106厨房の改装
コル・デル・クオーレは、一年中絶えることがないと言われる花の都、ポルタベリッシモに古くからあるレストランである。
店主は、ハート夫妻がやっており、現在は3代目になっている。
遷都してすぐに、フラメンス・ハートが創業し、以来、ポルタベリッシモっ子のふるさとの味となっている店だ。
港からは離れた場所であるため、魚よりも肉料理が多く、量も多い。
ここの店一番のメニューは、パイ料理やグリルだ。入れ物持参なら、テイクアウトも対応してくれる。
人気店であるから、当然、まとまった休みなどなかなか取れるものではない。
ましてや、厨房のリフォームだ、時期はただ一つ、フェブ月(暦でいえば2月にあたる頃)2週目の閑散期しかない。といっても、決して客が来ないという訳ではないので、1カ月前から、告知の張り紙を用意してあった。
そして昨日、古いかまどを撤去できたという知らせが来て、設置工事に向かうことになった。
当然マドカはお留守番だ。最近、マドカは熱心に鹿之丞のところへ行って、皆で訓練しているのだとか。
『期待してろよ!』
と元気に言っていた。
という訳で、コル・デル・クオーレの前に立っているのだった。
「こんにちは」
すると中から鍵を開ける音がして、ハートの奥さんがにこにこして出て来た。
「よく来てくださいました。デイスさん。
さあ、入ってくださいな。ちょうどいま、工事の人はみんな、お帰りになったんですよ」
そう言って、内に招いてくれた。
「アーシア! 今日は、よろしくね!」
そう言いながら、ウェスちゃんが厨房の隣の部屋から出て来た。
「ウェスちゃん、なんだか、久しぶりだね。
あの……爆破事件以来? その後どう、大丈夫だった?」
「うん、火魔法科の建物は一回すっかりなくなっちゃったんだけど、
もともと火魔法科って皆、あまり荷物がないの。実技が多いからね。
あの日は、連休中だったし、誰もいなかったから。でも、もし休みやない日だったらって思うと、怖いよね」
しばらく二人で立ち話に興じそうになったが、
「あ、ごめんごめん。今日は、アーシア忙しいんだった。
一人で作業したほうがいいって聞いてるから。
終わるまで、家で待ってるね。ほら、このドアから繋がってるんだ。
今度、こっちにも遊びに来てね」
じゃあ、と言って、その扉の向こうに去って行った。
「それでは、どうぞ、よろしくお願いします」
「はい、出来ましたら、お呼びしますね。……あのう、我がまま言って……すみませんでした」
「いいえ、我がままなんかじゃありませんよ。
きっと、一人で集中したほうがいいタイプなんでしょ。
お任せしましたね」
ハートさんも、そう言っていなくなると、アーシアは誰もいなくなったレストランの厨房へと入っていった。
大きな存在感を放っていたかまどが無くなり、すっかり掃除もされてさっぱりしていたが、なんだか寂しい光景だった。
かまどがあった場所に、手を合わせ目を閉じ、しばし黙とうする。
(今までどうも、ありがとう。新しい仲間を紹介するよ)
そうして、大きく空いた排気口の傍に行って、煙突の部品を取り出した。しっかり、場所を目で確認する。
『組立』
次に、前側のパーツだ。それには、存在感のあるフードが付いている。接着用の金属と漆喰を材料として前に揃えて置く。
『錬金』
『組立』
魔法陣が派手に一つ大きく出て来て、直ぐ続いてもう一つも現れた。
これだから、人前で出来ない、一人でやらなくてはいけない理由だった。
キラキラと強く輝く粒子と、事前に作ってあった大きなパーツが浮かび上がる。それらが漂うようにまとまっていく様子は、まさに魔法のような光景だった。
光りが消えると、背後の石造りのアーチをくぐって、煙突が天井へと伸びている。
排気ダクトである大きな平たい煙突に、存在感を見せる三角柱の形をした料理から出る熱気や煙を抜けさせるフードが出来ていた。
それらの上部は、壁と同素材の白漆喰で塗り固められている。
土台の部分がしっかりできれば、後は作っておいたストーブを設置するだけだ。
空間収納から、1基ずつ取り出して設置する。後ろにまわって、煙道に繋ぐ。
右の元からある石窯オーブンと薪のストック場所の横から、オーブン室のついたもの、フードの真下中央になるように高火力になるもの、その隣が長時間の煮込み料理やソース作りに使う深い寸胴鍋用のやや背の低いもので、そして左端にはミートハステナー付きがあるストーブだ。
それぞれに火室と前面に扉・灰取り口・通気調整口などが見え、上部には3つの穴が開きホットプレートや弱火のものに使う蓋が付いている。高火力の物は穴が2つだ。
渋い銀色で同じテイストのものがずらりと揃って、如何にもプロの厨房といった雰囲気で圧巻のものだった。
ストーブのデザインは、使いやすくシンプルであるが、現代人のアーシアから見ると、アンティーク風でお洒落にも見えた。
白い石壁の厨房に、鈍い輝きを持った鋳鉄のストーブが据えられた。
四つの黒っぽいストーブの頭上には、白漆喰で仕上げられた大きな覆いが吊られていた。まるで囲炉裏の煙返しを思わせる造作である。
火を入れると熱気と煤が一気に吸い上げられ、天井を貫く大きな煙突へと流れていくだろう。
その様子は、古かったかまどから、ポルタベリッシモと共に歩んだ伝統を継承し、真新しい今は新しいシルバーのストーブだが、歳月と共に炎で焼かれて黒くなり、店の白と黒の対比が印象的な厨房へと変わっていくだろう。
そして、その瞼の裏に広がる光景は、店の明るい未来を示すように見えた。
満足しながらも、ぼんやりとながめていたアーシアに、煮込み用ストーブの後ろの窓から、さわやかな海風が流れ頬を撫でた。
――唐突に風の音が消えた。その瞬間、周りが急にぼやけた。自分のものとは違う亜空間に入ったようだった。だのに、恐怖を感じないのは何故だろうか。
靄がかった空間に、アーシアの作った厨房のセットだけが鮮明に浮かび上がっている。
『アーシア・デイス』
「だのに」:「それなのに」という表現を省略した単語
主人公の心の深い心の内を表現したくて使用させていただきました
お読みいただき、ありがとうございました




