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59.双子との遭遇

 外に出ると、先ほどよりもおおくの子供たちがはしゃぎまわっていた。中で勉強していた子たちも含まれているのだから当然だろうけれど。


 それはさておき。わたくしたちが出てきたことに気づいたのか、ミアは肩車をしたままこちらに手を振ってくれた。

 一瞬その器用さに肝を抜かれたが、すぐに考えを頭の隅に追いやるとわたくしも手を振り返す。


 さて、子供たちの様子を見てくれとは言われたもののどうしようか。一緒に遊ぶべきなのか、それともここから様子を見ているだけでいいのか。


 そう思いを巡らせていると、わたくしの視界の端からこちらに近づいてくる子がいた。誰かと思ってそちらを振り向くとジョン君だった。


「なあお貴族様」

「どうかしたの?」

「……チッ。調子狂うぜ」

「おい」


 そう言って一歩踏み出したフレデリク様に、ジョン君は険しい視線を向ける。


「お前じゃねぇし」

「私ではなくイェニーに用があるのはわかっているが……その態度は許せないな」

「ちょっとフレッドさん。子供相手に何ムキになっているの?」

「そこのお貴族様の言う通りだぜ」

「ジョン。いい加減にしなさい」

「でもよ、アニー姉」


 アニーからただならぬ気配を感じる。わたくしつきの侍女たちはどうやら普通ではないらしい。

 そしてもはやフレデリク様は、自身の言っていた護衛という設定も忘れているのではないだろうか。


 と、そのようなことに気をとられている場合ではなかった。フレデリク様とアニーを止めなければ。


 たしか表向きフレデリク様はわたくしの従者だったか護衛だったかという設定で来ていたはず。そして、言うまでもなくアニーはわたくしつきの侍女だ。

 二人の主──フレデリク様についてはそういう設定──なのだから、ここはわたくしが謝罪するべきだ。


 頭を下げて誠意を示してから、わたくしは言葉で念のためにもう一度言った。


「ジョン君。うちのフレッドとアニーがごめんなさい」

「イェニー、私は貴女に謝罪をさせたいわけではないのだ。悪いのは彼ではないか?」

「彼の言う通りです。お嬢様は何かあると弱気になって平身低頭平謝りに一直線なのですから」


 彼が何者か想像もついているだろうに、わたくしたちの様子を見て合わせてくれるアニー。

 わたくしは彼と気軽に接するのに抵抗感があるというのに、彼女はそのあたり特に気にしていないらしい。息ピッタリな様子もちょっと羨ましい。


「あのー……わたくし、言われ慣れているので。それに貴族の扱いなんて故郷の村ではわりとこうでしたよ?」

「そういう問題ではない。先ほども説明したと思うが、イェニーほどおおらかな貴族階級者というのは少ないのだ。彼らの将来のためにきちんと指導してやるのだぞ。いいな?」

「……はい?」

「何故疑問形なのだ」


 わたくしの生返事にフレデリク様は溜め息をつく。

 指導とはどうすればいいのだろうか。そもそも、わたくしがここに来ることは──クッキーを焼きに来る予定だから、そこはあまり心配する必要もないだろう。


 と、思考が横に逸れてしまった。その会話に、ジョン君が割り込んできた。


「へっ。お貴族様なんて偉そうにしてるだけで、本当に俺らが危ねぇ時は助けちゃくれえぇんだからな。そんな奴の言うことなんか聞いてたまるかよ!」

「……そっか」


 きっと彼にはその体験があるのだろう。同じ貴族階級の人間として申し訳ない。この話題はあまり掘り返すべきではないのだ。


 そして思考を再びフレデリク様のお願い、つまり指導の話に戻した。


「えっと、フレッド。つまりミアみたいにここを牛耳ればいいってこと?」

「イェニーの考えることは面白いな。聞いていて飽きない」


 彼は呆れているのか、本当に面白がっているのかわからない答えを返してきた。

 いちおう、わたくしの考え方は間違ってはいないと思う。ミアのように子供たちに好かれなければ、まともに言うことをきいてくれないだろう。


 ここは孤児院育ちで培った力を活かすべきところなのだと思う。さて、どう彼らに交わるべきか。


 そう考えていると、突然背中に軽く何かが当たった感覚が走る。どうやら追いかけっこしている子供たちの仕業らしい。彼らが会話をし始めたので、耳を傾けてみた。


「姉ちゃんにやるのはずるくね?」

「いや、いいだろ」

「君たち~! つまり今わたくしは悪魔の役になってことで合ってる?」


 その声にこちらを向いた子供たちは驚いたと言わんばかりの表情を浮かべていた。わたくしは彼らのいる方に向けて走り出した。叫びながら割れていく子供たち。


 中には木の幹の方を向いている子もいるみたいだった。

 それ真っ先に捕まえるよと教えてあげようとしたのだが。数を数えていたし、木の幹に背を向けて歩き出したところであれはかくれんぼだとすんでのところで気がついた。


 うっかり巻き込む所だった。というわけで、こちらを向いている子供たちを追いかけることにした。参加者ならたぶん逃げていくだろう。




☆☆☆☆☆




「ハァ、ハァ……」


 わたくしは想像以上に体力が落ちていた。以前はこのようなことはなかったのだ。

 一度は他の子にタッチできたものの、すぐにタッチすること──どうでもいいけれど、村では「呪詛(じゅそ)返し」と呼ばれていた──が禁止ではなかったらしく、一瞬でまた悪魔役をすることになった。

 あのルールはローカルルールだったのかもしれない。


 そもそも、このように運動する時に使う筋肉と、淑女が美しい姿勢を保つ時に使う筋肉とでは使う場所が違うのだ。

 それから子供たちを怪我させるわけにもいかないし、それでなくとも本気を出すのも大人げないし……とにかく負けてもしょうがない。


 いつの間にか子供たちはかけっこに飽きたらしく、今度はそのまま他の子たちに交じってかくれんぼの悪魔役をすることになった。これも村でやったことがある。


 木の前で周りの様子が見えないように目を瞑って数えること百。この遊びを通じて数え方を覚えたな、なんて思い出に浸りながらわたくしは子供たちを探し始めた。


 隠れる場所は庭と孤児院の中──の厨房以外──ということになっている。

 やはり礼拝堂は大事な場所なので遊びに使ってはいけないということを教わっているらしい。

 また、厨房は勝手に食料を食べないように普段は施錠されているのだそうだ。


 わたくしは子供たちを一人、また一人と見つけていく。

 この遊びはこの前までわたくしもやっていた上に体力や怪我の心配をせずに本気を出せる。何なら彼らより経験豊富なのだ。


 だから、みんなの考えることが大体わかってしまう。今、わたくしは見つけた子たちと一緒に再び外に出てきていた。


「ねえ、かくれんぼで隠れていたのはここにいるみんなだけ?」

「え? リサがいないよ」

「どんな子かしら? この敷地内は全部見たと思うけれど……もしかして礼拝堂の」

「俺の妹だ」

「ジョン君……」


 そこにやって来たのはジョン君だった。彼の瞳は剥き出しの敵意に満ちている気がする。

 ミアを姉と慕っていた彼はどこへやらというぐらいだ。そこでわたくしははたと今の彼の発言を思い出す。かくれんぼでまだ見つかっていないのは彼の妹だという。


「双子だけどね双子」

「うっせぇ!」


 よほどばらされたくなかったのだろう。彼はジョン君に鉄拳制裁を受けていた。

 双子は忌むべきものと思われているこの国では仕方のないことなのかもしれないけれど。それにしても。


「ジョン君、貴方も双子なのですか!? 実はわたくしもなのです!」


 ついに見つけてしまった。双子。「双子忌み」だ何だと言われてはいたものの、わたくしたち以外の双子という存在は、今までは物語の中でしか出会ったことがないのだ。


 はじめての視察でやって来た孤児院に双子がいるなんて。奇跡ではないだろうか。


 いや、でももしかしたら、彼らはその「双子忌み」の風習のせいで二人まとめて親に見捨てられたのかもしれない。

 そう考えると、街中で双子に出会うより孤児院の方が出会う可能性が高くなる……?


「おーい。姉ちゃん? だめだこりゃ……」


 そう言われて思い出した。今はそのような思考に浸っている暇などないのだ。そんなことより彼の妹を探すことが先決だ。


 というか、先ほどまで放っていた敵意は霧散していた。


「わたくしのことを信じてくれるの?」

「完全に信じたわけじゃねぇけど……ミア姉と仲もよさそうだし。何より姉ちゃん、悪い奴じゃなさそうだしな」


 とりあえず、妹を探したいという気持ちが強いのだろう。かくれんぼで見つかるまで隠れているのは、彼女が遊びに真剣になれるのは、まだ彼女が子供だからなのかもしれない。


 そうした考えはたった数分で打ち砕かれるものになるとは、この時のわたくしは露ほども思わなかった。


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