいいかもしれない。プリマは間違いなく天野の生き残りだからな。」
「どういうことですか?小澤さん、分かります?」
「わ、私もよくわかりません・・・。」
「お前らニュース見て無いのか~。約1年前の9月だったかな。天野薬品会社が持つ工場で爆発事故があった。それで、工場の見回りに行っていた天野夫妻がその爆発事故に巻き込まれて亡くなったんだ。さらに、今年の6月、つまり半年前だな。高速道路で多重衝突事故があったんだが、死亡者もいたんだ。」
『はぁ~。』
「2人とも『はぁ~。』じゃないよ~。アキラ君の話に出た天野っていうのはプリマの家のことなの。6月の事故で亡くなったリストの中に天野っているんだけど、天野薬品会社の副社長ご夫妻で、爆発事故に巻き込まれた天野さんの親なの!」
「えっ、っていうことはプリマさんのご家族は・・・」
話を聞いていた小澤が考えたのは、誰も家族がいない孤独な状態ではないかということだった。だが、執事のような花川が彼女の傍にいるから1人きりではないとすぐに考えを改めることができた。
「俺たちは全然関わりがないから気にしないけど、ヴァンと小澤さんは少なくとも関わった。今後、お前らが天野とどう接するのかとか関わるつもりがあるのかは知らない。ただ、関わるなら気をつけるべきだと思う。素人の勘だけど、偶然じゃない気がする。危ないことに巻き込まれるかもしれないと思う。」
「え、えっ?気をつけるって、危ないって?」
「小澤さん、落ち着いてね。アキラ君がこんな話をしたから慌てているかもしれないけど。」
小澤たち3人で話を進めていくが、その時に山河は目をつぶり、何度も深呼吸をしていた。その表情は無表情だが、頭の中では話の内容を整理整頓して、今までの情報も加味した上でどうするべきか考えている。やがて、小澤たちの話が終わり、眠っていると思われている山河に声がかかる。
「あのー、話を聞いていますか?」
「聞いていますよ、三上さん。俺たちに気をつけろって言う話ですよね。今は合同トレーニング中ですから、終わってから考えます。」
「お前がそう言うなら、俺は何も言わないよ。ただ、困ったら連絡をくれ。ヴァンの力になりたいからな!」
「ありがとうございます。それはお互い様ということでお願いします。」
「ああ!じゃ、俺たちは俺たちで調整しなきゃいけないから。」
互いの連絡先を交換した山河とアーサー。本名は渕上総で、山河と同じ字を使っていることにはアドレスを交換している最中に気がつき、お互いに笑っていた。移動する彼らを見てから、山河と小澤はデバイス【スイレン】の調整をしつつ話をする。
「ど、どうしましょうか、山河さん。」
「何を?」
「えーっと、天野さん。プリマさんのことです。」
「俺たちには関係ないし、何も出来ないでしょ。」
「そうですけど・・・。」
小澤の表情から天野の手助けをしたいという気持ちが強いと察した山河。小澤とのペアを結成してまだ、日は浅い。だが、彼女は思ったことを表情に出すタイプだということを山河はこの短期間ではっきりと理解した。だから、察することができた。
「はぁ~。」
「深呼吸じゃなくて、ため息?」
「そうですよ、ため息です。小澤さんはかなり気にしているんですね。えっと、プリマたちはチームを組む時に生き残ったチームの特典をエサにして誘ったからパワーアップには興味があるわけです。そのパワーアップを俺たちが手伝うとかで理由づけすれば縁はできるんじゃないかと思います。」
「ありがとうございます!!!」
「わっ!びっくりした。」
「ご、ごめんなさい。」
「とりあえず、調整したあとのサバイバル。その後に声をかけましょう。」
小澤の喜びの大きさに驚く山河。この喜び方は面倒くさいと思いつつ、それは表情に出さない山河。声をかけるという選択は間違ったと思ってしまったが、仕方が無いとも考える。喜びながらスイレンを調整する小澤の隣で山河はこれから先のことを少しだけ考えはじめた。




