今日という日を
ようやく第一章終了……長かった。
ランクネン解放から数日後、アステル皇国では皇都であるファルエデン程ではないにせよ、程々の規模を持つ都市、グレイミシアの門をくぐる馬車があった。本来であれば積み荷の確認をはじめとした年に入るために必要な手続きが必要なのだが、それが行われなかったのは馬車の車体に描かれた紋章だった。白と金色、メタリックブルーの光を形にしたかのようなエンブレム。聖光教会のシンボルがあるからこそだった。
街にある聖光教会の教会とそれに付随する関連施設ではアステル皇国の中で二分された勇者クラスの内の半分……光輝達ではなく、担任教師である雪子を中心としたパーティーだ。彼女の護衛という理由で複数のクラスメイトや教会側から派遣された教会騎士がいるのだが、彼女の職業は『ガンナイトマギフェンサー』。彼女の周囲を浮遊する漆黒の騎士三体を操る職業だ。全長二メートル半ほどの巨躯を誇り、全身を黒と白、金装飾が施されたフルプレートメイルに腰布とマントが特徴的な鋼の騎士たち。鋭角に尖ったヘルムのバイザー部分からは青く光るツインアイが特徴的だった。重武装の彼らが使用する武器はそれぞれ大型ガトリングキャノン、二挺サブマシンガン、大型突撃銃と言う構成で、剣なども帯びてはいるが、基本的にはレイピア二本を持って敵陣へ突っ込む雪子の援護のための兵装になっている。
「それでは、今日も皆さん無理と無茶はしないように……外が騒がしいですね?」
朝、いつものように迷宮へと向かうクラスメイト達に注意をしていたところで、俄かに外が騒がしくなる。窓に駆け寄った生徒の数人が見知った顔を見たのか、雪子に報告してきた。
「先生、ランクネンに行った奴が戻ってきた!!」
その一言で彼女は一度話を切って他の生徒たちと共に建物の外にある広場へと向かう。ランクネン解放自体は勇者達の支援もあって達成されたということを彼女は聞いていたので、叱りつつも生存と多くの人を助けたことを褒めるつもりでいた。だが、広場に集まった指導教官であるヴィルヘルムと帰ってきた生徒たちの顔は、ランクネンを解放したにも拘らず一様に表情が暗い。顔が煤け、装備品も一対のものが一つだけになっていることに加え、ランクネン解放の先頭に立っていた光輝達五人の姿が見えない。
「……佐々岡君、天霧くんたちはどうしたんですか?」
「先生……。天霧と井川はランクネンで冒険者に『負けた』……特に井川は俺達も数回しか見ていない破軍戦姫の鎧を使っていたにも拘らず……だ」
肩を押さえながら呻くようにして佐々岡重吾が答える。雪子自身クラスメイトである朱音の能力は知っている近接打撃戦闘以外にも、拳を起点とした砲撃スキルや敵を捕縛するタイプのスキルなど、戦闘以外の能力も優秀だった彼女の最後の一手。雪子でさえ一度しか見たことのない、あの神々しい鎧を纏った彼女が敗れたということが信じられなかった。それにクラスメイトの多くが慕っている光輝はこの世界から見れば誰もが羨むほどの恩寵をうけている。与えられた聖剣もそうだが、使用する防具類に関しても最高級の防具が与えられていた。だが、今馬車から担架に乗せられて治療院へ運ばれていく彼は鎧の中央が陥没し、与えられた当時の面影を一切残していない。何をどうすれば鎧をここまで破壊できるのか、それを聞きたくなるような有様だった。
「……先生、冒険者は……想像以上にヤバい奴らだった」
馬車から降りてきたのは光輝の親友でもある龍之介だった。彼もまた装備品の損傷が激しい。愛用の大剣は刃毀れが激しい上に、狼の意匠が施されていた肩当ては狼の首そのものが最初から存在していなかった。
「あいつは……一人のエルフを解放しようとしてた。操られて、洗脳されてるんだって、俺が絶対に助けるんだって……どうしてだよ、どうして正しいことをやろうとしてたあいつがあんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ!!」
将成本人がいれば全力で反論されそうなことを平然と言う龍之介。彼らにとって光輝はそれこそ絶対だった。幼い頃から正義感の強い彼は常に五人の先頭に立って強大な敵と戦い、常に『正義は勝つ』と言うことを証明してきた。だが、ランクネンの一件で彼は負けた。それは彼自身の正義が敗北したということであり、五人の中心的存在だった光輝の正義を持ってしてでも勝てない相手がいることの証明にもなっていた。
「……どんな、相手だったんですか」
辛うじて雪子が絞り出せたのはその一言だった。それが今彼女に出せる言葉だった。
「真っ黒な服に厳つい大剣を使っていた。たぶん俺のよりもランクは上だ。……後は光輝が助けようとしてたエルフから『ショウセイ』って呼ばれてた」
龍之介が口にした最後の言葉を聞いたとき、雪子は電撃が走ったかのような衝撃を受けた。親任の教師として光輝達が通う学園に配属される前、彼女がまだ教育実習生だった時に実習先の学校で出会った少年。雨の中で彼女が伸ばした手を振り払い、雨の中で彼女の助けを拒絶した少年。彼の名前は彼女もよく知っている。二年D組出席番号五番『狼森将成』……彼女が唯一救済できなかった少年の名前、そして彼女の理想を否定した彼の名前をここで聞くことになるとは思わなかった。
「……分かりました。取り敢えず天霧君のところへ行きましょう。ヴィルヘルムさんは聖山にいるクラエス様に報告をお願いします」
ヴィルヘルムが一礼すると馬に跨って施設を後にする。彼もまたランクネンの戦いで傷ついているのだろうが、それ以上に引率者として光輝達を止められなかったことを悔やんでいるのかもしれない。
遠ざかるヴィルヘルムを見送ると雪子は三体の騎士内、一体を哨戒モードへ、残る二体は正面玄関の番をするよう指示すると教会の施設内へ入っていった。
彼女は思う。自分は数少ないながらも迷い、悩む生徒たちを導くことが出来た。幼いころから抱き続けてきた生徒を救う教師になるという夢を文字通り叶えている。そんな自分に黒星をつけた少年、今まで心の片隅に引っ掛かっていた存在。これからも多くの生徒を救うであろう自分に黒星はいらない。そして黒星をつけた存在は抹消しなければならない。幸い、彼を合法的に消す大義名分は出来ている。自分の受け持つクラスの生徒を傷つけられたのだ。攻撃するとしてもこれ以上の理由は存在しないだろう。彼女は愛用のレイピアの柄頭を撫でると普段の彼女からは想像できないような笑みを浮かべた。ようやく自分にも運が回ってきた、と悪魔のような思いを抱えながら。
一週間後 セントレア
久し振りに戻ってきたセントレアの街には張り紙がなされていた。『円卓機関結成!』という大きな見出しの下、十二人の男女……それぞれ性別や種族の異なる十二人が黒い円の上にハンマーと杖が交差し中央に剣が描かれた旗を掲げている。戦闘系、生産系、支援系ギルドの中で代表格がある一人の青年の呼集によって集まり、結成されたのがこの円卓機関だった。主な目的は街の自治向上。既に複数の規定が施行され、街はどこか穏やかな雰囲気を放ちつつあった。瓦礫は撤去され、馬車の往来がしやすくなっているほか、現地住民……『冒険者』とは異なるこの世界に住む当たり前の住人『魔法世界人』の経営する店も増えつつある。そんな街の一角にあるオープンテラスが売りの喫茶店のテラス席の一つでは一組の黒衣に身を包んだ男女が会話をしていた。
「……で、無事に目的は達成できた、と」
グラスに注がれたアイスコーヒーを一気に飲み干すと美影は目の前に座る青年、将成に言った。彼の目の前には大ジョッキに注がれたアイスココアがある。丁度そこで赤と白の可愛らしい制服に身を包んだウェイトレスがアメリカンサイズのハンバーガーを持ってきた。既に三皿目に突入しているが美影の食欲はまだこの程度では収まらないらしい。
「……アステル皇国は現在勇者に関しての情報を外部に出してない。よっぽどランクネンで酷い目にあったんだろうな……で、張本人から見てどう思う」
「そう考えるのが妥当でしょうね」
将成がアイスココアをちびちびと飲みながら美影の問い掛けに応える。英傑召喚で勇者を抱えたことで調子に乗ったアステル皇国は現在、冒険者との関係悪化に悩まされていた。ランクネンの一件で勇者が積極的に敵味方の区別なく冒険者に襲いかかったという証言が多数出たために、現在アステル皇国内にある冒険者連盟支部はほぼ機能停止に陥っている。現在もアステル皇国からの書状が円卓機関へ定期的に届けられているがその殆どは無視されている。それ以外には大陸の二分の一を支配する都市国家連合同盟……複数の都市国家が連合を組んで経済や軍事的なつながりを持つ組織も動きを見せ始めているという。
「既に魔族が行動を始めている可能性だってゼロじゃない……今後は忙しくなるだろうね」
追加のアイスコーヒーを頼みながら美影は言う。それに彼女は口にしていないが他のサーバーが存在している大陸の動向も気になる。
「当面は地盤固めですかね」
「だろうね…………ま、湿っぽい話はさておき、その机に置いてある短刀はなんだ?」
美影が話題を切り替えると将成の手元にある短刀を指差した。黒いつやのある鞘に金色の蒔絵が描かれ、下げ緒にも高価な糸系素材を使っている。
「……ああ、これですか。ランクネンから戻る途中でキリカから貰ったんです。不死狩り関連で使えるだろうからって」
将成が刀を見ながら言う。キリカからセントレアへ戻る途中にもらったこの短刀は彼女がとある依頼をクリアした際にもらった二振りの内の一つで、彼女は紫色の紐飾りがついた白鞘の短刀を持っている。
「丁度ナイフも壊しちゃいましたし。サブ武器を新調しないといけないな……と思っていたので」
将成がそれを使う理由を話す。付き合いの長い美影はそれ以外の理由もある程度は察していたがあえてそれを口には出さず、運ばれてきたバーガーに齧り付いた。肉汁とトマトの酸味、濃厚なチーズとシャキシャキした玉葱が効いている。
「銃の方は相変わらずですけどね」
「そう言えば、銃身をぶった斬られたんだっけね」
そして携帯する銃火器に関しては未だに新しい候補が見付かっていなかった。ランクネンの戦いで志乃によって破壊されたガバメントの後継。キリカ自身には既に新しい武器を渡しているのだが、将成自身は新しい携行火器を決めていなかったのだ。
「ま、それに関しても引き続き探す予定ですよ」
そう言いつつ将成は運ばれてきたサンドイッチにかぶりつく。半分ほどまで食べ終えると彼はアイテムバッグからスタンドと中央がオレンジ色に輝くロイヤルブルーの正六面体を取り出す。アイテム名は【壱式立体結晶媒体・蒼天】。スタンドの上にキューブを置くと、即座にキューブが一つの武器の姿を立体投影した。そこに映し出されたのは一本の長大な剣。武器カテゴリーは大剣と刀となっているが、立体投影された『それ』には様々な強化改修プランが提示されていた。元々は大剣だが、まだMFOがゲームだった頃に追加されたある機構のテストベッドになっている。改装後は魔砲剣になる予定だ。
「……で、例の品はどうなってます?」
「この一件が始まる前に基本的なところは済んでる。とはいっても機構の確認だの何だのでもう暫くはあっちにあるだろうね」
「分かりました。……しばらくはグラディウスを使い続けることになりそうなので、もしこれが折れたり、奪われたりしたときはそっちに知らせます。先生にもよろしく言っておいてください」
「ま、そう簡単に奪えるとは思えないけどね。それと今度時間があったら会いに行くといい。彼女も話し相手を欲しがっていたしね」
けらけらと笑いながら美影は言う。専用化をされている武器を奪うなど、MFOのシステム上不可能なのだ。事実、今までのサービス中で専用化を行っていた武器が奪われたという話は終ぞ聞いたことがない。
「今は俺達冒険者より危なそうなのがいますし、備えは出来る限りしておきたいってのが本音ですね」
将成が自分の注文したカツサンドを食べ終えると空になったグラスの脇に金貨を置いてオープンテラスを後にする。それを見送りながら彼もまた色々と抱えているのだなと、美影は胸の内で思いながら最後のバーガーを食べきった。彼女自身も将成にいくつか借りがある。それをここで返しておくのも悪くはない。頭の中で知り合いの銃火器専門店の位置を思い出すと彼女は皿を下げにきたウェイトレスに金貨を渡して店を後にする。
将成がその足で向かった先はセントレアの壁の上だった。バリスタや大砲などが並ぶこのエリアはこの街を舞台にした大規模イベントで使われる。壁の向こうには広大な平原と丘陵が広がり、その中を通るようにして一本の道が続いている。ファンタジーRPGでは定番の街を出て最初のフィールド的な位置づけにあるのがこの平原だ。馬車二台が行き来出来るだけの広さがあり、今もギルド章が描かれた幌馬車が走っていくのが見える。
既に太陽は南から少しだけ西へ傾きつつある。穏やかな昼下がり、午睡にはぴったりの時間帯だ。頬を撫でる風を感じながら将成は思う。自分がランクネンで戦うことになった勇者と名乗った少年少女達。彼らはおそらく何らかの理由でこの世界に召喚されたのだろう。将成とキリカが戦った五人は雰囲気だけを見てもクラスの中心的存在だったことが伺える。そんな彼らを将成は完膚無きまでに迎撃した。あの時はキリカに対する彼らの執着ぶり、自分勝手な彼らの主張に怒り心頭だったために心を折りかねない徹底的な攻撃を行ったのだが、今ではもう少し手加減した方が良かったのではないかと思ってしまう。
PDAのアンテナ……に見える部分の先端を抜いて端末の画面をスクロールさせる。中の下にあった項目をスタイラスペンで軽く弾くと将成の目の前に木製の安楽椅子が現れた。既にクッションが設置された安楽椅子は一目見ただけで高級な木材が使われているのが分かる逸品だった。そこに座ると将成は椅子を揺らしながら空を見上げる。多くの冒険者なら……将成の現実世界で出会った人間が今回の行為を見るのであれば、愚かの一言に尽きるだろう。ハイエルフであるキリカを欲しているのであれば、彼らに彼女を引き渡し、その上で交渉をすればよかったのだ。ハイエルフ一人で勇者達と同盟が結べれば儲けもの。必要な犠牲だと言いきる。
だが、将成にとってキリカは単なるサポートキャラクターではない。単なるデータで出来た存在ではない。単なるデータ上の存在と言うには余りにも長く接していたし、従者としてならば明らかに入れ込んでいた。注ぎ込んできた時間とアイテムもそうだが、このMFOにおいてサポートキャラクターの育成に精を出す冒険者はさほど多くはない。その最たる理由が育成指針と装備関連だからだ。レベルがカンストしていても定期的に行われるアップデートで追加される物品やレイドバトルなどでボスモンスターがドロップする武器や防具を始めとした希少価値の高いアイテム。それらの獲得を優先する冒険者達はサポートキャラの育成に割く時間が少ない。だからこそ将成を始めとした存在は奇異の目で見られることも多かった。
「将成様、こんなところでどうされたのですか?」
安楽椅子に揺られながら眠りの海へ舟を漕ぎだそうとしていたところで将成の意識は現実世界へと引き戻される。目の前には整った顔立ちに艶やかで光沢のあるプラチナブロンドの髪に吸い込まれそうな青の瞳、尖った耳とその耳にあるイヤリング。……今さっきまで彼の思考の中に出てきていたキリカの姿が目の前にあった。
「……いや、ちょっと考え事だ」
「……あの時はあれが最善でした。私からはそれくらいしか言えません」
キリカも将成が何を考えているのかを理解したのか、迂遠な言い回しを使う。
「けどな……」
「あそこで私を差し出せば恐らく私は残る生涯を賭けて将成様を殺しに掛かったかもしれません」
反論しようとしたところでキリカがその反論を封じる。そして封じた言葉に込められた威圧は紛れもなく本物だった。
「すまん」
「いえ、私も言いすぎでした」
短く彼女に謝ると彼女もまた言い過ぎたことに対し謝った。少し大仰だが創造主たる主に対し、反抗するサポートキャラはさほど多くない。好感度がマイナスの最底辺に到達してサポートキャラクター側から契約破棄を求めてこない限り彼らは基本的に創造主に尽くす。それが彼らの存在意義でもあるのだ。
「少々不謹慎かもしれませんが、私としてはあの戦いに関して少し嬉しかったりします」
キリカが険しい表情から一転、どこか嬉しそうな微笑を浮かべながらそんなことを言った。
「何せ、私のことを強引に連れて行こうとする敵に対して、我が主がどんな判断を下すか非常に興味がありましたから」
「……で、その結果は?」
将成の言葉に、キリカは小さく笑うと微笑から晴れやかな笑みを浮かべて彼の質問に答えた。
「やっぱり、将成様は私が仕えるに相応しい御人だと言うことが証明出来ました。他にも一杯嬉しいことを言ってもらったんですけどね」
キリカが笑いながら答えを口にする。将成はその答えを聞いて胸をなでおろした。
「……あの時はああでもしないとあの勇者達は私を連れて行こうとしました。だから将成様は自分の選んだ選択を後悔しないでください」
慰めるようにキリカが言う。そこで将成は気付いた。恐らく自分は誰かに肯定してほしかったのかもしれない。勇者と言う存在を迎撃し、再起出来るかどうかも怪しい状態に叩き込んだ自分の選択は良かったのか、或いは悪かったのか、その時はそれが最善に思えたとしても後から考えればもう少しましな選択肢があったのかもしれない。だが、そうだったとしても戦場に『もし』は有り得ない。限られた僅かな時間で取捨選択した先の選択を誰かに認めてもらいたかったのだ。
「ありがとうな」
「いえ、これでも私は主の従者なのですから」
嬉しそうに微笑む彼女を見ながら将成は思う。ゲーム中ではある程度自由な思考を持っていたものの、NPCでしかなかったキリカの様々な表情をこの世界に来てから見るようになった。だからこそ彼はあることを彼女に言うことにする。椅子をアイテムバッグに仕舞うと壁にもたれかかる。
「……それとキリカ。これからは『主』や『様』をつけるのはなしの方向で頼む」
「えっ、と……それはどのような理由で?」
「俺は誰かに様付けで呼ばれるほど立派な人間じゃない。ってのが理由だが、本音はあれだ。設定したのは俺だけどやっぱり面と向かって言われると恥ずかしい」
極力彼女に目を合わせないようにしながら将成は本当の理由を言う。忠実な部下、メイドチックな意味も込めて設定したのだが、やはり画面の向こうからそう言われるのと現実で面と向かって言われるのでは色々と違ってくる。
「……では、どうお呼びすればよろしいのですか?」
「それは…………普通に将成でいい」
その言葉に今度はキリカが驚く番だった。暫く口をもごもごさせていたが、やがて意を決したかのようで、胸の前で手を組むと顔をあげた。
「で、では……し、ショウセイ……」
本人にしか聞こえないレベルで囁くように言うキリカ。ただ普通に名前を呼ぶよう指示しただけなのだが、彼女にとってはかなり大変のようだった。エルフ特有の尖った耳は先端まで赤く染まり、頬も若干ピンク色に染まっていた。
「――っ」
思わず眼もとに手を当てて将成は自分の顔を隠す。現実世界にいたころはそう言った手合いの小説や漫画などを楽しんでいた側で、よくあるシチュエーションの一つだと言うのは知っていたが、物語として楽しむのと実際にその場にいるのとでは全く違う。画面の向こうであまり表情を変化させない彼女が若干上目遣いで顔を赤くしながら自分の名前を呼ぶのは将成に絶大なインパクトを与えた。恐らく自分は今、鏡で見れば間違いなく黒歴史認定されそうな顔をしていることだろう。普段冷静な娘程こう言ったギャップがかわいいんだよと言っていた大学の友人を思い出す。確かにこれは絶大だ。
「し、将成っ!どうかされたのですか!?」
「いや、何でもない、何でもない、何でもない……これからはそれ……将成で頼む」
跳ね上がる心拍を抑えようと冷静そうに振舞うが、実際それが出来ているかどうかは微妙なところだった。暫く二人の間に無言の時間が流れ、彼女の耳が赤くなくなったところで将成は再び話を続けることにした。若干キリカの声が上ずっているような気がするが、気にしていたら話が進まない。
「ボス曰く、これから円卓機関絡みの仕事が増えるんだそうだ。だから休めるうちに休めだとさ」
落ち着いたことを確認すると、将成は今後の予定を話す。ランクネンに残されていた冒険者が合流してからこの街は落ち着きを取り戻しつつあった。円卓機関の結成に関してだが、こちらは比較的スムーズに進行したらしい。戦闘系ギルドと生産系ギルド、後は中小ギルドの三つがそれぞれ選出され、統治機構として今後は機能していくらしい。そこに何故かバッドカンパニーの名前も存在し、立ち位置的には円卓機関と専属契約を結ぶ傭兵集団と言う位置づけらしい。
「行くか」
短く言うと将成はキリカの手を取る。何気ない動作だったが、手が触れた瞬間、元に戻っていた筈のキリカの両耳が再び赤く染まった。
「……将成は卑怯です」
将成に聞こえない声量で彼女が小さくつぶやく。だが、彼女も差し伸べられた手を握り返すと将成と共に門のある方へと歩いて行く。
今はまだこれから先にことは分らない。だが、それでも自分達はこの世界で生きていかなければならなくなった。生きることは競争であり、その競争の手段の一つとして戦いがある。握った手から人割と伝わってくる温もりを感じながら将成は思う。これからの戦いも、共に戦う存在……それは一存であり、礼であり、バッドカンパニーのメンバーであり、そして彼女が、キリカがいれば乗り越えられる。そう思いながら、二人はセントレアの街の中へ入って行った。
今回の話で第一章は終了いたします。読んでくださった方、評価してくださった方、ありがとうございました。
今後の予定ですが、第二章の投稿を開始するのは七月の頭からになりそうです。それに加えてあちこちでコロコロと変わっている設定に関する説明等もする予定です。
それでは感想、評価、批評等をお願いいたします。




