第七話 恋する男は視界が狭くて困る
「……それで、王太子が余計にエルゼさんに興味を持ってしまったんですか?」
「………………うるせぇ……」
寝不足なんだ。大声で言うな!
朝靄の残る中、俺は自称副官と村の中心部へと続く道を歩いていた。
今日のイグナーツの髪型は右肩の辺りでご自慢の金髪をゆるく縛っている。
知り合って十年余り。こいつの髪の毛へのこだわりを知った当初は、エルゼの真似をして両おさげなんてしよう日には見限ろうと決めていた。
ゆるふわおさげも前髪パッツンもエルゼだから愛くるしいのだ。
だがイグナーツが俺の逆鱗に触れる事は無いので今日もそこそこの関係を築けている。
「あの後、エルゼの家に行って泊まりがけで護衛しようと思ったんだが全力で拒否された」
「そりゃあそうでしょうね」
訳知り顔で頷いているこいつが憎らしい。
「なんでだよ? エルゼは家で普通に過ごしていればいいんじゃねーか。俺が寝ずの番するだけで、寧ろエルゼが寝てくれた方が既成事実とかあれとかこれとか色々出来て好都合だし」
エルゼに拒否された俺はエルゼの家の前で寝ずの番をした。
家の中と外では大違いだ。野宿は夏だからまだいいものの、虫は出るわエルゼの家の前だから悶々するわで大変だった。
夜が明けて、先ほど着替えと食事の為に一時帰宅をし、エルゼの元に戻ろうと玄関を開けたらこの自称副官が居たのだ。
「それですよ。まったく嘆かわしい。姫君に仕える騎士のように振舞いでもしたらエルゼさんも見直すかもしれないのに……」
大げさに呆れているが、イグナーツなんて町では相当遊んでいる。自分の事を棚に上げて説教するな。
「騎士だって頭ン中じゃ何考えてるか分からないぞ? 不健全な精神で国が守れるかってーの!」
「騎士道を愚弄するな。ディルク・ゴーロ・テオテル」
俺とイグナーツの会話に割って入ったのは、昨日聞いたばかりの涼しげな声だった。
「これはこれは……お早うございます。王太子殿下」
今日も今日とて見目麗しいお姿で騎士を引き連れて……。
すぐに貼りつけたような笑顔が出るのは元日本人の記憶の賜物か?
「……ふん」
王子は俺の胡散臭い挨拶に鼻を鳴らした。むかつく野郎だな。
「エルゼさんも来てますよ~。そして今の話聞いていましたよ~」
このうっとうしい喋り方は魔導師小僧。今日も暑苦しいローブを羽織っているのに笑顔だ。
「あ、おはようございま~す」なんてのんびりと付け足しのように言っている小僧の後ろには真っ赤な顔で肩を震わせているエルゼがいる。
「エ……エルゼ…………、お早う」
とりあえず挨拶してみた。
エルゼは真っ赤な顔に涙を浮かべて、俺を一睨みしてから駆けていった。あの様子は相当に怒っている。
正直、罵られるより堪えた。
「エルゼなら僕の恋人が今日一日傍に居るって言っていたから大丈夫だよ」
落ち込む俺の肩をポンと叩いて、柔らかい声で語りかけたのはフィデリオだ。登場した一瞬で天敵のイグナーツと冷ややかな視線を交わすのも忘れていない。
「『お前の恋人』は誰だか知らんが、『俺の妹』が様子を見るって言っていたからお前は気にするな」
「遠慮しなくていいんだよ。ディルク。いや、お義兄さん」
「誰がお義兄さんだ。誰が! 俺は認めないからなっ!」
「あー、ディルクさんの所の込み入った事情なんかどうでもいいんですけれどね。そこの宿屋のお兄さんがエルゼさんをここに来るまでずっとボク達から守っていたんですよ~。ディルクさんより立派ですよね~」
フィデリオの友情には感謝するが、それはそれ、これはこれだ。
「感謝してくれていいよ」とお得意の人当たりの良い笑顔を見せるフィデリオ。
俺の妹はこの笑顔に騙されているんじゃねーか?
「エルゼ嬢の護衛ならば騎士を付けるが?」
冷静な表情を崩さず提案する王子。
こいつは確信犯だ。
何が悲しくて王太子《お前》からエルゼを守る為に王太子《お前》付の騎士に頼まなくてはいけないのか?
「いえ、結構ですよ。心の底から。御心遣いだけ感謝致します。その気高い御心のままどうぞ王都にお帰り下さい」
なんなら送りましょうか? と笑顔でオプションを付けてやる。
「ふん。わざとらしい態度は止めろ。敬語も不愉快だ」
端正な顔を不快そうにしかめる王子。
「そうは行きません。なにせ『テオテル村の』視察に来られた大切なお客様ですから」
俺の言葉に楽しそうに反応したのは宮廷魔導師小僧だ。
「あ、村長さんには昨日のうちに名乗ってますよ~」
「なっ! 王太子だって村長に伝えたのか?」
「当たり前だ。命令書こそ渡していないが、目的も伝えてある」
「なんか村長さんやけに肥溜めとか水車の話を持って来て、思い込みを解くのが大変でしたけどね~」とは宮廷魔導師小僧の言だ。
「アホかー! お忍びだったらお忍びらしくこっそりしてろ! うちの村長は胃腸が弱いんだぞ!」
だから昨日家に帰ってきた村長の様子がおかしかったのか。エルゼの説得で頭が一杯だったので声を掛けなかったが。
「一国の主になる者がそのような卑怯な真似をする訳がなかろう!」
心外そうに眉を顰める王子。この国の未来は大丈夫なのか?
「リーン殿下のお忍びは周りの人の善意と好意によって成り立っています」ニコニコと解説する宮廷魔導師小僧。
「その時点でお忍びじゃねーよ! 時と場合によるだろーが! ちっとは頭を使え!」
「殿下、ディルクさんなんていいお手本になると思いますよ~」
「目的の為なら平気ではったりかませる所とか、外堀を固めて目標物を手に入れる所とか、卑怯な手を使ってでも目的を達成する所なんてかなり参考になりますよ」
「『戦争時には英雄でも日常では問題児』の典型だよね」
お前らも参加するな。どっちの味方だよ?
イグナーツとフィデリオは普段は仲が悪いくせに俺をこき下ろす時だけ息が合っている。
俺らが言い争っていると、件の村長がよろよろとした足取りでやって来た。
「お早うございます。殿下」
「うむ」覇気のない村長の挨拶に鷹揚に頷く王子。
「ご所望の通り、娘を案内役にしましたが……」
萎れた様子で愛娘を探す村長はすでに娘を身売りしなくてはいけない親モードだ。
「いや、そこの自警団団長が名乗り出た」
エルゼが怒って行ってしまったのは僥倖か?
王子が何を考えているかは分からないが、俺は王子の芝居に乗ることにした。
「ええ、エルゼも先ほどまで居たのですが、具合が悪いようなので王太子殿下のご好意で帰しました。代わりに俺が自警団団長として王太子殿下を村に案内させて頂きます」
「むこ……ディルク……」
涙目で縋るように俺を見る村長に軽く頷くと、俺らはテオテル村観光案内を始めた。




