97.王家からの贈り物
フレッドに送られてリチェット邸に帰ってきたわたくしは、早速自分の部屋へと戻ったのだけれど。帰宅早々自室に見つけたのは床にそのまま置かれた大きな箱に、机の上に置かれた小さな箱。
わたくしはそれらの箱の中身をその大きさで察した。その後のベスの言葉で、それは確信に変わる。
「お嬢様。お嬢様が留守にしている間に、王太子殿下の名でドレスが届きましたよ」
「ええ。この大きさはそう、よね。フレデリク様から聞いたわ」
「ひとまず夕食の時間ですので、先にそちらに来るようにとご主人様から言伝を承っております」
「わかったわ」
ドレスはベスが出しておいてくれるとのことだったので、わたくしはそちらを彼女に任せて食堂へと向かった。
到着すると、そこにはお兄様以外の家族が皆集まっていた。わたくしは王宮に行った時のドレスのまま、席につく。
わたくしが腰を下ろしたのを合図に、前菜が運ばれてくる。使用人たちが退出していくと、最初に口を開いたのはお母様だった。
「イェニーちゃん、アーシャからの贈り物はどう? 机の上に置いてあったと思うのだけれど……」
「ごめんなさい。まだ確認していなくて」
「それもそうね……ついさっき帰ってきたばかりだものね」
頬に手をあてて困ったように斜め下に視線を向けるお母様。
そんなお母様の背中を優しくさすったお父様は、ちょっとだけ自慢げだ。
「ほら言っただろう? アウロラと王妃殿下は仲良しだからね」
「あら貴方……それは誰のおかげかしら?」
「もちろん君だよ」
「まあ……!」
今日も今日とて仲睦まじい姿を披露しているお父様とお母様。わたくしもフレッドとこうなれたらと夢を見てしまうけれど、王族はまた事情があると聞いている。でも夢ぐらい見てもいいと思う。
そんな様子を生暖かい目で見ていたわたくし同様、お姉様も二人に同様の視線を向けていた。一方、シェリーが不安を感じていそうなことにも気づいてしまった。
「シェリー、大丈夫?」
「え、ええ……」
この中で結婚相手、すなわち婚約者がいないのはシェリーだけだ。
お父様とお母様なら無理に結婚するようには言わないだろうけれど、わたくしが彼女の立場なら気にしてしまうだろう。結婚は貴族の責務と教えられているのだから。
「どうしてわたくしだけ婚約者がいないのかしら……? どうしてわたくしとイェニーは双子なのに……なんて、ね。イェニーは孤児院にいて、わたくしはこの家にずっといたのだから違っていて当然よね」
「そう、だね」
わたくしにできるのはシェリーの言葉にコクコクと頷くだけだ。
それでもシェリーの顔が晴れることはない。わたくしはシェリーの婚約者になることはできないし、こればかりはどうしようもないことだ。
こうしてわたくしは、食事中に少しだけ感じたわだかまりから目を逸らしながら自室へと戻った。
☆☆☆☆☆
部屋に戻ったわたくしは、早速ベスにくつろげる服装に着替えさせてもらった。
着替えが終わると、次はフレッドから贈られてきたドレスを持って来てくれるということで、わたくしは椅子に座って待っていることにした。
衣裳部屋にアニーも向かったかと思うと、今度はドレスの入っていた箱を持ってこちらの部屋へと二人で戻ってきた。
この箱、どこかで見たかも……と思っていると「エイミー」と端に書かれていた。
フレッドやお母様と一緒にウェディングドレスを決める時にアーシャ様が呼んでくれた方の名前だったはずだ。王家御用達なのかもしれない。
再び箱から離れると、珍しく楽しそうにしているアニーと目が合う。
「お嬢様、こちらでございます。とても素敵なドレスですよ」
「アニー、落ち着きなさい。お嬢様、申し訳ございません」
「いえ、わたくしは大丈夫ですので」
珍しくミアのようにはしゃぐアニーをたしなめるベス。
彼女が中に入っているドレスを持ちあげると、立ち上がったわたくしは届けられたというドレスに手が届く距離まで近づいた。
アニーが持ち上げているのはガウンらしく、中にはスカートやストマッカーと思わしきものがまだ入っていた。スリーピースなのだろう。
目の前ガウンは濃い、けれど鮮やかな青をしており、どこかフレッドの瞳の濃紺を思い出させる。やや明るい同系色の糸で全体に施された唐草模様が美しい。
袖先のフリルが豪華さを醸し出しており、箱の中に目を向けると前身頃を覆うストマッカーにもまた一級品であろう刺繡が入れられている。
続いてベスに持ち上げてもらったクリーム色のスカートは可愛らしい多段フリルになっていた。
以前も若さを生かしつつも、大人びた美しさで威厳を醸し出すドレスが贈られてきた気がするのだけれど……もしかすると、フレッドかアーシャ様の好みなのかもしれない。少なくともフレッドはこのドレスが嫌いではない、と思う。
「アニーの言う通りね。このドレスはとても素晴らしいものよ。でも、わたくしはフレデリク様のお隣に……」
「お嬢様は気にしていらっしゃいますが、王太子殿下はお嬢様が隣に立てると思って贈ってくださったのでしょう。当日はわたくしたちもお嬢様を王太子殿下の婚約者にふさわしいお姿に磨き上げますので、ご安心ください」
「ありがとう、アニー」
「! 恐縮です……」
そう言って最敬礼をとるアニー。それに合わせて、ベスもまたスカートを箱の中に戻して最敬礼をとった。
平民が貴族に対して行う正式な礼とされているのだけれど……わたくしは畏まってほしいわけではない。
「アニー、ベス。顔を上げて」
そうわたくしがお願いすると、彼女たちは垂れていた頭を再び上げてくれた。
わたくしは笑顔──もちろん淑女の仮面ではない方──を二人に向けて仕事熱心な侍女たちにこう告げる。
「二人とも。当日はお願いね?」
わたくしのお願いに「はい」と通った声で返事をする二人。その様子にわたくしはより一層笑みを深めた。続けて、もう一つの小さな箱の方についても尋ねてみた。
「それで……小さな箱はどうしたか知らない?」
わたくしの疑問にベスが答えてくれる。アニーはドレスの入った箱を衣装室へと片づけに行ったので今は二人だけだ。
「小さな箱ですか? アニーに厨房へと持って行かせましたが……」
「はい。ベスの言う通り料理長に預けておきましたので、お嬢様が心配する必要はございませんよ」
そうこう言っているうちにアニーが戻ってきたらしい。仕事が早い。
教えてくれた二人に感謝の言葉を告げる。とはいえ、本当にその中にスーの実が入っているのか確認したくて仕方がない。
「イェニー様? 湯浴みの時間にはまだ早いですが、どちらに行かれるおつもりですか?」
わたくしが部屋を出ようとすると、ベスに止められた。振り返ったわたくしは、小さな箱の中身が気になることを伝える。
「つまり、どうしても料理長の下に行って確認してみたいということですね?」
「はい。どうかよろしくお願いします」
そう頭を下げると、ベスから軽い叱責が飛んできた。ついうっかり、わたくしは主が侍女に頭を垂れるのはよくないということを忘れてしまっていた。
「……ですが、お嬢様の気持ちはわかりました。先に料理長に話を通しておきますので、わたくしが帰ってくるまで少々お待ちくださいませ」
そう言い残して部屋を出て行くベス。わたくしはアニーと二人きりになった。
「大丈夫ですよ、お嬢様。わたくしが直接料理長にお渡しいたしましたので」
「ええ、聞いたわ。でも、どうしても心配になってしまうものだから」
その後帰ってきたベスは、料理長からの許可をもらって帰ってきた。いや、わたくしは当主の娘だから当然かもしれないけれど。
結論から言って、スーの実には何の問題もなかった。モヤモヤが解消したわたくしは、幸せな気持ちで湯浴みを終える。久しぶりにベッドに倒れこんでしまったのだけれど、こんな日もあるだろう。
そしてパーティー当日の朝。早起きしたわたくしに残酷な事実を教えてくれたのは、ミアだった。
「イェニー様~? 今日はドレスに着替えないといけませんので、クッキーを焼いている時間はありませんよ?」




