第02話 「Imbalances」 ~どっちが付属扱いだよこれ。
魔法、魔道、魔術、妖術、仙術、マギ、錬金術、法術、巫術、幻術、法力、魔導、エトセトラエトセトラ……。
その世界や地域によって細かな差異が有っても、世界を循環する”マナ”というエネルギーを用いるという点でこれらは共通し、根本を同じくする技術で、殆どマナが表層に現れない地球では発展しなかった技術体系だ。
これらの技術を利用すれば、対象の肉体と魂をセットで人為的に次元を越えさせて”界渡り”をさせる事、いわゆる異世界召喚が可能になる。
世界のズレを修正する為、あるいは今後起こり得る乱れを未然に防ぎ世界のバランスを取る為の措置として調律者が行うこともあるが、こちらは神々の力による強制転移だが似たような物だ。
実行者や使用する力の形式に差はあれど、多世界間の転移などという現象は日々日常的に起こっている。
しかし。
その実は、現地で死んでいく者が大半を占める。
そもそも転移後の再構築が正しく行わなかった者。
転移先で濃密なマナを急激に吸収しすぎた結果、体が結晶化して崩れ落ちる者。
現地民や野獣などに襲われそのまま命を落とす者。
何より根本的な死因となるのは、違う世界、違う言語、違う生活様式、違う価値観、違う宗教等、精神面が一番大きなウェイトを占めていると言っていい。
運良く転移直後のパニックを生き残った者でも、その理不尽さ、孤独や諦観に苛まれ、やがて朽ちるように死んでゆく者が非常に多い。
転移して生き延びれるかどうかは、どれだけ素早く新しい環境に適合出来るか、に言及する。
だが、当然それは大多数の者に取ってそれほど生易しいものではないのが実情だろう。
そんな中で、ニホン人と呼ばれる地球種の異世界適合率は群を抜いている。
それこそ移り気で気まぐれな調律者達の間で、度々話題に挙がるほどに。
ヒルメギヌスも日本人に詳しい一人だ。
漫画やゲーム、アニメ、ライトノベルなどの文化を生み出し続けるサブカル大国である日本。そしてその若い世代は、それらの媒体から”異世界転移”という事象への簡易的な知識と、擬似経験を取得している。勿論個人にも拠るが、”異世界に行ってみたい”と言う、ある種の羨望すら持つ者もいるのだ。
これは、界渡り、すなわち異世界への転移に対し、もしあったら行ってみたいなぁ。と言う、ある意味で|事前の心積もりをしている(・・・・・・・・・・・・)人の比率が高いという事。
また、日本人は宗教観も雑多だ。
結婚式は教会、または神式で行なう。
クリスマスを祝い、大晦日には近所の寺社仏閣へ出かけ、直後の元旦には神社へ参拝する。子供が生まれると神社にお参り、死ねば寺院で葬式を行なう。自衛軍の大和なら神式だ。
受験の時には太宰府天満宮の菅原道真。商売繁盛を求めるなら西宮神社の恵比寿様。子宝を授かりたいなら全国各地の鬼子母神にと、祈りを捧げる神ですら、その時、用途や願いに応じてケースバイケースで使い分けているのが日本人なのだ。
この辺りの感覚は一神教を信仰する人からすれば到底理解できないだろう。
何にでも神が宿っているなどという諸国から見れば眉唾ものな民間信仰は、2062年の今でも息づいており、特定の宗教に傾倒している人間は圧倒的に少数派。
だからこそ異世界に飛ばされた際、「あなたが信じていた神なんてホントはいませんでしたー」などと言われても、修復不能な傷を心に負う事が日本人には少ない。
更に、それだけではない。
多様な世界から見ても、比較的高水準の教養レベル。
非常時でも列に並んで順番を守るような、遺伝子レベルで刻まれた忍耐と協調性。物質文明から切り離されても、無ければ作ればいいじゃないと言わんばかりの発想と手先の器用さ。
ここまで適した条件を兼ね備えた日本人だからこそ、突然の理不尽にも耐え、地力を蓄えて故郷に帰還するまでに至っているのではないかと、ヒルメギヌスは考えている。
「あー。元勇者、それも帰還できるぐらい転移慣れしてるのが理想的。んでも新人にチート授けて連れてっても適応出来るかは分からないし、化獣? 対策にもすぐ戦えるオレたちが丁度良い……って事っすか」
「ええ、その通りです、あなた達が習得してきた術や戦闘技術などは高得点。だからこそ数多の世界の中からあなた達が選ばれたのですよ」
「……そりゃどーもっす」
イシュの言葉に力なく相槌を打つ晶。
実際、なんの訓練も受けていない人間が、いきなり強力な銃を持ったとして。例えその使用方法を理解していたとしてもも、戦うどころか自分の身を守る事も厳しい。
本来、殺し合いとは、まともに意思疎通も図れない様な相手が、自分を殺す事を最大の目的に、あらゆる手段で襲ってくるものだ。
そんな環境では普段通り体を動かして生き延びるだけでも、それなりに経験がないと難しいと言わざるを得ない。
突然、晶の横に座っていた光希が手を上げた。説明の間に牛丼は食べ終わったらしい。
「ヒ、ヒル……ヒルメせんせい! 拙者も質問!」
「先生……? ……どうぞ」
ヒルメギヌスは僅かに眉根を寄せるが、律儀に答える。
「レ、レアなジョブとかは無理としてもー、こ、固有スキルとかー、ステ振り的なのってどうなの? み、みたいな? ぶっちゃけ今の拙者達って普通の人とそこまで変わらないし、ファンタジーな所なら色々スキル的なの使えないと、コレ詰みゲーじゃね? 的な?」
光希の言うことも当然だ。彼ら帰還者達の身体能力は転移前と大差が無い。一部、言語能力の強化などは消えずに残っているが、マナの存在が希薄な地球に戻った際、強力な術やスキルは軒並み消えている。
このまま異世界に飛ばされれば、いくら豊富な経験が有ったとしても厳しい状況に変わりない。
「能力の全てを最盛期に戻せ。と言うのは不可能です。隔てる物が多すぎます。ですが、各人一種に限りこの場で我々の裁量に置いて戻しても良い、と決めていました」
「ほっほー。でも向こうってマナ無かったんじゃ?」
「現地に赴いて頂いた場合、該当する魔法やスキルを利用する際のマナは私自身から供給します」
「んー……あるぇ、フォイラインには干渉出来ないって……」
「他の世界からの来訪者にはある程度関われます。マナの受け渡し程度であれば問題ないでしょう」
「ほっほーう。ふむふむ」
神からマナを供給されると言うことは、実質使いたい放題の技を一つ持てると言うことだ。
「この後、各自調律者に還付を希望する能力を一つだけ申し出て下さい、ただしこの話を受けて頂けなかった場合は全ての加護を消滅させる事になるでしょう。そして大きく減ったとは言ってもフォラインにはこの地球よりマナが存在しています、他の術やスキルも、多くを求めない限りその内使える事でしょう」
「ほっほーぉ、おk把握した。つ、次、し、仕事の対価は? い、異世界まで連れてかれて年単位でタダ働きとか! マ、マジどこのまぐろ漁船状態だし!」
既に色々な物を見聞きし、その身を持って体験して来た、晶や光希達に取ってみれば今更、異世界に行くメリットは薄い。
「やり遂げて頂いた暁には何か一つ、私から新たに悠久の加護を追加しましょう。まだそれぐらいの力はありますので」
「な、なん……だと……それ、なんでもいいの?」
「…………可能なものであれば」
「くぅあぁッ! 地球に居ながらスキル持ち! なんという胸アツ、なんという厨二! ぐっふぇイイヨー凄くイイヨー」
気持ち悪くニヤける光希は、なにやら一人で妄想に耽っている様で、手遅れ感が凄い。答えるヒルメギヌスも若干引き気味だ。
「あーっと。俺はどうなるん? 今まで魔法やらスキルやらは使えた試しがないんやけど。一人だけ何も無しとか寂しいわー」
人工星界ノヴァウェイは地球に輪をかけた科学信奉が浸透している世界だ。
高度に発達した科学技術に魔法が入り込む隙など無く、その身に内蔵された数多くの武器を使って大和は異界の戦場を戦い抜いてきた。
その技術力はもはや発達しすぎて魔法と見紛うレベルだが。
「……確かに平等ではありませんね……。それではあなたはギリアギヌス殿と相談して下さい」
「うえッ!? いらんこと言わんかったら良かった……」
「グゴオォッ! 我とて貴様と言葉など交わしたくはない!!」
「俺は二度と会いたくすら無かったわ!!」
なんとも言えない空気の中で、一人思案を巡らせていた壮一郎が、さらりと話しだす。
「それではイシュ様。私は[誓約]の還付を希望します」
「…………誓約……ですか。ソウイチロウ、もっと攻撃などに利用できる物を選んでいたほうが良いのでは無いですか?」
イシュの顔から僅かに笑みが引く。
「いえいえ、僕が個人で使える攻撃魔術なんて高が知れてますので、誓約で十分ですよ。それとですね、お話を受けさせて頂くかどうかも含めて、我々で検討させて頂いて、後日あらためてそのご報告と[誓約]の場を設けさせて頂くと言う形でも宜しいですか。この歳になってもまだまだ小心者で……いや、お恥ずかしい」
照れたように頭をかきながらも、一挙一動を見逃すまいとイシュを観察する壮一郎の視線は鋭い。
「は? 後日……ですか」
(この腐れ狸がッ。いったいどの口が小心者など言うのだ!)
イシュは内心で毒づく。
今日この場に呼び出した人間五名は変わり者だが、過去に転移した先で勇者などと呼ばれ、己の使命を十分に全うした後、得た力を以って強引に地球へ帰還した猛者中の猛者だ。
転移は、上位世界から下へ降ろすのは比較的簡単だ。
だが下位世界から上位世界には途端に難しくなる。地球は様々な多世界の基礎となっている数の少ない上位世界なのだ。他の世界から地球へ戻ることは至難の業と言える。
脆弱な人の身で、二度に渡る転移を耐え――それも帰りは下から上に逆行して――純度の高まった彼らの魂魄。
その表面には、仮にも勇者に選出されるだけあって優しさや強い正義感が。だが内面には豊富な戦闘技術と過酷な場で生きる残る為の狡猾さが渦巻いている。
初めにモクレノギヌスが言っていた、『調律者をも恐れない』と言うのはある意味、紛れも無い事実だ。
直接的な武力には優れなかった壮一郎とて、召喚された矢先から卓越した辣腕を振るい、単一国家での大陸平定へと僅か四年で漕ぎ着けた。
当時の壮一郎を支えた、傾国と称された程の美貌と知略を兼ね備えた稀代の皇女ルクレシアと共に、時が過ぎたイスラルテリア界でも今だに称賛され続ける。つまり本物の英雄なのだ。
だが、これだけの調律者を前にして、真顔で「返事は後日で」などと言い出すとは、流石のイシュも想像していなかった。
「…………ええ、勿論構いません。考える時間は必要ですものね。方々もそれで良いでしょう?」
仕方なく頷く他の調律者たちを尻目に、イシュは煮えくり返る内心を隠して、にっこりと穏やかに微笑む。
「いやぁ、ありがとうございます、無理を言って申し訳ありません。……ええと、君たちもそれで構わないかい?」
「え、あ、はい。オレは大丈夫っす」
「お、おう。拙者もおk。コッ、コミュニケーションは、大っ事だからなッ」
「ここまで聞いてもうたしなぁ……俺も構へんよ。休暇申請通るかが問題やけどな」
「良かった良かった。先走っちゃったかと思ったよ」
「うふふ、じゃあ決まりね。ねぇアナタ、若い人って何が好きなのかしらぁ?」
「ふむ……。やはりお肉じゃないかな」
「そうよねぇ! じゃあ、私帰ったらお肉屋さん行って相談してくるわねぇ」
などと宣う夫妻の頭の中では、調律者に返事をせず持ち帰って検討するどころか、晶達を自宅か何処かに呼んで食事を振る舞うことまで既に確定しているようだ。
「……他に聞きたいことはありますか? 無ければ……」
「んおぁ! ま、待って、も、もも、もう一個質問したい、種類、約二万とか言ってたケド、良く考えたらそんなに何処にほ、保護すんの? みたいな? だ、だってさ? 場所とか、人手とか、お、お金もすっごい掛かると思うし? やっぱコ、コレ無理ゲーじゃね?」
「……確かになぁ。そこの白い嬢ちゃんの言う通り。数万に及ぶ生物と複数の人種。そいつらの身の安全と健康を確保出来るだけの広さを持った堅牢な拠点。こんなん相当難儀やで」
意外とまともな懸念を示す光希と、肯定する大和。
「し、しし白いの言うなし! ど、どうせならホワイトデビルとかの方向でお願」
「そうだねぇ、僕らが不眠不休で守るにしても限界が有るし。イシュ様、目標を達成するには些かハードルが高いと思うのですが」
光希の妄言を遮りつつ、壮一郎も同調する。
「えぇえぇ。勿論、そう仰られるだろうとは思っていました。だからこそ、今日この場にお呼びしたのですよ。私達としては……”アレ”をお借りしようと考えています」
イシュが指差すのは足元。
不可視の床をすり抜けて、イシュの指先を目で追うと、霞の奥に薄っすら見える東京湾…………に浮かぶ巨大なピラミッド。
「え、え? いやいやアレっすか? 最近テレビによく出てるアレ? いやいや、さすがにキツくないっすか?」
「私とて一人では難しいでしょう。既に大きな力を持つ惑星フォラインですが、先程ヒルメが言ったように他世界の物質への干渉は出来ませんから好都合なのです。これはあなた方の民族が作り上げた物なのでしょう? ……人の身で創りあげたにしては中々に立派な物、この際お借りしようと思うのですよ」
「……本気で? いや、アカンやろアカンやろ。あそこ俺の職場やねんけど」
「まさか、その為にこの地に五人も集まられのですか?」
「そ、そうよねぇ……さすがにこれはねぇ……?」
「展開パネェっ、マジワロスww」
驚く五人を見ると、やっと一矢報いることが出来たイシュは、してやったりと口角を持ち上げた。




