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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
一章
25/72

鳥籠の鳥

「すぴーすぴー」


朝…か。結局美羽の気配が近すぎて寝付くのに時間が掛かってしまった。


「起きろ美羽。飯の時間が近けぇ」


思ったより寝すぎた。朝食の時間まで残り十分もない。


「んあ?んぇ?連理、どうしてここに…」


ベッドが狭く、途中から無意識で俺に抱き着いていた為、美羽の衣服が乱れている。


傍から見れば俺に乱暴された少女だ。


「おい、早まるな。俺は被害者だ、そしてお前が加害者だ」


取り敢えず己が無実を伝える。


しかし…美羽は自身の置かれた状況に思考を完全に吸われているため、耳に届いていなかった。


「こ、こここ」


「ニワトリか?こが多いぞ」


それに、けも抜けている。間抜けな奴め。


「この変態っ!!!」


ばちーん。…俺の頬には真っ赤なモミジが咲いたのだった。



「……痛いな」


「ご、ごめん…でも起きてたなら起こしてよ」


起きてすぐお前が起きたんだろ。他責野郎め。


「俺はお前がこんな暴力的だとは夢にも思ってなかったぞ」


「そ、それはなんというか…自衛…?」


自衛…?じゃねぇよ!毎回毎回ぶたれる俺の気持ちにもなれ。


基本的に俺が悪いのかも知れんが!


「で、今日は何すんだ?」


「今日はですね...山に登ります!」


山?なんで山に登らなきゃいかんのだ。折角の休日だと言うのに。


「ただの山じゃない...そう、神山と呼ばれる山です!」


ほう…それは面白そうだ。名前とは由来だ。神山と名付けられているからにはそれはそれは期待が持てそうだな。


「具体的には何があるんだ?まさか神が出てくるのか?」


「なんかでっかい滝があるだけって書いてあったけど、楽しそうだから!」


期待できそうに無いな…。さっきの期待を返してほしい。


釣りでもするか?釣りは好きだぜ、”下”でも釣りは偶にしていたしな。


たまに奇形の生物が釣れるんだよな。こっちみて「オマエコロス」って言ってそうな。


「それに、心霊スポットとして有名です!」


心霊が苦手な奴が良く言うぜ。


「じゃあ今日はずっと山って事か?退屈だぜ」


「夕方までは近くの川で遊びましょう。冷たくて人気らしいですよ」


昨日はプール、今日は川遊び…俺はガキかよ。


ま、十分楽しめるけどな。


「それじゃあ駅にれっつごー!」


美羽の元気な声が部屋に響き渡る。





「ぎゃはっ!兄貴…それいいっすね!」


「だろ?水着の女をナンパしまくれば良いって事よ!」


「昨日は散々だったっすから!今日こそは成功させてやりましょう!」


男たちの下衆な会話が響き渡る。


先日のプールでの屈辱的な出来事があり、苛立っていた。


今日は男女に人気のスポットである神山の麓にある沢でナンパの予定である。


昨日の事は忘れよう…あまりの美少女に俺たちは感情を支配されていた。その艶やかな銀髪に発展途上の胸、陶磁器のような肌、全てが完璧であった。あんな美少女は今まで見たことも無い。


名残惜しいが、諦めるしかないだろう。あの男は厄介だ。体格もそうだが、あの余裕は何か格闘技でもやっていたのだろう。


ああいう男は関わらない方が良い。反社会勢力と知り合いの可能性もあるからな。


絶対人殺してる目をしている。




「うわぁ…綺麗」


美羽が沢に着くなり感想を漏らす」


確かに、景色は良い。澄んだ清流は緑と蒼のコントラストが抜群だ。”下”の世界でこんな景色を見ることは無いだろうな。


「あれは…確かカワセミとか言う水鳥だったな」


蒼と橙色の鳥が木の枝に止まっている。


「鳥って憧れるよね。自由に空を飛べて…私も飛んでみたいなぁ」


「自由かどうかは分からねぇだろ。鳥籠に閉じ込められた鳥だっているさ」


まるでこの世界みたいにな。


「ネガティブな考え、連理らしくないじゃない」


さぁな。この空だってそうさ。何かがあるように見えて、本当は空虚で何もない。


鳥籠に入れられるだけマシだな。餌を与えられ、病気だってすぐ癒される。野生に生きるよりよっぽど幸せだろう。


人間だって同じだ。社会と言う鳥籠に閉じ込め、労働を与える。だから俺たちは野生の鳥を見て憧れる。だれも鳥籠に入った鳥に成りたくはない。


それじゃあ俺たちは本当に幸せか?社会を生きる俺達が感じている幸せは欺瞞か?俺が感じているこの感情は何だ?空虚な俺が感じているこの感情は一体何なんだよ。


「俺らしいか、どうだろうな。記憶だって思い出せない。本当の俺ってなんだよ?」


ひとりでに耽り、アイデンティティの乖離が生じる。


その結果、語尾が強くなってしまった。


「連理は連理。私は私。記憶を失う前の連理がどんな人間であれ、今の連理が私は好きなんだから」


「さらっと恥ずかしい事をいうんじゃねぇ。ったく」


気持ちが楽になる。そうだな。美羽の言うとおりだ。誰とか関係ない。俺は俺だ。そこに誰も入り込む余地は無い。


過去の俺であってもな。


「か、勘違いしないでっ!今の好きは友愛とか、そういう好きだからっ!!」


なんか顔を真っ赤にして抗議している。


別にどっちでも構わないが…まあそういう事にしておいてやるか。


それに、今はこの関係が心地いい。恋愛だとか今の俺にその資格があるのか分からねぇしな。


だが、俺の中に広がるこの嫌な感じ…俺の記憶が無くなる前は本当に悪い奴じゃなかったのか?


何故か何か過ちを犯した気がしてならない。





「冷たっ...でも気持ちい…」


清流の水が登山で疲弊した体に染み渡る。


美羽は水着に着替え、俺は私服のままだ。水には昨日浸かったからな、今日は山の風でも浴びたい気分だ。


「みてみて!これクサガメ!」


美羽の手には大きな亀が乗っていた。


鍋にでもしたら美味しそうだな。


「嚙まれんぞ」


「でも可愛いよ?ほら連理も」


亀をこっちに渡してくる。


亀は美羽の手に乗っていた時は顔を出していたが、俺が持つと途端に顔を甲羅に閉じこもってしまった。


まるで俺を見るのが嫌だと言わんばかりに。


「あれれ、連理嫌われちゃったね」


「女好きなんじゃねぇの?」


種族間を超えているが、亀も女の方がいいのだろう。この亀がオスかメスかは知らんが。


「嫉妬ですか?可愛いですね」


俺が亀に嫉妬なんかするかよ。俺にも立派な亀はいるしな。


「結構人少ないね。もっと居るかと思ってた」


そういえば清流は人気なスポットだと聞いていたが、俺たち以外は親子連れがちらほらって感じだ。


ま、変な男が美羽をナンパするのが目に見えるので少ない方が好都合だ。


「その水着いつ買ったんだ?」


昨日言いそびれていたが、いつ水着を買ったのか気になった。


昨日今日の為買ったのか、元から持っていた水着なのか…。


「一年くらい前に買ったの。まだお母様も居た頃」


母親に選んでもらったって事か。確かに、少し地味目と言うか、目立たない水着だ。


偏に母親の愛と言う所か。変な虫がつかない様、地味な水着を選んだのだろう。


「一年成長なしか」


バチンっ!


「これも愛か?」


「愛です。躾は大事だから」


胸の事をいじると直ぐこうなる。全く器の小さい奴だ。


「あん?...この気配どこかで」


しばらくじゃれ合っていると感じたことのある気配がする。


「どうしたの?連理も着替えて来ればいいのに」


水遊びしているガキに言われるとはな。


「お前を見守りながら読書しとくぜ」


昨日旅館に置いてあった本をパク…借りて来た。


今はこれを読みたい気分だ。


「じゃあ絶対に私から目を離さないでね」


そう言ってどこかに泳いで行ってしまった。


読書しながら目を離さないでは無理難題である。


一応切り替えておくか…よし。


「この本は…死に至る病?か」


初めて聞く名だが…風邪如きでは無さそうだな。


これで中々時間は潰せそうだ。


社会と言う鳥籠を構築した人類は強いね。

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