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第03話 「Speculation」 ~「自称」が抜けてます。




「……受けるかな? あっさり帰ったけど」

「グギギギギ……我らがここまで赴いてやっておるというにギギグ……、一度帰るなどあり得ぬ! イシュよ、大丈夫なのだろうな!?」

「別に心配ないでしょ。腐っても元勇者、無辜の命を救うのです……なぁんて言われれば必ず受けるわよ」

「あの誓約という術は少々厄介な物に僕には見えたんだけど」

「そうね。あの子たちが何処まで勘づいているのか分からないけど、何か捩じ込んで来るでしょうね。でも、どちらにしても結果は変わらないわ。精々私達の為に働いてもらうだけよ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 某大学の敷地内、学生寮の一室


「ん……? んむぅ……ぐぅ」


 晶の朝は遅い。講義やバイトの無い日には昼までベッドから出ない事もざらにある。

 昨晩から点けっぱなしのテレビでは、お昼の情報番組が始まっており、午後二時をとっくに回っている事を伝えてくる。


 『~うで今年も残す所、後二日となりましたが! 今日はなんとスタジオに! 今、世界が注目する、東京SeaSOLIDの統括管理を、なんと一人でこなしてしまう! 噂の人工知性体、アマテラスさんにお越しいただきました~!」


 素晴らしいタイミングで、スタジオの観覧客達から拍手が巻き起こる。カメラのフレーム外では手慣れたADが絶妙な合図を出しているのだろう。

 甲高い女性アナウンサーの声は寝起きには少し耳障りだ。


『アマテラスさん! 今日はズバズバーっと質問させて貰いますのでよろしくお願いしますね~!』

『はい。こちらこそ』


 五十年ほど前からに急激に研究が進んだ立体映像システムは、黒髪の綺麗な女性の凛とした表情まで精緻に投影している。

 親しみやすさを優先したのか外見は十代後半。艶やかな黒髪を後ろで結わえ、巫女装束を現代風にアレンジされた様な服を着込んでいる。

 感情を持っているという触れ込みを何処かで見た記憶が有るが、元々無表情なのかテレビ出演自体が嫌なのかは分からないが、その表情はどこかぎこちない。


『きゃあーすごいですねー、この滑らかな音声と反応! はいッ! 早速なんですが、アマテラスさんは普段どのようなお仕事をなさる予定なのか、また現在の建設の進み具合、アマテラスさんオススメの見どころなんかも是非聞かせて頂けますかー?』


 スタジオの中心に大きなSeaSOLIDの概略図が投影される。


『分かりました。ご説明させて頂きます。環境自己完結型人工浮体都市SeaSOLID建造計画、通称、東京SeaSOLIDプロジェクト、またはTSAPティーサップと呼ばれるこの計画は、海面上昇、人口過多、陸上資源の枯渇、海底資源の更なる高効率利用など、世界の抱える多くの問題を解決する為、日本に加えて米台印の三政府と、ドイツ、オーストリアなど一部の企業も参画する合弁事業として2055年にスタートしました……」


 広報用資料を読むかのごとく淀みなく説明を続けるアマテラス。


「……着工から七年が経過した現在、上層の研究開発区域と宇宙開発を行う特殊な区域を除いてほぼ完成しています。高度に自動化された各種プラントと、複数のエネルギー供給系統を内包し、自己完結型アーコロジーの名に恥じない物になっており、私の主な業務はこれらの……』

『すいません! ちょっと良いですか?』


 よく通るアマテラスの音声を遮ったのは、最近良く見かける、自称か他称か、出自も怪しい軍事アナリストのコメンテーター。


『アマテラスさん。SeaSOLIDには竣工後、警察組織だけでなく国防海軍も常駐すると言う話をとあるソースから入手したんですよ。我が国は近隣から核の照準を合わせられている状況ありますし、放射性物質分解除去AMI3ナノマシン……失敬。皆さんには[アマノイワタテ]と言ったほうが伝わりやすいですね』


 無駄にカメラ目線のスマイルに何となくイラッとする晶。


 ――逆効果だろうそれ。


『その、|アマノイワタテの設置には僕も賛同するんですがね? JMDF……失敬、国防海軍の常駐はちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うわけですよ。ほら色々刺激しちゃうでしょ?』

『それらの判断は私には出来かねます』


 そもそも、政治的な要素を、管理用に作られた人工知能のアマテラスに判断できる筈がない。

 だが当の本人はアマテラスに冷たくあしらわれても、困惑顔の司会を無視して、自称専門家は持論を展開し続ける。


『実際、これも独自のソースで公言出来ないんですがね、技研……あ失敬、国防衛省技術研究本部で制作されてると噂になっているカグツチ……失敬、可変パルス誘導型プラズマ射出機の新型まで実戦配備されるんじゃないかって話も聞こえて来ますしねぇ? これはやり過ぎですよ、これ以上隣の友人を刺激してどうするんですか、しかも税金ですよ税ー金! ああ言った閉鎖空間が、危険な実験の便利な隠れ蓑になっているんじゃないかと言うのはもはや自明の』

「テレビオフ」


 登録してある晶の声帯音に反応してテレビの電源が落ちる。


「ふぅー。ソースソースうるせぇ。……攻撃されてもナノマシン撒くだけで我慢しましょうねって? ……何言ってんだこのオヤジ」


 失敬&スマイルを繰り返す男に辟易した晶はベッドから立ち上がって家を出る準備を始める。

 顔を洗い、服を着替えて寝ぐせを直すと、洗面台の下を開け、ダンボールからストックしている新しいヘアスプレー缶を取り出すとビニール包装を剥がす。


「これも箱ごと持っていたほうが良いのかな……ま、類似品ぐらいあるか」


 そこから小一時間掛けてヘアセット。最新のファイバーワックスは固まらず形の記憶性が高い。スプレーからワックスが出なくなる頃には前髪に立派なアホ毛が完成だ。

 今日は昨日、調律者たちに呼び出された五人が集まり、行くのか、行かないのかを決める。

 正直答えは出ているようなものだが、行くなら何を条件にすべきか等などを話し合うのだ。


 集合先は都内近郊のカフェ。そこから霧島夫妻の自宅に向かう予定になっている。カフェまで迎えを寄こすと言われているし、ここからだと一時間も掛からない。

 別れ際に壮一郎氏が自分のプライベート用の名刺を配る機転を利かせてくれたお陰でこうして連絡を取り合えた。並み居る調律者たちに否応を言わせる間も無く回答を引き伸ばした手管てくだと言い、ファインプレーとしか言い様が無い。


 充電していた[N-fon]の本体――楕円形のペンダントトップのような――を首に掛けて保温ジャケットを着れば外出準備完了だ。


「うっし。行くか」


 晶は指先でくるくると軽快に通学用に買った電動スクーターの起動キーを回しながら部屋を出た。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 新東北高速自動車道、上り車線


「お嬢ちゃーん、このままだとオイチャンの車のバッテリー上がっちまうよー?」

「だ、大丈夫! こ、この車は、イ、イオンフラクタルエンジン。今のままでも三日は走れる。あ、あとチップもっと出すから、もうちょい急いで欲しいとか思ってたりする」

「そうなの? それにしても太っ腹だねぇ、オイチャン頑張っちゃうよォ!」


 とあるカフェに向けてスピードを上げる一台のタクシー。


 この開通したばかりの真新しい自動車道は、五年前の法改正に伴って最大法定速度は160km/h、一度車線に入れば運行も基本的には車載AIと道路公団の管理システムが行ってくれるハイテク道路だ。手動運転への切り替えも勿論可能だが、よっぽど急いでいる場合か、走る事を自体を趣味とする人以外に需要は薄いのが現状だ。


 タクシーの後部座席には、眩しい銀髪と新雪のような白い肌の少女、光希が横向きに、それも何故か正座で座っている。

 周りには車内コンセントに繋がれた小型端末数台と共に、スペース一杯に電子ペーパーが散らばっている。表示されている内容は全てSeaSOLID関連の物だ。


「や、やっぱり凄いなこれ…………滾るわ……くっ静まれ拙者の右腕……」


 西暦2062年現在、SeaSOLIDの完成率は80パーセントを超えたと公式発表されている。もっとも、そのパーセンテージは内装工事までを含めた数値なので、実際にはもう完成していると言って良い。


 世界に先駆けた自己完結型アーコロジーの建設は数えきれない多くの有用な情報を世界にもたらした。


 今では、制限付きで一部公開されたそれらのデータを元に、日本の成功例を目の当たりにした諸外国が後追いする形で世界中に幾つものアーコロジー研究、建造計画がスタートしている。


 日本としても伊勢湾沖に弐号を、瀬戸内海に参号、肆号。北海道の安定した平野部にジオフロント型の伍号、と同時に四つの新型アーコロジーを建造する計画が順調に走り出している。

 全て、壱号機のデータを元にして再研鑽され、採算度外視で建造された壱号機より、遥かに安定性の高いローコストな新型モデルだ。


 唯一無二のノウハウを持つ日本に対して他国からも建造の依頼が急増しており、政府内部でも受注するかどうかの検討が進んでいるが、一早くから協力を約束してくれていた台湾に関しては、本島の南西部にSeaSOLIDⅡ型『天堂宣武チェンタンシェンウー』を。アメリカとインドには有償技術支援協力と技術提携を行うことが政府から発表されている。


「ん? ありゃ、お嬢ちゃん。シーソリッドの事調べてんのかい?」


 信号待ちで止まった僅かな間に運転手が後ろを覗きこむ。


「みひゃぁ!? お、おう……。ちょ、ちょっと、し、しし、仕事でな…………!」

「ありゃあ! 嬢ちゃんシーソリッドの技術者さんだったのか! はーっ若いのに大したもんだぁー。……そうかそうかなるほどな! このままじゃ仕事に遅れちまうってところだったのか! こら一大事! ここはオイチャンに任せな!」

「お、おぅ? た、頼むぜおっちゃん!」


(言えね。普段はゲームして生きてるプロゲーマーです、キリッ! とか言えねぇ!)


 一人、後部座席でくねくねと悶絶する奇妙な少女を乗せたタクシーは、制限ギリギリまで速度を上げて目的地へひた走る。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 東京湾の海上に浮かぶSeaSOLIDと横浜市内を海面下で繋ぐ強化グラスファイバー製のチューブトンネルを、大きな二輪車それも今時珍しい内燃機関バイク――ハーレーダビッドソン・ツーリング2021年モデル――が疾走している。


 ハンドルを握っているのはこれまた大柄な大和。目指す場所への最短経路は既に頭にダウンロードしてある。


 自身の身体に近いからなのか、機械に強い愛着を持ち愛でる癖がある大和は、このアンティークバイクも購入後は自分だけでレストアして乗り続けている。


「コイツとも暫くお別れやな……」


 翌日、などと言う、とんでもなく急な特別休暇申請書は、大和が拍子抜けする程すんなりと受理された。


 庶務担当の口は重かったが、どうやら、あの壮一郎という男が手を回してくれていたようだ。これほど迅速に自衛軍に口を挟めると言うことは相当に太いパイプを持っていると言う事に他ならない。

 口が立つだけの優男ではないのだと、大和は壮一郎の評価を上方修正する。


 このアクアラインはまだまだ民間車両は通らないし、工事用車両とて年末のこの時期になったら殆ど通らない。

 どうにも単調極まりない景色の中、一人バイクを走らせるとついつい思い出してしまう。

 忌まわしい記憶と、それほど欲しくもなかった全身義体。


 当時の弓削大和は取るに足らないただの新米海兵だった。

 親との折り合いが悪く、関西の実家を飛び出して自衛軍に滑り込んだ大和は、無難にテストをこなし、問題なく教育隊に配属された。

 そして前期教育隊訓練が終わった頃、同期の隊員たちの前で突然光に包まれて消えたのだ。人工星界ノヴァウェイという異世界に召喚されて。

 どうせ連れて行くなら習志野辺りからもっと屈強なレンジャーでも連れて行けよと、自分の運の無さを本気で恨んだものだ。


 全身に仕込まれた大小な様々な兵器と、地球の技術力を集結しても再現出来ないコンパクトな高出力融合炉。そして解析が一向に進まない未知の金属骨格は、アクチュエータと称される人工筋繊維に幾重にも包まれている。

 タンパク質を元にナノマシンが自動再生してくれる人工皮膚を除けば、極めて小さい脳幹部以外に生来の有機物は残っていない。

 そんな体になった事で、新兵の頃に憧れていた国防海軍の花型部隊、特殊警備隊へと配属されたのは因果なものだと思う。


 そんな状況に追いやった張本人でもある、調律者達の依頼とやらを、その場で断り切れない甘っちょろい自分にもほとほと呆れが来る。


「でも、いつまでもモルモットやってんのも、なんかなぁ……」


 大和の体を研究材料に出来るおかげで、日本の義体化研究は飛躍的に進んでいる。

 おそらく軍に残り続けて潤沢なサポートを受けられる限り、幾らでも生きられる――いや生かされ続けるだろう。不要と判断されるその時まで。


 調律者や、人の人生を狂わせる事に何の躊躇ためらいもない奴らへの憎しみは簡単に消えるものではない。

 しかし、ここは一つ話しに乗ってやっても良いかもしれない程度には思っている。


 どうせ、公式記録上は脳死と判定され、戸籍も代わり、親類縁者との接触も断たれている自分は天涯孤独の身の上なのだ。


「……あ、そうやん。……今度は独りちゃうねんなぁ」


 今度は一人ではないのだ。その事がだけが大和の心を少しだけ軽くしてくれる。


 自分に言い聞かせる様に呟いた言葉は、ヘルメットの中でくぐもって、まるで他人の囁きのように聞こえた。



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