第六話 笑顔が地顔の奴にマトモな奴はいないのか?
しばらく睨み合って居たが、王子の後ろから何やらブツブツ呟く声が聞こえたかと思うと、俺を囲むかのように足元に炎で描かれた円が現れた。
「ディルクさん、でしたっけ? 調子乗るのもいい加減にした方がいいですよ~」
やや間延びした声が響く。
声の主は宮廷魔導師然とした格好の十五・六の小僧だった。
フードの下のくりくりの焦げ茶の髪と幼い顔立ちで、エルゼよりも濃い緑の瞳が印象的だ。
「はじめまして~。ボクはガウナって言います。この国の王太子リーンハルト・フュルヒテゴット・フォン・アグピオス様のご学友と宮廷魔導師やってま~す」
小僧がのほほんとした声で名乗っている間にも炎は嵩を増し、俺を囲っていく。
「このままじゃ炎に囲まれて焼死か窒息死しちゃいますね~。でもディルクさんが大人しくボク達に従ったらこの炎は消えますよ」
いかにも無邪気そうにニコニコ笑いかける小僧。誰も止める様子はない。
魔導師を母に持つ俺だが、魔導で攻撃をされたのは初めてだ。
思わず口元が笑ってしまう。炎の丈は俺のあご辺りまで迫っている。燃え盛る炎の輪に取り囲まれて笑っている俺はヤツらからしたらさぞかし不気味だろう。
「おやおや、このような炎で王太子殿下に何かあったら大変です。あなた方の為に結界を張りましょう」
俺はそう言って魔導で作った氷の檻にヤツらを閉じ込めた。
「脅威が消えれば結界も消えるでしょう。どうかしばらくご辛抱下さい」
この場合、『脅威』とは先程の宮廷魔導師小僧が作った炎の事だ。要するに「お前が出した炎が消えたら氷の檻も消えるんじゃね?」と言ってやった。
さっき宮廷魔導師小僧は俺が大人しく従ったら炎は消えると言った。従わないままだったらどうなるんだろうな? 面白い。
慌てるヤツらを見ながら、俺は後ろ手で炎に指を入れ精霊を呼び出す。
火の精霊には直接火を触った方が語りかけやすいのだ。精霊と交渉した俺は何とか無傷で炎から出してもらう。
「それでは、俺はこれで失礼します。どうかご無事で」
炎の柱の横でヤツらに笑いかける俺。今回は今までの作り笑いと違っていい笑顔だったはずだ。
去り際に王子一行を閉じ込めた氷の檻に塩を撒いておいた。
小学校の理科で習うような理屈で、より冷たくなり強化される氷の檻。
魔導で溶けにくい上に、塩かけ氷の檻は夏でも寒かろう。苦しめ。
ちなみに塩は港町出身の冒険者からの献上品だ。
この国は内陸国なので岩塩が中心なのだ。
「まったく。こんな山村じゃ塩は高価なんだぞ。後であいつらの泊まる宿に上乗せ請求させてやろう」
独り文句を言いながら村の道を歩く俺。
本来要人が村に来た時は村の代表である村長の家で歓待される習わしだ。
だが村長の家イコール、エルゼの家でもある。
可愛いエルゼを狙っている狼どもをやすやす同じ屋根の下に泊まらせる俺ではない。
毎回危なそうな奴らは事前に裏から手を回して宿屋に誘導している。
もちろん今回も彼らがどんな身分や立場を出そうが、村長の家に泊まる事は出来ない。
村唯一の宿屋の兄弟にも根回し済みだ。
ふと視線を前に向けると道の反対側から一人の壮年の男がこちらに向かってくるのが見えた。
テオテル村の村長だ。
中肉中背で肩までの髪をオールバックにして一つに括っている。目元がエルゼと一緒で柔和なので俺は彼の顔が嫌いではない。
「お義父さん、どうされたのですか?」俺は彼に声を掛ける。
「おお、婿殿。探したぞ」
ガキの頃から現代日本の知識を駆使して村に貢献してきた俺だ。
エルゼの両親はとうの昔に攻略済みである。
彼女と結婚こそまだしていないが、村長ともけっこういい婿姑関係が築けていると思っている。
「いやな、婿殿よ。最近厳つい連中が村をウロウロしているようだが……?」
自慢のあご髭を撫でながら村長が言う。
「自警団の強化です。お義父さん。最近は物騒なので一時的に町から有望な若者を引き抜いてきました」
俺はいかにも好青年然に柔らかく微笑む。
見た目は厳ついが、冒険者ども《あいつら》は面白い事には協力的だったり、相手が格上だと分かったらすぐ服従したりするような素直で気持ちのいいやつらばかりだ。
「それと婿殿よ。村の周りに凶悪なトラップが張り巡らされているようだが……?」
「自警団の強化です。お義父さん。この村には得難い宝がいますから」
「お? 婿殿は分かっておるのだな?」
俺の返答に村長の目がキラリと光る。
「もちろんです!」力強く頷いた。
「……ところで、先ほど王都の視察団を見ました」
俺の言葉に顔を曇らせる村長。
村長は一人娘を溺愛している。先月のエルゼが妾妃に望まれた件はかなり堪えたのだろう。
「なんでもテオテル村の水車や肥溜めを実際に見たいとか……。宿屋に泊まるようですが、じきに村長のお宅にも挨拶に行くと思いますよ」
続けて、明るい口調で適当にヤツらの来た理由をでっち上げておく。
思い込みの激しいこの人だ。きっと最初にインプットされた情報のみで対応するだろう。
「おお! そうか、実は先日の妾妃の話で色々と不安だったが……、杞憂のようだな。水車や肥溜めが見たいならば好きなだけ見て頂こう」
人の良い村長は笑顔で去って行った。
出会ってしまったものは仕方が無い。
宿屋の息子に探りを入れつつ、王子の出方を待とう。
「やあ、ディルク」
村長と別れしばらく歩いていると、今度は短い赤毛の男が手を振りながらやって来た。
宿屋の三男坊・フィデリオだ。
のほほんとした雰囲気のいかにもな村の若者で、長年つるんでいる幼馴染の一人でもある。
「よ! フィデリオ。ちょうどお前の所に行こうと思ってたんだ」
「大仰なお付きの人も居ないみたいだし、話を聞いてもいいよ」
家業が宿屋なだけあってフィデリオの地顔は笑顔だが、醸し出す空気には思いっきり棘と毒が含まれている。
フィデリオは町の人間であるイグナーツや冒険者達がのさばっている現状を快く思っていない。俺のエルゼ死守には協力してくれているが、打倒王太子の作戦会議に参加しないのはその為だ。
「なぁ、今夜から王子一行がお前ん家の宿に泊まるって聞いているだろ?」
あえて空気を読まず、軽い口調で問いかける。
「うん。ディルクの予想……と言うよりも作戦通りにね」
人受けのよさそうな笑顔を見せて答えるフィデリオ。
フィデリオは家業とテオテル村自警団の団員の兼業をしている。自警団にしても村長にしても、それだけでは食っていけないのだ。
「出す食事全部塩抜きにしてくれ」
宿の食事を作るのはフィデリオの役目だ。
「嫌だよ。僕の作った料理で体調不良とか出したくないね」
こいつに古き良き日本の拷問方法を教えた俺が馬鹿だった。
「……塩分過多は体に悪いんだぞ」
別にフィデリオの料理が塩辛いって訳でもないが、悔し紛れに言っておいた。
「あとな、王子追い出し大作戦の必要経費は王子に請求しておいてくれ」
「相変わらず悪知恵が働くねぇ、ディルク。そっちは了解」
あー、了解するんだ。お前もたいがいだな。
しばらく談笑しながら、なんとはなしにフィデリオの家である宿屋に向かった。
すると宿の入口に、あの檻を脱出したらしい王太子一行が居た。
「殿下、ご無事のようですね。何よりです」
厭味ったらしく声を掛けると、またまた殺気立つ後ろの騎士達。
「もう何かやらかしたの?」と言いたげな顔で俺の方を見るフィデリオ。
俺は気にせず、やつらに笑顔で向きあってやった。
「ククッ……」
しばし緊迫した空気が流れた後、王子が急に笑い出した。
これには俺も騎士達もぎょっとする。
「あー、ディルクさん」
王子をちらりと見てから、宮廷魔導師小僧が気の毒そうに俺に話しかけてきた。
「うちの殿下が『冬の泉の君』とか『沈着冷静な王太子』として有名なのは知っていますか?」
「あー、多少は」
一応この国の民だからな。王族の事はなんとなく伝わっている。大体は容姿を褒める言葉の方が多いが。
「あれって本当の事なんですよ。リーン殿下が表情を動かす事ってめったに無いんですよね~。本人は色々な事に興味を持つんですが金も地位も才能もありすぎて何でもすぐにものにしてしまうので、結局心を揺さぶるものに巡り合えないっていうか……」
面白そうに俺に喧嘩を売ってきたさっきのヤツを見ると、にわかには信じがたいがな。
そんな俺の心を読んだかのように声を弾ませながら小僧は続ける。
「ですけれどねっ。殿下はこの村に来てから実に楽しそうなんですよ~。原因はディルクさん、あなたですよ。あなたが予想もつかないような方法で歯向かって来てくれるから、今の殿下はとても活き活きとしています」
だから何だと言うんだ?
「ボクはとっても嬉しいです~」と笑顔でのたまっている宮廷魔導師小僧を見ながら俺は眉を寄せた。
「今までは鄙の娘になぞ興味は無かったが、お前がそこまで入れ込む娘だ。さぞかし価値があるんだろうな」
俺の顔を見てニヤリと笑ってから宿の中に入って行く王子。ザッザッザッと規則正しい音を立てながら騎士達も後に続く。
「あーあ。ディルクさんが頑張ったのが徒になりましたね。単に見聞目的で来ていた殿下が興味持っちゃいましたよ~」
宮廷魔導師小僧は「さーてどうするんですか~?」と心底楽しそうに俺を煽ってから王子の後を追った。
「嘘だろ……?」
俺はガクリと膝を付いた。
隣に居たフィデリオが可哀想な子を見るような目で俺を見ていたのが痛かった。
やっと拍手の未登場キャラ(フィデリオ)を出せたので、もう一個小話を追加しますね。
しっかし、構想時はディルク編五話くらいの予定で、フィデリオも三話くらいに出す予定だったんですよ。まさかこんなに長くなるとは……。
一応、あと数話の予定です。
最後までどうぞ宜しくお願い致します。