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梅桜物語  作者: 城谷結季
其の参、予兆
5/10

嵐の前触れ

「しっかし染も素直じゃないよなぁ。昨日の夜もずっとあの桜んとこにいたんだろ? 朱院さんが心配ならそう言えばいいのにさ」


 人様の家で豪快にどかりと座りながら梅都は近くにあった塩昆布を口にくわえる。本来は料理に使うべきで茶菓子などではないしそのまま口にしないが、よくあることなので放っておくことにした。しかし朱院が興味津津といった様子で彼を見ているので、代わりに戸棚から茶菓子の入った盆を取り出し机に置く。

「昨日の残りで申し訳ありませんが、こちらをどうぞ。間違っても彼の真似はしないでくださいね、朱院殿」

 よくわからないといった顔をしながらも彼女は机の前に行儀よく座った。けれど何を思ったのか再び立ち上がり、戸棚の方に寄ってくる。

「どうかしましたか?」

「あの……お茶を淹れさせていただいてもよろしいでしょうか」

 うっすらと頬を染めて申し出てくれた彼女に断る理由はないので、微笑んで茶器や湯呑みを用意し任せる。ぎこちないながらも丁寧に用意をしている。先日見ていた手順を綺麗に辿っているので、少し驚く。

「朱院さんの茶もうまいぜ。おれんちにいる時淹れてくれたんだ」

「なるほど。だから手際も良く美しい流れなのですね」

「だろ?」

「……ありがとうございます。でも、お茶を淹れたことあまりないんです。先日の染祀様のを拝見させていただきまして、なんだか懐かしくて……」

 ひとつずつ机の上に置きながら、彼女は語る。おそらくかなり昔のことなのだろう。話からすると良家で育ち“桜”となる少し前に没落ともなれば、仕方がないのかもしれなかった。

「ひとつお聞きしてもよろしいですか、朱院殿」

「はい、何でしょう」

「あなたたちは一体何者ですか? ただの人間……とは異なるのでしょうか」

 今までで一番疑問だったことだが、聞くのをためらわれるものだった。その生を天――つまり高位の者たちにも喜ばれ、“桜”となったということは御伽噺にしかないような何かなのだろうと予想していた。それで彼女たちの『役目』も見えてくる。

 朱院は一度唇を噛みしめ、それでも意を決したようにぽつりぽつりと話し始めた。

「古の、神と人とを繋ぐ定めであった者たちがおりました。人の子と異なるのは“珠玉”をその身に宿しているかの違いだけでしたが、人の中で共に暮らしておりました。その者たちは大樹の命を受け継いでおり、それぞれ『桜姫』、『梅姫』と呼ばれ世の治世者に保護され、大切にされてきました。世が混乱を迎える時、その力で人々を正しき道へと導くのです」

 淡々とまるで朗読しているかのように語る朱院。気のせいか、少し笑んでいるようだが自嘲気味に思えた。

「……本当に御伽噺だったとは」

 ついと出た言葉に朱院は微笑む。やはりどこか翳りがあり、そんな彼女に梅都はまた「そうかぁ、そうかぁ」と呟いて布切れを手元に用意していた。

「ではあなたにその“神”とやらと繋がる力があるということでしょうか」

「本当にそう思いますか?」

「まぁ、現に“桜”だったんですからありえなくはないかと。私以外にあの場所に人がいたとも思えませんし」

 お茶を啜りながら思い返す。たしかにいなかったと確認する。あとは自分の頭を疑うほかない。

 しかし彼女はその問いに答えず、続きを始めた。

「けれど人は神を忘れ、やがて戦乱の世となり誰にも収拾がつかなかくなった頃、『“珠玉”を手に入れた者が真の治世者である』という噂が瞬く間に広がることとなり、私たちは追われる身となりました。しかし人の中に紛れ隠れていると、代わりに多くの命が奪われていきました。私たちの身代わりとなってしまった人々の為に、これ以上私たちのせいで犠牲を増やさない為に……大樹に還り時を待つことにしました」

 一気にそこまで説明すると朱院はそっとお茶を飲む。

「最初にこの部屋で、あなたは『父に身を引き裂かれた』と言いましたが“珠玉”とは目に見え体内にあるものなんですか」

 そう考えれば父が娘を殺さなければならなかった理由も理解できる気がした。目に見え体の内に宿る“珠玉”を探し出すために多くの女性が亡くなったということだろう。

 ところが朱院は首を振り、俯いて否定の言葉を何度か繰り返した。

「父には……伝わらなかったのです。目には見えど、“珠玉”とは私たち自身であること。内に何もないと知った父のことを思うと、私はこの『役目』が呪わしく感じられて……でも清院は違った」

 苦しそうに胸元を抑えていた彼女が引き締まった顔になる。

「清院は同じ定めのもと生を受けました。彼女は強気で美しく、『役目』の為に尽くす真の姫でした。上皇様はとくに可愛がられて……」

 そこまで話すと、突然思い出したとでもいうように彼女はこちらを見る。

「清院に……お会いになられましたか?」

 こわごわ、というように窺う視線。梅都まで真剣に見てくるので少し引きながら答える。

「ええ。雪のように白い髪で語尾に“じゃ”とかつけるあなたと同じ背格好の方でしたら」

「……さようですか」

 なんだかしっくりこない微妙な反応で朱院は首を傾げる。そして間を置いて理解したというように両手を口元の前で組んだ。

「清院は分家筋の出自なので、幼い頃から宮へ上がるための教育を受けていたようです。ふふ、彼女は褒められるのが好きなんです」

「そうみたいですね。とても嬉しそうに帰って行きましたから」

 懐かしそうに微笑んで、それから清院のことについて楽しそうに話し出す。清院の方は朱院をあまり快く思っていない印象だったが、彼女はそうではないのだろう。もしくは同じ境遇者としての感情なのかわからないが、わりと仲は良かったという気がした。

 話に区切りがつきお茶を淹れなおそうとすると、梅都がこれから仕事だということで立ち上がる。

「そういや染、朱院さんは……」

「大丈夫ですよ。私の方で責任を持ってお預かりしますから」

 そう言うと朱院は一気に輝くような笑顔になり、梅都はそれに少し衝撃を受けたようだが「そっか」と呟いていつものように細かく注意などを話し帰って行った。

「その……よろしくお願いします」

 きちんと正座で頭を下げる朱院に思わず笑ってしまう。礼儀正しいといえばそうなのかもしれないが、なんだかくすぐったい気がした。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。このような所で申し訳ないですが」

 髪飾りがほどけてしまうのではと思うほど首を振り、笑顔な彼女を見て同じように自然と自分も笑んでいた。




「染祀様が清院にお会いになられた時……彼女の半身の方もご一緒でしたか?」

 梅都が帰ってお茶を淹れなおしていると、ぽそりと彼女が呟いた。気になるのは当たり前だろう。

「ええ……それも知り合いでした」

「苦手……なのですか?」

 言い方の少しの感情も読み取る彼女に驚きながらも微笑む。

「あの……梅都様もそのときご一緒だったのでしょうか」

「いえ。なにか?」

「気のせいだと思うのですけれど……微かに彼女のにおいがしまして」

 軽く首を傾けながら話す朱院。“におい”と聞いて、先日夢次と清院と別れた際の仄かな香りを思い出す。近づかないとわからないごく微量のものだが、いわれてみれば人工的ではなくどちらかといえば自然にあるにおいだった。刺激的ではないのに鼻に印象深く残る。

「“におい”でわかるものなのですか」

「はい、それが私たちと人を見分ける唯一の方法ですから」

「では清院殿は、朱院殿のにおいで私があなたの半身だと気づかれたのでしょうか」

「おそらくは」

 強く頷く彼女を見て溜息を吐く。最初からお見通しだったというわけだ。

 そして逡巡した後、やはり彼女にも説明しておくべきだと口を開く。

「朱院殿。梅都から清院殿のにおいを感じたと申しましたね」

「ええ」

「間違いではありません。梅都は清院殿のものへ幾度か足を運んでいるようです」

「どういうことでしょうか」

 話がただならぬものだと察したのか、朱院は居住まいを正しこちらに向き直る。改めて 向かい合うと気まずい気もしたが話さないわけにもいかず、言葉を選びながら慎重に説明する。

「清院殿の半身でいらっしゃるのは、私の実家と同業者の梅納寺夢次様なのですが……梅都は仕事柄、梅納寺へはよく通っているようです。どうやら大層懇意にされているとか」

 実際は染め師ではなく間者、情報屋としてなのだがそこはややこしくなるので省きおおまかに事をまとめる。

 朱院は顔を伏せ「そうですか」とどこか力なく呟いた。

「今日はあまりお天気が良くないですね」

 朱院は立ち上がり、窓を開けるとどこか遠くを見てぽそりという。

「まぁ。でも少し雲が多いくらいですから、雨は降らぬでしょう」

「荒れそうです」

「え?」

 どこを見ても綺麗な青空。たしかに雲は多いが雨雲ではないし雨の気配もない。

 朱院の横顔を見つめるがあのやわらかな表情もなく無機質に、ただ外を眺めているだけだった。




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