27話
「どうしちゃったの連理っ…」
あぁ…俺は一体どうしたんだろうな。そんなの俺にも分からねぇ。
「なぁ…俺がもし記憶を取り戻したとして」
「え?うん」
「その俺がとんでもなくクズでどうしようもない奴だったらどうすんだ?」
「そうなってみないと分からない。でも…絶対に連理はそうならない」
「どうしてそう言えるんだよ」
「なんとなく。でも確信してる」
…そうか。こいつは俺の事を信頼してくれている。”下”では偉そうに講釈を垂れたが、俺も人の事言えねぇな。
「はっ、しんみりした空気は止めだ止め。飯食おうぜ」
「もう…でもお腹空いたかも」
。
「これが鮎か」
「私も初めて食べる…」
俺達は鮎と呼ばれる魚類の塩焼きを食べている。
俺好みの味だ。美羽も口に合うのか、美味しい美味しいと言いながら食べている。
「んで、これがウナギ…たしか昔は結構高くて日常的には食べなかったそうだな」
「意外と物知りだよね、どこでそんな雑学拾ってくるの?」
「”下”に埋もれた本」
”下”の世界の唯一の良い所は、世界が荒廃する前の書物が眠っている事だな。
「え~じゃあ昔の世界について知ってたり?」
「俺の知ってる範囲だけだが、ある程度はな」
「ちょっと興味深いかも…」
昔は”下”も”上”も区別は無かった。
本当かどうか、それは作者にしかわからないが…何故”下”と”上”の区別が出来たのか、それは世界中の戦争が原因だとされている。その結果大地や海は生物が碌に住めなくなった。
じゃあ人間たちも死んでいったのかって?そうじゃない。そこで”上”の世界の開発が進んだ。種の存続の為にな。
が、それは簡単では無かった。反対するもの、利権に乗っかる物。多種多様な弊害が出た。その結果”上”に行けたのはごく一部のみ。
要するに今でも人類のほとんどは”下”に居るという事だ。場所によってはそれなりに復興している場所もあるらしいが。
その”上”の世界を昔の人間は”鳥籠”と呼んだらしい。それは偽りの世界に閉じ込められる人間への蔑称か、”上”の世界そのものが”鳥籠”に似ているのか。俺にはそれは解らない。
「そんな…」
確か美羽の目標は”上”の世界と”下”の世界の区別を無くすこと…だったな。そんな高尚な目標を掲げている分驚きも大きいのだろう。
「この話が正しいとは限らねぇ…だが、強ち間違いじゃないと思うぜ」
”下”の世界を見てきたが…戦争後って言うのは間違いなさそうだ。”鳥籠”云々は眉唾程度だが。
。
「わぁここが神山の滝…」
食事を終え俺たちは目的の一つであった滝にやって来た。背景の夕焼けも相まって様になっている。
比較的遠い位置に居るが、滝から水しぶきが飛んでくる。その水滴が美羽の周りを一際目立たせていた。
まるで女神が降臨したみたいだ。
「ここが心霊スポットねぇ…寧ろ幽霊が逃げ出しそうだろ」
こんな神々しい場所、幽霊だって近づかねぇだろ。
「あの滝つぼにここに咲いているリモニウムの花びらを流すと願いが叶うって」
聞いたことも無い花だ。ただまあ、偶にはそんな非科学的な事も良いのかもな。
俺はリモニウムの花びらを数枚引きちぎり滝つぼに投げつける。
「そんな適当じゃ叶う願いも叶いませんね…」
「はっ、望む願いは自分で叶えるさ」
神頼みなんて性に合わねぇ。
「じゃあ私が連理の分も一緒に願っておいてあげる!」
そう言って美羽が花びらを流していった。
願いか…仮に願うならば、俺は一体何を願うのだろうか。自分の為の願いか、それとも誰かの為の願いか。
。
日が暮れた。思ったより日が沈むのが早い。
日が暮れた後の山道は中々雰囲気がある。確かに怪異の類が出てもおかしく無い雰囲気ではある。
「うぅ…もっと早く帰れば良かった…」
神山に長居し過ぎたな。
「連理いそいで!次のバスを逃すと歩きだから!」
そんな事情もありつつ急いでバス停に向かう。
が...バス停に着いたは良いものの、肝心のバスが見当たらない。終点がここである以上、望みは薄いだろう。
「そ、そんな…どうして」
美羽が急いで確認する。
「なるほどな…お前そのガイドブック刊行日見てみろ」
「じゅ、十年前…ごめん」
この十年でバスの時間も変化したんだろう。
これから歩きか、烏丸の屋敷から迎えを寄こすかだな。
「屋敷からじゃ時間が掛かりますね…」
「そうなると必然的に徒歩だな」
俺は問題ないが、美羽は昼間に足を捻挫している以上無理は出来ない。表面上は大丈夫そうに装っているが、限界も近いだろう。
「あ?なんだあの光」
山道から少し離れた位置に光が見える。
「あれ、あんなの見た覚えない」
美羽が言葉を漏らす。
「でも実際目に見えてるぜ」
あれは小屋か?いや、一軒家だな。光が灯っている。
「ちょっと見て来るわ」
「わ、私もいく…」
一人で残りのが怖いだけだろ。口には出さんけどな。
。
「誰も居ねぇな。なんで電気が付いてんだ」
分かってはいたが、気配が全くない。
勝手に侵入するのも何なので一応声を掛けてみたが、返事も無かった。それに。呼び鈴なども無かい。
一応中に入ってみるか。
「うぅ…なんか嫌な事がおこりそう…」
美羽の言う通り普通ではない。何か、誘い込まれている…そんな気がしてならない。
一軒家の中は完全に廃屋と化していた。散りばめられたゴミ、倒れた家屋。誰も住まなくなって相当な時間が経過したことが様相から伺える。
「あ?声がしねぇか?」
密かにだが、声が聞こえる。美羽は気づいていないみたいだが。
「え?私は聞こえない」
なんだってんだ。
「……ぃ...ヶ…」
なんて言ってるんだ。しかし、確かにそれは声であり、何かが発している事は事実である。
「美羽…今の聞えたか?」
「…聞こえなかった」
この大きさでも聞こえないか。何か仕掛けでもあるのか?俺の精神的問題か?
一体何が原因なのか俺には解らないが…俺にだけ聞こえる声…みたいだな。
ガタッ!
「ひにゃ!!??れれれ連理!何か物音がっ!」
美羽が腕にしがみ付く。
ひにゃって…。しかし…なにかが倒れた音だろうか。
ただ、散らかった廃屋で倒れたものを見つけるのは困難だろう。
ガタッ!
「うぅ…早く帰りたい…」
最早涙目になりつつある美羽が俺に引っ付いたまま泣き言を漏らす。
「心配すんな。幽霊で死んだなんて話聞いたことねぇだろ?」
そんな間抜けな話俺は聞いたことも無い。そう考えると自ずと恐怖は薄れる筈だ。
そもそも幽霊だか、霊体だか知らねぇが…可哀そうな奴らだぜ。世界に縛られた思念だろ言うなれば。
それに…お化け屋敷で会った霊は敵意も何も無かった。ただ…今回は姿すら見えねぇが。
「と、取り敢えず此処からでようよ」
「仕方ねぇ。特に何も無かったか」
不自然なまでに何も無かった。一体なぜ電気がついているのか、なぜ来た時に気付かなかったのか...すべてが謎である。
。
「ここまで来れば大丈夫…」
戸建てから随分離れた。一体何だったのか、あの戸建てに今後関わることが有るのか。
ただ、何か俺の胸に引っかかるものがあった。
「何か…大事な事が抜けている、そんな感じだ」
「な、何の話?急に」
「いや、何でもねぇぜ」」
取り敢えず、一章はこれにて終幕です。読んでくださっている方ありがとうございます。
二章では学園がメインになります。二章でも変わらぬ二人の関係を見届けてもらえると幸甚の極みです。
二章は書き終わっていますが、三章がまだなので少し投稿スペースを下げようかと思っています。二章を突っ切るまでは多分毎日投稿だと思いますが、三章は二日、三日間隔の投稿になると思われ...申し訳ないです。




