115けぶる春塵
宴会もいよいよ終盤となって、「さあ、やろうよ」というヴィクトルの号令に、お腹の膨れた男性たちは、身体を伸ばしながら運動場へと向かった。カイトは少し面倒臭そうな顔をしていたが。
女性と年配者がデザートを優雅に楽しめるように、ステファンとヘルマンが防御魔法を展開した。
「今日はステファンだけでいいだろう。おまえも、来いよ」
と、ヴィクトルに無慈悲に言われたヘルマンが、引きずられて行った。
「い、いや、自分、もっとゆっくり食べたいんで……」
あー、という声が聞こえ、ドンと派手に音がして試合が始まると、巻き込まれる予定のないアレッサンドロはにやにやしていた。
「君は、ワタシの試験ね」
オットー先生の言葉に、冷や汗をかいたアレッサンドロは自分の足元の箱を探って瓶を一つ。また一つ迷いながら、おずおずと選んでオットーの傍に持って行った。
そして、二人で空いた若手の席に行き、アレッサンドロの醸造錬金を品評会を始めた。
アーシアも、ゆっくり食事を楽しむ時間ができ、少し寛げるようになった。
オットーの元の椅子を挟んで、ずっと静かに楽し気に参加していたマルコ・ブリリアが金色の眉を僅かに上げて、アーシアを見つめた。
「デイズ君、きみはベルナルドに持って行かなくてはいけないものがあるのではないかな」
マルコ先生の視線を辿ると、調理用に設えたサイドテーブルの上の七輪が置かれていた。
確かに、ここで使うために作ったものなので、商業ギルドに登録していないな、とぼんやりと思いを馳せていると、強い圧でにこにこと迫ってくるペプロー氏の顔が思い浮かんだ。
(ベルナルド? ……ベルナルド・ペプロー?! ペプローさんの名前! な、何で?)
「ふふん。……ベルナルドは僕の姉の息子なんだよ。
姉は鑑定士だったんだけど、職場結婚をしてね」
「そ、そうなんですね?!」
目の前のマルコ先生は金髪でやや小柄な方だ。いや、職業柄、姿勢がどうしても丸まって、座ると小さく見えるが、立っている時は普通の身長だった。
ペプロー氏は、高めですらっとしていて、特に姿勢がいい。柔らかそうな緑の髪を片側で上品な紐で結んで流している。
(あまり見た目は似てないけど……あ、でも、雰囲気?は似てる気がする)
二人ともいつも仕立ての良い服をきちんと着込んでいみ、縁なしの眼鏡は似ていなくもない。
「あれは、ポケットコンロほど高価じゃなくても出来そうだから、
庶民にも手を出しやすいでしょ。いいんじゃない?」
そう言って、マルコはサイドテーブルの上に向かって指差した。そして、にこりと笑った。
「あ、七輪のこと……そうですか?! では、早速報告します。なるはやで」
「なるはや……? はは、そう、なるはやでね。ブリリアント!」
(ああ?!
エクセレントとブリリアントの違いだ!
うん、そっくり!)
どこかで喉に刺さっていた小骨が取れた時のような、気になっていた謎が唐突に解けたような、すっきりと晴れた気持ちをアーシアは感じ、ホッとなって思わず、笑いそうになってしまった。
個人品評会が終わったのか、オットー先生が珍しくぶつぶつとぼやきながら席に帰って来た。アレッサンドロは肩を落として座っている。
「まったく、困ったものだ。進歩がない。飲めればいいという訳ではない」
ぼやきが聞こえたのか、アレッサンドロが「いや、飲めればいいと言う人が沢山いましてね……」と、向こうの方で小さく叫んでいた。
「おかしなものですな……あのアレッサンドロ・ヴィスコンティ博士が形無しだ。こんな光景は他では見られませんよ」
椅子に腰かけるオットーに、マルコが隣から声を掛けた。
「いつまでも教え子は、そういうものでしょう? マルコ先生」
ははは、と二人は含み笑いをしながら、可笑しそうに目を合わせた。
「ところでね、アーシア・デイス。
ワタシは臨時雇いでね、助手が付けられないのだよ」
何を急に言うのだろうと、アーシアはポカンと口を空けて啞然とした。
アーシアのそんな様子も気にせず、オットーは続ける。
「君なら、こちらから是非に、という人物なんだがね。
もっと、早くに出合いたかったものだ。……いやはや、残念だ」
「じゃあ、卒業後は……ヘレンかマリック辺りかな? マリックはもうかなりの指導生がいるなぁ。
……ならやっぱり、ヘレンがいいね」
ちょっと気を落としたオットーの横で、訳知り顔にマルコが言う。
(え? 卒業後って……普通に卒業じゃないの?
……助手? ああ、ハンスさんやクレッグさんみたいな)
「ちょっとちょっと、そんなに先の話、急にしても仕方ないわよぅ」
カルラが二人の会話を聞きつけたのか、手のひらを頬に当てて大きな響く声を出した。
「しかしね……そんなに先でもないでしょう……」
と、マルコがタジタジと言う。
「研究はどこでも、いつでもできるわ。
ほら、ええと、誰だっけ、あの在学中からキレ者って有名だった鑑定士の……」
「……うん……と、ランベルト・エーデルシュタイン君かな?
彼は優秀だね。数少ない一級鑑定士で、ぼくもよく協力してもらっているんだ。
彼の宝石や装飾品を見る目は、ピカイチだからね」
「そりゃ、一級ですもの。一級なんて直ぐ国家に盗られちゃうんだから……
ああ、彼も前職公務員だったわね。転職してここに就職とは、珍しい……」
「まあ、色々あったんじゃろうよ」
「そう、いろいろね……」
「ああいうのは、気遣いが半端ない職業だからね。級が幾つであろうとさ……。
……何れにせよ、アーシア君、おめでとう。これで晴れて、公認錬金術師だね」
マルコ先生の穏やかな声が響くと、オットー先生もカルラも頷きながら、優しくアーシアを見つめた。
うわぁ~という雄たけびが運動場から派手に上がって、砂煙が舞い上がった。
優雅に試合を観戦していたステファンが「ちょっと失礼」と言い、焦ったように防御結界を強めた。
溜め息をついた女性陣が口直しにと、それぞれ甘味を頬張ると、気分が良くなったようでふわりと微笑んだ。
アーシアは、別の人物の話題に話が逸れてホッとしていたが、一抹の不安を覚えていた。
(すんなり卒業って、出来ないものなんだろうか……)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アーシアの小さな不安は、
端的に言えば的中した。
「え? 助手ですか?」
「ええ、貴女にはしばらく、ここに残ってもらえないかと思って。
ちゃんとお給料も出るし、悪い話ではないと思うわ。
指導講師は、マリック・ブラウン准教がいいんだけど……
彼は、今年の枠は大丈夫かしら……」
ヘレンは考えるようにスケジュール表と名簿をペラペラと捲った。
講義の後、ヘレン教授に呼ばれて来てみると、思いがけない話になったのだ。
突然進む話に慌てふためいたアーシアは、兎に角何か言わなくてはと口火を切った。
「ちょ、ちょっと、待ってください。
わたし、卒業したら、し、師匠に……挨拶に行かないといけないんです」
「あら、構いませんよ。ちょっと残念だけど……貴女は基本籍を置くだけでもいいのよ……
……私だと、聞きにくいことがあるなら、
……ナオミ・グレーヌにでも……ああ、アイビー嬢にでも相談するといいわ」
御心配には及びません、ちゃんと旅立てるので大丈夫です
お読みいただきありがとうございました




