序章 俺が死んだ
俺は本日、二十年という短い年月をもってその幕を下ろした。
ぶっちゃけ死んだ。
弁解のしようもない。海水浴に遊びに行って、溺れ死んだ。そう、溺死。酒を飲んでハイになっていたのがいけなかったと、今になって猛省する。
「いえーい、泳いじゃうよー俺はよー」
と彼方に叫びながら沖から相当離れたうえに、地に足の付かない場所で足を吊ったのだから助かりようもない。しかも、夜だ。同じく酒を飲んで騒いでいた仲間も気付かぬうちに、俺は海の深い底に沈んだ。残された友人たちの後味の悪さを思えば、非常に悪いことをしたと思う。
まあ、だがしかし、今の俺にとってそんなことは些細なことだ。
死んだことが些細というのは些か可笑しいと思うかもしれないが、未だに意識というものを保っているがために、俺に死んだという実感はない。認識はしているがな。そのことを配慮して頂き、どうかご容赦願いたい。
上下左右の識別もできない闇の中。そんな場所に、俺は居た。ふわふわと海の中の海藻のごとく、闇の中を漂っている。自分の身体というものを、今の俺は持っていない。指を動かす意識をしても動いているかどうかわからない。手で自分の身体を触れようと思っても触れられない。だからやっぱり、今の俺には身体という事物が排除されているのだろう。
この現状において、俺は自分が死んだということを冷静に理解していた。WHY、と聞かれても困る。多分、これは死んだ人間にしかわからない認識なのだ。生きている間は死ぬことがもちろん恐ろしかったが、死んでしまえばどうということはないな、と思う。多分、死を恐れる気持ちがあるのは、そこに自我の消滅という前提があるからだろう。そう考えると、自我の消滅を迎えていない今の俺は、まだ死んでいないと言うこともできなくはないではないか。
とはいえ、現状はまさしく文字通りに暗中模索。闇の中を漂うのはいいが、いつまで漂っていればいいのだろうと少々うんざりした心持にある。ここがどこかもわからぬままだ。
死んだということから、天国か地獄かと検討はつくが、そうなるとどう考えても地獄にしか分類できそうにないこの空間。確かに親より先に死んだ俺は親不孝者であろうが、それまでの溢れんばかりの善行も考慮して欲しいと切実に思う。閻魔様。仏様。神様。お代官様。
鬱々としながらも、まだ幾分余裕のある状態で漂っている俺。
そんなとき、どこか遠くからすすり泣きのような音が聞こえてきた。




