200死の果てにあるもの
岩塔はただ岩が無造作に積み上がって風蝕で酷く崩れている。
近くに行くとそれがどれほど危険かが分かり、アーシアは我知らず身震いした。
(よくこんな、今にも崩れそうなところにいたわね……)
見上げると、肝心の天辺の装置らしきものが見えない。
皆で話し合って、魔法で上の前側の壁だけを崩すことにした。
エンとなごみは左半分、ヨシは中央、ヴィクトルは右半分だ。マドカは装置を傷つけないように空から風を送ることとなった。
「ちょっと加減が難しそうだなぁ」
ヴィクトルが頭を掻きながら塔の右上側を見つめた。
「マドカが一番危険だから、近づきすぎないようにね」
『任せて。大丈夫なんだぞぅ』
マドカは空にぱっと飛び上がった。
『ライトニングボルト』
『クラッシュロックス』
『ブリザードスマッシュ』
『エクスプロージョン』
塔はみるみる砂埃にまみれて見えなくなり、轟くように瓦礫の崩れる音が響いた。
(え、エクスプロージョン? 大丈夫なの?)
アーシアのぎょっとした反応に気づいたのか、ヴィクトルが振り向いてにやっと笑った。
(そういえば、火魔法の最大火力魔法エクスプロージョンと錬金術のは同じ発音で違う術だった……。
ディストラクションは全体魔法、
エクスプロージョンは単体攻撃だったな……)
ややこしいなあと思いながらも、直ぐに『錬金操作』を出せるように準備をしておく。
爆破に伴い、マドカの風に吹かれて砂嵐が塔の後方へと吹き飛んで行った。
そこには、真鍮の古めかしい引き抜き模様の刻まれた台座と昏い色の石が現れた。
その石はどす黒い血のようでいて、鉛を流し込んだような鈍い輝きを放ち、手の平ほどの大きなものだった。
そしてそれをはめ込んだ台座のようなものは錬金装置のようだ。
装置は、塔の内側にしっかりと取り付けられていた。
その石からは、ここに到着した時に感じた気持ちの悪い気配の影のようなものを感じた。
(あった。あれだわ――)
「あの大きな魔石のようなものが入った台座が見える?
あれを壊さないといけないの。それも、安全に。
みんな、この位置から、あの装置を狙うことが出来る?」
(わたしが『錬金操作』を使うのが必須だから、他のスキルは使えない。
皆にあれを壊して貰わなくちゃいけない……)
『勿論。いい射程距離だよ』
アーシアの問いに、エンが自信ありげに答えた。
他のメンバーも同じ表情で頷いた。
(歪な気配……とても、生命ではないもの。あれには、命の残像すら感じられない……
ただ、禍々しい塊。あれは、あるべき錬金術――人の生命の輪を、皆のしあわせを、循環させるものではない)
台座の石は他の幾つもの別の生命を吸い上げた、残り香のようなものを僅かに放っている。
なのに、その石だけが、生命から完全に切り離されて見えた。
「それじゃあ、作戦を言うわね……」
アーシアは、皆の前で、ワースとドゥッケの作り出した危険な『賢者の石』モドキを解体するための作戦を告げた。
「それじゃあ、いい?」
『大丈夫なんだぞぅ』
大技の疲れを少しも見せず、マドカが宙に飛び上がった。
『任せて!ばっちりだよ』
エンが美しく伸びた尻尾を高らかに上げた。
『あたち、がんばるわ』
なごみはいつもどおり可愛らしく返事した。
『……ヨシ!』
やや眠たげになったヨシが答えた。
『ヨシ、本当にしっかりね』
なごみに言われ、うんうんとヨシが身体を一層丸くして頷いた。
「俺も準備万端だよ」
ヴィクトルが、楽しそうな明るい声を上げた。
皆で塔に向かい、配置について立った。
顔は至極真剣だが、その表情からは今まで乗り越えて来た自信も伺えた。
――皆、声を揃え、一斉に攻撃呪文を打ち上げた。
アーシアはその間、自身の集中力を極限まで高めていた。
そして攻撃が『モドキ石』に当たる瞬間を見極め、アーシアは、自身の術式を展開した。
『抽出・錬金操作』
凄まじい爆音とともに塔が脆く砂のように、瞬く間に崩壊していった。
塔の天辺が先ず大きく音を立て、煙を巻き上げると、既に風蝕していた塔の壁の繋ぎの部分が雪崩のようにずれ落ち自ら爆発をしているようだった。
岩飛礫と砂塵風から守ろうと、マドカが風を逆風させ、なごみとヨシが防御シールドを張った。
『錬金操作』アルケミーコントロール
濛々と土煙が舞い上がる中で、幾つもの、朱と銀の粒子の線が塔のあった中央から、細く長く浮かび上がりアーシアの掲げた手の方へと集まっていく。
その輝く糸は、宙を舞い、漂いつつも、主の元へ只管に真っ直ぐ向かう。
煙りを抜け、次々と朱銀糸が、青い空へ向かいしゅっとした弧を描くように流れ、その優しい白い手の元へと。それはまるで、生きものが甘えているかのようで。
アーシアは目を半ば閉じるように真剣な表情でその宙の朱銀糸を注意深く操っている。
皆一同に、彼女の一挙手一投足を、真剣に見つめていた。
眉間はやや苦し気で、額には汗が滲んでいるが、その顔は美しく鮮烈だった。
ほっそりした身体は、精霊か何かのように儚げだが、魔力の波が周囲を圧倒するかのように放たれているのを、皆でさえも感じることが出来た。
『成型』
ぽつりと澄んだ声が唱える。
(最後の……仕上げだ)
アーシアの手の平の間で、急速に朱銀は集まり固まっていく。
アーシアを見守る皆は、その光景に固唾を吞んだ。
マドカの緑の瞳が、より真剣さを増し、金に煌めいた。
そして彼女の手の平で、それは大きな宝玉へと形を成していった。
その宝玉は大変神秘的で、菱形に端正なファセットを施したような、どこから見ても美しい立体の宝石のように模られていた。
鮮やかな緋色に銀の輝きが混じり、その粒子は赤の海を流れるように光り動いていた。
アーシアは、深くゆっくりと息を吐いた。
「『鑑定』……。
うん、毒性はない。大丈夫」
アーシアは振り返って少し笑みを浮かべ皆に告げた。
「終わったわ。……みんな、ありがとう」
子猫たちは、ぴょんと大きく跳び上がった。
アーシアは、少し離れていたヴィクトルに、その赤い宝玉を手渡した。
「よろしくお願い。……多分、これ必要でしょ」
「ああ、本部に報告して……ヴァスキス神聖国に納められるはずだ。
この死の原全域も、狂ったようなモンスターの頭数からやっと落ち着いた数に減る。
知っているか? ここは死の原なんて物騒な名前だが、資源が豊富で狩猟も出来る。
危険さえなくなれば、多くの人がそれを利用することだって出来るんだ」
「そうなんだね」
(前回の魔王討伐が中途半端になったせいで、死の原のモンスターの数が減らずに逆に増えてしまった。
その弊害がなくなったってことなんだね……)
「やれやれ、それにしても、今期の勇者は、苦労が減ってよかったなぁ」
「……どういうこと?」
「ふふん。俺たちが前魔王の欠片と配下を倒してなかったら、討伐の旅が大変だったってことだよ」
アーシアは、ヴィクトルに頷く。
マドカもほっとしたようにゆらゆらとアーシアの元へ降り立った。
「マドカ!」
『ご主人~!』
マドカは一度宙をくるりと回ると、アーシアの胸に飛び込んだ。
他のニャンずも我先きにアーシアの足を駆け登った。
(あ……いたい、いたい……可愛い――)
塔の瓦礫から、石の台座だけが壊れて見つかった。
するとすぐに岩の残骸は、脆く砂に消えた。
青い空の元、そこには、ただ、砂の山があるだけだった。
暫くもしないうちに、その砂はどこかへ運ばれて行ってしまうだろう。
魔王の記憶も、哀しい魔族女性の思慕の念も、総ては砂の風の中に、跡形もなく。
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