墜ちた戦艦 1
ふわり、とした浮遊感を感じた直後、すとんと地に足が着き全身に自身の重みを感じる。
人生で二度目の転移。
うーん。なんというか、すごい疲労感を感じるのは慣れそうにないなぁ。いや、この疲労感は単なる錯覚だっていうのは分かっているんだけど。
辺りを見回す。
そこはこじんまりとした部屋。あるのは端に寄せるように置かれたテーブルに椅子。そしてベッド。ただそれだけだ。
「殺風景でしょ」
リノ先生がニヤニヤした笑みを浮かべている。私たちの予想を裏切れたことが楽しいみたいだ。
ここは北部大森林にあるという、リノ先生の……別宅? で、大攻勢迎撃の際の拠点とのこと。本宅はもっと東寄りの森の外縁部にあるそうだ。
「寝るだけの場所って感じですね」
素直なお師匠さまの感想。
うん。ほんとそうだよ。食事とかどうしてたんだろう?
「実際そうよ。食事は外で火を焚いて作ってたしね。
ところでミディンちゃん、気が付いてる?」
「はい。なんでしょうね? ロクでもない予感しかしませんけど」
? なんの話だろ?
「キャロルは分からないみたいね?」
「この手のことは経験がものを云うみたいですね。リノ姉さんはやっぱり大攻勢が原因ですか?」
「そうね。子供の時のアレが原因かしら。ああいうことがあると、いろいろと敏感んになるものよ。人によっては立ち直れないみたいだし。
ミディンちゃんはなにか原因があるの?」
「……私は孤児院、というか、人売りの連中ですね。あ、奴隷ってことじゃないですよ。もっとロクでもないものです」
えっ……。
「……あぁ、うん。悪いこと聞いたわね」
「いえ、あの国はではよくあることですので」
……。
うん、なんていっていいか分からないよ。
お師匠さまの幼少時代が想像つかないよ。
っていうか、よくあることって、どれだけ酷いのよ、リンスベルド。よく国としての形を保ってられるな。
そこまで治安が悪いというか、無法な感じだと国が崩壊しててもおかしくないんじゃないかな?
……魔物と共存しているような国だからどうにかなってるの?
まぁ、絶対に行くことはないと思うから、気にすることも無いか。
「んー、ここを引き払うほうが良さそうかな。ふたりともちょっと待ってね。ここの荷物を片付けるわ」
そういうなりリノ先生が、部屋にあるものを片っ端から【深き袋】へと放り込み始めた。テーブル、椅子、ベッドに薬棚、そして魔法陣の描かれたカーペット。
さして荷物が多いわけでもないから、片付けもあっという間だ。
「よし、それじゃ行きましょうか」
リノ先生、お師匠さま、私の順で小屋から出る。小屋の外、真っ先に目に飛び込んできたものは、小屋を囲むように野営している兵士の一団。
えと……十二、三人ってところかな。一個分隊だね。
いやいやいや、なんでここに兵士がいるの? これ、どっかの領兵だよね?
「なんだよ、やっぱり居留守じゃねぇか」
「隊長ー! 出てきましたよー」
……なんだこれ? どこのならず者集団? まともな軍じゃ無さそう。
あぁ、帝都の軍団も似たようなものだったっけ。
自国の軍隊の酷さに、頭を抱えたくなった。
私はこんな連中に敬意を持っていたのか。これならまだガラの悪い傭兵連中のがマシだよ。あの人たちはガラが悪いだけで、規律はしっかりしてるから。
「やっと出てきたか。手間を掛けさせやがって。貴様らはベルギウス辺境伯の領地を不法に占拠している。よってこれより貴様らを逮捕、連行する」
は? なにいってんの? この親父。
くたびれた鎧を身に着けた、藪にらみの中年親父がリノ先生に云う。
鎖帷子にブレストプレート。グローブとブーツは革製。なんか一般的な傭兵さんスタイルなんだけど。領兵なら、グローブはともかくブーツは金属製なんじゃないの?
「ベラギウス辺境伯の使いねぇ。そんなことをすぐに信じるとでも? そもそもあんたたちが兵士に見えないんだけど。どこの盗賊団よ」
リノ先生は容赦ない。
あ、連中、こっちに入ってこないと思ったら、結界が張ってあるんだ。なるほど、防犯は万全ですね。
「貴様……」
「そもそも、いつから北部森林帯が帝国領になったのかしらね? 私、ちっとも聞いてないんだけど?」
腕組みをして隊長(?)を睨みつけるリノ先生。
「長くなりそうね」
「そうですねぇ」
私たちの会話が聞こえたのか、リノ先生がこっちに手を振ってきた。
「こっちは私の案件だから、ふたりは待ってなくていいわよ。いってらっしゃい」
「リノ姉さん、また遊びに来ますね」
「失礼します」
リノ先生に挨拶をし、森へと向かう。
えーと、結界は抜けられるのかな? あ、お師匠さまが通った。なるほど、外からは入れないけど、内からは出られる――っ!?
結界から出た途端、いきなり何かに引っ張られて、私は尻餅をついた。
な、なに!?
「どこに行くんだ? お前も一緒に行くんだよ、ガキ」
いつの間に来たの!? 襟を引っ張られて……首が絞ま……苦し……。
ごきん。
嫌な音がした途端、急に解放された。
なにいまの魔力の波? 手が離れた? え、でも今の音は――
「その手を離しなさいな。さもないと次ぎは折るよ」
お師匠さまの脅し。
……っていうかお師匠さま、折るって?
「てめぇ、反抗する気か!」
手首を押さえた兵士が喚く。
「反抗? 抵抗の間違いでしょう? 人を襲っておいてなにを云うのよ」
「俺たちが正義なんだよ。てめぇらを生かして連れてく必要もねぇしな」
酷いこと云う。どこが正義だ!
このゴミの親分に視線を向ける。
あぁ、嫌らしく笑ってる。規律もクソのないのか。
「へぇ、そういうことをいうんだ。兵士としての誇りもなにも持たないただのクズってことか」
お師匠さまが俯き加減に笑みを浮かべる。
「それなら……あんたたちは殺してもいい人間ってことだね」
お師匠さまがニタリした笑みを浮かべる。
ちょ、お師匠さま!? さすがに怖いですよ!? お師匠さまの美貌でそれはやっちゃダメです。子供が泣きます。夜眠れなくなりますから!
あ、このゴミ兵、腰抜かした。
ぱちん。
お師匠さまが指を鳴らす。途端、兵士たち全員が縦に撥ねた。
真下から、顎のすぐ真下から【魔法弾】をお師匠さまが撃ち込んだ。
相変わらず凄い精度。私ができるようになるのは何年先だろ。
【魔法弾】。威力としては、屈強な男に殴られた程度かな。でも、それで十分だったみたいだ。
兵士たちは再び地面に足がついても、立っていられずにへなへなとへたり込んだ。それでおしまい。戦意をあっさり喪失して、まさに負け犬とでもいう目でこっちを見る始末。
……いや、弱すぎるでしょう。なんなのこいつら? 本当に正規兵なの?
「どうしたの? あたし達を連れていくんでしょう? 早く立ちなさいな。折角温情で顎に当ててあげたのよ。それとも股間に撃ち込んで潰した方がよかった?」
お師匠さまが挑発する。が、兵士たちはへたり込んだままだ。
というかお師匠さま、云ってることが酷い。
あはは、リノ先生が苦笑してるよ。
「ミディンちゃん、そのへんにしといて。あとは私が対処するから。ベルギウスは契約を破ったわけだし、しっかりと違約金は取り立てないとねぇ。
それと、ここ百年の防衛に対する対価もね。
安心しなさいな。隊長さん。ちゃんと私はついて行ってあげるし、ここからも立ち退くわよ。ここまでされてまで住むほど執着のある土地じゃないしね。
あぁ、そうそう、喜びなさいな。存分に戦えるわよ。来年の大攻勢は、あなたたちだけで防ぐのよ。数万から十数万の魔物が相手、やり甲斐があるでしょう? 頑張って殺して、殺して、殺せばいいわ。殺されるまでね。私はもう手を貸さない。
絶対に。あんたたちの生き死になんてどうでもいいし」
リノ先生が手を挙げる。
「あんたたち、手伝って。こいつらを引きずっていくわよ」
リノ先生がそう宣言する。すると小屋がいきなり壊れ――って、えぇっ!?
木造巨兵!?
リノ先生の小屋を形作っていたモノ。それは三体の木造巨兵。そして兵士たちは、いつのまにか蔦で縛り上げられていた。
まさに精霊術師の面目躍如というべきか。
あぁ、こいつら、領都まで木造巨兵に文字通り引き摺られていくのか。
スリ傷だらけになりそうね。でもまぁ、鎧着てるし、死にはしないよね。
……いや、むしろ死ねた方が楽かもね。でもきっとリノ先生は生かして連れてくとだろうな。ソーマ先生の一派だし。私もきっとそーするだろうし。
うん。私もすっかり毒されてるな。
「……ではリノ姉さん、今度こそ行ってきます。取り立て、頑張ってください」
「えと、北の森の大賢者様、大変お世話になりました。せっかく百年以上も帝国を護って頂いたのに、最後の最後でこんなことになって申し訳ありません。一帝国民としてお詫び申し上げます。そして、改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
あ、この恩知らずの恥さらし共には一切の容赦は不要です。徹底的にやっちゃってください」
そういって私はぺこりと頭を下げ、不機嫌そうに歩き出していたお師匠さまの後を追う。
ふふん。あのゴミの親分、私の云った言葉にぎょっとした顔して、青くなってた。
馬鹿じゃないの? 自分が誰に喧嘩売ってたかもわからなかったの?
木造巨兵に引き摺られながら、自分がどれだけ馬鹿なのか思い知るといいんだ。
踵を返し、お師匠さまと私は森へと入っていく。
とはいえ、心配事ができたよ。
「あの、お師匠さま?」
「んー、どしたー」
うわぁ、まだ機嫌が悪いよ。まぁ、当然だろうけど。
「大攻勢、モナたちだけで抑え込めるでしょうか?」
あいつらはきっと役に立たない。となると、前戦に出るのはモナたち、級友たちだ。
「どうだろ? まぁ、危うかったら、ルリちゃんが手伝うだろうし、それでもダメならレーダ辺りが出張るから問題ないわよ。
なんだったら、あんたたちが手伝いに出てもいいしね。
ソーマなんかに相談したら『丁度いい、お前ら自分の全力を確かめて来い』なんて云うわよ。
ふむ……意外とそれもいいかも知れないわね。全力で魔法を撃てる機会なんてそうそうないし」
……お師匠さま、なにやらニヤニヤしてますが、昨日の【ぷち竜殺槍】は五連装は全力じゃなかったんでしょうか? 魔力量的に、あれもかなりおかしかったんですけど。
……聞いてみよ。
「全力じゃないわねぇ。どうもあたしはリミッターがないみたいでね。全力でやると一発で魔力枯渇起こしてぶっ倒れるのよ。だから全力で魔法を撃つとなると……どのくらいの被害がでるだろ? ちょっとした山なら更地になるんじゃないかな」
……お師匠さまは神様かなんかですか。そんなバカげた威力の魔法とか、人の身じゃ無理……いや、ソーマ先生ならできそうだな。普通に。
思わず眉を顰める。
それとお師匠さま、自分で『被害』って云わないでくださいよ。
災害じゃないんですから。
「そんな顔してないで、とっとと進むよ。何日か野宿することになるからね」
「あ、はい」
「適当に途中で獲物を狩るからね」
「はい。……はい?」
「食料は現地調達だよ。まぁ、帝都でもらった食材は山ほどあるけど」
そんなことを云いながら、お師匠さまがりんごをひとつ取り出すと齧る。
それはあの広場で収穫してきたりんご。
お師匠さまが強引に成長させたあのりんごの樹のものだ。
「狩りも修行のひとつですか?」
「そんなところ。実践経験も積まないとね」
まぁ、座学ばっかりだし。魔法は使っても、的を撃ってるだけだしね。
でも、それよりもだ。
「お師匠さま」
「なぁに?」
「私にもりんごください」
私だってりんご食べたい!
そういうとお師匠さまは、とびきりの笑顔で、りんごをひとつ投げてよこした。