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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
復活と村救出編
12/22

温度差と静けさについて

大人達と子ども達の甚だしい温度差。

どちらの温度も俺としては喜ばしく無いが、取り敢えずは簡単な挨拶をしようと口を開いた瞬間、遮るように声を発したのはアニエスだった。


「村長。アキト様は見ての通りあちこち怪我してるんです。お呼びになるのは治療をしてからじゃダメですか?」


「怪我を?」


じろりと瞳を動かす村長。既に薄暗くなりだした状況で、改めて俺の身体を観察する。

そしてすぐに怪訝な表情を浮かべた。


「勇者様となれば怪我も少なくなかろうが……」


俺の酷い姿に気づいたのだろう。

見える限りでは痣と軽度の擦り傷、切り傷のみ。とてもじゃないが、戦いの末の勲章と誇れるものでは無い。

しかも身に纏うのはボロけた上下服のみときている。旅装どころか防具や武器もないのだ。

周りの大人達も気付いたのか、不信気な空気が一層と深まる。

いや、確かに勇者じゃないんだけどね、俺。

いっそ違うと表明したいが、そうするとアニエスは光線(レイ)について話すだろう。

俺が光線(レイ)をひた隠しにすれば、誤解だったで済むかもしれない。

しかし見捨てないと言った事とアニエスの涙が引っかかって、言葉が出てこない。


「……まぁ良い。ブシュラ、勇者様の治療を頼めるか?」


「はい」


「それとーー」


チラリと俺を見て、村長はアニエスの母、ブシュラさんへ耳打ちする。

警戒も不信も既に隠す気は無いらしい。


「……それでは勇者様。お怪我の治療を致しますので、一旦我が家に」


「宜しくお願いします」


「アキト様、一緒にこの子の名前を考えましょうね?」


横に立ち、竹籠を上げるアニエス。その中には、野草を寝床に二尾のリスが寝息を立てていた。


「静かだと思ったら寝てたのか、こいつ」


命の恩人が冷たい視線に晒されていたというのに。


「この香草には気持ちを落ち着ける効果があるって言われてますからね。きっと気持ち良かったんですよ」


歩きながら、アニエスはあーだこーだと名前を考えている。


「アキト様の飼いエキュルなんですから、もっと一緒に考えて下さいよ。さっきから私しか名前出してません」


「別に何でも良いよ。罠を外しただけで、飼ってるわけじゃ無いし」


「あんなにアキト様に懐いてるのに、やっぱりアキト様って冷たいです」


アニエスは頬を膨らませるが、本当にどうでも良い。

エキュルーーリスの事だろうーーだって未だ先の展望が開けない俺といるより、住んでいた森に帰した方が良いに決まってる。


「……光の魔法をお使いになった時はもっとお優しい方かと思ったのに」


「ちょ、アニエス!」


「……何ですか? 名前考えてくれました?」


そこじゃねえ!

思わず突っ込みそうになるが、ブシュラさんと目が合って黙り込んだ。

ブシュラさんの表情が硬い。そしてきっと、俺も同じ様な顔をしているのだろう。


「……アニエス。エキュルの名前はまた明日にしなさいな。それよりも、荷物を置いたら村長のお宅に行って、準備を手伝って来てくれる?

アキト様、我が家です。どうぞ」


表情を解かしたブシュラさんに導かれるまま。家の中へと案内される。

アニエスが文句の声を上げていたが、心配させた罰だとの言葉に、ぐうの音も出ないようだった。


「服をお脱ぎになって下さい」


アニエスの足跡が遠ざかるのを待って、ブシュラさんは言う。


「……脱がなきゃ駄目ですか?」


「治療ですので。脱ぎ終わったらこの布で汚れを落として下さい」


おばさんとは言え女性を前に服を脱ぐのは抵抗があったが、変に抵抗するのも面倒臭い。

服を脱ぎ、濡れた布を使っている間にブシュラさんは壁棚から壺を持って来ていた。

蓋が外されると、青臭さが鼻を突く。


「薬ですか?」


「ええ。私は大した魔法も使えませんから。薬を塗って、魔法で治りを早くするんですよ。これくらいの傷なら……二日もあれば消えるでしょう」


言って、彼女は薬を手に取ると、俺の身体へと塗り始めひら。

ぬるく、粘度のある感触が肌を走る。痣には擦り込む様に、傷にはなぞる様に。

その都度何かが呟かれ、触れた部分の熱が増した。


「……光の魔法をお使いなったと、あの子が言ってましたが」


……来た。

何れは言わなければならない時が来ただろうが、せめてタイミングは自分で測りたかったのに。

アニエスを口止めしなかった俺のミスだと項垂れた。


「事実です」


「そうですか……終わりです。少し待ってから服を着て下さい。その頃には、あちらの準備も整うでしょう」


「ありがとうございました」





暫くして、服を着た頃にアニエスがやってきた。ブシュラさんの予想的中。

入れ替わる形でアニエスを残し、ブシュラさんと村長宅へ向かった。


「ようこそ」


辿り着いた家屋。通された部屋には、四十人ばかりの男衆が向かい合う列を作って座っていた。


「どうぞ、お座り下さい」


勧められた席は村長の対面。左右両前方に二列ずつ男達が並んでいるので、距離は遠かった。


「改めて、来訪を歓迎致します。私は村の束ねを務めておりますアロイスと申す者。お見知りおきを」


「アキトと言います。この様な席をご用意して頂きありがとうございます。私の事は、どうかアキトとお呼び下さい」


互いに頭を下げる。他の人々は沈黙を貫いていて、衣擦れの音一つとしてない。漂う緊張感に喉が渇いた。


「ここに居りますは村内の主だった男衆です。年若い者は呼んでおりませんが。

さて、話は飲み食いの中でもできましょうし、先ずは宴をお楽しみ下さい」


アロイス村長の一声で、食事を持った女性達が室内へと流れ込むように入ってきた。

それぞれに卓が置かれ、日本食に似た料理が配膳される。

旨そうだったが、食欲は無かった。

村長の元へはブシュラさんが配膳をしている。


「精霊の加護に感謝を」


女性達が室内から消えてから、杯を掲げる村長。周りに倣って、それに続くと口を付けた。

茶の一種か。独特の苦味が口に広がる。


「どうぞ、遠慮なさらず手を付けて下され」


全く食欲は無いが、無理に料理を口に運ぶ。粥と野草のおひたしは、日本のそれより随分と薄味だった。

室内を、食器の触れ合う音だけが響いた。


「……アキト殿は村の状況をご存知ですかな?」


「簡単には。野盗が出て、亡くなられた方がいたと」


「そうです。亡くなったのはアニエスの父親で、若くして村の長を務めておりました。

子の無い私はにとっては息子のような男でしたが、逝きました。

故に引退していた私が急遽村長を任されています」


「アニエスの……そうでしたか」


そんな事は一言も言われなかった。

悲しそうだったけれど、取り乱す事もなかった。

アニエスが『勇者』を見出して泣いた理由の一端を見た気がした。


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