第10話 名も無き少年
(──俺は……何をしているんだ……)
意識下。
思考は出来ても、体の動作は全く制御出来ていない。
何故、何のために、何を以て、自身はこの世界に転生させられたのか。
あのシスター姿の少女は、少年に何を求めているのだろうか。
素振りや性格を見れば大した理由は無さそうなため、自身はこの世界でどうしたいのか、と考えることにした。
1500年近くが経った未来の日本で、拾ってくれた人達は一晩にして全員虐殺され、最初に出会った者が敵として立ちはだかる。
平和な世界で暮らしてきた前世の記憶のせいで、この残酷な世界に上手く適応出来ない。
逃げたい、一目散に逃げ出したい、絶望しか無いのなら死んでしまった方がいいとすら思っている。
──でもそれ以上に、死にたくない。
そうだ、それでいいじゃないか。
深く考えるのは後でいい、今はとにかく生き延びる事を考えろ。
それからは少しずつでいい、この世界の事を見て、知って、聞いて、感じて。
自分が何をするべきなのかを、探せばいい。
※ ※ ※ ※ ※
「……っ!?」
「やっ、と……起きたんだ……がふっ……」
目が覚める。
やはり覚めて最初に目に映るのは、彼女の顔だった。
「……何が……え……?」
少年は膝から下が切断されたアンリを押し倒して馬乗りになり、足で両手を踏んで身動きを取れなくしている。
それも足の裏から杭のように変形した肉体がアンリの手を貫き地面に突き刺さっており、周囲は血の池と化している。
周りにはグチャグチャの肉片となった化け物達が占めており、両目をくり抜かれて胸の真ん中に穴の空いたアンリは笑みを浮かべて口を動かす。
「無意識で、これだもの……使いこなせ、たら……どれだけ強い、んだろう……ね……」
「……お前は何で、何でこんなこと……」
「ふふっ……私はただ、命令されただけ……アメーバマンで殺し合う、それで振るい落として……最後に残ったのを……王にする……」
「王? 何の王だ、俺は今何に巻き込まれてんだ! 言え!!」
可能な限り全ての情報を吐かせようと叫び散らす少年だが、アンリはそれ以上の情報を伝える気が無く、ただ微笑むだけ。
無駄だと理解した少年は歯を食いしばり、杭のように地面に突き刺さっている変形した足の裏を抜いて立ち上がる。
「……皆を殺しても、何とも思わなかったのか」
「人間の、排除も……命令だし……少しも痛くなかったよ……意外と面白かったし」
「……そうか」
もしも、その命令に仕方なく同意しての殺戮ならば、情状酌量の余地はあるだろうと許していた。
でも違う。その口ぶりから動機にはアンリの意思が一切介入しておらず、またしていたとしても結果は同じだと言っているようなモノだ。
アンリは哀れな迷える子羊でも、頭のネジが外れた狂人でもなく、例えるならロボットだ。
──そう、ロボットなら殺しても良心は痛まない。
「逃げるの?」
殺すべく両手で頭を挟み込むと、アンリは変わらぬ声色で問いかける。
その言葉に一瞬ハッとした少年だが、今さら意志は変わらない。
今は逃げるだけでいい、これから向き合えばそれでも全然間に合う。
「それで、いつ救われるのかな……」
だがアンリは言葉を続ける。
「君のことを、誰が理解してくれるのかな……」
耳に入れないようにしたくとも、滑り込むように鼓膜を震わせてくる。
「いいの? 逃げても何も残らないよ?」
「分かってんだよそれぐらい!!!」
そう、逃げれば失わない。
でも何も残らない。
自分が正しいなら何をしても構わないと思考を放棄し、結果心は虚無となった前世でそんなことは誰よりも理解した。
だから自身の首に刃をかけた。
そうやって死ぬことで楽になれると信じていた。
逃げれば、楽になれると……。
「じゃあ、何で逃げるの?」
「それしか分かんねぇからだよ!! それ以外にどうすりゃ俺は救われるんだ!! 知ってんなら教えてくれよ……誰か俺を……助けてくれよ……」
殺すことでしか、自分を助けられなかった。
そして今も、殺すことで逃避しようとしている。
少年が決めた事とはいえ、生半可な意志で出来る事では無い。
何せ、人を殺すのだから。
人を殺すことに躊躇いが無くなっているほど人間性は失っていないが、無条件で選択肢に加わってしまうほどに軽薄になっているのも事実。
もしもあの時誰かが手を差し伸べてくれたなら、少年は変われただろうか。
あの時誰かが救ってくれたなら、こんな思いをしなくて済んだだろうか。
だけどそんなもしもは、2度とやってこない。
ならば決断し、その道を振り返る事無く進み続けなければならない。
その覚悟を、少年は決めなければならない。
「……けどもういい……」
涙を拭い、アンリを殺すために両側頭部を両手で押さえつける。
「誰に何と言われようと、俺はこの道を選ぶ……腹は括った」
「ふふ……気持ち悪い」
そして、アンリの頭はグチャグチャに押し潰された。
※ ※ ※ ※ ※
朝日が昇る頃まで、血塗られた街の真ん中で少年は立っていた。
朝になると生存者はいないかと捜してみるが、やはり誰も息をしていなかった。
そもそも綺麗な状態で死んだ者が誰1人としておらず、唯一顔が認識出来る死体はタケルのみだった。
少年は振り返る事無く、ヨコハマの街を出る。
僅か一夜にして血と潮の匂いが入り混じる荒廃と化した街から、少年の新たなる人生が始まる。
踏み出す一歩は希望の始まりか、絶望の始まりか。
決めるのは、少年次第──
「いやいや、私次第だよ」
シスター姿の少女は、再び微笑んだ。
fin.
という訳で最終回です。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
少年の物語は続きます(名前明らかになってないし)し、出してない設定もあるので続きです読みたいって人が割といたら続くかもしれません。




