60.かくれんぼ、終結(ジョンside含)
「あの、ジョン君」
「何だ」
「その、リサちゃんが隠れそうな場所とかわかる?」
わたくしたちは、もう一度孤児院の建物内を捜索していた。フレデリク様も一緒だ。ジョン君の話によると、彼女がルールを破ることはまず考えられないという。
それから、かくれんぼを一度すると、見つかるまで出てきてくれないらしい。つまり、呼びかけても無駄ということだろう。
一応遊びだから心配するまでもないと思うけれど、と何気なく呟くわたくし。しかし、彼は深刻な顔で妹のことを語りはじめた。
「あいつ、悪い大人に連れ去られそうになったことがあって」
「え?」
いたいけな子供を連れ去ろうとするとは許しがたい。もちろん大人を誘拐するのもいけないことだけれども今はそういう問題ではない。
誘拐されたことのないわたくしにはその恐ろしさとかはわからないので悪いことだというぐらいの認識しかないけれど。
「姉ちゃんになら話しても大丈夫そうだな。そっちの護衛? にはあまり聞かれたくないけどさ……」
「あまり言いたくはないが……私は彼女の婚約者だ。護衛ではなくな。というわけで彼女に言えば、そのうち私にも伝わる。それが嫌なら諦めろ……まあ、お前が双子だからどうこうしようなどとは思わないがな」
その言葉に彼の目が大きく見開かれる。わたくしは彼が忌むべき存在とされる双子のわたくしを婚約者に据えている時点で、彼の双子に対する嫌悪感は世間一般のそれよりも軽いのではないかと薄々感づいていた。
しかし、それが彼にとっては予想外だったらしく。ジョン君は昔話を語り始めた。
「そうだ。俺たちは親をなくしたせいで、孤児になったんだ」
☆☆☆☆☆
ジョンには母と双子の妹がいた。周囲の子供たちには父がいたが、少なくとも物心ついた時にはいなかった。
貧しいながらも慎ましい生活で、何とか日々を凌いでいた。母とは二つの約束を交わしていた。ひとつは「父のことは聞いてはいけない」というもの。
もうひとつは「二人が双子であると周囲に言わないこと」である。
しかしある日。ジョンはうっかり、自分と妹のリサが双子であることを漏らしてしまった。全てが変わってしまったのはそれからだ。
当然その日以来、友人と思っていた者たちに忌むべきものとして蔑まれた。
この時になってはじめて自分たちが母に守られていたのだと知った。母は「ごめんね」と言っていたけれど、謝るべきは母ではなく、世界の方ではないか。理不尽だと思った。
やがて、不幸は家の中にも侵入してくる。母が病で倒れたのだ。医者を呼ぶお金もなく。死の淵に追い込まれた母から、父のことをはじめて聞いた。
二人のなれそめは、母がとある貴族の邸で働いていた時のあるパーティーだったという。そこで二人は出会った、というか出会ってしまった。
父はとある貴族の血族で、母は金をやるからと──母は具体的なことは言わなかったけれどジョンはなんとなく感づいていた──相手をさせられたらしい。平民の母に拒否権などなかった。
やがて産まれた子供は双子で、母は一年もしないうちに実家を追い出されたのだという。
職も失い、どうしたのかと聞けば父は住む場所だけは確保してくれたらしい。昔は会いにきてくれていたらしい父は、母が子を孕んだと知ってからは一度も来なくなったとのことだ。
しかしある日、とうとう彼らの母は死んだ。どこから聞いたのか、父の使用人だという人にジョンたちは家を追い出された。
家財の一切の持ち出しを禁止され、孤児院に行けと言われた。
言ってくれただけまだ彼はマシな大人だったのだとわかったのは、会ったことすらない父というろくでなし男が基準だったせいもあるかもしれない。
☆☆☆☆☆
「それでな、ここに来て間もない頃だったか……リサは外で遊んでいる時に連れ去られた。親父は顔だけはそこそこいいらしいからな。双子だし片方をどうこうしても問題ないと思われたらしい。妹に聞いた限りは騎士様に助けられたんだとさ」
「そっか。でも、今日は誰かが入ってきた感じはなさそうだったよね」
フレデリク様が頷く。かくれんぼをする直前まで外で追いかけっこをしていたわけだし、彼も端の方から見ていたはずだ。
というわけで、今回は連れ去られたという線は薄いと思う。とはいえ、一通り孤児院内を探してしまったのもまた事実だった。念のためにと確認した厨房や礼拝堂にもいなかった。
普通なら降参したいところだが、彼女はきちんと見つけなければ出てきてくれないらしい。というわけで完全にお手上げ状態だった。少なくとも中にはいなさそうだ。
「で、イェニーは何をしているのだ?」
「高い所から見ればわかるかな、と思いまして」
まだ探していない場所、それは高い場所だ。もしかしたら木の上から見れば見つかるのではないか、と思ったわたくしは木に登ろうと幹に足をかけたわけだが。
「却下だ。貴女は淑女だろう? ……私が行く」
「スカートの中が見えた日には生きた心地がしないだろうからな」そう告げてわたくしを下がらせたフレデリク様は木の上に登ろうと足をかけた。
「フレッドさん、右手であの出っ張りをつかんで……それから左足を」
さすがにフレデリク様は王太子殿下というだけあって、木登りをしたことはないらしい。むしろしていたら困るというか何というか。
とにかく、木登り初体験の彼はわたくしの指示に従って少しずつ──と思っていれば一分後には着実に木を登り始めた。飲み込みが早すぎる。
「どう? いる?」
「そうだな……いたぞ! あそこだ! 奥から二番目の木だ!」
フレデリク様が言った方に目を向ける。地上からは何も見えないが、もしかしたら近くから見れば見えるのかもしれない。とりあえず、奥から二番目の木の所まで向かってみることにした。
「リサは木に登るなんてできないと思っていたんだけどな」
「え? 街中にも木があるの?」
「公園とか広場とかあるだろ色々……お貴族様って世間知らずだな」
その言葉にわたくしははっとする。そういえばそうだった。
フレデリク様と王都の観光施設を回った時、わたくしたちは木陰で休んだのだった。あの頃に比べるとさらに暑いというのに、子供たちはなおも元気だ。そこでふと思い出したことを尋ねてみた。
「ジョン君はティムク好き?」
「好きだけど、今はそんなことよりもリサだ」
「……はい」
わたくしたちは、目的の木の下までやって来た。一度ジョン君に呼びかけてもらったけれど、返事はない。子供の遊びにかける情熱には素晴らしいものがある。
わたくしがジョン君と、ひいては彼の双子の妹と同じ年齢の頃にはすでに遊びは自分が楽しいからやるのではなく、年下の子供たちを楽しませるためにやるものになっていた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「おい姉ちゃん。あの兄ちゃんが登るなって言ってなかったか?」
「あ……そうかも。でもリサちゃんが本気なら、きっとわたくしが見つけないと降りてきてくれないと思うの。だからジョン君はここで待っていてね」
そう告げてわたくしは木の幹に足をかけた。
一歩また一歩の進んでいくうちに登りづらいなと思ったけれど、今穿いているのは村にいた頃より裾が長いミモレ丈のスカートだった。登りにくくて当然だ。
以前より少し時間はかかったものの、無事木の上にいる女の子を見つけた。彼女がリサちゃんで間違いないだろう。
「みーつけた」
こぼれ話(?)
実は別視点を主人公視点と混ぜるのははじめてなので「これ大丈夫かな…」と思ってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!




