光の使徒と膨らむ誤解について
リスと見つめ合う俺の背後から掛けられた問い。
「……勇者様?」
振り返ると、一人の少女が佇んでいた。
年の頃は十四、五くらいだろうか。
少しくすんだ金色の髪は耳が出る程度に短く切り揃えられ、アーモンドのような眼には鳶色の瞳がはめ込まれている。
鼻梁は決して高くないが、唇と共に形は悪くない。
美人と言うより可愛らしい、愛嬌を感じさせる少女だった。
身に纏う素朴なワンピースと、手に持つ竹籠から、恐らく目的地である村の住人だろうと当たりを付ける。
そんな少女が口にした『勇者様』なる単語。
これが何を意味しているのか、俺は図り兼ねていた。
他の誰かに向けて問い掛けた?
試しに辺りを見回してみれど、目に入って来るのは青々とした草木ばかり。
まさかリスと言うわけじゃあるまいし。
「勇者様……!」
「キュッ!」
呼ばれたの絶対お前じゃねえだろ!
思い、リスに視線を向けると、どことなく誇らしげにしているように見えた。
「勇者様! 良かった、精霊様は私の祈りを聞き届けて下さったんだ……」
祈りという新たな単語に不安を覚え、リスから少女へと視線を戻す。
前後を取られている形なので、どうも首が忙しい。
「良かった……良かったよぉ」
「……へ!?」
何が良かったのかは知らないが、そう口にした少女は感極まったかのように、鳶色の目から涙をポロポロと流し始めた。
膝を折る村娘。
落とした竹籠から、わざわざ摘み集めただろう野草がこぼれるのも気にせず、彼女は泣き続けている。
「勇者様……私の村を助けて下さい」
濡れた瞳。
見つめる先は……俺。
やはり『勇者』とは俺を指していたらしい。何をどう勘違いしたらそうなるのか知らないが、この誤解は早めに解かなきゃ不味いと、俺の勘が告げていた。
「いや、何か誤解してないかな? 俺は『勇者』でも何でも無いよ?」
努めて優しげに、幼子を諭すように語りかける。
だって俺は勇者じゃないし。それは紛う方なき真実だ。
が、そんな簡単に納得するくらいなら感情を昂らせて泣く事も無い。
何かこの娘なりの確信があったからこそ、琴線に触れ得たのだろう。
事実、彼女は首を横に振った。
「いえ。そんなはずはありません。勇者様がどうして嘘をつくんですか? 私を試すためですか?」
やはり。
盲目的にも感じる発言。この勇者誤解を解くのは厄介かもしれない。
俺の何が彼女に勇者を確信させたのだろう。
「いや、でも俺本当に違うんだよ。むしろ君はどうして俺が勇者だと?」
「光の魔法をお使いになったのを見てました! 光の魔法は『精霊様の使徒たる勇者にしか使えない』、ですよね?
私あんなに輝かしい光見た事が無くて……感動しました。これでみんな助かるんだって」
それか!
確かにレーザは光を収束して放つものだ。
拙い事になったな。
もし本当に光線のような魔法を勇者しか使えないなら、この誤解はどう足掻いても解けない。
しかも今後行く先々で同じ様な事態に陥る可能性がある。
だが現状唯一の防衛手段を放棄するわけにもいかないし。
早いところ、魔法か剣の技術を学ぶ方法を見付ける必要があるかもしれない。
「……どうしたもんかな。なぁ?」
「キュッ?」
「お前を頼ってみても始まらないか」
ーーいっそ勇者を詐称してみるのも手か。
村を救って欲しいという事は、何かしらのトラブルを抱え込んでいると考えて良いだろう。
勇者を名乗って歓待を求め、解決できそうなら良し。無理なら逃げる。
上手く行けば魔法の一つや二つは学べるかもしれないし、剣が手に入る事もあるかもしれない。
「……勇者様?」
「……」
「……勇者様、何でお黙りになるんですか? 私が……お、お気に召さないこ、事を……してしまい……ょうかぁ」
ーーやっぱ無理だ……!
思い詰めたような少女の涙声が、邪な策謀を吹き飛ばす。
一日百善で子を扱く家庭に育った俺。
当然ながら、悪行なぞ許されるはずも無かった。勿論小さな悪戯くらいはしたけれど、それも笑い飛ばせる程度のもの。
この状況を利用できるような強かさを持っているはずも無く。
その上、『善行を積むチャンスが落ちてるよ!』という妙なモヤモヤ感が今もまた首をもたげているのだ。
最早脅迫観念に近いだろう。
三つ子の魂百までとは良く言ったもの。ほとんどすり込みによる病気だ。
すり込み開始は三歳じゃなかったが。
「す、すみません勇者様ぁ。謝りますから……見捨てないで……」
「……見捨てないよ。可能な範囲で良ければだけど、約束する。勇者じゃないけど」
「……勇者様!」
「……勇者じゃないけどね」
疲労と不調と先行きの不安から項垂れ気味な俺に対し、彼女は希望を見出した明るさを以って顔を跳ねあげたのだった。