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19.謁見当日

 そして、王宮に向かう当日。いつものように早起きしたわたくしは、侍女たちによってこれでもか! というほど徹底的に磨かれていた。

 朝から湯浴みをし、マッサージを受け、香油が塗られる。使用人たちもこの日ばかりは、わたくしの早起きにものすごく助けられたと後で聞いた。


 普段が助からない理由は聞くに聞けなかったけれど。


 そして、自室で手づかみで食べられる軽い朝食を終えると、今までで着たことがないほど豪華なドレスが用意される。

 とりあえず今のわたくしにわかるのは、これが王宮で国王陛下に謁見するのに必要な身だしなみだということぐらいだ。


 着替えが終わると、朝の九時になっていた。お父様のエスコートで馬車に乗る。最初は慣れない動作だったが、何度か繰り返しているうちに、それとなくできるようになってきた。


「イェニー、緊張しているのかい?」

「え、えっと……」

「大丈夫だ。みんな優しい人たちだからね。それに、怖い人がいてもお父様が守るからね」

「はい。ありがとうございます」


 王宮に向かう馬車の中。お父様はわたくしが落ち着ける言葉をかけてくれた。

 もしかして、わたくしの心の中を読めるのだろうか。子供に戻った気分だ。たしかにわたくしはお父様の子供なのだけれど。


 この国で一番偉い方に会うと思ってこわばっていた身体は少しマシになった気がする。


「誰も無理強いはしないよ」

「それはどういう……?」

「ああ、謁見のことじゃなくて、婚約のことだ。ごめん、言葉足らずだったよ」


 その言葉にわたくしはハッとした。そうだ。わたくしは国王陛下に会うことが怖いのではない。きっと、王太子殿下との婚約が断れないことが怖かったのだ。

 わたくしには王太子殿下と結婚するという未来が想像できないのだ。一緒に歩んでいくなら「彼」がいい。


 そう思ってしまう。でも、彼が何者かわからない現状、どうやって彼に婚約を申し込むのか。

 そもそも、貴族社会はタテ社会なのだという。リチェット侯爵家が彼にわたくしとの婚約を結ばせることなんて、できるのだろうか。


 それに、仮に再会したとしても、「彼」もまたわたくし以外の方と結婚したがっているかもしれない。


 そんなことを考えていると、お父様の言葉で一瞬晴れた心は瞬く間に曇ってしまった。

 気がつけば、馬車はすでに止まっている。わたくしの心がうわの空になっている間に王宮に到着したようだ。


 それに気がついたわたくしはお父様に謝罪する。お父様は気にしなくていいと言ってくれた。その優しさに胸が締め付けられる。


「さあ、何も心配はいらないよ。行こう、イェニー」


 そう言って、馬車を先に降りたお父様はわたくしに手を差し出した。


 近くで見る王宮は、王都の邸から見た時と印象が違った。塔はたんに高いという程度のものではなく、見上げればあっという間に首が疲れてしまうほど高い。

 塔以外にも言えることだが、全体に華やかな装飾が施されている。後で聞けば、装飾は植物のつたを模したものなのだとか。


 他の建物はリチェット邸や、ここに来るまでの貴族の邸にも似ている。しかし、王宮そのものはこの国の中心というだけはある。

 多数の塔のおかげもあってか、その存在感は並のものではなかった。きっとどんなお貴族様よりも偉いということを示すのに一役買っているのだろう。


 わたくしたちは王宮の方に案内されて中へ入っていく。

 王宮内はそれは華やかなものだった。わたくしが見ても綺麗なツボだな、などと思うぐらいだけど、きっと(ぜい)の限りを尽くしたものなのだろう。


 赤い絨毯が全面に敷かれた廊下を進んでいくと、大きな扉の前で案内人は立ち止まった。

 彼は衛兵に何かを話したかと思うと、こちらを向く。続けて、廊下の端に退いて手で中に入るように促した。


 彼の案内はここまでらしい。わたくしたちが前に進み出ると、到着を告げる衛兵の声が響き渡り、続けて、大扉が開かれた。




☆☆☆☆☆




 中には大きな部屋が広がっていた。お父様に続いてわたくしも入っていく。


 わたくしたちが進んでいく左右には、おおくの壮年から老年にかけた年齢と思わしき、この国の貴族であろう男性たちがいた。セルマ夫人には左右を見てはいけないと言われているので、わたくしの視線はまっすぐ前だ。


 やがてお父様は王様の椅子からある程度離れた位置で立ち止まった。わたくしもその隣で立ち止まる。

 国王陛下はまだ来ていないらしい。本当はマナー違反だとわかっていたが、顔を動かさなければ気づかれないだろうということで、視線だけ動かしてみた。


 しかしこの直後、視線を正面から逸らしてみたわたくしは後悔した。右斜め前、黒髪の男性と目があってしまったのだ。しかも、それはよりによってわたくしの知っている人だった。フランツさん────あの夜、孤児院にやって来た男性だ。


 彼はわたくしと目が合うなり、それまでの無表情からたちまち不機嫌な顔に変わってしまった。


 でも、これで希望が見えてきた気がする。彼からどうにか「彼」のことを聞きだせないだろうか。たしかに、憎まれ口を叩かれるかもしれない。

 しかしそれでも、彼に着き従っていたフランツさんと再会できたのは僥倖(ぎょうこう)だ。


 視線を再び前に戻せば、広間の入口付近にいたらしい楽団が、ファンファーレを鳴らす。


「国王陛下のおなりです!」


 ほどなくして、国王陛下は正面奥の扉からホールに入場した。厳めしい顔つきの、この国で一番偉い方。彼が玉座に座ったのを合図に、わたくしたち親子を含め、この場にいた全員がそれぞれに礼をとった。


「よい。今日は皆に集まってもらってすまなんだ」


 その言葉に全員が姿勢を正す。続いて、今日ここにわたくしたちを集めた理由が説明された。

 もちろん、わたくしたち親子はわたくしがリチェット侯爵家の一員に加わるからという理由であることは百も承知だ。


 ただし、表面上はようやく認知されたという扱いになるらしい。


 周囲からはささやき声が聞こえる。双子は一緒にいると死んでしまうからだとか、だからといって片方を孤児院送りにするとは侯爵はひどい人物だとか。


 お父様をこっそり見れば、彼は何事もないかのように涼しい顔をしている。一方、フランツさんは呆れたような表情を浮かべていた。


 こうした貴族たちの発言が「双子忌み」から来るものだとわかっているから、わたくしも反論などできるわけがない。


「皆の者、静粛に」


 国王陛下の言葉にホールは再び静まり返った。そして、わたくしは宰相閣下の読み上げた言葉に従い、ひとり陛下の前に進み出た。続いて、淑女の礼をする。


「イェニー・リチェットと申します」

「ほうほう……よい目をしているな」

「お褒めにあずかり光栄です、陛下」


 そう言葉を交わし、再び礼をする。ホールを割れんばかりの拍手が(とどろ)いた。


 わたくしは本当に恐ろしい世界に来てしまったのかもしれない。一方で陰口を叩きながら、もう一方で祝福と賛辞を送る。微笑みが淑女の仮面だということはこういう意味だったのかと、改めて身をもって知らされる。


 再び顔を上げると、国王陛下のお言葉でこの場はお開きになった。三々五々、貴族たちが退出していく。


 わたくしは彼らが皆出ていった後、最後に陛下の御前を失礼することになっている。そして、ついにはわたくしとお父様、国王陛下とフランツさんの四人だけとなった。わたくしがこの場を辞すための挨拶をしようとすると、国王陛下が口を開いた。


「リチェット侯爵令嬢、以前(ふみ)で伝えたことは覚えているか?」

「あっ……はい」


 国王陛下に謁見するという極度の緊張のせいで、王太子殿下との謁見は一瞬の間だが忘れていた。


 わたくしは王太子殿下と会うだけ会ってみると、お母様と約束した。そして今、国王陛下の前で情けない言葉を漏らしたことに気づいたのだ。

 ……穴があったら入りたいとは、このことだろう。


「小娘……いや、イェニー嬢。王太子殿下と会う約束を忘れるとは、何事か。王太子殿下は一時的であれば忘れたぐらいでは何ともないが」

「す、すみません……」

「なるほど……そういうことか……」


 いつの間にかお父様とフランツさんがこちらにやって来ていたようだ。そして、お父様はフランツさんの言葉に何かを心得たようだ。


「そういうわけだ。来てくれるな?」


 国王陛下はまるでウインクでも始めそうな様子だ。いかつい顔だというのに、していても違和感がなさそうなのが不思議だ。


 しかし、その言葉には決してわたくしを逃がさないという力強さを感じたこともまた事実だ。どれほどわたくしを王太子殿下とお見合いさせたいのだろうか。女嫌いの王太子殿下が女性と婚約するつもりになったから?


 わたくしは心の中で静かに嘆息した。


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