村と祠
標高数百メートルある山の斜面をそのまま利用した田畑には、豊富に作物が実っている。
村人たちは至る所でそれぞれ農耕具を持ち、鼻歌を歌いながら働いている。時折こちらに気付いて、会釈などを送る。
ココが言うには、山に農村を作る利点は、山の独特な気候を活かせる点にあるという。しかし同時に、猿やリスのような小動物が時々畑を荒らすので困っているという。
喉かな村だった。
「これで一通り案内しましたかね。さて、今度はあれをご覧ください」
ココが指を差す先には、山から見下ろす、広大な地平線が広がっていた。
手前の里、地平線のはるか先には、城のような高い建物も見える。
「こちらの景色も、ヤシロ村の自慢の一つです。これだけ景色のいい場所は、そうは無いでしょう」
ココは誇らしげに言った。確かに眺めていて、とても気分がよかった。
「さて、これで村の案内は終わりましたかね。それでは屋敷に戻りましょうか。宴の準備も整っているはずです」
ココは笑って俺を案内しようとする。
「……あれ、なんですか?」
「はい?」
俺は、木陰に佇む祠のようなものを指差……さなかった。なにか、そういうものを指さすのは縁起によくないと教わった気がしたのだ。前の世界の記憶なのかよく分からないが。
なんにせよ、そちらを見るように促した。
「あれ、ですか?」
「はい、あれ」
ココは二、三歩近づき、目を凝らした。そして「ああ」と納得する。
「あれは、この地の神様を祀る祠ですよ」
そしてココは続けた。
「そして、恐らくあそこが、『竜』の現れる場所になると思います」
「へえ」
俺はうなづく。
「竜は通常、40フィート(約12メートル)あると言われます。
降り立つには広大な土地も必要ですが、その身を夜明けまで隠す場所も必要です。
あれは元々作物の豊作を願い作られた祠ですが、山の斜面に面し、木々に覆われている。
竜が身を隠すには十分ですし、祠はちょうどいい目印になると思います」
「へえ……」
俺は祠を見た。確かにそこはちょうど木陰に隠れていて、後ろには木々の生い茂る山の斜面。大きな竜でも隠れられそうだ。
しかし、竜って10メートル以上もあるのか。10メートルと言えば……二階建ての家くらい?この村には一階建ての家しかないから、それより大きいことになる。
あれ、でも何でフィートとか言われて分かったんだろう。まあいいか。
「まあ、なんにせよ、夜明けまで待ちましょう。さて、屋敷に向かいますか」
「ふふ、もしかして村長、よほど飲みたいんじゃないですか?」
「はは、バレましたか。ささ、行きましょうアルさん。もしかしてお酒は苦手ですか?」
「いえ、大好物です」
「はは、ならば行きましょう!お酒が待っています!」
完全にニヤけたおっさんと化した村長に手を引かれ、俺は屋敷へと向かった。
間もなくして、夜宴が始まった。
会場には村長のココ、その息子コルムを筆頭に、使用人、執事、メイド、あと有力な村人など、身分関係なく、村の面々が一堂に顔を会わせる。
村人の数人が歓迎の歌を歌い、村長の挨拶があり、俺も軽く挨拶をし……。
そこからはものの数分で、飲めや歌えや、大宴会となった。
「あっはっはっは!どうですかな!わが村の宴会は!」
「はは、楽しいですね」
俺はなんとか意識を保っていた。酒を飲んでも大きく乱れない。元の世界でも多分そうだったのだろう。ただ酒のペースが自分でも早いとは思う。
「そうでしょう!まあ、ゆっくり楽しんでください!この村の酒は、地方でも有名ですから!取れたての肴もありますので!」
「はい、どうも……!」
宴の騒ぎに負けないよう、声を張り上げる。
「お、酒を切らしたようですな。そうだ、ちょうどいい。おい、リン!」
ココがパンパン、と手を叩くと、どこからともなく、一人の女の子がやってきた。
髪は長く、背は高い。全体的に黒を基調とした服を着ていて、どことなく冷たい感じを漂わせる女の子だ。リンは俺の横まで来て立ち止まる。
「ご紹介します。こちらは『リン』といいます」
リンは、その長い髪をなびかせて、挨拶をする。その際、何かの鈴の音が、チリン、と鳴った気がした。
「……リンです。よろしく」
たった今紹介されたリンだが、村長のフレンドリーな様子とはまるで違った。
むしろまったく逆で、その目は、あくまで冷たい、人を観察するような目だ。
あんたがマスター?とでも言わんばかりに。
彼女は間もなく俺の横に座る。そのタイミングで、ココは解説し始めた。
「リンは『トレーナー』として、訓練を受けています。
『トレーナー』とは、ドラゴンの生態について深い知識を持ち、ドラゴンの調教や訓練をする役割を担う者のことです。また、『マスター』ほどではないですが、ある程度ならドラゴンと心を通わせることができます。
今後リンは、あなたの忠実従順なパートナーとなります。しばらくは共にドラゴンの扱いを学び、いずれマスターとして活躍することになるでしょう。
……夜のパートナーとしても、どうぞお好きに」
酔いのせいなのか、ココは下卑た笑いを浮かべる。
俺は冗談なのか本気なのか分からず、ただ空気を読んで「はは……」と乾いた笑いを浮かべた。
リンの方はまるで話に関心無さそうで、黙って俺の杯に酒を注いでいる。
「リン。こちらがアルさん。わが村に降り立ったドラゴンマスター様だ」
リンは、こちらを見て、「どうも」と小さく答えた。
「リン。もう少し、愛想よく挨拶しないか。この方はお前のパートナーになるのだぞ」
ココの挨拶に合わせて、俺は一応、ニコリと笑顔を作ってみる。だがリンは、一向に無表情のままだ。
何してんの?あんた。ってくらいに。
ホント、こっちが聞きたいわ。
「リンお前……」
あ、ヤバい。ココが少し機嫌を損ねている。
「まあまあ!ぜんぜんいいですから!」
俺は必死に笑ってその場を取り繕う。
「そうですか……、あ、向こうでお客が呼んでおります。それでは私はそろそろ失礼を。
……リン。くれぐれも失礼のないようにな」
「はい。ご主人様」
リンが返事をする。そしてココは他の客の元へと去っていった。
二人、席に残される。
「リンさんは飲める?」
「リンでいいよ。マスター」
リンは冷たく言い放つ。
「リンは飲める?」
「飲めない」
即答だった。そしてデフォルトでタメ口だった。
「そういえば、リンはいくつ?」
「15」
「ふーん……」
若すぎないか?そして、若い割に、大人びて見える。背も高いし。
「マスターは?」
「え?」
リンからの質問。
「えと……俺はまったく記憶が無くて。自分の年齢が分からないんだよね」
「記憶が無いの?」
「ああ。どこから来たのか、自分が誰なのか、さっぱり分からない」
「そうなんだ」
リンはお酒を注ぐ。
「じゃあ、本当に『マスター』か分からないんじゃない?」
「え?……まあ、確かにそうだね。
あ、でも、『マスター』の伝説には一応沿っているみたい。馬小屋とか記憶とか」
「…………」
まあ、確かにそのくらいなら、別に本物じゃなくてもねつ造できるのか。本物の証明にはならない。
「まあ、明日の朝、ドラゴンがちゃんと来てるかどうかだね」
そう言って、リンは小生意気な目でこっちを見る。そう言った時のリンは心なしか、楽しそうに見えた。
「ねえ、マスターはさ……」
「『マスター』じゃなくていいよ」
「え?」
「俺が君を名前で呼んでるんだから、君も名前でいいよ。アルでいい」
「分かった。……今度から、そう呼んでみるよ」
そう言って、リンは控えめに笑う。
それは、ぎこちない笑い方だったが、俺にはそれで十分な気がした。
俺は話題を切り替えた。
「ところで君は、村長の娘さんなのか?」
「娘じゃないよ」
不思議そうに、リンは答える。
俺にとっては意外な答え。あれだけ他人を丁重に扱う村長が、やたらなれなれしかった気がするが。
「え?じゃ、近所に住んでるの?」
「ううん。違う。なんで?」
「え、いや、やけに村長と仲がいいように見えたから……」
そう言った瞬間だった。
さっきまで、少し明るくなったように思えたリンの表情が一転して、暗くなったように感じた。そして、最初に出会った時に感じた冷たさ。
「仲……良さそう?本当にそう見えたんだ」
「え?ああ……」
俺があやふやに返事してしまった。
その時にはもう、リンとの間に見えない氷の壁ができている気がした。俺とは決して目を合わせなくなったリンからは、殺気すら感じた。
永遠とも感じられた沈黙のあと、リンは席を立ちあがった。
「じゃあ、あとは、ごゆるりと。『マスター』」
「え」
そう言って、リンは俺に背を向け、どこかへと歩いていった。
あまりに突然で、俺は思わず狼狽える。が、リンはピタリと歩みを止めた。
「……一つだけ、言っておくよ」
ギリギリ顔が見えない角度に振り返る。
「……私はね。こことはちょっと違う。遠くから来たんだ」
一言、呟いた。
「え?ああ、そうなんだ……」
俺が答えた直後、リンは一瞬だけこちらに振り向き、そしてまた、どこかへと立ち去る。
最後に向けた目は、最初に会った時のような、ひたすら冷たい目だった。
ドン。
大きな音がした。爆発音のようだ。
屋敷にいた全ての人間が、宴を止めて音がした方を見る。
全員、見る方向にブレはなかった。その方向だけやけに明るくなったからだ。
そこに見えたのは夜を照らすほどの炎だった。