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一日百善されば三膳  作者: お腹弱い虫
復活と村救出編
11/22

幼き歓声と当然の疑惑について

見捨てはしないという俺の言葉で溢れんかりの輝きを映し出した瞳は、結局更に濡れる事になった。


「……すみません」


十分くらいは掛かっただろうか。対面に座る彼女が伏し目がちに呟くまで。

泣き明かして、未だに吃逆(しゃっくり)も止まらない。

気恥かしい。

気まずい。

正面に見えるつむじから、そんな声が聞こえた気がした。


「気にしなくて良いよ」


可能な限り優しく告げても、彼女は益々顔を俯かせるばかりだ。


「本当に」


追い打つように言葉を重ねて、ようやく彼女は小さく頷いた。

実際、気にしてない。

そりゃあ女の子の涙に戸惑いはあるけれど、その間に身体を休められた事は単純にありがたかった。

勇者云々の話の中、意識の外に追いやっていたものの、身体中の痛みと火照りは依然として存在している。


「村のみんなにも言われるんです」


「何を?」


「泣き虫だって」


「だろうね」


出会いを喜んで泣き、見捨てられると絶望して涙を流し、最後には安心から泣き枯らして目蓋を腫らす。

短い間でこれだけ。俺だって首肯する。


「……意外と勇者様って意地悪ですね」


ようやく顔を上げたかと思えば、尖った唇が現れた事に苦笑する。


「アキトで良いよ。俺の名前。勇者様じゃ堅苦しい」


「そんな! 勇者様を名前でお呼びするなんて恐れ多いです!」


拗ねた態度は何処へやら。バタバタと両手を振る彼女に苦笑は深まるばかりだ。


「でも俺、勇者じゃないからさ」


「何でそんな嘘をーー」


言い掛けて、彼女はハッとしたように眼を見開いた。


「……何か深い理由があるんですね」


「いや、ないよ?」


「……大丈夫です。詮索したりなんかしませんから。分かりました。アキト様と呼ばせてもらいます」


「キュ?」


大丈夫? この娘に着いていけてる?

そう聞かれた気がしたので、二尾のリスの背を撫でておく。

大丈夫。正直まだまだ体調悪くてそれどころじゃない。

発せぬ言葉を手の平に込めて。


「……そう言えば君の名前は何て言うの?」


「……! すみません! 私名前言ってなかったですよね!? アニエスって言います!」


少女ーーアニエスはペコペコと頭を下げて、そこで再び眼を見開いた。


「ゆ……アキト様、痣だらけじゃないですか! 何かあったんですか!?」


「うん、ちょっとね。早めに村へ案内してくれたら助かる」


「早く行きましょう! 村に行けばお母さんが治してくれますから!」


治す? 魔法か。

手を引くアニエスに促され、ようやく村を目指して腰を上げた。


道中、アニエスは様々な話をした。

農村の娘と言う彼女は流石に健脚で、都合四度の休憩も、俺の疲労が理由だ。

情けない気もしなくは無いが、体調不良があったのだから仕方ない。

アニエスが話し、俺は相槌を打つ。

流し半分で聞いてはいたが、村の危機については別だった。

村を襲う野盗が現れて、人死にも出たとアニエスは言った。

領主は討伐をしてくれず、困り果てているのだと。


ーー野盗。山野にいる盗賊や追い剥ぎ。


今更反故にする気も無いが、約束するには早まったかもしれない。

異世界に移ったとは言え、俺はあくまで現代日本人。

命の遣り取りの経験なんて乗用車くらいのもの。結果は惨敗だったけれど。

だから、命を掛けられるかと言えばノーとしか答えようが無い。

助けになりたいとは思う。放っておけない。それは本音だ。


ーーせめてギリギリまでは手伝える事を。


精霊様に毎日お祈りをしてたんです、と微笑む鳶色の瞳には村が救われると確信した光があって、俺は自分の半端加減にただ頷くことしかできなかった。




「ただいまー!」


村に着くや否やアニエスは溌剌として叫ぶ。

既に日は落ち始めていて、一日の働きを終え、手が空いていたのだろう。

あっと言う間に老若男女何十人もの人々が、アリエスの元へと群がった。


「アニエス!」


集まった村人の中から、恰幅の良い中年の女性がアニエスへと駆け寄る。

アニエスのお母さんか。

髪と瞳の色、そして面差しも似ている。


「えへへ。ただいま」


「ただいまじゃないでしょ! ちょっと香草を摘みに行っただけなのにこんな時間まで! 心配させないで頂戴……」


「……ごめんね、お母さん」


段々と声を弱めて、最後には娘を抱き寄せる母親。

文句のつけようが無い感動のシーンだが、俺はそれどころじゃなかった。

身体中の痛みと、身体を刺す視線の痛み。

群衆の実に半分近くが、俺を不審気に観察している。


「ブシュラ。安心して早々にすまんが少し良いか?」


しかしそんな視線の嵐も、老人特有の嗄れた声に依って一気に緩和された。


「……村長。はい」


親娘へと一歩踏み出した老人。腰も曲がり、枯れ木の様に痩せ細った村長が、アニエスの頭にポンと手を載せた。


「アニエスや、余りに遅いから皆で探しに行く所だったぞ。どんな理由があるにしろ、心配を掛けた皆に謝らんとな」


優しく諭すその声は、俺がやったそれと違い、慈愛に満ちて聞こえる。

アニエスも素直に頷くと、村人へと向き直り頭を下げた。


「みんな、心配かけてごめんなさい」


「うむ。良い子だ。

それでアニエスよ……あちらの御仁は……どなたかな?」


アニエス越しに俺へと視線を投げる村長。釣られるように、群衆の眼が俺を捉える。

……転生室以来のアウェイ感だ。気まずすぎる。


「村長! 聞いて下さい! これで村は救われますよ!」


喜びと誇らしさを声音に滲ませて、アニエスは俺の横へと並ぶ。


「みんなも聞いて! この方はアキト様! 村を助けて下さるって! アキト様は光の使徒、勇者様なの!」


アニエスの大音声に、ちらほら見える子ども達が歓声を上げた。

一方、大人達からは不信と疑惑に満ちた視線を向けられる。


「……そうか。それなら先ずは主だった者達で勇者様から話を聴かねばならんな」


俺へと歩み寄る村長からは感情の一切が読み取れない。


「このような小さな村へご助力下さり、感謝致します。勇者アキト様。

大した事はできませんが、せめてこの後、細やかながら我が家にてもてなしを」


見上げる瞳が油断無く光る。

居並ぶ大人達の先導者として、この老人は立っているのだ。

疑念と警戒。

当然の事だった。



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