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暁の決戦

 評価してくださる方、お気に入り登録してくださる方、ありがとうございます。

 白くなりつつある空を背に、将成は見る。電車一両はありそうな巨大な腕は数分前までとは異なり装甲が剥がれて内側の機構が剥き出しになっていたり、あちこちから煙が吹き上がっている。そして何よりも港のほうへ突撃したときには左手にあった破軍剛拳がなくなっている。

 朱音が勇者とは思えないような表情で将成達を見る。その眼にあるのは復讐の意思。敵を見つけたときに感じる視線を将成は感じた。確かに彼女にとって自分は百回殺しても殺し足りない存在だろう。想い人と親友、クラスメイト。彼女の世界を成す存在全てが圧倒的に有利な数的暴力に頼って襲い掛かり、一度は勝利を確信した相手。だが、その相手は地獄の淵から蘇って来た。勇者というこの世界では誰からも愛され、英雄視される存在が彼とその隣に立つエルフによって六人も戦闘不能にされているのだ。そこに友人と愛するべき存在がいれば将成に対して殺意を抱かない方がおかしいだろう。


「見付けたぁ……」


 狩るべき獲物を見つけ、舌舐めずりをするかのように嗤う朱音。その顔は既に勇者と呼ぶにしては余りにも醜悪な顔つきをしていた。だが、将成は冷やかにそれを見下ろす。そして彼は一言だけ朱音に向けて呟いた。朱音の姿を外部から見て、そのうえで判断した言葉が将成の口から発される。


「獲物を前に舌舐めずりするのはな、ド三流かそれ以下の奴らのすることだ」


 それだけ言うと、将成は立っていた場所から跳躍する。朱音自身が指に仕込まれたガトリング砲を空転させる音が聞こえてきたということもあるのだが、彼自身もここで朱音を始めとする勇者達の因縁を切っておきたかったためだ。既に色々と手遅れな面は否めないが、それでも将成自身はこれが決着になると考えている。キリカも将成とは別のルートで地上に降りてからコンマ数秒後、将成達がいた建物の上階層部分にガトリング砲の弾丸が着弾。穴あきチーズもかくやという勢いで建物が削り取られていく。一本の指に一本ずつ、総計五本の指から発射された弾丸は三階建ての建物を二階建てへと物理的にリフォームしていた。

 二人の接近に対し、破軍剛拳では対応できないということを理解したのか、朱音が一度大きくバックステップで後退したかと思うと、長大なユニットの中央部分にある装甲が爆裂ボルトで強制的に排除された。装甲が排除され、骨組の身となったところで破軍剛拳が二つに分裂した。小刻みに圧縮空気の音を響かせながら分離した前半部分がふわふわと浮遊する様はとあるロボットアニメに登場した足など飾りの機体の腕を思わせる。

 それを確認すると朱音は破軍剛拳の後部ユニットを強制的に切り離した。装甲を無理矢理こじ開け、本来の手甲と破軍剛拳を繋いでいたケーブル類を引き千切っていく。破軍剛拳の後部ユニットを切り離し、本体を投げ捨てると彼女は両腕に新たな追加パーツを装着した。同時に彼女の身体を白の鎧が覆っていく。格闘家型にしては異常とも捉えられる重装甲。甲冑を装着すれば格闘家型職業の利点である機動力を潰すことになる。MFOのスタイルでも金属鎧を装着した格闘家はあまり存在しない。

 浮遊する巨大な手が指を真っ直ぐに伸ばす。五指全ての指先が開いたかと思うと銃口炎が瞬いた。石畳に凄まじい勢いで弾痕が穿たれ、夥しい数の空薬莢が宙を舞い、金属が落ちる音を響かせて地面に小さな山を成す。だが、彼女は攻撃に気を取られ過ぎていた。将成に対する報復に固執する余り、もう一人の存在、キリカの存在に気が付いていないのだ。味方の補給所であるにも拘らず、装備品の入った箱を撃ち、騎兵用の馬や装甲馬車を穴だらけにし、果ては傷病者が収容されている施設であろうと何一つ、良心の呵責さえ感じさせない攻撃を行っている。


「五月雨斬り!!」


 左右の手に持った白木の柄が特徴的な刀が振るわれた瞬間、銃身を兼ねていた五指が第二関節の部分からすべて斬り落とされる。宙を舞う鋼の指と金色の弾丸。続く斬撃が破軍剛拳のスラスターを破壊し、巨腕が地面に落ちる。だが、破軍剛拳を分離させたのは完全に時間稼ぎだったらしく、空中浮遊する腕は完全に用済みだったらしい。


「鎧装・破軍戦姫!!」


 白い鎧が全身を覆った段階で彼女の腕には変化が起きていた。恐らくは破軍剛拳を出す前、第一形態で使用していたスキル『ストライクカノン・ゼロ』。内に秘めたる己の魔力を杖で媒介させるのではなく手甲と腕そのものをエネルギーの砲身とし、拳の先端を砲口としてなした近接格闘砲撃。そして今装着している鎧、破軍戦姫は砲身と砲口の役割のみを果たしていたのだが、どうもこの鎧は使用者の身体を守ることに加え、このスキルを拡張、発展強化させる役割や、増幅器としての役割を与えられているように将成は感じた。


「これが、神の使徒、勇者たる私達に与えられる力よ!それに光の加護のお陰で私達は死なない、そして貴方達にはその加護はない!光輝や志乃をよくも痛めつけてくれたわね!その対価、死んで償いなさい!!」


 完全に勇者としての力に驕っている朱音の宣言。本来ならば神々しい筈の鎧は使用者のせいもあってか純白の鎧を身につけているにも拘らず、どこか禍々しい印象を将成とキリカに与えていた。確かに彼女達は今まで無敵だったのだろう。対人戦闘は初めてと言いながらもある程度戦えていたのは完全な素人ではなく、皇国が管理するダンジョンかモンスターが湧出するエリアで戦闘訓練を行っていたからだということも容易に想像がつく。だが、彼らの初めての対人戦闘は格下である盗賊や魔族ではなく、よりにもよって冒険者だった。最初の数人は彼らより戦い慣れしていなかった初心者だったからよかったものの、光輝の正義感と勝手な思い込みからキリカを解放しようと躍起になったのが運の尽き。結果として光輝は鎧や剣を砕かれ、身体的にも精神的にも戦闘不能、志乃や龍之介、昌を始めとしたクラスメイト達の多くは冒険者によって戦闘不能かもしくは怪我を負っていた。勇者そのものには救世主たる力『光の加護』が存在している。追い詰められた時や生命の危機に陥った時に発動するこの力のこともあって光輝も本来であれば死んでいてもおかしくない様な怪我を負っているにも拘らず生きているのにはそう言う理由があった。

 勇者として徹底的に敵を殺すという意思を発現させている朱音に対し、キリカはゆっくりと一歩を踏み出す。朱音が発する敵意などまるで意に介さぬように歩くと彼女は腰にさしていた白鞘を抜き放つと、白銀の刀身の切っ先を朱音に向けた。


「……私にはわかります。死ぬのは、貴女の方です」


 キリカの口から出たのは、彼女の言葉をそのまま返したかのような言葉。口調こそ丁寧だが言っている内容は恐ろしく攻撃的だ。『死を以って償え』に対し、『死ぬのはそっちだ』と返したのだ。挑発に乗らないとしても、相手の内心に影響を与えないわけがない。そして朱音は既に挑発に対しても過敏に反応するようになっていた。言葉の意味を理解したのか彼女の発する敵意が殺意へと変わっていく。


「あ゛あ゛っ!?やってみなさいよ!!」


 その言葉が開戦の号砲だった。腕を包む強固な手甲の装甲がスライド展開し、内部の金色のスタビライザー類が展開、青い光を発すると同時に、スタビライザーの間で小さな放電現象が起こる。彼女自身の魔力を変換、増幅を両腕で行いながら彼女は将成へと突っ込む。先刻のように破軍剛拳ほどの威力は出ないものの、この鎧そのものが増幅するお陰で、範囲こそせまい物の威力単体ならば破軍剛拳並の威力を出すことに成功している。将成はグラディウスを構え、キリカも刀を構えながら彼女が射撃姿勢に入るその瞬間まで待つ。そして走る彼女の足が止まった。前に出た右足が地面を軽く陥没させると、それに続いて右腕を振り被る。青白い光が彼女の腕で生成され今まさに放たれんとしたとき、将成はグラディウスを振るった。狙うは彼女の拳、カートリッジも撃発させてその一瞬を狙う。拳が突き出され、エネルギーが放出されようとした直前で将成の魔砲剣が彼女の拳を捉えた。放たれた彼女のエネルギーが将成を捉える前に拡散、一時は吹き飛ばされそうになるもののカートリッジを撃発、一発で巻き返し、もう一発を撃発した段階で完全に将成が完全に押す形で決着。放出されようとしていた光が霧消した。

 だが、彼女の腕はもう一発のストライクカノン・ゼロが準備されている。右手は完全なるフェイク。迎撃されても問題ない一撃だった。もっと正しく言うのであれば、将成が迎撃することを予想して放たれたもので、本命は二発目、左腕の方なのだろう。確かに将成は今二発目を防ぐことが出来ない。剣身で防御姿勢を取ったとしてもダメージを二割軽減出来ればいい方だろう。

 だが、それはあくまで一人で迎撃したときの話。


「忘れたかよ勇者サマ。俺達は二人(、、)なんだぜ」


 仇である将成に固執していたがために忘れていたことに朱音は息をのむ。ここにいるのは朱音の仇だけではない。光輝が解放を願ったエルフの女性もいるのだということに気づいたとき、彼女は周囲に視線を巡らせる。限界まで将成に集中しすぎた結果、周囲の警戒を怠りすぎていた。そして僅かに生まれた一瞬の間隙。そこをキリカが見逃すはずがない。


「落とせ、散り椿!」


 斬首されたように落ちるため、武士の間ではあまり縁起が良くない花とされた椿の花に例えられる、首落としの一閃。対人、対モンスター相手であっても相手のウィークポイントである首を容赦なく叩き落とすその一撃がキリカは放つ。青い光を引きながら放たれた一撃は朱音が発射寸前の段階だった左腕で首を守ることに成功したため、彼女の鎧の装甲を削り取るだけで終わった。


「首を落とすつもりだったのですが……反応するとは予想外でしたね」


 白鞘に刀を納めながらキリカは意外そうに言う。うっすらと笑みさえ浮かべるキリカに対し、朱音の方は忌々しげな視線をキリカに向ける。支えるメンバーがいないということは今まで分担していた作業全てを一人でしなければならないということでもある。キリカの攻撃に対処が遅れ、最低限の防御しか出来なかったのもそれが理由だ。マルチタスク……一人で複数の事柄を処理しなければ、戦場では生き残れない。そしてそれが出来ない者から戦場では死んでいく。朱音は今自分が狩る側だと思っているが、その認識の時点で既に間違いだということに気付いていなかった。

 朱音が一度瞑目し、息を整える。それに前後して彼女を覆う鎧の全身の装甲が展開したかと思うと、内側にある金色の動力部分に青い光が集束し始めていた。全身各所に存在する増幅器をフル稼働させての一撃。破城鎚の如き一撃が流体エネルギーとなって朱音の右腕に集中していく。あれを一発でも食らえば最悪HP全損は確定と言っていいだろう。将成が一度シリンダー部を展開し、使用した分のカートリッジを補充する。グラディウスを構える。彼女の攻撃は六発全てを使ったとしても破れるかどうかは分らない。そんな思いに駆られたためか、自分でも思わない内に内心が口から出てしまっていた。


「俺は……勝てるのか?」

「……勝てますよ。将成様は私の主で、私の……私だけのヒーローなんですから」


 それに答えたのはキリカだった。将成が最初に作成し、最も多くの時を過ごしてきたハイエルフの従騎士。彼女も刀を構え朱音の全力攻撃を迎え撃つらしい。


「どうして、そんな無責任なことが言える。……もし負けたら俺は――」


 そこから先の言葉を告げようとしたとき、将成の首が強制的にキリカの方へ向けられる。視線の先にあるキリカの顔は作成した自分が言うのも何だが、傾国の美女と呼んでも過言ではないほどの美しさだった。その吸い込まれるような青い双眸が将成を捉えて離さない。


「私は今まで一度も無責任に言ってません。将成だけがこの世界を変えられる。将成だけがこの世界を救える。他の選ばれし勇者でも神に愛された英雄でもない、将成だけだっていつも思っています!!」


 キリカの言葉に、将成は一瞬だけ返答に詰まる。キリカは確実に主である彼の勝利を信じているのだ。そこで将成は思い出す。嘗て友達以上、恋人未満だった幼馴染が後輩の男子学生と駆け落ちし、精神的にも肉体的にも荒廃し、疲弊した日々の中で、もう一度立って歩き始める切っ掛けになったのも他ならぬキリカの言葉だった。あの時と異なるのは画面の向こうにいた彼女が今では現実となって目の前にいると言うこと。彼女が伸ばしたすべすべした手の温もりを感じながら将成は瞑目する。彼女の温もりとそこから伝わる想いを受け取るとキリカの手が離れた。それに合せるようにして将成も立ち上がる。不思議と気分が良かった。負ける気がしない。

 将成がグラディウスを両手で持ち、大上段に構える。自然とその構えが出来たことに彼自身も驚いていたが、今は目の前の敵に集中する。


「死ね、破天・光極鎚!!」


 朱音が右腕の先端から魔力砲撃を放った。極太の一撃が将成へ向けて一直線に襲い掛かる。正面から食らえば間違いなくHPは全損だ。もしかすると武器も完全に破壊されてしまうかもしれない一撃を将成は正面から迎撃する。光の一撃が将成へ直撃する直前、インパクトする前で、将成は大剣を振り下ろした。同時に一発目を撃発させる。一発目が撃発されると受け止めていた砲撃が心なしか軽くなったように感じた。続いて二発、三発目が発動。最初は光の奔流に押し流されそうだった魔砲剣グラディウスは撃発の度に剣身の震えが止まっていく。暴力的、と言えなくもない光の奔流を真正面から受け止める将成は思う。自分が誰かの希望を、祈りを、背負うことはない。そう思っていた、それをする役目はそれこそ先刻戦っていた光輝達のすることだ。どちらかと言えば自分達はその思いを踏み躙る側だと将成自身は思っていたし、勇者たる光輝達にもそう思われたために苛烈な攻撃を受けることになった。だが、キリカは言った『選ばれた勇者でも神に愛された英雄でもなく、世界を変え、誰かを救えるのは将成だけだ』と彼女は言った。

 自分はヒーローではないと将成は思っている。かといってダークヒーローだと言うわけでもなく、その心はどちらかと言えば悪役に近い。人の痛みを、嘆きを感じられない人でなし。討伐されて然るべき存在。勇者側から見れば分かりやすいほどに悪役だ。あそこまで敵対視されるのも無理はないと彼自身思う。だが、キリカから見れば将成はどうも違うらしい。彼女の主であり彼女『だけ』のヒーロー。その言葉を聞いたとき将成は救われたような気持ちになった。万人が褒めそやし讃えるような正義のヒーローではなく、個人の祈りが形を成した小さな存在。だが、それでいいと将成は思う。それだけで将成は戦える。それに、そんなことを言ってくれるのが自分の好みを結集し、この世界に生まれた存在に言われたのなら、奮い立たない方がおかしい。

 徐々に朱音の顔に狼狽が浮かぶが、それでも攻撃は止めない。三発を一発ずつ確実に撃発させていく。撃発した段階で将成はグラディウスを持つ手に力を込めると、その勢いのまま魔力砲撃を縦に割った。光が拡散し、周囲の建物のガラスを割っていく。余剰エネルギーの勢いのままグラディウスの切っ先と剣身の先端部分が地面に触れた瞬間、エネルギーによる地割れが彼女へ向けて走った。数分前まで驕りに満ちた表情を浮かべていた朱音は一転、驚愕と恐怖が混じった表情に変わった。第三形態にまで変化し、内部と外部からマナを取り入れて増幅、大型のモンスターでも一撃で仕留められる筈の攻撃がただの冒険者によって完全に無効化されてしまったのだ。これで驚かない方がどうかしている。彼女の眼に映るのは想い人を倒した単なる冒険者ではなく得体の知れない化物冒険者という認識に切り替わった。


「来るな……来るな……来るな……来るなぁッ!!」


 爆発の土煙が収まりつつある中から二つの影がその姿を現す。黒衣の青年と白と青の服に身を包んだ金髪のエルフ……将成とキリカは一歩を踏み出す。MFOには複数の冒険者や従騎士と組むことで使用可能になるという連携攻撃というシステムがあった。武器ごとに制限のあるものもあるが、多くの連携攻撃は運営側の気合いが分かる演出と相俟って高い人気を誇っている。

 今回二人が発動させるのもその連携攻撃の一つ。将成が己のMPを消費してマナで出来た光の剣が四本地面に突き刺さる。光剣の柄頭から伸びたマナ製の鎖が両手両足を蛇が巻き付くように固定、敵の一切の行動を阻害すると、将成が駆け出した。ターゲットである朱音の前で回転斬りを二回で叩き込み、続く兜割りの一撃で彼女の白い鎧が砕け散った。そこで将成が後退すると入れ違いでキリカが前に出てくる。こちらもマナで出来た柄のない、金属部分のみの刀身が彼女の周囲を乱舞するように展開。キリカが刀をタクトのように前へ指し示すとマナ製の刀は踊るようにして彼女の身体を傷つけていく。刀の乱舞が終わったところで本命のキリカが居合の構えで吶喊。時代劇で聞こえてきそうなズバキュッ、という擬音と共に彼女を縛っていた鎖が全て切断され、光剣と共に爆発。その爆発を背に、キリカが納刀するという連携攻撃の中でも屈指の良演出で多くの冒険者を楽しませた攻撃『絶対命令=(ジ・オーダー)見敵(サーチアンド)必殺(デストロイ)』が炸裂する。ターゲットとなった朱音は光の加護が働いているために身体的には無傷だが本来ならば死んでもおかしくないような攻撃のために、加護を最大にしてようやく意識不明で留まっているのだろう。


「……終わった、な」


 グラディウスを担ぎ、感慨深そうに将成は言う。隣に立つキリカもどこか感慨深そうだった。たった数時間の出来事だったにもかかわらず、随分と長い間戦っていたような気がする。朱音が倒れている姿を一瞥すると二人は歩き始める。少しずつ白み始めた夜空を見上げる。長い戦いがようやく終わりへと向かい始める。そんな予感を感じていた時、不意に将成の手に暖かく、それでいてすべすべした何かが滑り込んだ。隣を見ると少し頬が赤くなったキリカが将成の手に自分の手を重ねている。視線は彼の顔から外れているものの、どこか期待するような雰囲気が放出されていた。

 彼女がいなければ将成はこの戦いの途中で折れていたかもしれない、だからこそ立ち向かう勇気をくれたキリカに感謝の意味を込めてその手を握る。電流が走ったかのようにキリカの身体が震えるが、やがて嬉しそうに微笑んだ。

 今度は将成が視線をそらす。あまりにも眩しい彼女の笑顔を直視できなくなったという理由も恐らく彼女に見透かされているのだろう。少しだけ互いの距離が縮んだことを感じながら二人は歩き始める。遠くから朝焼けが差し込む中、二人は港へと向かい、それから数分後、一隻の船がランクネンを後にした。

 自由都市ランクネンでの戦いは葬儀社。そして抵抗する冒険者の全面撤退により、その幕を閉じた。街の中に帝国軍の特殊部隊がいると言う情報もあったが、それは証拠不十分により帝国を糾弾する材料にはならなかった。そしてアステル皇国の支配下に強制的に加えられたランクネンでは復興が始まることになる。



 次回はエピローグ的な話になります。

それでは皆様の感想、批評等をお待ちしております。

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