美魔女
王宮に入るのは初めてだ。大広間はもうとてつもなく広くてきれいで重厚で、シャンデリアひとつにも見惚れてしまう。「デイジー、集中しなさい。ぶつかる」というアレンお兄様の声で我に返ったとき、会場入り口付近からざわめきが広がってきた。
あれがファリカステ様…
黒髪と紫の目をした妖艶な美女が、カラバスお兄様と一緒に入場してきた。目は大きく、ふっくらとした唇をしていて、体の欲しいところに女性らしい柔らかな丸みがある。ビスチェタイプのドレスの胸元からは、豊かな胸がこぼれそう。細く白く美しい首には驚くほど大きな紫の宝石が光っていてゴージャスだ。
確かにあの容姿で40代半ばとは驚きね…言われなければ「カラバスお兄様よりほんの少し年上かな?」としか思わない。まさに美男美女で、とてもお似合いのカップルだ。ファリカステ様とカラバスお兄様は恋人同士なのだろうか?
と、ファリカステ様の紫の目が私の方を向いた。優雅な足取りでカラバスお兄様と一緒にこちらに向かってきて、「あなたがデイジーね?」といきなり話しかけられる。王族と話すなんて、手汗が吹き出る。ついこの間まで、王族が実在するかも怪しいと思っていたのに。
「はい。お初にお目にかかります、ホークボロー伯爵令嬢デイジーでございます」
「ねえカラバス、この小さなお嬢様のどこが好きなの?」
思わぬ問いかけに、私もカラバスお兄様もフリーズする。アレンお兄様も同様だ。その様子を見てファリカステ様は笑い声をあげた。
「カラバス、私が知らないとでも思ってましたの?ねえデイジー、私が住んでいる王宮の離れに招待いたしますわ。これから一緒に参りましょう」
まだパーティーが始まって間もない。それなのに初対面の私を私邸に連れて行くなんて、どう考えてもおかしい。けれど断ることなんてできない。
「はい、光栄でございます」
「ファリカステ様、では私もご一緒に」とカラバスお兄様が割り込むが、ファリカステ様は「カラバスはだぁめ。女同士の話ですもの」と一蹴して、私の肩に手を置いて歩き出した。
ファリカステ様が住む館は、王宮の西側にあった。中に入ると、カラバスお兄様が描いたと思われる肖像画が何枚も飾ってある。上半身だけのもの、全身のもの、中には今日つけておられるネックレスの他には一糸纏わぬ姿のものも。思わず目をとめると、ファリカステ様が話しかけてきた。
「一糸纏わぬ姿でカラバスと何時間も向き合っていたのよ」
「はい、とても美しいですわ」
「あら…意外なお返事ね、ありがとう。あなた、さっきカラバスが私をエスコートして入ってきたとき、どうお思いになったの?」
「美男美女でお似合いだと…」
「ねぇあなた、カラバスのこと好きではないの?異性として」
「わ…わかりません。これまで、恋ですとか、好きですとか、そういったことと無縁の人生でございましたので、自分の感情が何なのかはかりかねております」
正直に答えると、ファリカステ様は大声で笑い始めた。おかしくておかしくてたまらないといった様子だ。その雰囲気が異様で、私の心の中に恐怖が生まれてくる。
「デイジーは取り繕わない、ウブで素直ないい子なのね」
「お褒めいただき、光栄でございます」
「でもね」とファリカステ様は私を睨みつけながら続けた。口調が変わっている。
「残念ながら、あなた邪魔なのよ。カラバスの思いがあなたに通じてようが通じてまいが、カラバスは、あなたがいる限り私のことを見てくれないのよ。何故だか、私の魔法も効きやしない」
「そんな…」
魔法?ファリカステ様は魔法使いなの!?それに私のことが邪魔って言われても…
「消えてほしいのよ。どうやってあなたに消えてもらうのがいいか、ずっと考えていたの」
ファリカステ様が指で空を切ると、私の首に薄い切り傷ができて、スーッと血が流れた。
ファリカステ様は本気だ…!ドアを開けて逃げようとしたけれど、開かない。ファリカステ様が「魔法で閉じてあるのよ。あなたには開けられないわ」と笑う。他のドアや窓も全て閉まっている。逃げられない…!