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梅桜物語  作者: 城谷結季
其の伍、区切り
9/10

紫雲英

 しばらく謹慎となり、実家に連れ戻された。

 朱院はともかく清院や梅都もついてきたが父は何も言わずに部屋を用意し、滞在できるようにしていた。

 「しばらく頭を冷やせ」とだけ言い残し、仕事に戻って行った。家を出る時も同じことを言われたなと思い返し、溜息を吐く。

 本当は修行ではなく「家業を継ぐ」と言ったら考え直せと言われ追い出されたのだが、結局何も変わらなかった。それどころか迷惑ばかりかけて、この歳になって、と一人毒吐く。

 他の三人は外出していて今はいない。謹慎ということで家から出られないことが結構辛く、誰もいないならと大の字に寝転がった。

 ここ数日のことを思い返す。朱院と出会ったのが何カ月も前だったように感じる。

 見ず知らずの少女に「自分の半身」だと告げられ、“ココロ”が自分の中にあり役目を終わらせてほしいと言われ、挙句にライバルが出てきて捕まったり散々だった。

 夢次には会ってもどうすればいいのか未だにわからない。

 あのあとどうしたのだろうかと気になるが、会う勇気はなかった。結局間者についても親同士ですでに和解済み、今後一切そういうことはしない良きライバル店として話がついたらしいこともあり、このままきっかけがなければ会うこともないのだろうか。

 「家を継ぐ」と決めてから名を変え、梅都にも迷惑をかけてしまった。

 ふと思い出したのは新たな名を告げた時の彼の顔。最初は複雑そうに目を細めたが、最後は笑って自分の意思を尊重すると言ってくれた彼に頼りっぱなしで、でもそれが嬉しかった。彼ならわかってくれると信じていた。

 その後現れた朱院達には、その新しい名を告げた。嘘ではないけれど、それが朱院との壁となっていたのだろう。現に、その名でいるときは相応しくあろうとしていたように思える。

 朱院には謝らなければいけないことが結構あり、でも彼女だからわかっているんだろうなと思うともうやる気がなくなる。

 『役目』のことは一度どうするか話し合わなければならないだろう。結局よくわからないことが多いままだった。

 それが終わったら、梅都と墓参りにでも行こう。心に封印してから一度も訪れていなかったから。

 お腹に力を入れ、よっと起きあがると、タイミング良く襖が開く。

「壺鈴様、見てください!」

 満面の笑みでやってきた朱院は両手いっぱいの紫雲英(げんげ:蓮華草のこと)を抱えていた。頭には同じ花でできた冠がのっている。

「清院と一緒に作りました。これは壺鈴様のです」

 机の上に大量の花をのせ、その中から同じ冠を取り出すと頭の上にのせてくれた。

「やっぱり! すごくお似合いです」

「そう、かな? ありがとう」

 嬉しそうな彼女を見ていると沈んでいた気分も少し良くなる。見た目の年相応ともいえる元気な姿。

「朱院、色々とありがとう。そして何もできなくてごめんなさい」

 きょとんとした顔だった朱院は数秒のち、首を振る。

「わたくしの方こそお礼と……お詫びをせねばなりません。わたくしは、壺鈴様に嘘を吐いていましたから」

 朱院との壁。それは彼女の方にもあったということだろうか?

「前にも仰ってましたが、嘘とは?」

 そっと両手を膝の上に載せぽつぽつと朱院は語り出す。

「本当はもう『役目』は終わりを迎えているのです。わたくしたちが消えれば、自然と消滅するものなのです。わたくしはただ……夢を見たかった。人世でもう一度、“人”として生きてみたかった…………それだけだったのです」

 ごめんなさい、と呟く彼女はやはり年相応だなと思う。おそらく人としての生を失ったその時から、彼女達の時間は止まってしまったのだ。二度と戻ることのない世界を、生き方を望むのは当たり前のことだろう。

 どんな役目を背負おうとも、一人の少女なのだ。

「けれどそのせいで清院があのようなことになってしまって……わたくしは」

 俯いて涙を堪える姿に、突き刺されたような痛みが胸に走る。重なる自分自身の思いに滑り落ちたかのように言葉が出てきた。

「自らの欲、願望を貫けば当然のごとくその代償があります。正義と信じそれを行おうとしても必ず何かしらかの償いが必要になります。それでも貫かねばならぬ時も……あると私は思います。清院殿は怒ってらっしゃいましたか?」

「いえ……」

「もし相手がそのことで気分を害されたと思っているようでしたら、誠意を尽くすのみです。その代わり相手の方から謝罪された場合許してあげるのが、より良い人としての付き合いだと思います」

 微笑んでみれば、朱院も頷いて笑む。そしてその言葉を自分自身にも刻む。

 できるのは誠意を尽くすことのみ。すでに終わってしまったできごとを嘆いて何もしないでいるより、これ以上悪い方へ行かぬようにすることが重要なのだろう。

 謹慎が解けたら夢次のもとへ行くことを決める。

「おお、似合わん」

 どかどかと自分の家のように上がってきたのは梅都だった。仕事をしているところを最近見ていない気がするがそこらへんはあえて聞かないことにしている。

 頭の上にのせてあった冠をそっと外そうとすると朱院に制された。そして梅都に立ち向かっていくのでさすがの梅都も彼女には弱く、負けていた。

 廊下を早足で歩く足音。現れたのは清院だった。同じように頭には紫雲英の冠をし、白い頬を赤く染め怒っているようだった。

「遅い! いつまで待たせるつもりじゃ」

「ごめんなさい、ついお話に夢中になってしまって」

「だったら一度呼んでくれなければ」

「寂しかったのね」

「なっ……そんなわけあるまい! もういい、戻る」

 朱院はくすくすと笑う。この二人の主導権は朱院にあるらしいことがここ何日かでわかった。それを上手く使っている彼女は侮れない。

「朱院さんと壺鈴は似てるよな、やっぱ」

「そうですか? 私にはできませんよ」

「とぼけるな」

 これだから、と言って梅都は部屋を出て行く。朱院は先に清院の後を追ったのでまた一人になる。

 机に残された大量の紫雲英のひとつをいじりながら、謹慎が解けた後のことを考えていた。



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