異世界へ
あれは、暑い夏の日のことだった。
ムシムシとした酷い暑さの日だった。
僕達はその日、学校行事の一環である野外活動に参加していた。
山奥の曲がりくねった道をバスで走っていた。
クラスメイト達は談笑していた。
クラスメイト達は眠っていた。
クラスメイト達は戯れていた。
クラスメイトはバスの揺れに酔っていた。
僕は窓の外を見ていた。
突然、辺り一面が眩い光に包まれた。
僕ほ思わず目を瞑った。
眩い光が消えて目を開けると巨大な木々が立ち並ぶ森の中にいた。
周りには状況の読めず混乱したクラスメイト達に引率の先生が呆然と突っ立っていた。
皆が混乱して慌てふためいた数分後に一人の男子が口を開く。
「もしかして、俺たち異世界に来ちまったんじゃないか?」
そうして、僕は異世界へとやって来たのだった。
◇
数時間前......
「おい斎藤!!」
寝ていた僕は隣から聞こえた鼓膜を破るような勢いの大声に意識が覚醒する。
目を開けると、そこはバスの中であり窓を覗くと木々が生い茂る山道に差し掛かるところであった。
意識が朦朧としながらも、そう言えば野外活動で出かけているんだったな〜 と考える。
そして、僕の鼓膜を破ろうとした元凶。やつは隣の席に座っている坊主頭の馬鹿。
「しりとりしようぜ〜」
声がバカでかくて、空気が読めなくて、アホで、バカで、考え無しに思いつけば即行動、超猪突猛進な脳筋野郎。名は海藤 ひ......
「おい、うるせぇぞ海藤!!」
「テメェは俺の鼓膜まで破る気かぁ?」
「あぁん?」
そう声を荒げるのは、僕の前の席に座る男。トゲトゲ頭に服の上からでも分かる筋肉質な体付き、喧嘩っ早く言葉より先に手が出る不良生徒。その名は龍轟 龍之介。
というか、海藤くんよりも龍ちゃんの方が馬鹿でかい声だったんだが.........
昔から肺活量が馬鹿げてるからかな?
「なに言ってんだよ、龍ちゃんもうるさいよー」
そして、僕はその龍之介の幼馴染にして海藤のバカに絡まれる可哀想な一般生徒。
成績は平均、運動能力も平均、顔立ちは普通、何もかも平均的で普通の男。その名は斎藤 一である。
名前だけはあの有名な新撰組三番隊組長さんと同じ名前に同じ苗字という少し恥ずかしい思いをしている者です。名前イジリされるし、本物の斎藤 一と違って普通で平均的だし、陰キャだし、何一つ勝てないし.....
まぁ、そんな話は置いといて...
「そうだそうだー!」
「お前の方がうるさいぜ〜、リュ・ウ・チャ・ン♪」
「テメェは絶対にブッ殺す!!」
「死んでもブッ殺ぉぉす!!」
「あ、ちょっ、冗談だって!?」
「あ、やめ........」
「ぎぃゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
海藤くんが龍ちゃんを煽り、龍ちゃんが前の席から手を伸ばしてくる。海藤くんは必死に手足をバタつかせ抵抗するも虚しく、龍ちゃんのデカい手が海藤くんの頭を掴んでアイアンクローを決める!!
「ぎぃやぁぁぁ............」
龍ちゃんの馬鹿力によって海藤くんは暴れるが、徐々に抵抗する力も弱まっていき、やがて糸がプツンと切れたように動かなくなった。
「...........死んだ?」
まるで、地面に落ちて動かなくなったセミのような姿をしている海藤くんを見て、遂に龍ちゃんが犯罪を犯してしまったのかと焦る。
「死んだかもな」
僕の疑問に龍ちゃんから返答が返ってくる。
その間、海藤くんは本当にピクリとも動かない。
どうしよう、死体の処理ってどうしたら良いんだろう.........
「た、確かドラム缶の中にコンクリートを流して海に沈めればバレないってテレビでやってたような......」
「おい斎藤ぉーー!!!」
「なに怖いこと言ってんだよ!!それに、俺はまだ死んでねぇーー!!」
「おっ?生きてたか海藤ぉ〜」
「それなら、もういっぺん死にかけてみるかぁ?」
急に起き上がってきた海藤くんにもう一度アイアンクローをしようと龍ちゃんの手が後ろに伸びてくる。
もう一度、手足をバタつかせ抵抗するも虚しく......
「ぴぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「助けてぇぇ!!!斎藤様お助けぇぇぇ!!!」
「ひぃぁぁぁぁ!!!殺されっグフッ!?」
龍ちゃんのアイアンクローに再度敗北したのだった。2度のアイアンクローを食らった海藤くんの顔は熟れたりんごの様に真っ赤だったが徐々に色が落ちて来て真っ青に変わっていった。
「そろそろ懲りただろうし離してあげ.........」
今度こそ本当に死にそうな海藤くんの顔を見て、龍ちゃんを止めようとした瞬間、僕の声を遮るように声がポツリと聞こえた。
「うるさいクズ共が.........」
その声の主は海藤くんの前の席にして、龍ちゃんの隣の席の男子である。名前は確か清水君?だったかな。静かで大人しく、あまり人と関わらない男子だ。
実際にこの清水君が誰かと話している所は見たことない。
そんな大人しい子だったから、いきなりそんな事を言ったことに驚きを隠せなかった。
僕はその時、人は完全に予想外なことが起きると思考が停止するんだと知った。それは僕だけでなくアイアンクローをされて死にそうだった海藤くんもポカンとした何とも言えない表情をしていた。
そして、そんな天地がひっくり返るような出来事があった中、いつも通り平常運転の奴が一人。
「あ゙ぁん?」
「何だテメェ?喧嘩売ってんのか?」
そう、龍ちゃんである。
龍ちゃんは自身への敵意を感じ取ったその瞬間に標的を海藤くんから清水君へと変えて、隣にいる清水君の胸ぐらを掴む。
龍ちゃんは鋭い目突きして、掴む手を徐々に強くしていく。今にも襲ってしまいそうな気配を感じる。
「あっ、.......いや........別に..........」
そんな龍ちゃんの様子に清水君は怯えていて、しどろもどろに答える。
その答えが気に食わなかったのか龍ちゃんは胸ぐらを掴んでいる逆の方の拳を大きく振りかぶり、今にも殴る直前だった。
僕は咄嗟にこれはヤバいと思い龍ちゃんを止めようとするも遅く、龍ちゃんの拳は清水君の顔面に当たる直前だった。
「龍轟くんやめなさいっ!!」
突如、バス内が大きく揺れたと錯覚させる程の強い声が響く。高く鋭く自信のある強い声が龍ちゃんの拳と清水君の顔面に当たるコンマ数ミリの距離で止めたのだ。
「あ゙ぁ?止めんなよインチョ」
「いいえ止めます。ここはいつもとは違う所なのですから、いつものような乱暴は許しません」
「それに、人を傷つけることをしてはいけません」
龍ちゃんを止められる人物。きっと、それはこの世に2人しか存在しないだろう。
一人は龍ちゃんの母親。龍ちゃんより怖くてデカくて強い人だ。いかにもオカンって感じの人で、基本的に優しくて温かくて明るい人なんだけど、怒ると赤鬼や閻魔大王にもなる人だ。昔は幼馴染の僕もよく龍ちゃん母に頭を殴られたものだ.........
そして次に龍ちゃんを止められるのは委員長である。委員長は僕達のクラスの委員長であり、真面目で成績が良く生徒の見本となるべき委員長だ。中学時代に荒れに荒れまくった龍ちゃんを高校に入って経った数カ月で常識が身に付くまでに成長させた第二の母親的な存在だ。そんな委員長を龍ちゃんは苦手に思っているそう.........
因みに委員長は眼鏡を付けていて、髪は黒髪ロングとザ・委員長という雰囲気だ。
「...........チッ」
「わぁかったよ。やめりゃ良いんだろやめりゃ!!」
龍ちゃんは委員長のほうを見ずに、ただじっと清水君の方を見て答える。
おかしいな.....
いくら切れやすい龍ちゃんでも、委員長に更生された龍ちゃんが少し言われたくらいで清水君に真っ先に手を出すなんて.......
いつもの僕や海藤くんに戯れるようなモノでもなかったし........
それに、委員長の言うことはしっかり目を見て顔を見て聞くような龍ちゃんが一切委員長の目を見ていない......
「コラ、龍轟くん」
「早く胸ぐらを掴むのをやめなさい。それと、人が話している時はちゃんと目を.......」
「わぁかッたての!!」
「いちいち言うんじゃねえよ。テメェは俺のオカンかよ!!」
そう言って、龍ちゃんは清水君の胸ぐらから手を離す。龍ちゃんは随分と力を入れて掴んでいたのか清水君は解放されると酷く咳込んでいた。
「清水君、大丈夫だった?」
「温かい飲み物があるけど飲む?」
「あと、龍轟くんは早く清水君に謝りなさい」
咳込む清水君に委員長は自身の水筒を持って来て、中身をコップに注いでいる。
コップからは湯気が立ち上り少し熱そう.........
「ゲホッ......ゲホッ...........ゴホッ..........」
「...........あ、............ありがとう......」
「良いのよ清水君。また龍轟くんに意地悪されたら私に言ってね?」
委員長は清水君に優しくほほ笑んでから、龍ちゃんの方をギロッと睨みつける。
委員長に睨めつけられた龍ちゃんは蛇に睨まれたカエルの如く縮こまってしまった。
「す、すげぇ......」
「あの狂犬を言葉だけで抑え込んじまったぜ......」
「さすが狂犬使いの委員長だね......」
そうして、龍ちゃんは一旦は大人しくなり委員長も自身の席へと戻って行こうとした時だった........
「なぁ、なんかバス動いてなくね?」
「そう言えばそうだな、というか周りに木しかなくね?」
「あれ?そう言えばここ何処だ......」
「本当だ.....、私達いつの間にこんな山奥に.......」
「おいっ!!運転席に誰もいないぞ!!!!」
「もと来た道も無いよ!!」
「何だよこれッ!!周りに木と草しかないぞ!!」
「何だよここッ!!何処なんだよッ!!」
「か、神隠し!?」
「ちょッ!?皆さん落ち着い........」
「ねぇ、電話がつながらないんだけど......」
「スマホが圏外になってるぞ?」
「おい、ここ電波繋がってないぞ!!」
「みんな、携帯使えないのか?」
「使えねぇし、繋がらねぇよ!!どうなってんだよ!!!」
「もしかしてこれってドッキリ?」
「なぁ、誰か携帯繋がるやついないのか!!」
「私たちどうなっちゃうの?」
突如、周りのクラスメイト達が騒ぎ出した。
その騒ぎは徐々に広がっていき不安や困惑がバス内を支配していく。中には席から立ち上がってバスの外に出ようとする者や担任の先生に詰め寄る者もいる。
委員長が騒ぎを収めようとするも、クラスの興奮は頂点に達しようとしており騒ぎの収拾がつかなくなって来ている。
僕達も窓の外を覗くとそこは森だった。
人工物の無い純粋な自然。木と土と草と小川が流れる人の手が入っていない大自然が目の前には広がっていた。
「は?」
ただ、少しおかしい所もあった。
樹木は日本に生息していないような異常な高さで、空には太陽が昇っているのにいくつもの星が輝いている。
そして、少し離れた草むらに動くものがいた。
見た目は狼だが頭が2つで脚が6つある狼、その狼が咥えている角が生えている兎。角兎を咥えた狼を一振りでバラバラする三本角の熊。
「なぁ、もしかして俺たち異世界に来ちまったんじゃないか?」
隣に座る海藤くんがふとそんな事を口にしたのだった。
そうして、僕達は異世界へとやってきたのだった。




