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学院騒動 16


 昼食も終わり、これから午後の講義。模擬戦だ。


 場所は学舎裏の演習場。去年、先生が【黒】とドンパチやった場所だ。


 ……うん、いまでも補修した跡がはっきりとわかるね。対魔法処理を施した外壁が、同じ乳白色でも色が違っているのがわかる。

 考えてみたら、これ、エリスタの【絶対障壁】を抜いた上で吹き飛ばしたんだよね。それも余波だけで。


 超級の防御魔術をぶち抜くって、どんだけの威力なのよ! って感じだけれど。

 ……私たちすぐそばで見てたんだよね。


 いまにして思うけど、よく生きてたわね。いや、私たちがふっとばされたっていうことはまったくないんだけど。




「それじゃ午後の講義、模擬戦を始めるわよー。

 でもその前に、午前の質問にあった、魔法の合成の話ね。炎と氷だっけ?」


 お師匠さまが確認するように生徒たちに云う。


「炎と氷。この組み合わせはダメ。気の抜けたぬるま湯を目標にぶっかける程度にしかならないわよ。炎と水が、この場合だと正解かしらね。でも、ただ合成しただけじゃ、熱湯による火傷、もしくは蒸気火傷を引き起こす程度にしかならないわね。

 まぁ、それでも十分に威力はあるんだけど、この質問をした人は、そういうことを訊いた訳じゃないでしょうしね」


 お師匠さまが質問者の少女に目を向ける。少女は真剣にお師匠さまの言葉を聞いていた。


 たしかあの子は、ロンベルク侯爵のご令嬢のだったかな。


 モナが説明してくれた。


「で、【炎球】と【水球】の術式をきちんと、ある現象を理解したうえで正しく組み合わせてやると、こんなことができます」


 ポっと、手のひらの上に、小さな球を生みだす。それは片手の掌で包み込めるほどの青白い球。標準的な【炎球】の半分以下の大きさだ。


「発射♪」



 きゅごっ!



 とんでもない爆発が起きた。

 土煙が上がり、あたりに爆風が吹き荒れる

 でもお師匠さまが予め対物理障壁は張っていたのか、私たちに影響は一切ない。


「とまぁ、このくらいの威力にはなるわね。術式が面倒臭いから、好んで使いたいとは思わないけど。大抵【追尾魔法矢】で事足りるし」

 あまりのことに唖然としている生徒たちに、ミディンはお構いなしに説明をしていく。

 私は呆れ、モナは『本当、先生そっくり』と目をぱちくりさせていた。


 初級魔法さえ極めちまえば、竜だって容易く殺せる


 これはソーマ先生の言葉。そしてそれは、大げさでもないんだろう。そして当然、その先生の弟子であるお師匠さまは、その教えに傾倒している。そしてもちろん、ソーマ教室卒業生である私たちも。


「あの、この魔法を教えていただくことは――」


 いや、そこは止めとこうよ、侯爵令嬢様。これ無駄に威力があるから使い勝手悪いよ。


「そこは自分で頑張ろう。個人的に、この術式は広めたくないのよね」

「どうしてです?」

「さっきも云ったけど、術式がかなりシビアで面倒なのよ。術式だけでみたら超級魔法並みだし。威力としてはせいぜい中級範囲攻撃魔法と変わらないしね。それに、術式としての価値が殆どないし。応用も何も効かないから、面白味に欠けるし」


 つまり、この術式はこれで完全に枯れてしまっていて、他にまったく応用もなにもできない、完全な単発の魔法ということだ。

 さらに、術式の面倒さ、制御の難しさを考慮すると、これはもう完全に、物好きが使うマニアックな魔法ということになる。


 要は『ヘイヘイ、俺はお前の知らない謎な魔法が使えるんだぜ!』という、ハッタリ効果的価値しかない魔法である。それも。威力に対する労力が見合わない残念な代物だ。


 ……いや、あれだけ威力有れば、十分なんだけれどさ。


「微妙……ということですか」

「使い勝手を考えると、そうだね。これを撃つくらいなら、他に遥かに扱いやすくて、周囲への被害も少なく、簡単で同程度の魔法があるからね。なにより自爆の心配が少ない」


 『自爆』の言葉に、生徒たちがざわめく。


 うん、自爆は怖いよね。大抵、魔法を覚えて調子に乗り出したころに、ボン! ってやらかすんだよ。先生は誰かが自爆するまで、攻撃魔法を厳禁にしてたっけ。


 そして真っ先に自爆したのは私だ! 


 【光球】が手元で破裂して、強烈な閃光で『目が、目がー!』とかいってのたうち回ったよ。後で聞いたら、失明してたって聞いて青くなったよ。そんなのをソーマ教室のみんなは見ていたから、それはもう魔法の扱いに関しては徹底して慎重に集中してやってる。それこそ、ぞんざいに術式展開しているように見えているとしてもだ。


 ハッタリは大事だ。必死な様は絶対に見せるな。嘯け嘯け。


 あんまりみんな必死だから、先生、笑いながら云ってたっけ。


「さっきもいったけど、この術式、かなりシビアなのよ。構築中にちょっと気が逸れたりすると、それだけで手元でドカン! 残念、あなたの人生はここで終わってしまった! なんてことになるからね」


 ざわめきが一気に収まった。


「だから、これを使いたいなら自分で術式を組みなさい。そうすれば、これがどんだけ厄介な代物かわかるから。わざわざ扱いにくい魔法を使う必要はないわよ」


 そこまで云って、急にミディンが何かを思いついたような顔をした。


「そういえば、ここでソーマが【竜殺槍】を【黒】に使ったんでしょ? 【竜殺槍】って、基は【魔法矢】よ」


 再びざわめく。


 忙しいね、元同級生諸君。


「……信じてないわね、あんたたち。よろしい。それじゃ【魔法矢】で【竜殺槍】を再現してあげるわ。そうね、差し詰め【ぷち竜殺槍】ってところかしら。

 キャロール! 的だして! 端の方にね。氷の塊かなんか。でっかいやつね」




「な、なかなか無茶振りするのね」

「そう? でもできないことはやらせないよ、お師匠さま」


 呆れるモナに答えつつ、術式を組む。集点と焦点を一緒にして、演習場の端に設定。【水球】を構築、規模を十倍、体積的には千倍以上になるから、十分だろう。あとはこれを一気に冷却してと……。


 演習場の端の中空に、直系二メートルほどの水球が出現すると、たちまち凍結し、氷の球となった。そして――


 どすん!


 演習場の端に鎮座する巨大な氷の球。


 ……重さでちょっと地面が凹んだかな?


「……キャロル、あなたも大概な魔術師になったわね」

「モナも似たようなものでしょ? 【魔法矢】最大で何本まで撃てるの?」


 私の問いにモナは目を反らした。




「よし。的もできたし、アレに撃ってみるわね。あ、みんなちょっと退がってね」

 私の技量に唖然としている生徒たちを背後へ追いやると、お師匠さまは演習場のほぼ反対側にある氷の塊に向き直った。


「防壁展開。魔法矢構築。軌条設定。増幅。増幅。増幅。増幅。増幅。増幅。増幅……」


 お師匠さまが氷塊に向け左手を差し伸ばし、魔術の行使しはじめる。


 というか、みんな気付いてないな。お師匠さまのあれ、一応呪文だよ。


 呪文に合わせ、二の腕の辺りに小さな魔法の槍が構築、更に肘から手首の上に小さな魔法陣が縦にずらりと並ぶ。魔法陣は外周に呪紋が刻まれたもので、内側はなんの紋も描かれていない。それがゆっくりと、クルクルと回っている。


 それはまるで光でできたトンネルのよう。みんなは、分りやすいようにお師匠さまが可視化していると思っているかもしれないけど、あれ、あまりにも濃密な魔力のせいで、可視化できてしまっているに過ぎない。


 隠密性を持たせるなら、可視化してしまった魔力を不可視にすることもできるけど、超級魔法……ううん、今回のはお師匠さまがなかば即興で術式を組んでいるから、超級魔術というべきね。超級の代物は、わざわざ隠蔽して使うことはない。だって、それだけで威圧効果があるのだ。脅迫と絶望を同時に敵に与えるんだから。


 ……いや、規模的には超級魔術じゃなくて、なんちゃって超級魔術になるのか。


 そして、術の基本部分の構築が終了する。


 それは、去年【黒】に対して先生が使った超級魔法とそっくり同じもの。唯一違うのは、その規模だけだ。


 うん、ちっちゃい。もの凄くちっちゃい。十分の一以下じゃないかな。


 ん? あ、ラナ様が真剣に見てる。


 超級魔法、それも【竜殺槍】の使い手なんて、世界に片手で数える程しかいないからね。確か……ふたりだっけ。お師匠さまがオリジナルを使えるのなら、三人しかいない。しかも唯一の対個体用の超級魔法。目にすることができるだけでも幸運と云える。


 【防御系魔術導師】としては、やっぱり最高位の攻撃魔法は気になるよね。


 【魔法障壁】系の魔法で受けるのは悪手でしかないから、他の方法を見つけるための参考に……ってところなんだろうなぁ。


「【魔法環】回転開始。加速。加速。加速。加速。加速。加速。加速。加速」


 ゆるゆると回っていた魔法陣――魔法環の回転が一気に加速し、外縁部の呪紋が視認できなくなる。


「準備完了っと。さぁ、みんな、よく見てなさいよー」


 お師匠さまがニヤリと笑った。


「発射!」


 魔法矢が動いた。と思ったら、突如回転していた【魔法環】と一緒に消え――


 ゴッ!


 氷球が突然砕け散り、周囲に飛び散った。だがその氷の破片は、いつの間に張られていたのか、対物理魔法障壁によって防がれている。


 そう、魔法矢が氷球を穿ち、その内部で炸裂したのだ。


 それこそ、瞬間移動でもしたとしか思えない速度で撃ちだされて。


 あまりのことに、全員が呆然としていた。見逃すまいと、全員が注視していたにも関わらず、全員が見逃したようなものなのだから。


 だがそんな周囲になどお構いなしに、ミディンは満足気に笑みを浮かべていた。


「ま、こんなものかな。普通の【魔法矢】でも、ここまで威力をあげられるのよねー。ちなみに、消費魔力はこれで……【魔法矢】二十本くらいかな。多分、キマイラとかワイバーンくらいなら、一撃で仕留められるよ。それを考えると、かなり魔力効率がいいわね。まぁ、やってることは【竜殺槍】の模倣なんだから、威力がおかしいのは当たり前なんだけどね」


 あぁ、お師匠さま楽しそう。多分これ、実験してみたかった魔法のひとつなんだろうなぁ。


「あー、ラナ。あれは、どうにかできそうか?」


 あ、陛下がラナ様に訊いてる。


「あんなもの、どうやって止めろというのですか。視認できなくては反らすこともできないじゃないですか。あぁ、アレに対抗できるくらいの障壁魔法を開発しないと……あぁ、でも時間が……」


 あぁ、ラナ様が頭を抱えてる。


 まぁ、アレ、初級魔法の皮を被った超級魔法みたいなものですし。


 制御するだけでも大変そうだよね。どれだけ魔法を並列起動してるんだろ。


 増幅系だけでも十個以上発動していたし。


 私は再び生徒たちの方へと視線を向ける。


 生徒たちがお師匠さまに向ける視線は、憧れから畏怖へとすっかり変わっていた。

 全員がしっかりと姿勢を整え、まるでよく訓練された軍人であるかのような直立不動の姿勢をとっている。


 あはは。これ、ちゃんと模擬戦できるのかなぁ。


 私はかつての同級生たちの姿に、思わず苦笑いを浮かべた。


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