絶望症候群
「もうすぐ、彼らが衝突する。この時から世界は大きく動き出す」
「ええ、でも希望…今回はどちらが勝つと思う?」
「このままじゃ間違いなく彼…”護る者”が居ない者に何も護れやしないからね」
「だけど…今回の彼はどこか、どこか歪な気がするの」
フィルが妙な事を言う。今までとどこが違うのだろうか。
「今まで通り、俺は世界を壊すだけ…邪魔なんて誰も出来やしない」
これは油断では無い。事実に元づく感想だ。
「世界を護る為?それとも...世界を再生することを恐れて?」
「勿論恐れてるだけさ。世界を護る事に意義は感じていないからね…」
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「あら、もう大丈夫なの?先生嬉しいなぁ授業に出てくれて!」
「授業には出ねぇけどな」
「なんでよ...ここまで来たら一緒でしょ?」
学校に来るなり東城に絡まれる。あの一件以降東城とは偶にだが会話をする仲になっていた。
ま、本当に少しの会話だが。
「哲学が嫌いな訳じゃ無いけどな」
「え...じゃあ私が嫌いって事!?」
何だコイツ。別に嫌いな奴を助けようとは思わないだろうに…。
「うるせぇうるせぇ!」
美羽と東城から逃げるようにその場を後にする。
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「キミは連理くんだったね。どうだい学園は」
逃げてきた先におっさんが居た。確か理事長だっけか校長だっけか…。まあどうでも良いか。
「あ?どうって何がだよ」
「楽しいかい?それとも退屈かい?…授業をサボっているのを見るに後者のようだね」
退屈…それもまた違う。退屈だったら学園に来ることも無い。
「退屈じゃ無い。ただ...楽しくは無いかもな」
楽しくないから退屈かと言われたらそういう訳でもない。
「はは…手厳しいね。いじめの件も君が関わっていたそうだね。その節は僕もお世話になったよ」
あの件か…。あれからあの三人は家から勘当され放浪していると聞く。多分だが…”下”の世界に堕ちたんじゃ無いだろうか。
「あれに関してはあの女が率先してやった事だ。俺は特に何もしちゃいない」
「謙虚だね。君には自身を擲ってまで”護りたいものは”あるかい?」
どうだかな。たまに考えていたが、自分で回答を導き出してはいない。普通はそんな護るべき対象が居るのかも知れない。
「居たとしておっさんに言うつもりは無いけどな」
「それが良い。大切なものは自身の心に仕舞っておくものだからね…」
大切なものをひけらかす必要は無い。むしろ大切なものを奪われる可能性だってある。
「僕にも大切な人が居たんだけどね…今は護る事も出来なくなってしまった」
護ることが出来なくなったか...それは死別か、それとも護る必要が無くなったのか。
「何語ってんだ。護るべき時に護れなかったお前の責任じゃねぇか」
「厳しいね。君に忠告しておくけど…護るべき時に護れると限らないんだ」
「そんな事覚える価値もねぇな」
おっさんに何があったかは聞かない。だが、その押しつけがましい価値観は嫌いだ。
「……まだ諦めてないけどね」
ボソッと何かを呟いた。諦めていない…ね。何を諦めていないのか、それは気になるが…このおっさんはいずれ敵になる…。そんな予感が確かにあった。
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「トワイライト…黄昏、なんて素敵な響きだろうか」
「もうすぐ完成しますよ…。少し邪魔が入りましたが、然程問題ありません」
そうだね。そろそろ完成する頃だろう。今までもこの時期に完成していた。
トワイライト脳症。いわゆる絶望症候群の特効薬がトワイライトだ。
絶望症候群は脳の活性が著しく低下し、脳死状態になる病気だ。原因は不明、治療法も確立されていない。まさに不治の病。これはまさに世紀の大発明となるだろう。
……………問題は製造法だが。
「キミの絶望…今希望に変えて見せよう」
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「お久しぶりですね。生徒会活動に支障はありませんか?無理そうでしたら明日に変更しますよ」
「ア?誰が無理だ。俺は至って元気だ馬鹿野郎」
「連理…一昨日はあんなに弱っていて可愛かったのに…ぷぷ」
コイツ...ぶっ殺してやろうか。
「お前は夜中にもっと声を控えるんだな」
「ななななな、なんのこと!?え!?」
「はいはい、そこまでです。問題ないのでしたら今回の生徒会活動を始めますよ」
心底どうでも良い様にフィリアが制止する。
「んで、今日の活動は」
「今回の件は貴方達も無関係ではありませんよ」
はぁん…俺たちに関係があるってか。一体なんだと言うのだろうか。
「それで、一体何なんだ?」
「脳の行方…とまで言えば分かるでしょう」
「それが分かったって事だな?胸糞わりぃ奴らだ全く」
「脳…?一体何の話なんですか?」
事を知らない美羽は何を言っているのか分からないみたいだ。あの時美羽も居たが…精神衛生の為見せてはいない。燃やし尽くしたからな。
「隠語だ隠語。誘拐された子供を脳って言うんだ」
適当にはぐらかしておこう。美羽が知るメリットは何一つない。危険な事に首を突っ込ませるのは止めた方が良いだろう。
「脳は臓器の一つです。”上”で数多の脳が取引されている件です。誘拐は関係ありませんよ」
この女狐…。
「なんで嘘つくの……そんな危なそうな件に首を突っ込んで大丈夫なのですか?」
「なんとも言えませんね。武装集団が関わっている訳でもありませんし…」
「で、どこに行ってたんだ?最終経路を教えろ」
大事なのはそこだ。何の目的があってあんなものを集めていたのか…それに尽きる。
「それと、肺はダミーでした。脳だけが取引されていた様ですね」
なるほどな。脳は研究の為だろう。移植には適さないからな。
「取引先は天城研究施設…政府から認められた研究施設です」
そんな所がアレをねぇ...。”上”は”上”で一枚岩って訳でもないのは理解しちゃいたが…もっと複雑な感じがして来たな。
「で、その研究施設に潜入しろと?無理だろ、学も人望も無いぞ」
「潜入するわけじゃありません。出所を潰すだけでこの話は終わりですから」
確かにな。脳の供給さえ途絶えれば研究は出来ない。
「出所は…ギャングか」
「ええ...ですが、少し複雑なんですよね」
それは”下”と関与しているからか、それとも別の理由があるのか。
「ギャング間も一枚岩ではありませんから、内部で諍いが起きている訳です」
そのまま内部抗争で潰れてくれるなら早いんだがな。
そんな簡単じゃ無いだろう。
「で、俺に何をしろってんだ?ギャングを潰せってか?」
「そうですねぇ…取り敢えずの間は歓楽街で張り込みですね」
またか…。ま、やることも無いから良いけどな。
「わ、私も手伝います!」
言うと思ったぜ。ま、歓楽街位だったら危険も少ない。美羽がついて来れる範囲だろう。
「暫く生徒会活動はそれだけにします。異変があったら直ぐに知らせてください」
そう言ってフィリアが出て行った。
あいつはあいつでやることがあるのだろう。
早い事に越したことはねぇか。俺達も向かうとしよう。
エウレカに絶望病ってありましたね...。




