28.魔石の仕組みと申開きの準備
研究棟に戻ると、アリシアとミユキは絶賛稼働中だった。
「なるほど、これで回転数の維持を行うわけですね」
「そうじゃ。抵抗に負けないようにするには量じゃ」
どうやら、チェーンソウの試作が進んでいるらしい。
「ただいま、戻りました」
「おう、おかえり」
「おかえりなさいませ」
二人は手を止めて挨拶をする。そして、一息入れようとお茶を用意してくれた。
「で? どうじゃったギルは」
「はい。申開きの許可はいただきました」
「ほう。さすがはマキトじゃの。奴の言っていることは理解できたのか?」
「そうですね。やりたいことはわかりました」
「さすが。お主は、金のことなら何でも知っとるのぉ?」
どちらかと言えば、お金より政治の話だった気もするのだが。
「それで、早々に申開き用の資料を作らなくてはいけなくなりました」
「そうじゃの。じゃあ、ミユキ、今日はこの辺でお開きにするか」
「あ、はい。わかりました」
ミユキは何だか嬉しそうだ。
「で、そちらはどれくらい進んだんですか?」
おそらく今日の成果を報告したそうなミユキに聞いてみる。
「はい! 試作品はもうほとんど完成しました。これ、すごいですね! 私でも木が切れちゃいました」
そう言いながら、チェーンソウを見せて来る。なるほど。チェーンソウというより丸鋸に近い。円盤には12箇所の穴が空いていて、そこにカプセルのようなものが取り付けられている。
「ここは魔石で対応しています。半分が加速用の魔石で半分が速度維持の魔石です」
「へぇ。なら魔力が無くても扱えるんですか?」
「うむ」
「そういえば、魔石のオンオフってどこで制御しているんですか?」
僕の部屋にも電灯とシャワーに魔石が使われているが、どちらも触るだけという簡単操作でオンオフが切り替わる。考えてみると不思議だ。
「灯りなら灯れ。って思いながら、シャワーならお湯よ出ろ。って感じで触る。意志と接触の二重構造じゃな」
「え? でも、それだけだと……なんかおかしくないですか?」
「そうか? 魔物だって火を消したいと思うだけで火を消せるぞ?」
そういえば、前にそんな話をしたことがあったな。魔石を有する魔物はマナとの相性が良く、願えば叶うみたいな状態になるようだ。
ただ、僕が考えた周囲から酸素を消す魔法だと、呼吸が魔物にとって自然な行為であるため、魔物は、なぜ苦しいのか理解できず、結果、現状を打破するための思考が働かず、結果、魔石も反応せず効くというわけだ。
「でも、人間も魔石を扱えるなら、相性とか関係なくないですか?」
「魔石には曼荼羅が仕込まれておる。じゃから、人間が扱う魔石は曼荼羅で設定した命令系統でしか動かん」
「曼荼羅?」
そういえば、僕は魔石についてあまり知らない。
「えっと……」
ミユキがアリシアから話を引き継ぎ、解説役に入ろうとしてくれている。
「火を出したい。そう思っても、魔法を使えない人は火を出せません。でも、曼荼羅には火を出す魔法の過程が描かれているので、火を出したい。そう思うだけでいいんです」
その説明を聞いて、少し首を傾げると、ミユキは慌てながらもう少し詳しい説明をしてくれた。
「あ、えっと、魔石やマナは意思を受け取ることはできるんです。でも、魔法が使えない人の意思は形にできない。魔石は意思を受け取り曼荼羅に流し、曼荼羅が火の魔法を使うプロセスを魔石に流す。これで魔石から火が出るというわけです」
「魔石は意思を受け取ることはできる?」
「ええ。なんて言えばいいのでしょう? 言葉は違うけど、お願いされているのはわかる。という感じです」
「うむ。良いたとえじゃ」
アリシアに褒められてミユキは「えへへ」と笑う。リアルで「えへへ」なんて照れ笑い初めてみた。
「ならば、水を出せって思いながら火の魔石に触れた場合どうなります?」
「発現しないんじゃなこれが」
「えっと、火の魔石って火を出すわけじゃないですよね? 塵を集めて周囲を震わせるだけ。その結果として火が出る。」
「はい。そうですね」
「でも、火の魔石に水を出せとお願いすると、意思と結果が異なります。こういう場合は発現しなくなります」
よくわからないが、量子力学で言う選択遅延実験みたいなものなのだろうか。
量子は波と点の性質を持ち、その性質は観測の有無によって、観測していないと波、観測していると点。となる。
この性質を活かして、二重スリット実験や有名な思考実験シュレディンガーの猫やその発展形であるウィグナーの友人などがある。
その1つとして選択遅延実験がある。
これは、量子の通り道をあらかじめ設定しておき、通り道には幾多の分かれ道があり、どちらに進むかは50:50の確率で決まる。
そして、量子のゴール地点がA、Bと複数あり、ここだけ観測する。波の性質のときは、A、Bどちらにも到達するが、観測すると、AかBどちらかに到達する。
こんな装置を作り、量子を打ち出してから、到達地点だけを観測する。
たとえば、Aという結果が出る。するとなぜか、その前の状態は波だったはずなのに、点としての振る舞いを示し、Aまでの道のりを示し始める。
そのため、量子は、因果から結果を導くのではなく、結果から因果を作り出してしまうのではないか? という逆転現象が起きる。
魔石の場合、最初に結果があり、その結果に合致しない因果、この場合は曼荼羅による魔法の機序だ。これが異なると、結果を破棄する。
本来なら、火の魔石に水を出せと意思を伝えたとしても、意思により魔石のスイッチが入り、曼荼羅の機序が行われれば、火が出るという結果は得られるはずだが、これが異なる場合、曼荼羅の機序という因果事態を消滅させてしまう。
そんな感じなのだろう。
魔法にはまだまだわからないことが多い。ただ、1つ間違いないのは、物理法則によるものだということだ。
それに、マナだろうが魔石だろうが、量子力学レベルの振る舞いを応用して使えるのは、ここにいるアリシアだけなのだから、あまり考えなくても良いのかもしれない。
ただ、1つ引っかかることがある。
魔石やマナが意思を受け取ることができる。ということは、魔法が使えないなんてことはないのではないだろうか?
「くん? マキトくん?」
「え? あ、はい?」
自分の世界に入り込んでしまい、呼ばれていることに気付かなかった。
「えっと、このチェーンソウ。どうでしょうか?」
「あ、はい。良いと思います。実際に木を切っているところがみたいところですが、もう、こんな時間ですから、それは明日にしましょう」
「はい。じゃあ、明日は木を切りに行きましょう!」
「そうじゃな。また、森にでも行くか」
「えっと、あの……。いえ、では、今日はこの辺で……」
何か言い淀みながらミユキは部屋を出ていった。
伝えたいことがあったのかもしれない。だが、申し訳ないけど、今日は僕自身色々なことがありすぎた。ほとんどギルバードの話を聞いていただけではあるけれど、それでも、これからギルバードの話を要約して、明日、ブルーに伝えなければいけないと考えると、これから突貫作業で寝ずに資料を作らなければならない。
「ギルは元気じゃったか?」
「ええ。元気に死ぬ気でした」
「ほう。何やら面白そうな話じゃの」
ギルバードとの会話をアリシアに伝えた。
魔法を持つ者が富を独占する未来を予期し、行動したこと。投獄中も世界の情勢を見て嘆き、自身の政治体系を諦めていないこと。死後、本を発刊し世界を変えようとしていること。でも、アリシアのせいで今すぐに申開きをしたいと心変わりしたこと。
「なんじゃそりゃ! なんで私のせいなんじゃ?」
「いや、ですから、王族憲章の内容が変わったせいで……」
「それは、私には関係ない! 貴族の奴らが勝手に作ったものじゃ!」
その原因を作ったのはこの人なんだが……。
「でも、まあ、アリシアさんのお陰で、ギルバードさんも外に出ようという気にはなっていただけたんで、結果オーライということで」
「なんか釈然としないが、まあ、良いじゃろう。ときに、お主はギルの話がなぜ、わかったのだ?」
「私の星で、似たような考えを持った人がいたからです」
「なるほどな。たしかにそれなら知っていたもおかしくはないの」
「で、どうなんじゃ? ギルは助けられそうか?」
「はい。少なくとも悪意から王政の瓦解を言い出したわけではないので、どうにかなるとは思います」
「そうか。では、これからどうするつもりじゃ?」
「後で、ブルーさんが裁判資料を持って来るので、それを見ながら明日までにギルバードさんは減刑が妥当だ。ということを証明する書類を作成します。その後、ブルーさんとアリシアさんの連名で申開きの書類を作成してもらいます」
「お主が直接申開きをせんのか?」
「ええ。お二人の名前を出し、お二人、とくにブルーさんが説明する方が裁判員たちも話を聞いてくれると思うので」
「なるほどの」
という話をしたところで、ブルーがやってきた。
「お待たせしました。こちらが裁判の資料になります」
「ありがとうございます。では、部屋に戻って明日のお昼までには、ギルバードさんの申開きの資料を作成しておきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
僕は部屋に戻って、早速、公判記録を読むことにした。
添付資料:第一審公判記録抄(抜粋・改訂)
事件番号:王国中央裁判所 刑事第七部 第1128号
被告人:ギルバード・ベイランド
当初罪名:国庫資金不正流用
【開廷記録】
本件は、王暦三二一年六月十七日、王都中央裁判所において開廷された。
【検察官冒頭陳述】
検察官
「被告人ギルバード・ベイランドは、財務局における地位を利用し、国庫資金を私的目的に流用したものであります。その総額は大金貨三千枚以上。用途は不明瞭であり、帳簿操作も確認されております。本件は、計画的かつ長期にわたる横領事件であります。」
【被告人認否】
裁判長
「被告人、起訴事実について認否を述べよ」
ギルバード
「うん。資金の移動については認めるしかないね」
裁判長
「不正流用の認識はあったか」
ギルバード
「いや。これは実験だよ」
(小規模なざわめき)
【尋問(初期段階)】
検察官
「実験とは何か。国庫資金を用いる正当性はどこにある」
ギルバード
「価値の流れを検証するためのものだね」
検察官
「価値?」
ギルバード
「うん。価値」
(記録官注:この時点では、法廷の緊張は通常の横領事件の範疇にあった)
【被告人陳述(途中より)】
ギルバード
「この国では、貨幣が価値を生むと信じられている。でも、それは誤りなんだ。貨幣は価値を“表現する記号”に過ぎない。価値を生むのは……労働だ」
(法廷内、静粛)
「労働者が生み出した価値は、本来、労働者に帰属する。だが現実には、その大部分が“資本”に吸収される構造がある。この差分……これこそが、富の源泉であり、同時に搾取の本質だ」
(記録官注:この時点より、傍聴席および裁判官席の緊張が顕著に高まる)
検察官
「裁判長、本件と無関係な理論の展開は――」
裁判長
「……続けさせる」
【核心陳述】
ギルバード
「私は、この構造を検証した。資本側に集中していた資源を、労働側へ再配分した場合、生産性は維持、あるいは向上する。これは何を意味するか。この国の経済構造は、合理的ではないということだ」
(沈黙)
「ならば結論は一つ。生産手段は労働者に帰属すべきであり、資本による支配構造は解体されなければならない」
(記録官注:ここに至り、裁判長は被告人の発言の法的含意について確認を行った)
裁判長
「被告人、ギルバード・ベイランド」
(短い間)
「貴殿の理屈を前提とするならば、貴殿が志向しているのは、現行の国家体制の否定であり、その破壊、並びに再構築に他ならないと認識する」
(法廷内、完全な静寂)
「そして、それらの思想を実行に移した時点で、国家転覆罪の構成要件を満たす可能性がある」
(さらに一拍)
「……そのことを認識した上で、発言しているのか」
【被告人の応答】
ギルバード
「うん。そうだね」
(記録官注:被告人、即答)
「むしろ、それ以外に何があるというのかな? 最終的に国家という仕組み自体がその役割を終える。その後に訪れるのは労働者が自身を律し、共同体としての社会構造が作られるであろう」
(傍聴席、一部動揺)
「歪んだ構造は、是正されるべきだ。それが既存の枠組みを破壊する結果になるとしても、それは罪ではなく必然だ」
(記録官注:この時点において、検察官は訴因変更の可能性について言及)
検察官
「裁判長、本件は単なる資金流用に留まるものではありません。被告人は、その資金を用いて国家基盤を否定する理論を構築し、かつその有効性を実証したと自認している。これは思想に留まらず、既に“実行段階”にあると判断すべきです」
【最終陳述】
裁判長
「被告人、最後に述べることはあるか」
ギルバード
「……うん。少しいいかな」
「私は、この理論を完成させるつもりだ。この国を救うための新しい国家主体を体系として提示する。その時、この国の人間は理解するだろうね。自分たちが、どれほど歪んだ構造の中で生きていたのか。と。そして、のちの訪れるであろう国家に依存しない労働者のユートピアを想像し、共に尊重しあい、新しい秩序が世界に訪れるであろう」
(静寂)
「その理解こそが、変革の始まりだ」
【判決】
被告人ギルバード・ベイランドを――
国庫資金不正流用、並びに国家転覆未遂の罪により、
無期懲役に処す。
(資料終)
……。さて、どうしたものか。
ギルバードのしたことは、横領である。しかし、それが国家転覆の序章として扱われたがゆえに、国家転覆罪が適用されてしまった。
たしかに、裁判の流れを見るに、違和感はない。
一応、流れとしては、ギルバードのしたことは、国に対する愛ゆえに起こしたこと。とは言えるし、実際にそのとおりだろう。正しければまかり通るというわけにはいかない。むしろ、正しければ正しいほどに、異端扱い、異論扱い、異質扱いされるのが世の常だ。
さて、どのような流れで持っていこうか。
言論の自由を盾に、罪は横領だけに限定するべきだ。
そもそも、この国の法律に言論の自由があるのかわからない。
王族なりの国への愛。彼のしたことは、国家転覆と思われるかもしれないが、それは国家の安定に根ざしたもので、王族としての使命を全うしたに過ぎない。
うん。この論法は悪くない。
いや、そもそも彼は、国家転覆など考えていない。ただ、このままだと国が滅びると考えたから、国を守ろうとしただけだ。
現に第二次魔石革命時に、世界の経済は混沌と化し、ベイランドもドラゴニアに攻められそうになった。
あのときは、通貨スワップという方法で乗り切れたが、これだって薄氷の上を歩くほど慎重な作業が必要だったはず、ブルーに話を聞かないと詳しいことはわからないが、切迫した状況を変えたのだから、相当な苦労があったはずだ。
この流れは、王国の上層部なら知っているはずだ。裁判員も知っているだろう。
その当事者であるブルーに語ってもらう。そして、原因は魔法技術をベイランドが独占していることにある。
だから、ギルバードはそれを見越して、ベイランドだけでなく、世界的な経済の仕組みを平等にしようと考えていた。
その橋頭堡として、潤沢な資金を持つベイランドが率先して行えばいい。そう考えた。
たしかに、そのやり方は、独りよがりであったかもしれない。でも、もともとはベイランドを守るためでもあった。
国は制度を作ることができる。しかし、制度そのものが国ではない。ベイランドが王国であるならば、その玉座にこそ、国としての本質があるのではないだろうか。ゆえに、王がベイランドの主張を受け入れたのならば、それは、国家転覆ですら無く単なる構造改革にほかならない。ただ、その王の承認という、もっとも大切な要素を怠っただけの話だ。
また、彼の主張は国家という仕組み自体が必要ないという可能性を論じているが、これは現状の王政を破壊しようとしているのではない。時代の必然として王や貴族による政治が必要なくなるだけであり、王族は象徴として、貴族は、他労働者とともに必要なインフラを協議し、集めたお金や物資などを工事業者に分配するといった会計上の処理を行う仕事に従事することになる。
このように国家のあり方自体が変化するだけで、これらは国家を転覆させるのではなく、むしろ、現状の危機を脱するための方法論の一つでしか無い。
ゆえに、国家転覆罪ではなく、せいぜい、国家騒乱罪くらいが妥当な判断だと申開きを行いたい。
と、こんな流れならいけるのではないだろうか。
というより、僕には、これ以上の流れを作ることができない。
人を信用させるには、2割の真実があれば良い。
そんなことを言われているが、これに即して考えれば、この流れの8割は真実だ。
事実と違うところは、ベイランドを守るため。という気持ち以上に、自分が考えた理論を実践してみたかったという、アリシアにも通じる「やってみたいからやってみた精神」の賜物だろうが、そこは、わざわざ言う必要もないだろう。
この理屈に、先ほどブルーからもらった裁判資料を証拠として入れ込み、ストーリーラインを作った時点で、睡魔の力が最大限に高まってきたので、そのまま就寝することにした。




