95.それぞれのクッキー
そんなジョン君の突然の告白からしばらくして、わたくしたちが混ぜた生地のクッキーも全部焼き上がった。
最初に入れてもらったジョン君の作ってくれた分は、ミアがおみやげに持って帰ることになった。
というわけで、わたくしたちは残りのクッキーを廊下を挟んで反対側の部屋に持っていくことになったのだけれど。
「その前に子供たちを呼んでこないとね」
というドロシーさんの言葉で、ミアとリリーが子供たちを外に呼びにいってくれた。
その間にわたくしはシェリーの様子を見に行くことにした。部屋の扉を開けると、そこにはシェリーと
「リサちゃん!?」
ジョン君の双子の妹のリサちゃんが話し合っていた。
「あら! イェニー、クッキーが焼き終わったのかしら?」
「うん。二人は何の話をしていたの?」
「それは……秘密よ」
口の前に人差し指を立ててナイショだと伝えてくるシェリー。これは教えてくれなさそうだ。リサちゃんも同じように口に指をあてる。
仲間はずれにされているみたいでちょっと悔しい。
けれど、一緒にクッキーを焼けなかったシェリーの方が疎外感を味わっていたのではないだろうか。
わたくしたちの会話に割って入ってきたのは、ジョン君だった。
「おーい! リサ、クッキーが焼けたからもうしばらく待っててくれ! 他の奴ら呼んでくるからな!」
「……うん」
小さく返事を口にしながら頷くリサちゃん。ジョン君は彼女に頷き返すと、すぐさま外に出ていく。わたくしも二人に断りを入れてから彼の後を追った。
☆☆☆☆☆
わたくしたちが外に出ると、そこには子供たちに囲まれたダレンさんの姿があった。
ミアたちも子供たちを呼びに来たはずが、捕まってしまったらしい。
かなり歳をとっているだろうに、中にはそんなダレンさんの腕にぶら下がっている子もいた。大丈夫なのかちょっとだけ心配だ。
わたくしたちが来たことに気づいたのだろう。ダレンさんがこちらを振り向く。
何人かの子供たちもそれでわたくしがやって来たことに気づいたのか、またこちらを向いてくれた。
「おや、イェニー様にジョン。もしかしてクッキーが焼けたのですか?」
「はい。ジョン君が……」
そう口にすると、そのジョン君がこちらを振り向く。その顔は赤く染まっており「あの話はナシだからな!」と無言の圧力をかけられている気がする。
年下からのこうした視線に慣れ切ってしまっているからだろうか。不覚にもかわいいな、と思ってしまった。
もちろん、これでミアとの話を口に出したら余計に睨まれてしまいそうだから黙っておくのだけれど。
「ジョン君が手伝ってくれたのです」
「なるほど。ドロシーの後を……いやはや」
「いや俺、まだパンは……」
突然慌て始めたジョン君に思わずといった様子で高笑いするダレンさん。
冗談だったのだろう。ひとしきり笑い終えると、彼は子供たちを院の中に入るように促す。
クッキーという言葉に色めき立った子供たちは、パタパタと音を立てながらシェリーたちのいる大部屋へと走っていった。
わたくしとジョン君は最後の子が院の中に入っていったのを見届けると、互いに頷きあって子供たちと同じように大部屋へと向かう。
わたくしたちが到着した時にはもちろん、既に大賑わいだ。
前回と同じように、わたくしたちは後ろの方に座った。
そこにはシェリーはもちろん、リリー、そしてドロシーさんもいる。子供たちに大人気のミアは今日も前の方で彼らに囲まれていた。
「みなさん。今日はおやつのクッキーがありますが……」
そこで一度言葉を切るダレンさん。どうしたのだろうかとわたくしが訝しんでいたのだけれど、その疑問はすぐに解消されることになる。
「いつもクッキーを作ってくれているミア様やドロシーだけでなく、イェニー様も作ってくれたのです」
その言葉に何人かがこちらを向く。わたくしは笑顔で手をひらひらと振って返した。
わたくしはたしかに手伝ったのだけれど、クッキーを竈に入れて焼き上げてくれたのはドロシーさんだ。わたくしが作ったと言えるのかは、ちょっと怪しい。
しかし、やはりというかダレンさんのお話はそれで終わりではなかったらしい。今日の──ドロシーさんがいることを考えると「最大の」とまでは言えないけれど──立役者がまだ紹介されていないのだから。
「今日のクッキーはジョンも同様に手伝っていたと聞きました。ジョン、前へ」
突然呼ばれたジョン君はおろおろとし始めた。きっとこういったことに慣れていないのだろう。彼の視線がわたくしと合うと、わたくしは「行っておいで」と口で示した。
「みなさん、今日はジョンのおかげでクッキーが食べられるのです。拍手を」
前に出たジョン君は本当に緊張していた。けれど、拍手が贈られると満更でもないといった顔に変わる。
本当はジョン君のクッキーはミアのお腹に収まる予定なのだけれど、それは子供たちには秘密だ。
「それではクッキーを食べましょう。ジョン、もう戻って大丈夫ですよ」
その後ジョン君がもとの席に戻ったのを確認すると、ミアが前に行ってダレンさんと共にクッキーを配っていく。
それからは前回と同じだ。クッキーを食べ、食べ終わった子供たちから再び外へと向かっていく。ドロシーさんが口を開いた。
「わたしもね……ここの孤児院出身なんですが、わたしがいた頃はクッキーなんてなかったですね」
「そう、でしょうね……」
「はじめてわたしがクッキーを食べたのは夫のテリーが焼いてくれたのでした……」
どうやら、ミアがここにやって来るようになるよりも前に、ドロシーさんは別で食べたことがあるらしい。
それからはドロシーさんの愚痴のオンパレードだ。夫が最近帰って来ないだの。
弟の病気を治す薬なんてどうせないか、あってもお金が足りないだの。
一応わたくしたちが貴族だからと、言葉遣いには気を付けているみたいだけれど。
ちなみに、わたくしが育った孤児院にもテリーという名前の孤児がいたせいか、ちょっと過去を思い出してしまう。
わたくしより年上だった彼は今どこで何をしているのだろう?
「えっと……」
それはともかく。ドロシーさんの身の上話に困惑していたわたくしを助けてくれたのは、シェリーだった。
「あの、イェニーが困っておりますわ」
「あ、悪かったです。こんな愚痴を聞かされても困りますね」
ドロシーさんは控えめに謝罪する。本当に厨房の中とは大違いだ。
その様子にシェリーが何か含んだ顔をしていたので、今度はシェリーに話しかけてみた。
「あの、シェリー。さっきは仲間はずれにして……」
「そのようなことはいいの、わたくしはわたくしのすべきことを見つけたもの」
先ほどまでの表情はどこへやらといった様子のシェリー。何を見つけたのか気になるけれど、やはり先ほどリサちゃんとのことと同じで教えてくれる気はないらしかった。
聞いてみたいけれど、親しき中にも礼儀ありだ。
そうしてクッキーをいただいた後、わたくしたち一行はミアの提案でドロシーさんがパンを焼いてくれるのを待つことにした。
「ドロシーさんのパンは絶品なんですよ~?」
というわけで、ドロシーさんが焼いてくれたパンを少しだけいただくことになった。
本来は孤児たちのものなので、持って帰るのはほんの少しだけだ。
パンが焼き上がると、リリーがそれを受け取ってくれた。
そして、ミアが抱えたおみやげの紙袋──もちろん中にはクッキーが入っている──と共に、わたくしたちは孤児院を後にする。
馬車が到着すると、ドロシーさんがそこまでわたくしたちにつき添ってくれた。院からの途中、子供たちがきゃあきゃあと寄ってきてはどいて、を繰り返している。
「イェニー様。またクッキーを焼きに来てくれますか?」
「はい。まだフレデリク様に出せるほどではありませんから……」
そんな言葉に、背中を向けるように言われるわたくし。よくわからなかったけれど、素直に背中を向けてみると……ドロシーさんはわたくしの背中をバンと強めに叩いた。あれ?
そんな様子を見たからだろう。ミアやリリーは微妙な視線を向ける。
「さっきあんなことを言った後で言っていいのかわからないけど……あんた、クッキーだけは先にその坊やにあげな」
「ど、どういうことですか?」
わたくしの何かがドロシーさんの厨房スイッチを押してしまったらしい。
それはさておき。フレッドにクッキーをあげるということは、つまり練習の口実がなくなってしまうわけで。どういうことかと首をかしげていると。
「あのね……完璧なクッキーなんていつまで経ってもできないんだ。練習したらそりゃあ、多少はうまくなるよ。でも、愛する人に出すものは完璧に……だなんて考えてたらいつまでたってもあげられないよ?」
「……!」
そうだ。わたくしはお返しにクッキーをあげたくて。なのに、完璧を目指そうとしてフレッドにクッキーを送らないというのであれば、それは本末転倒だ。
「そういうわけだからもし本気なら……完璧さにこだわらずに一度贈ってみてはどうだい? もし馬鹿にするようなら、それまでの男だったというだけさ」
「フレデリク様はそのような……」
それならなおのこと、やってみればいい。そう言われたわたくしは、近いうちにフレッドにクッキーを贈ることをドロシーさんに宣言した。
こうして、わたくしたちは馬車に乗って帰宅した。
一番サブタイトルに悩んだお話だったりします。
サブタイトルを上手につけるセンスが…センスが…




