記憶
スマホをベッドに投げつけて、枕にダイブする。うちの高校、バイト禁止だし、口止め料のつもりではあるんだけど、家に誘ってしまった。
南春くん。初めてしゃべったのは、高2の文化祭だった気がする。彼が照明係でうちが白雪姫。
「照明~、ちょっと遅いよ~」ってよく言われてた。その流れで監督が2人で話して照らすタイミング合わせてって言ってきて、それが初めての会話。全く目が合わないし、前髪は長い。でも、冗談には少し笑ってくれたり、内気だけどいい子なんだろうなって印象。
窓際の席で読書かスマホをポチポチしていて、妙に横顔が綺麗だった。
南くんってどんな人なんだろうと思って、機会をうかがってはいたんだけど、いつもすぐ帰っちゃうし、友達もいなそうだから話しかけづらい。だからいつもみてるだけ。
ブレザー、左側にボタンがついてるよ。それ女物だよって言ってあげたかった。
南くんの身長は私より少し小さいくらいで、男の子の中だとクラスで2番目くらいに小さいのかな。私はちょっと大きめの身長だから、余計に小さく見える。
今、大きめって言ったけど、他人に大きいって言われるのは超むかつく。女の子に体のこと言うことがありえない。キモイ。
今日は、シフトが入ってた日だったから、いつもより早く起きる。顔を洗って、髪を可愛くして、目元だけメイクする。
勤務中はマスクするから、バイトの時はいつもこんな感じ。
シフトは、森さんと被ってる。従業員用出入口を開ける。
「おはようございます」
挨拶しても誰も返してくんないのに、みんな挨拶しなかったら返事してくる。意味わかんない。
森さん、セクハラ気質のオジ。
「リナちゃん、彼氏できたの?」
「女の子なのに大きいね~」とか。
笑いながら言えば何でも許されると思ってるんだろうな。
品出し、レジ、陳列。私の仕事はこれの繰り返し。楽でもなければ辛くもない。
成長とかそういうものは感じられないけど、お金が必要だからバイトする。
カスのセクハラに耐えながらバイトする。
ジジイ、たばこの番号くらい言えやと思いながらバイトする。
お金が必要、お金が必要。コスメ、交際費、推し、交通費、服。 可愛くあるためには、たくさんお金を使わないといけない。
入店のメロディが鳴る。 「いらっしゃいま、あ」 南くんだ。
森にレジを変わってもらって、バックヤードから南くんの動向を観察する。アイスコーナーにまっすぐ歩いて行って、吟味。汗でシャツが肌に張り付いてる。このまま外に出たら蒸発しちゃうんじゃないかと思うくらい細い。
今日も耐え抜いて、退勤。 廃棄を選ぶ、お弁当を持って帰っても良いけどカロリーがやけに高くて、いつも小さめのスイーツにする。バイト先から家まではいつも兄が送り迎えをしてくれている。兄は車の整備士をしていたんだけど、上司のパワハラで気が滅入ってしまって、今は家でのんびりしてる。元々、内気な性格だったし、仕方のないことだよね。 兄との車内はいつもこれといった会話はないんだけど、車から流れる兄のプレイリストで良いなって感じた曲の名前を聞くことがたまにある。
家に着く、母も父もお仕事で夜遅くまで帰ってこない。 晩御飯も昼食も朝食も家で食べるときは兄と二人か私一人だった。
狭い家だから、勉強するにも、誰かの視線を感じるし、自分の部屋もないから落ち着けない。
兄はずっと部活やら仕事で家にいる機会が少なかったから、一人でいる時間は結構多かったのが唯一の救いだった。
一人の時間はいつも絵を描いて過ごしてた。昔から記憶力だけはよかったから、歩いてるときに見たお花や空を鮮明に思い出すことができた。それをノートに描く。それが楽しかった。でも、いつだっけな、13歳くらいのとき、学校の委員会決めで私とクラスの男の子が同じ委員会を取り合うことになっちゃって、じゃんけんで決めることになったんだけど、私が勝っちゃったんだよね。そしたら、その男の子が「運もでかいのかよ、デカ女」「お前、男なんじゃね?」なんて言ってきた。私、何も言い返せなかった。運がよかったら、自分の部屋もあるし、大きくなんてなくて、もっと天使みたいに軽やかでみんなをうっとりさせるような女の子に産まれてたはず。でも言い返せなかった。黙って、席に戻っていつも通りの自分を取り戻そうとした。
そうしてると、女の子が寄ってきて、
「なんであんなひどいこといえるんだろうね~」
「りなりん、大丈夫?」
「あんなの無視でいいよ~」って言ってくれた。
かけられた言葉を今でも思い出しては、私が言われたことに対する否定はしてくれないんだなって思う。
その日の帰り道、線路沿いの道脇に綺麗な花を見つけて、帰って早速、ノートを開いて、描いてみる。茎は少し太めで、花弁は白、花の輪郭は思い出せるし、香りや手触りだってわかる。 なのに、絵だけがうまく描けなかった。いつもはこんなことないのに、なんで今日だけこうなるの。こんな日に限ってどうして。私というフィルターが汚くて醜いから、それを通ったものは全部そうなってしまう。本気でそう思えて、前に描いたお花や空、好きな人の顔も気持ち悪くて、破って捨てた。こうするしか、あの日を耐える術がなかったんだと今では思う。
今日も兄と二人で晩御飯を食べる。
「今日さ、バイトの森がさ、前話したじゃん、セクハラの。」
「あいつがまた体のこといじってきやがって、ほんとムカついたわ」
「わかるけど、今、スタイルいい子流行ってない?」
「スタイルがよくて、”顔がかわいい”子ね」
「お前も顔で苦労するほどじゃないだろ」
「お兄ちゃんにはわかんないよ、男だし」
「それはそうだな、わからんかもしれん」
「お兄ちゃん、仕事はいつ再開するの?」
「明日、ハロワに行くから、それ次第だな」
「そか、頑張って」
「おう」
「今日、お皿洗いやってくんない?バイト疲れちゃって、はやくお風呂入りたい。」
「おう」
これが兄との最後の会話だった。




