学院騒動 14
「呪文の真実についてお話ししましょう!」
うわぁ、お師匠さま、すっごいいい笑顔。悪い笑顔してる。
かくいう私ははアマーリエ嬢の隣に立ったままだ。彼女が私の袖を掴でいて、戻るに戻れない。
「あの、アマーリエ様、そろそろ離して――」
「待って、もう少し、もう少しだけ」
ほんと、これはどうなんだろ。堕ちてるわけじゃないと思うけど。
でも顔が赤いし。なんかハァハァしてるし。
……冗談じゃなしに、変な性癖に目覚めたとかじゃないよね。
被虐趣味とか。
「面倒臭いからぶっちゃけるとね、呪文って戯言よ。力なんて欠片も在りはしないわ」
お師匠さまが呪文の真実を暴露した。
途端、小ホール中がざわめいた。
あはは。驚いてる驚いてる。
あ、手が開いた、今のうちに戻ろう。
私は慌てて最後列へと帰った。
「まぁ、知らなければこうなるよねぇ」
モナが戻ってきた私を、自分の隣に呼び寄せた。
「モナは教えなかったの?」
「いや、私は魔法使い育成だから。魔法使いには無詠唱は無理だし」
あー、そういやそうだ。
いわゆる【呪文を練る】ことをしないと、魔力を集中できないんだっけ。
なにしろ魔法使いは、いうなれば、力任せに魔法を使ってるだけだから。だから、『言葉』で『意思』を補助、補強した上に、発動体がないと魔法が形にならないのだ。
この【呪文を練る】ことをせず、発動体が無くとも魔法を行使できる者が魔術師となる。要は、魔力を認識し、それを意識して扱えることができるかできないか。これが魔法使いと魔術師の差だ。これは生まれながらの資質や才能というより、性格やものの考え方に依るところが大きいようだ。
つまり、ガチガチの懐疑論者などには、魔法は絶対に扱えないということだ。
「はいはい静かにねー。講義を続けるわよー。
呪文は無意味な言葉の羅列、残念ながらこれは真実よ。だいたい、呪文が魔法の神髄とかっていうなら、誰でも呪文を唱えるだけで魔法が使えるでしょうに。でも実際はそんなことないでしょ」
お師匠さまがそういうと、生徒たちが一斉に頷く。
その様子にお師匠さまは苦笑した。
「じゃあ、呪文の意義はなんなのか、っていうと、魔法を行使するための補助のようなものよ。魔法発動体みたいなものね。まぁ、魔法発動体は集点としての役割が大きいわけだけど。
呪文を唱えることによって、自分が何の魔法を使うのか、魔法をどう構築するのか、魔法をどこに具現化するのか。魔法をどこに向けて撃つのか。これらを明確にする為のもの。……自分に云い聞かせるモノ、といってもいいかしらね」
「では、それらがしっかりとできていれば、呪文は不要ということですか?」
アマーリエ嬢が挙手して質問した。
「そうよ。というかね、千年前は無詠唱が普通だったのよ。発動タイミングで、掛け声みたいなのは使ってたみたいだけど。だいたいダラダラ呪文なんか唱えてごらんなさいよ、私はこれから○○の魔法を使うぞー。って、相手に教えてるようなものよ。対策取られちゃうでしょうに。
で、にも関わらずに呪文が普及しちゃったのは、八ヶ国大戦の悪影響のひとつね」
呪文。それは古くから魔法行使の一手段として昔からあった手法ではあるが、それが主流となったのは、八ヶ国大戦が原因だ。
ソーマ先生はこれを、魔法が一時衰退した原因と云っていたけれど、まさにその通りといえる。なにしろ、『呪文を唱えねば魔法は使えない』という間違った認識が蔓延したからだ。
では、なぜそんなことになってしまったのか。そこには残念な理由がある。
八ヶ国大戦の時代、既に三柱の神は受肉していた肉体を失い、ウィランにある各塔の最上階にて、時至るまで永き眠りについていた。神ウィルヴィアードは、眠りに入る前に、塔を管理する自らの分身ともいえる存在を残していた。
そしてそれより約六百年後、大戦勃発。人同士の争いであったことより、塔の管理者は傍観に徹していたが、カーン帝国は塔を攻撃、女神の強奪を試みたのである。塔はこれを撃退するも、管理者(神ウィルヴィアードが創り出した神の代行者)はこの暴虐に激怒。戦争に介入することを決定する。ただし、人同士の争いである以上、直接ではなく間接的に。
当時、智の塔にひとり規格外ともいえる人間がいた。これまでにそのような者はひとりとしておらず、また今後もこのような者は現れることはないだろうと云える者。
人類どころか上位高等竜以上の、それこそ神に匹敵するほどの魔力容量を持った人間。だが彼は、資質こそ神と同等であったものの、魔術の才能は欠片ももっていなかったのである。
管理者は彼に目を付けた。そして、彼に魔法をひとつ授け、それを行使させたのだ。そのための手段として、呪文を用いて。
いまでいう、魔法使いの魔法行使法を叩き込んで。
彼は管理者の甘言に容易く騙され、そう、容易く騙され、呪文を唱えることで、教えられた魔法を行使することに成功する。
彼が行使した呪文、それは【神の怒槌】。天空より雷を降らす神の奇跡。
即ち【神罰】である。
これにより、上空を我が物顔で飛行していた飛空戦艦は次々と撃墜され、地上で破壊の限りを尽くしていた鉄騎巨兵は打倒され、そしてカーン帝国帝都は、もはや雷とは呼べぬ天より降り落ちた光の柱により壊滅したのである。
こうして八ヶ国大戦は終結した。和平交渉もないままに。
大戦後、管理者は彼から【神の怒槌】に関しての記憶を消去したが、代わりに褒美として既存の魔法を使えるようにしたのである。
そう、呪文を用いることによって。彼は魔法を使えるようになったのだ。
彼は、最初の【魔法使い】となったのである。
ただ、これは悪影響を及ぼした。戦争を終わらせた人物の魔法行使方法である。
周囲の者が皆、真似をし始めたのだ。
結果、魔法は画一的なものとなり、応用の効かない行使方法が主流となってしまったのである。そしてそれが、魔法衰退への第一歩となってしまったのだ。
「ちなみに、この呪文は管理者が適当にでっちあげたものだそうよ。今現在、巷に普及してるやつの大元ね。時代を経て、言い回しが変わったりしてるから」
お師匠さまが説明を終えると、生徒たちはもとより、教師の一部も、なんとも表現しがたい微妙な表情をしていた。困惑とも、呆れともとれるような。
「あと小話的なものをひとつ。古代語と現代語の複合呪文ってあるでしょ。上位呪文なんて呼ばれてる特殊な呪文。あれ『古代語と混ぜ合わせたら格好良いんじゃね?』て理由で作られた代物よ。にも拘わらず、本来の等級より一段階上の威力が発揮されるなんていう、訳の分からない効果がでた代物でもあるけど。思い込みって凄いわね。まぁ、中級魔法の【雷撃衝】以外はみんな超級呪文だから、使い手はあまりいないけどね」
あはは。まだざわざわしてる。
まぁ、そうだよね。騙して、思い込ませて魔法を使わせたんだから。
あぁ、でも、複合呪文の話ははじめて聞いたな。そんなしょうもない理由から生まれたんだ。ソーマ先生の魔法陣の講義を思い出すよ。
『これ見よがしな魔法陣あるだろ? あれ魔術師が格好つけのためにやってるんだぜ』
私は思わず苦笑いを浮かべた。
「あ、あの、それじゃ古代語呪文というのも、嘘なんですか?」
「あぁ、それは古代帝国で使われてた呪文よ。呪文自体はもともと魔法発動補助として、昔から使われてはいたからね。主流じゃないけど。
まぁ、そんなことがあって、大戦後にどこかで【魔法には呪文が必須】って認識がはびこっちゃったのよ。これが現在呪文式が主流な理由ね。
それじゃ、呪文を唱える以外の発動補助手段をついでに教えときましょ。概要だけね。詳しく知りたかったら、頑張って調べなさい。呪文式以外にひとつくらい覚えておくと便利よ。ちなみに、あたしのお薦めは印法術よ」
云いながらパチンと指を鳴らす。
するとお師匠さまの左右に魔力で作られた文字が浮かび上がった。
【呪文術】
◆呪文の文言を唱えることで、魔法構築の補助を行い、その行使を簡易化するためのもの。何度も繰り返すことにより、呪文を魔法発動のための条件付けにすることもできる。『魔法発動のために呪文で補助する』が『呪文を唱えると魔法が発動する』となる。この境地に至るのは簡単であり、魔法発動は格段に楽になるが、魔法の一切の応用ができなくなるという重大な欠点、欠陥がある。
【詠唱術】
◆【呪文術】の発展型。節をつけて呪文を唱える。この節にも条件付けを載せることが可能であるため、呪文の簡略化が可能となる。結果、魔法発動までの時間を短縮することができる。
【韻唱術】
◆【詠唱術】の発展型。節を節奏にまで引き上げることで、呪文の文言に頼らずとも魔法発動を可能とすることができる。【炎弾】の呪文の文言で【氷弾】を放つというようなことも可能。騙し討ちに使えなくもない(節奏で読まれる可能性は高い)。音楽的センスが必要。ちなみに、この騙し討ちの方法でふたつの魔法を同時に放つこともできる。
【歌唱術】
◆【韻唱術】を画一化したもの。呪文の文言、節奏は決められている。吟遊詩人が使う、いわゆる【呪歌】である。呪文を唄うことで魔法が発動する。ただし、その魔法には指向性が一切ないため、声が届く範囲すべてにその魔法の効果が顕れる、はた迷惑なものである。そのため【歌唱術】においては【攻撃魔法】は存在しない。もし攻撃魔法を【歌唱術】で行使しようものなら、確実に自爆するからである。
【歌唱術】で用いられる魔法は【睡眠】【混乱】【恐怖】【麻痺】【鎮静】【治療】等の補助呪文のみである。個人魔力をほぼ消費しないのは利点だ。
【舞踏術】
◆舞踏により魔法を発動する方法。かなり特殊であり、非常に扱いにくくもある。基本的に脚運びのみで魔法構築を行うので、達人ともなれば近接戦闘中にいきなり魔法を発動させることもできる。ナイフ主体の軽戦士辺りが覚えておくと、恐ろしい魔法戦士が生まれるかもしれない。あぁ、舞踏会に紛れ込んでの暗殺にも使えそうね。
【印法術】
◆両手で印を結ぶことにより魔法を構築する方法。印それぞれが意味を持つため、組み合わせによって魔法を組むことになる。そのため、【印法術】の場合、決まりきった魔法を発動するのではなく、その場で魔法そのものを組み上げる。やや簡易的ではあるが、魔術師の行使する魔法発動を行うことが可能。また呪文式の最大欠点である、【沈黙】などの魔法を掛けられたとしても、なんの問題もなく魔法を行使できる。
すさまじく応用の利く魔法発動補助方法と云うよりも、応用のみの魔法発動補助方法である。
「こんなところかな。そういや云い忘れてたけど、呪文に頼りすぎると、【沈黙】を喰らった時に何にもできなくなる人がほとんどなんだよね。だから無詠唱に慣れることは必須だよ。でなければ【印法術】か、なにしらの身振りに条件付けをしておくといいわね。役立たずの置物になりたくなかったら、きちんと対処法を持っておかないと、すぐに死んじゃうわよ」
本当にうっかり忘れていたとばかりに、お師匠が極当たり前の注意を云ったところ、急に小ホールはシンと静まり返った。
その突然の有様に、お師匠はきょとんとして、小首を傾げていた。
あぁ、みんな、実戦を全然考えてなかったのか。
学者になるならともかく、現場にでるなら命に関わることでしょうに。
私はそんなことを考え、思わず呆れてため息をついた。