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この世界

「あなた達の事情は分かっています。竜と共に召喚され、その竜は一つの町を滅ぼした。そうでしょう?」

 アルとリンを屋敷へと案内する道中、エニスタ・レインハルトはそう言った。彼女は、領主ルーク・レインハルトの妹であり、リンと本当に同い年らしかった。

 しかし領主代行とはいえ、長く伸ばした髪が体の半分ほどを隠してしまう小柄な体の彼女は、初見ではとてもそう見えない。

「数日前、ヤシロ村の山が燃えているのは、この町の見張り台からも見えていました。

 そしてその炎が、偶然のものや、人の手によるものではないだろう事も、なんとなく分かっていました。もっと強大な力を持つ何か。……例えば『竜』のような」

 エニスタは言う。

「それを裏付けるように、数日前、ヤシロ村の兵が私の屋敷に訪ねてきました。そしてあなた達の特徴を言い、『竜の力により、村を焼き払った犯人』だと必死に説明していました。

 しかし私は不思議に思ったのです。どうしてあなた方『だけ』が追われているのか、と。竜の力で村を焼いたなら、通常はまず、竜の特徴を言う。危険度は竜の方が遥かに高いですから。マスターは二の次です。

 このマスターと竜が、今は別行動しているのだということは、容易に予想できました。……そして恐らく理由は、竜がコントロールできていないことであろうことも。

 そういったケースは往々にしてありますし、実際にこの目でも見てきました。……さすがに村一つ滅ぼした例はありませんが」

 淡々と自分の見解を述べるエニスタ。その推理力に、アルのリンも感心した。少ない条件でそこまで割り出すのは、並の洞察力じゃない。

「……ヤシロ村の人々の様子は、どうでしたか」

 アルは言う。

「あなた方の所在を聞いただけで、懸賞金を掛けることなくも去っていきましたよ。……もう、何も持っていないのでしょうね。

 今はもう、滅ぼされた村の復讐だけを目的として生きている、人形のようなものでしょう」

 アルは自分でも知らないうちに、拳を握っていた。

 辿り着いたのは白い壁が高くそびえ立つ、ほとんど城と言っていい見事な屋敷。

 アルとリンは、何十人もが一斉に並んで食事ができるような、大きなテーブルのある外賓の部屋に迎えられた。

 やがてエニスタは、屋敷の執事から地図を受け取り、テーブルの上に広げた。

「この世界は、三つの大陸で分かれています。

 人の住む『レグノア』

 魔の住む『マグノア』

 そして混沌の地『アレクノア』

 私たちの住むのは、人の地『レグノア』になります」

 エニスタはテーブルの短辺を埋めるほどの大きな世界地図には三つの大陸に分かれて描かれていて、それぞれ『剣』、『杖』、『竜』のマークが描かれている。

「『魔』に心当たりがありまして?」

 エニスタの問いに、アルは首を振った。

「そうですか。どうやら、あなたは本当に『マスター』らしいですね」

 そう言って、エニスタは微笑む。

「『魔』とは、世の理を超越した能力の事ですよ。『魔法』。そう言った方が分かりやすいでしょうか。魔法使いや魔女など、魔法を操る者が主に拠点とする土地。それが『マグノア』です。聞き慣れないでしょう?」

アルは頷く。

「そして、もう一つの土地が『アレクノア』です。

……この土地の実態はまだ明らかになっていません。

絶えず戦いが起こり、絶えず死者が出る一方で、新たな資源や技術、未知のエネルギーの発見など、生まれるものも多くある。

そうした『未知』を求めて、『レグノア』や『マグノア』から多くの人間や竜達が押し寄せ、ひしめき、争い合う。 それが『混沌の地』アレクノア」

 エニスタの声色が変わる。

「……そして、私の兄様も今、ここにいるはず」

 エニスタは顔を上げ、先ほど通りの明るい、愛想のよい顔に戻る。

「アルさん、と言いましたね。貴方達マスターは、とある『魔女』によって呼び出されたのですよ。例えば、こんな本をご存じでしょうか」

 エニスタは一冊の薄い本を取り出した。

「これは……?」

「『異人の書』ですよ。アルさん。見覚えがありませんか?」

 エニスタの言葉に、アルは過去の記憶を掘り返す。すると遠くない過去に、同じものを見かけていることに気が付いた。

「ヤシロ村の村長が持ってた……」

 アルの言葉にリンは顔をしかめ、エニスタは微笑む。

「ええ。これは『マスター』が現れた時のために、各自治体の長に配られる書なのですよ。

 これを私達は、『異人の書』と呼んでいます。

 中身は特に多くはなく、『マスター』が召喚された時の、その特徴や扱い方などを書いています。冒頭部分は『マスターとは、竜と共に現れ……』と、マスターの定義について。

着目するのは、途中部分でしょうか」

 エニスタは本の途中を開いた。

「これは……」

 エニスタの開いたページには、アルファベットの一覧が並んでいた。Aからほとんどが×で塗りつぶされ、残っているのはアルファベット全体の四分の一くらいだろうか。

「これによって、『名前を失った』各異人は名付けられています。

不思議な事に、本の持ち主が書き込むまでもなく、旅人が召喚され、どこかで名付けられるごとに、いつの間にかアルファベットが塗りつぶされています」

「「へー」」

 アルとリンの声が揃った。不思議なものってあるものだ。

「……正確に言うと、『配られた』というより、『いつの間にか持っていた』というのがよいかもしれません。『魔女』の手によって、いつの間にか手元に持たされ、認識されていたのですから」

「何の目的で?」

 アルは尋ねる。

「『マスター』の管理のためですよ。他の目的は分かりません。魔女からすれば、単なる『戯れ』かもしれません」

 エニスタは続ける。

「分かっているのは、『マスター』はこの世界の何処かにいる『魔女』の手によって、『外の世界』から呼び出されるものであるということでしょうか。居場所も目的も分かりません。

……意外と近くにいるかもしれませんね。その魔女は」

 アルとリンは、エニスタの説明をじっと聞く。エニスタは出されてた紅茶を一口飲み、息をついた。

「アルさん。あなたは元の世界のことを覚えていますか?」

「え?」

 アルは否定する。

「いえ、まったく。でも……」

「不思議とこの世界で生きていける」

 アルが答える前に、エニスタは答えた。

「ああ、そうなんだ」

 アルは続けた。

「不思議なんだけど、アルがこの世界に来てから、違和感は感じるんだけど、それでもなんとなく生きていけてしまう」

「例えば、長さの単位や、お金の単位が分かってしまう、とか?」

 アルが驚いて見つめると、エニスタはまた不思議な微笑みを浮かべる。

「それはまさに、異世界から来た『マスター』の特徴です」

「どういうこと?」

 リンが尋ねる。

「異世界から来た旅人は、この世界にアジャストするのですよ。

 例えば、元の世界で20歳だった者は、この世界でも20歳程度生きてきたものと同じく見なされます。例えば、通貨や長さ、時間、風俗など、この世界にあるものは、この世界で生きてきた人間同様、『理解する』事ができます。

もちろん元の世界の能力や知識量は反映されますから、その人の個体差は残りますが。

……ところで、アルさんは何歳ですか?」

「え?……さあ、分からないなあ」

エニスタは持っていた紅茶を一口すすり、そして静かに置く。

「……しかし、相応に生きてきたのは間違いないでしょう。でなければ、何人もの訓練された兵士達を、切り倒したりできることはないはずです」

「あ」

「それこそが、あなたの元の世界の能力のはずですよ」

 屋敷がしん、と静まった。一瞬だけ、何故知っているのかと思ったが、ヤシロ村の人間がここには訪ねてきている。彼らが話したのだろう。

「でも、ただの記憶喪失とどう見分けがつくの?」

「ふふ。リンさんは痛いところを突きますね」

 エニスタはまたにっこり笑う。

「稀に、召喚される『マスター』には、記憶を所持したままこちらの世界に来る者もいます。自分の名前から元の世界の住所まで、詳細なことまで明確に覚えていて、また同時に異世界から来た証として、『竜』の力も使いこなします。

 また、旅を続ける中で、少しずつ、あるいは唐突に、記憶を取り戻す者も多いのです」

 エニスタはまた、紅茶を飲んだ。ゆっくり飲んでいたはずだが、次に置いたときにはもう、カップの中は空になっていた。

「……さて、これで大方、疑問は解決しましたでしょうか」

 解決した、というか整理する。

「『マスター』は『竜』を操るもので、『魔女』によって、異世界から呼び出される。この世界の基礎知識は与えられるが、能力は元の世界のものを引き継げる。

 この世界は『人』、『魔』、『竜』の住む大陸に分かれている。そして君の『兄様』は争いの地、『アレクノア』にいる。

 ……ってところかな」

 アルは本当に要点だけ摘まんで話すと、エニスタはまた微笑む。

「ええ。大体そんなところです」

 そういってまた笑う。そうしているうちに、おかわりのお茶が、執事から注がれる。

「他に質問はありますか?」

「もう少し『竜』に関する汎用的な知識と……あとは『トレーナー』について知りたい」

 アルは言った。リンも少し意外そうにアルを見る。

「『トレーナー』ですか」

「ああ」

 アルは声に力を込めた。

「『トレーナー』は何者で、その能力は何なのか。それついて知りたいと思っている」

 アルはエニスタをまっすぐ見つめる。

「あとそれに、この子は『プエラリカ』出身なんだけど、それについて……」

 言いかけた瞬間だった。


 カン、カン、カン、カン……。


 アルの声は突如鳴り響く、けたたましい鐘の音によって遮られた。

「なに……これ……」

 リンがつぶやく。

 その横で、エニスタは一瞬だけ、はっきりと不安そうな顔をしたが、すぐにキリッと気を引き締める。

「エニスタ……?」

「落ち着いてください。これは……」


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 翼の音。鳴き声。


 アルの背筋が再び凍った。


 ……それは、たしかに数日前聞いたもの。

 そして、一瞬にしてすべてを奪い取ったもの。


 震えるアルとリンに対して、エニスタは一言、言った。

「……行きましょう。私も」


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