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別れた元カレとの「解約し忘れたペアチケット」が届いた日、私の隣には新しい恋が座っていた

作者: uta
掲載日:2026/05/20

「君といると、息が詰まる」


三ヶ月前、私はその一言で捨てられた。


三年間、尽くして、尽くして、尽くし続けた恋が——たった十秒で終わった。





ポストを開けた瞬間、息が止まった。


『遊園地スペシャルペアチケット ご利用日:来週土曜日』


——は?


なんで。なんでこれが、今さら届くの。


手が震える。封筒を握りしめたまま、私はマンションのエントランスで立ち尽くした。


三ヶ月前に解約したはずだった。いや、解約しようとして——結局、できなかったんだ。あの日、泣きすぎて、頭が回らなくて。手続き画面を開いたまま、スマホを投げ出してしまった。


そのツケが、今になって届いた。最悪のタイミングで。


部屋に戻って、私は封筒をゴミ箱の上にかざした。


捨てればいい。こんなもの。過去の残骸。未練の証拠。


拓海の顔が浮かぶ。整った顔立ち。黒縁眼鏡。穏やかな笑顔。「彩音は料理上手だね」「今日も可愛いよ」——優しい言葉をたくさんくれた。


でも、最後に残ったのは。


「君といると、息が詰まる」


その一言だけ。


——捨てられない。


指が、動かない。


悔しい。惨めだ。なんで私、まだこんなものに縛られてるんだろう。立ち直ったつもりだった。もう大丈夫だって、自分に言い聞かせてきたのに。


このチケットが証明している。私はまだ、過去に囚われている。


「……ばか」


誰に向けた言葉かもわからないまま、私は封筒をテーブルに放り投げた。





翌日、会社。


いつも通りに出勤して、いつも通りにパソコンを開いて、いつも通りにメールをチェックする。


藤宮彩音、27歳。中堅広告代理店の営業職。周囲からは「できる先輩」なんて呼ばれてる。仕事だけは、完璧にこなせる。仕事だけは。


プライベートは——まあ、お察しの通り。


「先輩、なんか元気ないっすね」


声をかけてきたのは、入社二年目の後輩。桐谷蓮。茶髪のマッシュヘアに、人懐っこい垂れ目。八重歯がチャームポイント。いつもヘラヘラ笑ってて、軽くて、チャラくて——なのに仕事だけはなぜかできる。


正直、ちょっと苦手なタイプだ。


「別に。普通だけど」


「えー、嘘っすよ。朝からため息三回、コーヒー飲みすぎ、あとスマホちらちら見てる。何かあったでしょ」


……観察しすぎでは?


「後輩のくせに生意気」


「褒め言葉っす」


にっ、と笑う蓮。八重歯がちらりと見える。大型犬みたいだな、といつも思う。人懐っこくて、距離感がバグってて、やたら鼻がきく。


「で、何かあったんでしょ。俺には言えないやつ?」


「……」


言えない。言えるわけない。「元カレとの思い出のチケットが届いて動揺してます」なんて、恥ずかしすぎる。


でも——


気づいたら、口が勝手に動いていた。


「……ねえ、来週の土曜、暇?」


蓮の目が、一瞬だけ大きく見開かれた。


「……え、」


「遊園地のチケットあるんだけど。一人で行くの惨めだし。暇なら付き合って」


やけくそだった。完全にやけくそ。こんな誘い方、自分でもどうかしてると思う。


でも——一人で行くよりマシだ。捨てるのは、もっと悔しい。


せめて、使い切ってやる。あの日の約束を、別の誰かで上書きしてやる。


蓮は数秒黙った後、ふっと笑った。


いつもと違う、静かな笑い方。


「行きます」


「……即答じゃん」


「当たり前っすよ」


「なに、予定とか確認しなくていいの」


「先輩の誘い蹴る予定なんてないんで」


「……変なやつ」


「よく言われます」


蓮はそう言って、自分のデスクに戻っていった。


その背中を見ながら、私は首を傾げる。


——なんか今、変な空気じゃなかった?


気のせいか。うん、気のせい。





土曜日。快晴。


遊園地のゲート前。約束の時間より十分早く着いたのに、蓮はもう待っていた。


私服姿の蓮は、会社で見るのとは印象が違った。白Tにデニム、黒のスニーカー。シンプルなのに、なぜかやけに様になっている。身長178cmの細マッチョ体型が、カジュアルな服装で際立つ。


「先輩、おはようございます」


「……おはよ」


なんだろう、この違和感。会社で見る蓮と、同一人物のはずなのに。空気がちょっと違う。チャラさが、薄い。


「今日、なに乗ります?」


「えーと……とりあえずジェットコースター?」


「いいっすね。行きましょ」


自然に横に並ばれる。肩が近い。こうして並ぶと、身長差を実感する。私が160cmだから、18cmも違うのか。


見上げないと、顔が見えない。


ジェットコースターの列に並びながら、私はぼんやり考えていた。


三ヶ月前、ここに来るはずだったのは拓海だった。「絶叫系は苦手だから」と言って、いつもメリーゴーラウンドとか、コーヒーカップとか、穏やかなアトラクションばかり。私はジェットコースターが好きなのに、三年間で一度も乗れなかった。


彼に合わせることが、愛だと思ってた。


「先輩」


蓮の声で、我に返る。


「手」


「え——」


気づいたら、蓮が私の手を握っていた。


「っ、ちょ、なに」


「いや、先輩めちゃくちゃ緊張してるっぽいんで。手ぇ冷たいし」


「そ、それは……」


違う。緊張じゃない。考え事をしてただけ。過去のことを思い出して、勝手に体温が下がってただけ。


「嫌っすか?」


蓮が、少しだけ真剣な目で聞いてくる。


その目を見て——なぜか、振り払えなかった。


「……別にいいけど」


「お、素直」


「うるさい」


蓮がくしゃっと笑う。その笑顔に、なぜか胸がざわついた。


——蓮の手は、あったかかった。





ジェットコースターは、最高だった。


三年ぶりの絶叫。風を切る感覚。内臓が浮く瞬間。隣で蓮が「うおおおお!」って叫んでて、私も思わず声が出た。


降りた後、二人して笑い転げた。


「先輩、めっちゃ叫んでたっすね」


「蓮だって叫んでたじゃん」


「いやー、楽しかったっす。先輩と乗ると楽しさ倍増」


「……何それ」


「本音っす」


さらっと言う蓮。こういうところが、チャラいんだよな。


でも——悪い気はしなかった。





ジェットコースターを降りた後も、蓮は自然に私の隣にいた。


お化け屋敷に入った。私はホラーが苦手だ。でも、なぜか「行ってみたい」と言ってしまった。蓮と一緒なら、なんとかなる気がして。


結果——全然なんともならなかった。


「ひっ——!」


突然飛び出してきたゾンビに、情けない悲鳴を上げてしまう。


次の瞬間、肩にあたたかい重みを感じた。


蓮が、自然に私の肩を抱いていた。


「大丈夫っすよ、先輩。俺がいるんで」


「……っ」


その声が、妙に頼もしく聞こえて。


私は蓮のシャツを掴んだまま、お化け屋敷を抜けた。


出口に出た瞬間、蓮が笑った。


「先輩、めちゃくちゃ掴んでたっすね」


「う、うるさい……」


「可愛かったっす」


「は?」


「いや、なんでも」


蓮がさっと目をそらす。耳が、少し赤い気がした。


——気のせいか。





フードコートで遅めの昼食をとった。


私はパスタ、蓮はハンバーガー。向かい合って食べながら、他愛ない話をした。


「先輩って、遊園地よく来るんすか?」


「んー、そんなには。年に一回あるかないかくらい」


「じゃあ今日は貴重な機会っすね」


「まあね」


本当は——三年間、拓海と来ようとして、一度も来られなかった場所。「人混みは疲れるから」と言われて、いつも延期になった。このチケットは、やっと取れた約束だったのに。


「先輩、ケチャップついてます」


「え、どこ」


「ここ」


蓮が手を伸ばして、私の口元を指で拭った。


近い。顔が、近い。


「……っ、自分でできるし」


「あ、すんません。つい」


蓮が慌てて手を引っ込める。でも、その目は——なんだか、優しかった。


——おかしい。


これ、いつもの蓮じゃない。ヘラヘラして、軽口叩いて、適当にふざける後輩じゃない。


「……蓮」


「はい?」


「今日、なんか変じゃない?」


「変? 俺?」


「うん。なんていうか……優しすぎる」


蓮は一瞬、きょとんとした。


そして、困ったように笑った。


「先輩が気づいてなかっただけっすよ」


「……どういう意味」


「秘密です」


「はぐらかさないでよ」


「そろそろ観覧車乗りません?」


話題を変えられた。


モヤモヤする。でも、追及する勇気もない。


空を見上げると、オレンジ色に染まり始めていた。





ゴンドラがゆっくり上昇していく。


二人きりの空間。向かい合って座る。外から差し込む夕陽が、蓮の横顔を照らしている。茶髪がオレンジに透けて、きれいだと思った。


——きれい?


私、今、何考えてるんだろう。後輩に対して「きれい」って。


「先輩」


蓮の声で、我に返る。


いつもより低い声。空気が、変わった気がした。


「このチケット、元カレさんとの約束だったんでしょ」


心臓が跳ねた。


「……なん、で」


「先輩、酔うと全部喋るんすよ」


ああ——思い出した。


一ヶ月前の歓送迎会。飲みすぎた私は、蓮に絡んで愚痴を吐いた。「元カレがさー」「三年も付き合ったのにさー」「息が詰まるってなにそれー」「遊園地のチケットまで取ってたのにさー」って。


全部、喋ってた。


最悪だ。最悪すぎる。


「ごめん、忘れて。酔っ払いの戯言だから」


「忘れないっすよ」


蓮の声が、低くなった。


顔を上げる。蓮は真っ直ぐ私を見ていた。垂れ目が、今は鋭く見える。いつものチャラさが、完全に消えている。


「……蓮?」


「知ってて来たんです」


「え……」


「このチケット、元カレさんとの思い出だって。知ってて、俺、来ました」


ゴンドラが頂上に差し掛かる。眼下に広がる遊園地の夜景が、宝石みたいにきらめいている。でも、私の目は蓮から離せない。


「なんで、そんな……」


「俺、先輩のこと、入社した時からずっと好きだったんで」


世界が、止まった気がした。


「——は?」


「初めて会った時、先輩がクライアントにペコペコ頭下げてるの見たんすよ。でもそのあと、こっそりガッツポーズしてた。『よっしゃ契約取った』って」


「……見てたの」


「見てました。かっこいいなって思った」


蓮の目が、夕陽を反射して輝いている。


「仕事に真剣で、でも、ちょっと抜けてて。先輩の作った資料、俺こっそり全部保存してます」


「それストーカーでは……」


「勉強熱心って言ってください」


思わず笑いそうになる。こんな状況なのに。


「……ばか」


「先輩が元カレと別れたって聞いた時、正直——嬉しかった」


息を呑む。


「……っ」


「最低っすよね、俺。先輩が泣いてるの知ってるのに、喜んでた。やっとチャンスが来たって」


蓮の声が、少し震えている。


「蓮……」


「でも、待ってたんです。先輩が立ち直るまで。傷が癒えるまで。焦って告白して、迷惑になりたくなかった」


夕陽が、蓮の目を濡らしているように見えた。泣いているわけじゃない。でも、その目には——必死さが、滲んでいた。


「今日誘われた時、やっとだって思った。先輩が、少しだけ前を向けたのかなって」


「……」


「俺、先輩のこと待ってたんですけど——遅すぎましたか?」


心臓がうるさい。ドクドクと、壊れそうなくらい鳴っている。


頭の中がぐちゃぐちゃだ。


元カレとの思い出を塗り替えようとして来た場所。やけくそで誘った後輩。なのに今、私は——


全然違う人に、ときめいている。


「……ずるいよ」


声が震えた。


「……え?」


「こんなタイミングで言うの、ずるい」


涙が、勝手に溢れてきた。


拓海に捨てられた時の涙じゃない。悲しい涙じゃない。なんでだろう。嬉しいのか。困惑しているのか。自分でもわからない。


「ずるくても構わないです」


蓮が、そっと私の手を取った。


大きくて、あったかい手。今日一日、何度も握ってくれた手。


「俺、先輩を絶対泣かせないから」


その言葉が、胸に刺さった。


拓海は——優しかった。でも、その優しさは、私を自分の理想に近づけるためのものだった。私が尽くすほど重荷になって、最後には「息が詰まる」と言われた。


蓮は——ずるい。でも、このずるさは、私を待つためのものだった。私が立ち直るのを、ずっと見守っていてくれた。


全然、違う。


「……答え、今じゃなきゃダメ?」


「待ちますよ。待つの得意なんで」


蓮がにっと笑う。八重歯が見える。いつもの、人懐っこい笑顔。


——ああ、だめだ。


私、この笑顔に、もう負けてる。





観覧車が地上に降りていく。


蓮は私の手を、まだ握ったままだった。


ゴンドラを降りて、出口に向かう途中。ふと、目に入ったものがあった。


似顔絵コーナー。白髪の女性が、イーゼルの前に座っている。夕暮れの光の中で、穏やかに微笑んでいる。


「先輩」


「……なに」


「似顔絵、描いてもらいません?」


「なんで急に」


「今日の記念っすよ。ほら、行きましょ」


半ば強引に連れて行かれる。でも、その手を振り払う気には、ならなかった。


「あら、いいカップルね」


似顔絵師のおばあさんが、私たちを見て微笑んだ。六十代くらいだろうか。皺の刻まれた目元が、優しい。


「描かせてちょうだい」


「あ、いや、私たち別にカップルじゃ——」


「お願いします」


蓮が即答する。私の言葉は、完全に無視された。


「……勝手に決めないで」


「だって先輩、まだ答えくれてないじゃないっすか。俺的にはもうカップルのつもりなんですけど」


「はあ!?」


「あらあら、仲がいいのね」


おばあさんがクスクス笑う。


私たちは並んで座った。蓮は当然のように、私の腰に手を回した。


「ちょっと」


「ポーズっすよ、ポーズ」


絶対嘘だ。


でも——悪くない、と思ってしまう自分がいる。





十五分後、似顔絵が完成した。


並んで笑う、私と蓮。デフォルメされているけど、表情の特徴がよく捉えられている。私の切れ長の目も、蓮の八重歯も、ちゃんと描かれていた。


「はい、どうぞ」


おばあさんが似顔絵を渡しながら、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「この人、あなたのこと大事にしてるわよ。目を見ればわかる」


——目を見れば。


私は蓮を見た。


蓮は似顔絵をまじまじと見つめながら、「うわ、俺イケメンに描いてもらってる」とか言っている。


「自分で言う?」


「事実っすから」


いつもの軽口。でも、その目尻は——少しだけ、下がっていた。


嬉しいんだ。私と一緒にいられて。


おばあさんの言葉が、頭の中で響く。


『この人、あなたのこと大事にしてるわよ』


——うん。わかる。


今日一日、ずっと感じてた。蓮の視線。蓮の手のぬくもり。蓮の、不器用な優しさ。


全部、私に向けられていた。


「……蓮」


「はい?」


「答え」


蓮の動きが止まる。


「……」


「今、聞いていい?」


「……いつでも」


蓮の声が、少しかすれている。緊張しているんだ。こんなにチャラいくせに、こういうところは初々しい。


私は深呼吸した。


三ヶ月前、捨てられた。「息が詰まる」と言われて、三年間を否定された。


怖い。また傷つくのが怖い。また「重い」と言われるのが怖い。


でも——


「私、重いよ」


「知ってます」


即答だった。


「尽くしすぎるって言われたことある」


「最高じゃないっすか」


蓮が、真っ直ぐ私を見る。


「俺、尽くされたいタイプなんで。先輩の重さ、全部受け止めますよ」


「……変なやつ」


「先輩のことが好きな、変なやつです」


涙が、また溢れそうになる。


拓海は「息が詰まる」と言った。私の愛情を、重荷だと言った。


蓮は「最高」と言った。私の愛情を、受け止めたいと言った。


たった一言の違い。でも、その一言で——世界が、全然違って見える。


「——よろしく」


私は、そう言った。


精一杯の、答え。声が震えて、ほとんど聞こえないくらい小さかったかもしれない。


でも、蓮には届いた。


「……っ、え、今の……」


蓮の目が、大きく見開かれる。


「二回は言わないから」


「——っ」


蓮の顔が、くしゃっと歪んだ。泣きそうな顔。でも、笑ってる。泣き笑い。


「こちらこそ、よろしくお願いします。先輩」


その声は、少し震えていた。





帰り道。


蓮と手を繋いで歩いた。当たり前みたいに繋いできて、当たり前みたいに私は受け入れた。


夜風が心地いい。星がきれいに見える。さっきまで夕焼けだった空が、藍色に変わっている。


ポケットの中には、解約し忘れたペアチケットの半券。


このチケットが連れてきたのは、過去の続きなんかじゃなかった。


新しい、始まりだった。


「先輩」


「ん?」


「来月も遊園地行きません? 今度は俺がチケット取るんで」


「……気が早い」


「待つの得意って言ったじゃないっすか。でも、もう待たなくていいんで。ちょっと浮かれてます」


蓮が照れくさそうに笑う。耳が赤い。


「……ばか」


「先輩の『ばか』、好きっす」


「……もう一回言ったら手離すから」


「嘘っすよ、先輩。握る力強くなってる」


「……うるさい」


私も、つられて笑った。


——ねえ、これって運命のいたずら?


それとも、私が気づかなかっただけ?


答えは、たぶん——両方。


解約し忘れたチケット。やけくそで誘った後輩。でも、蓮はずっと待っていた。私が気づくのを。私が前を向くのを。


運命がいたずらして、蓮が待ち続けて、私がやっと気づいた。


全部が重なって、今日がある。


繋いだ手が、あったかい。


私はもう、この手を離さないと決めた。





駅で別れ際、蓮が言った。


「先輩」


「なに」


「月曜から、会社でなんて呼びます?」


「……普通に桐谷でいいでしょ」


「えー、『蓮くん』とか『蓮ちゃん』とか——」


「絶対呼ばない」


「じゃあ二人の時は『蓮』でいいっすか」


「……今日ずっとそう呼んでたじゃん」


「うん。だから、これからもそうしてほしくて」


蓮が、少しだけ照れくさそうに笑う。


ずるいな、この顔。こんな顔されたら、断れないじゃん。


「……考えとく」


「それ、OKってことっすよね」


「知らない」


「先輩、顔赤い」


「うるさい!」


笑いながら走って逃げた。蓮の「また月曜!」という声が、背中に届く。


改札を抜けて、ホームに立つ。


スマホを開いたら、LINEの通知が来ていた。


『今日、ありがとうございました。楽しかったです。——俺の方こそ、よろしくお願いします。蓮より』


添付されていたのは、さっき撮ってもらった似顔絵の写真。二人で笑ってる、あの絵。


なんだ、ちゃっかり撮ってたんだ。


私は、スマホを胸に当てた。


心臓が、まだドキドキしている。


——ばか。


今度こそ、自分に向けた言葉だってわかった。


なんで今まで気づかなかったんだろう。こんなに近くに、こんなに真っ直ぐな人がいたのに。


過去に囚われて、未練に縛られて、「もう傷つきたくない」って臆病になって。


でも、もういい。


前を向ける。この手があれば。


電車が来た。乗り込んで、席に座る。


窓の外を、夜景が流れていく。


ポケットの中のチケット半券を取り出して、眺めた。


解約し忘れた、過去の約束。でも今は——新しい始まりの、証。


『来月も遊園地行きません? 今度は俺がチケット取るんで』


蓮の言葉を思い出して、私は笑った。


うん。行こう。


今度は、ちゃんと「行きたい」って自分から言おう。


——私、変われる気がする。


窓に映った自分の顔は、三ヶ月ぶりに、ちゃんと笑っていた。

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