別れた元カレとの「解約し忘れたペアチケット」が届いた日、私の隣には新しい恋が座っていた
「君といると、息が詰まる」
三ヶ月前、私はその一言で捨てられた。
三年間、尽くして、尽くして、尽くし続けた恋が——たった十秒で終わった。
◇
ポストを開けた瞬間、息が止まった。
『遊園地スペシャルペアチケット ご利用日:来週土曜日』
——は?
なんで。なんでこれが、今さら届くの。
手が震える。封筒を握りしめたまま、私はマンションのエントランスで立ち尽くした。
三ヶ月前に解約したはずだった。いや、解約しようとして——結局、できなかったんだ。あの日、泣きすぎて、頭が回らなくて。手続き画面を開いたまま、スマホを投げ出してしまった。
そのツケが、今になって届いた。最悪のタイミングで。
部屋に戻って、私は封筒をゴミ箱の上にかざした。
捨てればいい。こんなもの。過去の残骸。未練の証拠。
拓海の顔が浮かぶ。整った顔立ち。黒縁眼鏡。穏やかな笑顔。「彩音は料理上手だね」「今日も可愛いよ」——優しい言葉をたくさんくれた。
でも、最後に残ったのは。
「君といると、息が詰まる」
その一言だけ。
——捨てられない。
指が、動かない。
悔しい。惨めだ。なんで私、まだこんなものに縛られてるんだろう。立ち直ったつもりだった。もう大丈夫だって、自分に言い聞かせてきたのに。
このチケットが証明している。私はまだ、過去に囚われている。
「……ばか」
誰に向けた言葉かもわからないまま、私は封筒をテーブルに放り投げた。
◇
翌日、会社。
いつも通りに出勤して、いつも通りにパソコンを開いて、いつも通りにメールをチェックする。
藤宮彩音、27歳。中堅広告代理店の営業職。周囲からは「できる先輩」なんて呼ばれてる。仕事だけは、完璧にこなせる。仕事だけは。
プライベートは——まあ、お察しの通り。
「先輩、なんか元気ないっすね」
声をかけてきたのは、入社二年目の後輩。桐谷蓮。茶髪のマッシュヘアに、人懐っこい垂れ目。八重歯がチャームポイント。いつもヘラヘラ笑ってて、軽くて、チャラくて——なのに仕事だけはなぜかできる。
正直、ちょっと苦手なタイプだ。
「別に。普通だけど」
「えー、嘘っすよ。朝からため息三回、コーヒー飲みすぎ、あとスマホちらちら見てる。何かあったでしょ」
……観察しすぎでは?
「後輩のくせに生意気」
「褒め言葉っす」
にっ、と笑う蓮。八重歯がちらりと見える。大型犬みたいだな、といつも思う。人懐っこくて、距離感がバグってて、やたら鼻がきく。
「で、何かあったんでしょ。俺には言えないやつ?」
「……」
言えない。言えるわけない。「元カレとの思い出のチケットが届いて動揺してます」なんて、恥ずかしすぎる。
でも——
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「……ねえ、来週の土曜、暇?」
蓮の目が、一瞬だけ大きく見開かれた。
「……え、」
「遊園地のチケットあるんだけど。一人で行くの惨めだし。暇なら付き合って」
やけくそだった。完全にやけくそ。こんな誘い方、自分でもどうかしてると思う。
でも——一人で行くよりマシだ。捨てるのは、もっと悔しい。
せめて、使い切ってやる。あの日の約束を、別の誰かで上書きしてやる。
蓮は数秒黙った後、ふっと笑った。
いつもと違う、静かな笑い方。
「行きます」
「……即答じゃん」
「当たり前っすよ」
「なに、予定とか確認しなくていいの」
「先輩の誘い蹴る予定なんてないんで」
「……変なやつ」
「よく言われます」
蓮はそう言って、自分のデスクに戻っていった。
その背中を見ながら、私は首を傾げる。
——なんか今、変な空気じゃなかった?
気のせいか。うん、気のせい。
◇
土曜日。快晴。
遊園地のゲート前。約束の時間より十分早く着いたのに、蓮はもう待っていた。
私服姿の蓮は、会社で見るのとは印象が違った。白Tにデニム、黒のスニーカー。シンプルなのに、なぜかやけに様になっている。身長178cmの細マッチョ体型が、カジュアルな服装で際立つ。
「先輩、おはようございます」
「……おはよ」
なんだろう、この違和感。会社で見る蓮と、同一人物のはずなのに。空気がちょっと違う。チャラさが、薄い。
「今日、なに乗ります?」
「えーと……とりあえずジェットコースター?」
「いいっすね。行きましょ」
自然に横に並ばれる。肩が近い。こうして並ぶと、身長差を実感する。私が160cmだから、18cmも違うのか。
見上げないと、顔が見えない。
ジェットコースターの列に並びながら、私はぼんやり考えていた。
三ヶ月前、ここに来るはずだったのは拓海だった。「絶叫系は苦手だから」と言って、いつもメリーゴーラウンドとか、コーヒーカップとか、穏やかなアトラクションばかり。私はジェットコースターが好きなのに、三年間で一度も乗れなかった。
彼に合わせることが、愛だと思ってた。
「先輩」
蓮の声で、我に返る。
「手」
「え——」
気づいたら、蓮が私の手を握っていた。
「っ、ちょ、なに」
「いや、先輩めちゃくちゃ緊張してるっぽいんで。手ぇ冷たいし」
「そ、それは……」
違う。緊張じゃない。考え事をしてただけ。過去のことを思い出して、勝手に体温が下がってただけ。
「嫌っすか?」
蓮が、少しだけ真剣な目で聞いてくる。
その目を見て——なぜか、振り払えなかった。
「……別にいいけど」
「お、素直」
「うるさい」
蓮がくしゃっと笑う。その笑顔に、なぜか胸がざわついた。
——蓮の手は、あったかかった。
◇
ジェットコースターは、最高だった。
三年ぶりの絶叫。風を切る感覚。内臓が浮く瞬間。隣で蓮が「うおおおお!」って叫んでて、私も思わず声が出た。
降りた後、二人して笑い転げた。
「先輩、めっちゃ叫んでたっすね」
「蓮だって叫んでたじゃん」
「いやー、楽しかったっす。先輩と乗ると楽しさ倍増」
「……何それ」
「本音っす」
さらっと言う蓮。こういうところが、チャラいんだよな。
でも——悪い気はしなかった。
◇
ジェットコースターを降りた後も、蓮は自然に私の隣にいた。
お化け屋敷に入った。私はホラーが苦手だ。でも、なぜか「行ってみたい」と言ってしまった。蓮と一緒なら、なんとかなる気がして。
結果——全然なんともならなかった。
「ひっ——!」
突然飛び出してきたゾンビに、情けない悲鳴を上げてしまう。
次の瞬間、肩にあたたかい重みを感じた。
蓮が、自然に私の肩を抱いていた。
「大丈夫っすよ、先輩。俺がいるんで」
「……っ」
その声が、妙に頼もしく聞こえて。
私は蓮のシャツを掴んだまま、お化け屋敷を抜けた。
出口に出た瞬間、蓮が笑った。
「先輩、めちゃくちゃ掴んでたっすね」
「う、うるさい……」
「可愛かったっす」
「は?」
「いや、なんでも」
蓮がさっと目をそらす。耳が、少し赤い気がした。
——気のせいか。
◇
フードコートで遅めの昼食をとった。
私はパスタ、蓮はハンバーガー。向かい合って食べながら、他愛ない話をした。
「先輩って、遊園地よく来るんすか?」
「んー、そんなには。年に一回あるかないかくらい」
「じゃあ今日は貴重な機会っすね」
「まあね」
本当は——三年間、拓海と来ようとして、一度も来られなかった場所。「人混みは疲れるから」と言われて、いつも延期になった。このチケットは、やっと取れた約束だったのに。
「先輩、ケチャップついてます」
「え、どこ」
「ここ」
蓮が手を伸ばして、私の口元を指で拭った。
近い。顔が、近い。
「……っ、自分でできるし」
「あ、すんません。つい」
蓮が慌てて手を引っ込める。でも、その目は——なんだか、優しかった。
——おかしい。
これ、いつもの蓮じゃない。ヘラヘラして、軽口叩いて、適当にふざける後輩じゃない。
「……蓮」
「はい?」
「今日、なんか変じゃない?」
「変? 俺?」
「うん。なんていうか……優しすぎる」
蓮は一瞬、きょとんとした。
そして、困ったように笑った。
「先輩が気づいてなかっただけっすよ」
「……どういう意味」
「秘密です」
「はぐらかさないでよ」
「そろそろ観覧車乗りません?」
話題を変えられた。
モヤモヤする。でも、追及する勇気もない。
空を見上げると、オレンジ色に染まり始めていた。
◇
ゴンドラがゆっくり上昇していく。
二人きりの空間。向かい合って座る。外から差し込む夕陽が、蓮の横顔を照らしている。茶髪がオレンジに透けて、きれいだと思った。
——きれい?
私、今、何考えてるんだろう。後輩に対して「きれい」って。
「先輩」
蓮の声で、我に返る。
いつもより低い声。空気が、変わった気がした。
「このチケット、元カレさんとの約束だったんでしょ」
心臓が跳ねた。
「……なん、で」
「先輩、酔うと全部喋るんすよ」
ああ——思い出した。
一ヶ月前の歓送迎会。飲みすぎた私は、蓮に絡んで愚痴を吐いた。「元カレがさー」「三年も付き合ったのにさー」「息が詰まるってなにそれー」「遊園地のチケットまで取ってたのにさー」って。
全部、喋ってた。
最悪だ。最悪すぎる。
「ごめん、忘れて。酔っ払いの戯言だから」
「忘れないっすよ」
蓮の声が、低くなった。
顔を上げる。蓮は真っ直ぐ私を見ていた。垂れ目が、今は鋭く見える。いつものチャラさが、完全に消えている。
「……蓮?」
「知ってて来たんです」
「え……」
「このチケット、元カレさんとの思い出だって。知ってて、俺、来ました」
ゴンドラが頂上に差し掛かる。眼下に広がる遊園地の夜景が、宝石みたいにきらめいている。でも、私の目は蓮から離せない。
「なんで、そんな……」
「俺、先輩のこと、入社した時からずっと好きだったんで」
世界が、止まった気がした。
「——は?」
「初めて会った時、先輩がクライアントにペコペコ頭下げてるの見たんすよ。でもそのあと、こっそりガッツポーズしてた。『よっしゃ契約取った』って」
「……見てたの」
「見てました。かっこいいなって思った」
蓮の目が、夕陽を反射して輝いている。
「仕事に真剣で、でも、ちょっと抜けてて。先輩の作った資料、俺こっそり全部保存してます」
「それストーカーでは……」
「勉強熱心って言ってください」
思わず笑いそうになる。こんな状況なのに。
「……ばか」
「先輩が元カレと別れたって聞いた時、正直——嬉しかった」
息を呑む。
「……っ」
「最低っすよね、俺。先輩が泣いてるの知ってるのに、喜んでた。やっとチャンスが来たって」
蓮の声が、少し震えている。
「蓮……」
「でも、待ってたんです。先輩が立ち直るまで。傷が癒えるまで。焦って告白して、迷惑になりたくなかった」
夕陽が、蓮の目を濡らしているように見えた。泣いているわけじゃない。でも、その目には——必死さが、滲んでいた。
「今日誘われた時、やっとだって思った。先輩が、少しだけ前を向けたのかなって」
「……」
「俺、先輩のこと待ってたんですけど——遅すぎましたか?」
心臓がうるさい。ドクドクと、壊れそうなくらい鳴っている。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
元カレとの思い出を塗り替えようとして来た場所。やけくそで誘った後輩。なのに今、私は——
全然違う人に、ときめいている。
「……ずるいよ」
声が震えた。
「……え?」
「こんなタイミングで言うの、ずるい」
涙が、勝手に溢れてきた。
拓海に捨てられた時の涙じゃない。悲しい涙じゃない。なんでだろう。嬉しいのか。困惑しているのか。自分でもわからない。
「ずるくても構わないです」
蓮が、そっと私の手を取った。
大きくて、あったかい手。今日一日、何度も握ってくれた手。
「俺、先輩を絶対泣かせないから」
その言葉が、胸に刺さった。
拓海は——優しかった。でも、その優しさは、私を自分の理想に近づけるためのものだった。私が尽くすほど重荷になって、最後には「息が詰まる」と言われた。
蓮は——ずるい。でも、このずるさは、私を待つためのものだった。私が立ち直るのを、ずっと見守っていてくれた。
全然、違う。
「……答え、今じゃなきゃダメ?」
「待ちますよ。待つの得意なんで」
蓮がにっと笑う。八重歯が見える。いつもの、人懐っこい笑顔。
——ああ、だめだ。
私、この笑顔に、もう負けてる。
◇
観覧車が地上に降りていく。
蓮は私の手を、まだ握ったままだった。
ゴンドラを降りて、出口に向かう途中。ふと、目に入ったものがあった。
似顔絵コーナー。白髪の女性が、イーゼルの前に座っている。夕暮れの光の中で、穏やかに微笑んでいる。
「先輩」
「……なに」
「似顔絵、描いてもらいません?」
「なんで急に」
「今日の記念っすよ。ほら、行きましょ」
半ば強引に連れて行かれる。でも、その手を振り払う気には、ならなかった。
「あら、いいカップルね」
似顔絵師のおばあさんが、私たちを見て微笑んだ。六十代くらいだろうか。皺の刻まれた目元が、優しい。
「描かせてちょうだい」
「あ、いや、私たち別にカップルじゃ——」
「お願いします」
蓮が即答する。私の言葉は、完全に無視された。
「……勝手に決めないで」
「だって先輩、まだ答えくれてないじゃないっすか。俺的にはもうカップルのつもりなんですけど」
「はあ!?」
「あらあら、仲がいいのね」
おばあさんがクスクス笑う。
私たちは並んで座った。蓮は当然のように、私の腰に手を回した。
「ちょっと」
「ポーズっすよ、ポーズ」
絶対嘘だ。
でも——悪くない、と思ってしまう自分がいる。
◇
十五分後、似顔絵が完成した。
並んで笑う、私と蓮。デフォルメされているけど、表情の特徴がよく捉えられている。私の切れ長の目も、蓮の八重歯も、ちゃんと描かれていた。
「はい、どうぞ」
おばあさんが似顔絵を渡しながら、私にだけ聞こえる声で囁いた。
「この人、あなたのこと大事にしてるわよ。目を見ればわかる」
——目を見れば。
私は蓮を見た。
蓮は似顔絵をまじまじと見つめながら、「うわ、俺イケメンに描いてもらってる」とか言っている。
「自分で言う?」
「事実っすから」
いつもの軽口。でも、その目尻は——少しだけ、下がっていた。
嬉しいんだ。私と一緒にいられて。
おばあさんの言葉が、頭の中で響く。
『この人、あなたのこと大事にしてるわよ』
——うん。わかる。
今日一日、ずっと感じてた。蓮の視線。蓮の手のぬくもり。蓮の、不器用な優しさ。
全部、私に向けられていた。
「……蓮」
「はい?」
「答え」
蓮の動きが止まる。
「……」
「今、聞いていい?」
「……いつでも」
蓮の声が、少しかすれている。緊張しているんだ。こんなにチャラいくせに、こういうところは初々しい。
私は深呼吸した。
三ヶ月前、捨てられた。「息が詰まる」と言われて、三年間を否定された。
怖い。また傷つくのが怖い。また「重い」と言われるのが怖い。
でも——
「私、重いよ」
「知ってます」
即答だった。
「尽くしすぎるって言われたことある」
「最高じゃないっすか」
蓮が、真っ直ぐ私を見る。
「俺、尽くされたいタイプなんで。先輩の重さ、全部受け止めますよ」
「……変なやつ」
「先輩のことが好きな、変なやつです」
涙が、また溢れそうになる。
拓海は「息が詰まる」と言った。私の愛情を、重荷だと言った。
蓮は「最高」と言った。私の愛情を、受け止めたいと言った。
たった一言の違い。でも、その一言で——世界が、全然違って見える。
「——よろしく」
私は、そう言った。
精一杯の、答え。声が震えて、ほとんど聞こえないくらい小さかったかもしれない。
でも、蓮には届いた。
「……っ、え、今の……」
蓮の目が、大きく見開かれる。
「二回は言わないから」
「——っ」
蓮の顔が、くしゃっと歪んだ。泣きそうな顔。でも、笑ってる。泣き笑い。
「こちらこそ、よろしくお願いします。先輩」
その声は、少し震えていた。
◇
帰り道。
蓮と手を繋いで歩いた。当たり前みたいに繋いできて、当たり前みたいに私は受け入れた。
夜風が心地いい。星がきれいに見える。さっきまで夕焼けだった空が、藍色に変わっている。
ポケットの中には、解約し忘れたペアチケットの半券。
このチケットが連れてきたのは、過去の続きなんかじゃなかった。
新しい、始まりだった。
「先輩」
「ん?」
「来月も遊園地行きません? 今度は俺がチケット取るんで」
「……気が早い」
「待つの得意って言ったじゃないっすか。でも、もう待たなくていいんで。ちょっと浮かれてます」
蓮が照れくさそうに笑う。耳が赤い。
「……ばか」
「先輩の『ばか』、好きっす」
「……もう一回言ったら手離すから」
「嘘っすよ、先輩。握る力強くなってる」
「……うるさい」
私も、つられて笑った。
——ねえ、これって運命のいたずら?
それとも、私が気づかなかっただけ?
答えは、たぶん——両方。
解約し忘れたチケット。やけくそで誘った後輩。でも、蓮はずっと待っていた。私が気づくのを。私が前を向くのを。
運命がいたずらして、蓮が待ち続けて、私がやっと気づいた。
全部が重なって、今日がある。
繋いだ手が、あったかい。
私はもう、この手を離さないと決めた。
◇
駅で別れ際、蓮が言った。
「先輩」
「なに」
「月曜から、会社でなんて呼びます?」
「……普通に桐谷でいいでしょ」
「えー、『蓮くん』とか『蓮ちゃん』とか——」
「絶対呼ばない」
「じゃあ二人の時は『蓮』でいいっすか」
「……今日ずっとそう呼んでたじゃん」
「うん。だから、これからもそうしてほしくて」
蓮が、少しだけ照れくさそうに笑う。
ずるいな、この顔。こんな顔されたら、断れないじゃん。
「……考えとく」
「それ、OKってことっすよね」
「知らない」
「先輩、顔赤い」
「うるさい!」
笑いながら走って逃げた。蓮の「また月曜!」という声が、背中に届く。
改札を抜けて、ホームに立つ。
スマホを開いたら、LINEの通知が来ていた。
『今日、ありがとうございました。楽しかったです。——俺の方こそ、よろしくお願いします。蓮より』
添付されていたのは、さっき撮ってもらった似顔絵の写真。二人で笑ってる、あの絵。
なんだ、ちゃっかり撮ってたんだ。
私は、スマホを胸に当てた。
心臓が、まだドキドキしている。
——ばか。
今度こそ、自分に向けた言葉だってわかった。
なんで今まで気づかなかったんだろう。こんなに近くに、こんなに真っ直ぐな人がいたのに。
過去に囚われて、未練に縛られて、「もう傷つきたくない」って臆病になって。
でも、もういい。
前を向ける。この手があれば。
電車が来た。乗り込んで、席に座る。
窓の外を、夜景が流れていく。
ポケットの中のチケット半券を取り出して、眺めた。
解約し忘れた、過去の約束。でも今は——新しい始まりの、証。
『来月も遊園地行きません? 今度は俺がチケット取るんで』
蓮の言葉を思い出して、私は笑った。
うん。行こう。
今度は、ちゃんと「行きたい」って自分から言おう。
——私、変われる気がする。
窓に映った自分の顔は、三ヶ月ぶりに、ちゃんと笑っていた。




