114春の宴はこちら②
「ちょっと、席を立ちますね。唐揚げはまだいいですか?」
「うん、まだあるよー」
サムくんが言う。今はまだ顔も赤くなっていないので、飲み過ぎではないだろう。
「あの、好みがわかれるかもしれませんが、作ってみたいものがありまして、用意してきたんです」
「まあ、それは楽しみね」
皆興味深そうに期待の滲んだ表情をしているが、作ろうとしている物がムギナだと知ったらどうだろうか。
アーシアはそんな気持ちで七輪に向かった。
ほとんどは話に夢中になっていたが、マルコとオットーはアーシアの様子を時折見つめていた。
炭を入れた七輪に火を入れ、金網を載せる。広い陶器の甕のたれに串を刺したムギナを潜らせ焼いて行く。
作っておいた“なんちゃって団扇”も取り出した。
「おや、いい匂いですなぁ……」
「ほんと、とってもいい匂いねぇ」
いい匂いがしてくると、数人が気が付いて、アーシアの方を首を伸ばして眺めた。
ジュジュッと脂が小さくはじける音と香ばしい香り、徐々にいい色にテカりが出て、皮も少し焼き縮れていい感じになってきた。
(本当にいい匂い)
匂いに直ぐに気が付いたマドカは身体を目一杯に伸ばして、目をキラキラ丸くさせて見ている。
(ああ、マドカ、飛んでこないでね……)
出来上がったムナギの蒲焼きを皿に盛ると、ムナギの骨チップスを入れた小鉢用意した。まだ、網に残っているムナギは串を立てておいた。
そして、おずおずと香ばしい、甘く濃厚な香り立つ皿と小鉢を手に、テーブルへ戻った。
「まああ、なんの魚なの?」
「じ、実は、ムナギなんです。ここでは――セドゥーナでは、あまり好まれないと聞いていたので……
もし、駄目なようでしたら、どうぞ、無理しないで……」
「ああー、あの変なうねうねのやつね……。
でも、いいんじゃない?」
何もこちらには興味を払っていなそうだったヴィクトルが、意外にも第一声を放った。
「ええ、そうよ。見る限り分からないわ!」とカルラが励ますように明るく言った。
「僕も大丈夫だよ。結構、ジュェワの魚は好きな方なんだ」
「ワタシも楽しみだなぁ」
マルコとオットーもかなり好意的な反応だ。隣のフリムカルドも、強く頷いている。
味見ということで、一切れずつ切り分けて回してもらう。
「ほう、これは美味!」
「本当、甘みがあるわ……美味しい……」
「ほ、本当ですね、柔らかいし……凄いうまい!」
「うわ、もっと食べられるな!」
「皮も脂がのって旨いな」
「それに、この香ばしいぱりぱりした……お酒に合うものは?」
「ああ、ムナギの骨を揚げたものです。骨チップスです」
「骨??」
「えええ?!」
「これが?! ……魚の骨……ウマいな」
「ええ、呑兵衛には堪らないんじゃないですかね」
「手が止まらんぞ?!」
有難いことに、予想に反してムナギの蒲焼きと骨チップスは好評だった。特に骨チップスは香ばしさと塩味がいいらしい。
ホッとしたので、マドカにもムナギを持って行ってあげる。
「ルビィちゃんは?」とマルコに聞くと、
「ああ、あの子は草食だから」
と言われたので、ムナギと味の付いていない野菜を2匹に持って行った。
マドカは待ってましたとばかりにマットレスから飛び出して、ムナギに齧り付いた。
《これは?!たまらないニャン!!》と、猫らしからぬ仕草で食べていた。
アーシアも席に戻って自分の分を味わう。
(ああ、う~~……こ、これよ。これこれ、うなぎの蒲焼き!! 甘い、美味しい~)
あまりの美味しさに思わず涙ぐみそうになったアーシアだったが、努めて心の中で歓声を上げるだけにした。
その時、隣で静かに蒲焼きを味わっていたオットーが、すっと顔を上げアーシアを見つめて、ポツリと呟くように言った。
「これは、君がこの間作ろうとしていたものかね? 甘露酒だったかな?
うん、料理に使うなんて、中々だね。魚の身が柔らかく、上品な甘さだ――そうか、これなんだねぇ」
「はい、こちらが麦の甘露酒になります。他に米とオットー先生からいただいた果実酒で作ったものがあります。
あと、これを作るために作った、お酒もありまして、麦と米で作りました。良かったら、見ていただけませんか?」
「おお、良いのかね?」
サイドテーブルの下に用意しておいた500ml瓶が入った箱を持っていく。試し用なので少ないがまあまあ重い。
コルク性の蓋を開けながら、説明する。
「今開けているのが、甘露酒です。
本来ならばもっと熟成した方が良いのですか……
――お料理に使いたいと思いまして」
「ああ、少しでいいよ、ほんの少し。それで分かるから」
蓋が空いて、空のコップにほんの少し注ぐ。薄い琥珀の色が中にきらめくように流れ溜まった。
「うん、綺麗だね……香りも……悪くない」
素っと口に運び、含む。
「うん、そうか、料理かね。これは、贅沢なものだなあ。
しかし、やはりまだ浅い。欲を言えば……若干、澄み過ぎた感じだね。もう少しだけ苦味もあってもいい。
上手く利かせた雑味は悪ではない、香りを支える影だからね。
……しかしこの若造りのものは……甘さだけが立つが……料理は軽くするな。
にしても、良いものを食べさせて貰ったものよ」
なるほど、奥が深い。早く作ろうと雑味の『抽出』を執拗にやってしまった。もっと上等なものはもっと複雑な深い味なのだろう。
そうして、3種類のみりんを試飲してもらった。
「うむ。この麦のものは、 香ばしく野性的。同じように麦を使ったものだが……普段ワタシたちが嗜む物とは随分違うね。
米のは、 清らかで……日を置いたらどんなに深い味わいになることか……
ほうほう、これはワタシの果実酒だね。ううむ、素晴らしい華やかさで奔放な甘露だねぇ。
ところで……まだあるのかい?」
「はい、材料になっているものが……」
「うん、では試そうか」
次は麦焼酎と米焼酎だ。こちらはみりんよりは熟成がされているので、ましな方だろう。
オットー先生は、試す度に口を水で濯ぐよう飲んでいる。
「ほう、これは……麦の香ばしさが煙のように鼻を抜ける感じだ。
軽やかで、切れ味のある後味。冒険者が火を囲んで、干し肉の友に、大変良いであろうな。
これは、また……まろやか、ほのかに甘い。同じ種類であるのにこうも違うのか。
清らかさを映したように澄み、口当たりは柔らか、ほのかな甘みと温もりと……
神前に供えるにふさわしい静謐さであるなぁ……」
確かに、お米のこの酒を造った時すぐに感じたことは、お供えをすることだったので、オットー先生もそんな風に感じたのかとアーシアは少し感動した。
「うむ。これは立派であるよ。良い出来だ」
二人でしばらく話していると、アーシアの箱にカルラが不意に気が付いて、
「あら、楽しそうね、何を飲んでいるのかしら?」
「えっと、実験で作った醸造品を……オットー先生に試して貰っていたんです」
「あら~、まだ、飲めないのかしら……」
オットー先生と顔を見合わせる。白髭のおじいさんは、にこりと自信を持って笑った。
「この麦と米の酒は出しても大丈夫だよ。まだ少し、浅いけれどね」
「あ、これも作ったんだ。あ、先生、もう一つあるんです。さっきのお魚のお料理に合うようにと……
柳酒といいます。
先ほどの甘露酒とお米の酒を混ぜて寝かせたものです」
と、言いながら、アーシアは布に包まれた大きい1升瓶を出してきた。
「うん。これは、カルラ君たちが喜ぶよ。女性がよく好むだろう。
すっきりとした甘さで、実に涼やかな夏向きだね」
「はい、本来は、夏の飲み物なんですが……」
「では、季節を先取りする贅沢というものだね」
と、香を聞くように、グラスを傾けた先生が、ゆっくりと目を細めた。
「春まだ浅き折、夏の先触れの、酒を味わう。
春に口にすれば、宴席は一足早い粋である柳酒かな」
白い髭をくるりと捻り、目を伏せて口に微かに笑みを浮かべて、オットー先生はいつもよりリラックスした様子だった。
「あらあら、いただけないのかしら?」
そう、カルラに急かされて、小さい瓶の焼酎と柳酒を箱から出し、カルラとナオミには、柳酒を振舞った。
「本当は、夏に向くもので、冷やすのもいいそうです」
「なら、俺が協力しましょう」と、フリムカルドが手を翳すと、ひんやりと瓶が冷たくなった。
「わあ……」
「あら、これは……なんだか、まさに甘露、甘味酒って感じねぇ」
「ええ、とっても、飲みやすいわ」
「俺は、こっちの軽い方がいいかな」というのは、カイトだ。
「我輩も試飲してやるぞ!」
「おまえの醸造品も、ワタシがテストしてあげるから、持っていらっしゃい」
オットー先生に言われて、途端にしゅんとなってしまったアレッサンドロ博士が、珍しく面白かった。
「デザートも、出しましょう」アーシアがまた奥のテーブルに向かう。
「あら、デザートもあるのね」
先に、小さ目なスイートポテトの皿をテーブルに持っていき、白い串団子を七輪で炙った。香ばしい香りが微かに漂う。
フリムカルドが、嬉しそうにぱぁっと明るく笑った。
――1時間ほど前、一般学部・庭園にて。
学園に在学中の勇者たちは、休み時間を従魔と共に、いつもの庭園で過ごしていた。従魔がいるため教室には居づらいという理由もあったが、アルディアの学生たちと真から馴染めないところがあったのも事実だ。
真面目な2人のメンバーに、自分たちが使うポーションの補充と頼んで、ここで休んでいるのだ。
「あ!蒲焼きの匂いが~~……た、食べたい~」
3人の中では少し背が高い、両腕で空気を仰ぐ動作をしながら、今風の顔の男が言った。
「何、馬鹿なことを言ってんだ。そんなんあるわけないだろ」
えばった少年が、つっけんどんに言い放った。
「幻覚か? やばいな」
と、ちょっと暗いおとなしそうな少年が呟いた。
「え~、でも、匂う気がするよ~ああ、うなぎー」
「だ~、やめろよ!食いたくなるだろうっ」
獅子と影豹の神獣たちは、またかといった雰囲気になって傍につかず離れず座っている。
「あ、匂わなくなった……やっぱり、幻覚……いや、幻臭かな……」と、しょんぼりとうなだれた。
従魔たちは、顔を見合わせると、目を伏せた。勿論彼らには、その匂いが幻覚でないことを知っている。
彼らだけは知っている――その香りの源が、恐らく見知った神獣の主人の手によるものだと。
――だが、聞かれないので答えないでいるのだ。
味醂のお酒は、江戸時代に暑気払いのための高級冷酒として、特に女性に人気があったそうです
なので、今回の宴には少々早いのですが、彼らの居る国は温暖なので丁度良かったかもしれません
この味醂を使ったお酒は、上方では「柳陰」、江戸では「本直し(ほんなおし)」と呼ばれていました
このお話では、柳酒とさせていただきました
お読みいただきありがとうございました




