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23.王太子殿下の後悔(2)(フレデリクside)

 また失敗した。フレデリクは執務室の椅子に座ると、イェニーの涙を思い出して、ひとり執務室で天を仰いだ。

 予定より早く切り上げてきたためか、フランツはいない。男性の使用人が一人、部屋の端に控えているが、彼は雇われの身であるから、見て見ぬふりをしてくれる。


 とりあえず、彼にお茶だけ用意してもらい、ひとり寂しく反省会を開いた。今日もイェニーは微笑みを浮かべていた。

 つい先日まで平民として暮らしていたのに、すでに貴族らしい笑みを身につけていたことを考えると、彼女は相当優秀なのだろう。


 ただ、今目下の問題となっているのは、そんなイェニーがなぜ泣き出したか、である。


 もし彼女が完璧な微笑みを身につけていたのなら、気づけなかったであろう。

 しかし、いくら優秀な彼女とはいえ、二ヶ月程度では身につけられなかったようだ。このことには感謝すべきなのかもしれない。彼女の本音を知れたからだ。


 フレデリクはイェニーに「嫌いではない」と言った。それに対してイェニーが「本当のことを言っていい」と言ったのだ。その言葉に甘えて彼女に「好きだ」と本音を言ってしまった。直後、彼女の涙腺は崩壊したのだ。


「……だ」

「はい?」

「イェニー、貴女のことが好きだ」

「な……!?」

「これが私の本当の気持ちだ、イ……!」


 今までの彼女の反応を考慮すると、彼女が泣き出した理由は大体推測が立つ。何度でも言うが、彼女はフレデリクに惹かれていないのだ。


 彼女が自分に惹かれていないとわかっていたのに。彼女が本当のことを言ってもいいと言ってくれたから、伝えてしまった。彼女に甘えてしまった。

 ここが今日一番の失敗要因だろう。好きではない相手から好きと言われることは、かなりのストレスなのだという。婚約こそ受け入れてもらえたが、それとこれとは別問題だ。


 一方で、彼女はフレデリクに本音を求める。今日は彼女に促されるまま、本音を伝えてしまったが、彼女を傷けることになった。好きだと伝えるには時期尚早だった。


 であれば、答えはひとつだ。フレデリク自らが貴族の仮面をかぶり、彼女の望む答えを言うのだ。そうすれば、彼女は傷つかない。フレデリクが我慢すれば解決するのだ。

 これに(まさ)る解決策など、少なくとも今のフレデリクには思いつかなかった。


 明日からはイェニーには本音を言わず、彼女の喜ぶことを心掛けようと決意を新たにしていると、フランツが部屋に入ってきた。


「おや、殿下。お早いお帰りでしたね」


 彼は口の端が少々上がっている。この状況を面白がっているのだろう。二人の関係がこじれているのを知っているのだろうか。知っていたとすれば、この様子にも納得だ。

 とはいえ──とても趣味が悪い。


「フランツ。その顔をやめろ」

「おや殿下……イェニー嬢に振られたのですか?」

「違う。そうでは、ない……」


 そう言い切れる自信はなかった。自然とかすれていく語尾。その様子を見たフランツはふむ、と考え事を始めた。


「殿下、殿下はイェニー嬢を愛しておられる。そうですよね?」

「ああ。その通りだ。それがどうした?」

「殿下はイェニー嬢のことをどれほどご存知ですか?」

「侯爵家に生まれたが、双子で生まれてきたがために孤児院に預けられ、そして……」

「一般的な事情を聞いているわけではないのです。もっと個人的なこと、例えば彼女が好きな食べ物について知っているのですか?」


 そう言われて気づいた。フレデリクは彼女のことをまだほとんど何も知らないのだ。

 茫然(ぼうぜん)としているフレデリクをよそにフランツは彼のもとへと近づき、彼の右後ろ──定位置についた。


「はたしてイェニー嬢は本当に殿下のことを嫌っているのでしょうか? もし、彼女が殿下のことを嫌っているとすると、婚約は断られたのではありませんか?」

「確かに……だが」

「殿下。お節介かもしれませんが……彼女は殿下を嫌ってなどいませんよ」


 そうなのか。たしかにフランツは優秀だが、色恋には疎かった。

 イェニーがフレデリクのことを好いているなどというのは彼の勘違いではないだろうか、とも思った。しかし、彼の言葉を信じたい、そんな自分がいることも、また事実だった。


「殿下も殿下です。ご自分が社交界でどう見られているかご存知で?」

「万人を魅了する王太子、だとか女嫌いの貴公子だとかいった(たぐい)のものだろう?」

「よくご存知で。つまり、そういうことです」


 そういうこと、とは何だ。フレデリクにはわからなかった。あとは自分で考えろとばかりに、フランツも口を開かなかった。

 一体、どうすればいいのか。今のフレデリクには皆目(かいもく)見当もつかなかった。できたことといえば、彼女に手紙を出すことぐらいだ。




☆☆☆☆☆




 それから、一ヶ月ほどの間、フレデリクは彼女との接触を、文通のみにとどめた。イェニーに会いたい。だが、そんなことはできなかった。


 フレデリクが望めば、彼女に会うことはできる。しかし、それで余計に嫌われてしまっては本末転倒だ。手紙は毎週出しているが、会いたいといえば彼女のストレスになるに違いない。


 フレデリクはいつも通り執務室で王太子としての日課をこなしていた。

 フランツは他の部署に出かけており、今部屋の中にいるのはフレデリクとヴィクトーの二人だけだ。


「フレッド、お前せっかく婚約したのに放置か」

「それをお前が言うか? ヴィクトーにはわからないだろうな」

「ああ、ちっともわからない。フレッド、お前はイェニーちゃんがどうとか言っているけどさ……それさ、本人に聞いたのか?」


 彼女に聞いたかと言われれば答えは否だ。しかし、彼女を無理やり呼び出すのは駄目だ。ではどうすればいいのか。他の何事も淡々とこなすフレデリクであったが、これには頭を抱えるしかなかった。


「あのさ、フレッド……彼女、デビュタントまだだろ? シーズン始めの王宮の夜会には出るはずだ。そこで着るドレスを用意するという理由で呼び出すのはどうだ?」


 そうだ、その手があった。フレデリクは心の中で親友に感謝した。彼女のためのドレスを二着すでに用意してあるのだ。リチェット侯爵に言って彼女のドレスの大きさについて聞いておいたのが功を奏した。


「ちょっと待て。ドレス用意するの早すぎだろ? まだ彼女とは二回しか会っていないよな?」

「三回だ」


 ヴィクトーは溜息をついたが、フレデリクはイェニーのためなら何でもすると心に決めたのだ。

 仕事の最中ではあるが、彼女に送る手紙の方が重要だ。フレデリクは早速、文をしたためた。


 だが、ヴィクトーの言う通りにするのも気に食わない。そこで、ドレスのことは伏せて、お願いは夜会のパートナーになってほしいという一点にとどめた。


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