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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
二章
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追憶Ⅱ

下まで来れた。こっち側も元居た所とそこまで変化している訳では無さそうだ。


「っ!?」


気配がする。それも二人だ。少し遠いが…急げば一五分くらいで行けそうな距離に居る。


行くしかない。


やはり、やはり人が居た。俺だけが生き残っていた訳では無さそうだ。


目覚めてからずっと独りだった。寂しいとか、そんな感情は特に抱かなかったが、自分一人かも知れないと言う不安はあった。しかしその前提が覆された。この発見だけでこっち側に来た甲斐があった。


急ごう。何か情報が得られるかもしれない。



「……なんだ?様子が変だ」


一人は男か…もう一人は女みたいだな。近くにやって来た為ある程度気配の種類が特定できた。


嫌な予感がする。いや、この世界ならそれが当然なのだろうか。


「………嫌な予感は当たったみてぇだな」


目的地に着いた俺は気配を殺しつつ、様子を伺う。


その目に写るのは…男に襲われる女の姿。


男の身なりは汚く、女の身なりは小綺麗なモノであった。


「やめて…私たちは貴方達の為に…」


「反吐が出るぜ、お前らは俺たちの事を見下してるくせによぉ!」


何の話だ。全くわからん。それに…周辺に死体が幾つか転がっている。多分だが…女の口ぶりからして女の仲間だった奴らだろう。


「誰か、誰か助けてっ!!」


女が泣き叫ぶ。しかし…周辺の気配は俺だけだ。俺が助けに入らない限り誰も来ることは無いだろう。


「こんな所に人が居る訳ねぇだろっ!その小綺麗な身体、全て喰らいつくしてやる」


少なくとも…男の方がまともでは無いのは解った。が…この世界の事をもっと知りたい。


しばらく様子を伺っていようか…しかし…。


女の衣服は裂かれ、既に全裸に近い状態だ。このままでは数分と経たないうちに犯されるだろう。


「嫌っ!いやよ!」


その必死の懇願は男には小鳥の囀りのように聞こえているだろう。


…元来、生物の本能であった筈だ。俺が止める必要があるのか?これも弱肉強食…自然の摂理なんじゃないか?


「いや…俺は人間だ。理性の無い畜生じゃねぇ」


そう、俺は人間だ。考える葦だ。その俺が考えた結果ここは助けた方が良いと判断している。


「久しぶりの女だ、簡単にくたばってくれるなよ」


「それはこっちのセリフだぜおっさん。女相手に何粋がってんだよ」


やっと人間に会えたと思ったらこれだぜ。全く…俺が何したってんだよ。


「なっ!?誰だお前!?」


「誰…か俺にも分かんねぇよ。目覚めたら世界は崩壊してるしよ、記憶はねぇし」


散々だ。ここまで生きてこれたのが奇跡みたいなもんだろ。


「誰だか知らねぇが、邪魔すんなら殺す!!」


男がこっち向かって走ってくる。その動きは巨体の割に早く、反応が少し遅れる。


「おっと!おっさんデブのくせに早ぇじゃねぇか」


「クソが!ぶち殺してやる!!」


何をそんなムキになっているのか…。女を取られると思ってるんだろうか。


「はっ!お前にそれが出来るかよ」


俺はこいつに負けない。そんな確信があった。人間と争うのは初めてだが…どう動けばいいのか手に取るように分かる。記憶が無くなる前の俺は案外格闘技でもやってたのかもな。


「クソが!!死にやがれ!!」


男が再度突撃してくる。が、それはさっき見た。芸の無い奴だ。


「お前の自慢は筋力か?いいぜ、その勝負乗ってやるよ」


敢えて相手の土俵で戦う事にしよう。そっちの方が楽しそうだ。


「………」


男の突進を両手で受け止める。その衝撃は凄まじく、両手で受け止めたにも関わらず、脳に直接響く程の衝撃であった。


「な、なんだお前…」


「なんだって言われてもな...さっき言った通り俺にも分かんねぇって言ってんだろ」


鳥よりも頭が悪そうな奴だな。


「黙れっ!!」


お前から聞いてきたくせに。


「次はこっちから行くぜ」


「うるせぇ!ぶっ殺してやる」


血気盛んだぜ全く。


「ほら、力比べしてやるよ」


相手の手と自分の手を取っ組み合う形にさせる。


「ふざけやがって…その余裕ぶち壊してやる!」


ギシッ…どっちの腕から鳴ったのだろうか。骨が軋む音がする。


「へっ!限界か?威勢の割には大したこと無かったな!」


骨が軋む音は俺から鳴っていたようだ。


流石に純粋な筋力じゃ勝てないか。


「はぁん…力だけはあるみてぇだな」


このままでは俺の指は粉々になる。仕方ない、力比べはもう終わりだ。


相手の力を振りほどき、股間に蹴りを入れる。


「ぎょえっ!………それは卑怯だ......ろ」


卑怯もクソもねぇ。これは殺し合いだろ、お前の土俵で戦ってやった分感謝して欲しいもんだぜ。


「おい、女」


「へっ!?な、なんですか!?」


女は状況が上手く呑み込めていないのか、ぼーっとしていた。


「お前を安全な所まで届けてやる。その代わり情報を寄こせ」


コイツならこの世界について何か知っているかも知れない。


「え、ええ分かったわ…。ありがとう、助けてくれて」


むず痒いな。人と喋る事に慣れておらず、ぶっきらぼうに言い放ってしまう。


ただ、助けた甲斐があったみたいだ。



「はっ...その”上”の世界から来たって訳かよ?」


「ええ、ボランティア…支援のためにこっちに来たのだけど…」


その結果仲間は殺され、自分は犯されそうになったと。”上”と”下”では大きく違うんだろう。その常識の乖離からあんな事が起きてしまった。


「あそこは特別なのか?俺はあの瓦礫の向こう側から来たんだが」


「え!?あの瓦礫の向こうから!?良く生きてこれたわね…」


どういう事だ?むしろこっちに比べて平和だったが…人が居ない分。


「何故だ?向こう側はそんな危険なのか?」


「危険…と言うより、噂の中では汚染が酷くて人が生きていけないみたいな事を聞いたことがあるわ…」


なるほどな。確かに…汚染されてはいたが…死ぬほどでは無かった。カエルの見た目も俺の知っている物じゃ無かったが。あれも汚染の影響だろうか。


「こっちは向こうに比べてマシって訳か?」


「ええ、もっと進めば人が沢山住んでいる所もあるわ」


……思ったより世界は荒廃していないのかも知れない。…いやそんなことも無いか。


「その”上”に行くにはどうすれば良いんだ」


「御免なさい...私にもそれは分からないの」


まあ元より期待はしていない。今は”上”の情報より世界全体…なぜ荒廃しているのか等の情報が欲しい。


「何故こんな荒廃した世界になった?」


「え、っとごめんなさい...私も分からないわ…」


知らないか…。無理もない。世界がこんな風になったのが何時かも分からないんじゃ知る由もない。


「気にすんな、気長に調べて行くさ」


「力になれなくてごめんなさい…」


当分の目標は自身の記憶とこの世界についての情報を調べよう。


瓦礫の向こう側には読める本がまだ眠っているだろう。




「ありがとう…ここまで無事で来れたのは貴方のおかげ。この恩は一生忘れないわ」


比較的安全?みたいな地区に来た。確かに子供や女が居るので治安が良い所の様だ。


「んなもん忘れろ。またここに来ても碌な事ねぇだろ」


その恩のせいでまたここに来られても仕方が無い。次は俺が居るとは限らない。その”上”の世界とやらで静かに暮らすのが無難だ。


「そんなこと言わないで、また何れ出会う事もあるかも知れないじゃない」


「ねぇだろ。俺はこっち側の人間でお前は向こう側の人間だ」


「寂しいこと言わないの!私からまた会いに行くわ」


要らねぇっての。こっちに来るだけ時間の無駄だろ。


「まあ、気を付けて帰れよ」


身ぐるみはがされて今や俺が来ていた上着一枚の姿だ。”上”がどんだけ治安が良いか知らないが、絶対安全って訳では無いだろう。


「大丈夫、看守の人に服を貸して貰うわ」


なら大丈夫か。にしても…今日で沢山の人に出会った。それが良かったかどうかは別だが


「本当にありがとう。貴方も無茶な事はしないでね?絶対に恩返しするから!」


笑顔で”上”へと繋がるゲートに向かって走っていく。


その笑顔は間違いなく俺に向けられていて、少し歯がゆいと言うか、恥ずかしい。

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