第二話 義足のかっこいい少女
その手を掴めればどれだけ良かっただろう
「あ、雨」
どうしよう、この自転車。カッパは、この前使ってから鞄に入れてない……。
乗っているうちにもっと降り出したら困るし、今日は電車で帰ろう。
天気予報では雨は降らないはずだったのに、まぁ、そんなに珍しいことでもない。
駅に着いた後、私は自転車を停めると駅のホームに向かった。
切符を買いに機械の前に立つ。
「ふんふんふ〜ん」
鼻歌を歌いながら、画面をタッチして切符を選んでいく。
お金を払うと切符が出てくる、それを手に取って改札に向かった。
金属製の受け取り口は、触れると少しひんやりしていた。
切符を入れて、改札を通ろうとすると何故か切符が反応せず扉が開かなかった。
ピーピーという音がして、周りから注目されてしまうと変な汗が出た。
もう一回入れてみようとするもうまく行かない。
「え……? なんで??」
少し、目の当たりが熱くなってきた。
しょうがない、ここは一旦戻ろう。最悪、買い直せばいい。
「あ、お嬢さん」
決して大きくはない。
それなのに、雨で普段よりも人が増えているはずの駅で、その声は真っ直ぐ私の耳に届いた。
不思議な感覚、人がいるだけで発する息遣いとか、足音とかそういう音が意識から外れていく。
まるで水の中みたいな。
一点にピントが合うにつれて周りの景色がぼやけいていくように周囲の人が風景となっていった。
駅員の姿をした人がこっちに来る。周りの人も、その人も避けようとする素振りは全然ないのに真っ直ぐ止まることなく向かってくる。
逃げよう、とは何故か思わなかった。
「それ、あなたの持っている切符。それは僕が切らないといけないものなんです」
「え? これ?」
言われて切符を見てみると確かに見慣れないものだった。
きさらぎ線、それに5年区間?
おかしいな、私は普通の切符を買ったはずなのに。
「あ、あの、私家に帰ろうと思っただけで、普通の切符買ったんですけど。これ、どうすればいいんですか?」
お金は返ってくるのか、そういう意図も含めて聞く。
「使えば良いと思いますけど?」
「え?」
「最後に会って話をしたい人がいるのでしょう?」
◇
最初、駅員さんの言っていることはよく分からなかった。
なんでもきさらぎ駅はさよなら言えずに大切な人とお別れした人が最後に時間を共有する場所らしい。
会いたい人、最後、それが誰なのか私にはパッと浮かんでこなかった。
でも、駅員さんの話を聞くうちに、いや、ある一言を聞いたとき、分かった。
「……亡くなった人でも、会える?」
「はい」
「…………みなみちゃん」
思い出すだけで胸が少し痛む。小さく震える右手を強く握ってなんとか心を落ち着かせた。
「あの、本当に……。会えるんですか?」
「はい」
……。深く被った帽子から瞳が覗く。
その瞳は吸い込まれそうな程真剣そのものだった。
そうか。私が逃げなかったのは、ずっとこの駅員さんが真剣だったからだ。
「じゃあ、お願いします」
「それでは、切符を拝見いたします」
そう言って駅員さんは微笑んで、切符を切った。
遠くから電車の音が聞こえる。
「あ、そうです。これ、先に渡しておきますね。本来の目的の駅への切符です」
「ありがとうございます」
「いえ、お金を払っているんですから、当たり前のことです」
あぁ、あれはきさらぎ線の切符の分かと思ったけど違うんだ。
電車がホームに止まる。
電車に乗りこむと、駅員さんがあぁ、と何かを思い出したような口ぶりで話し出した。
「駅長から、今の姿だと混乱するだろうから調整すると言われているので何か変化があるかもしれないですけど、気にしないでください」
「へ、あ、はい」
聞き慣れた音を立てながらドアが閉まる。
「誰も居ない……」
まぁ、立ってる理由もない。
目的の駅に着くまで、少し……休んでいよう。
さっきから色んなことが頭を回る。
◆
あれ、ここは……。
そうだ、近くにあった山。良くみんなと遊んだっけ。
地球防衛隊とか、大層な名前をつけて。
「こっちこっち!! 早く〜!」
どこからか、楽しそうな声が聞こえる。
「うん、ちょっと待って。行くから」
「もぉ〜、あやちゃんが言い出したんでしょ? 川の向こうに行ってみたいって」
「そ、そうなんだけど。ゆうとくんとかもいないのに言っても良いのかな」
ゆうと……。一個上の男の子。隊長なんて風にも呼ばれてたっけな。
「大丈夫だよ! 私がついてるでしょ」
そう言って笑う女の子。
「……うん!」
もう一つの声の主が木の間から出てくる。
『私』だ。
「みなみちゃん、凄いね……」
そうだ。私とみなみちゃんは同い年で地球防衛隊っていう良く遊ぶメンバーの中でも仲が良かった。
「そうかな?」
「うん!」
2人の少女の笑い声が響く。
「あ、川が見えたよ」
みなみちゃんの指す方をつられて見る。
あれ、なんだか、嫌な予感がする。
痛い、これ何? 胸が締め付けられて……。
ダメだ、2人を止めないと。
頭がぼーっとしてなんでかは分からない。でも、行っちゃダメなんだ。
そう思うのに声は何故かどうやっても出なかった。
それどころかここから動けない。
ただ……見ているだけ。
「でも、橋ないよ?」
『私』が辺りを見回しながら言う。
確か橋はもっと山の上の方か。麓にしかないんだっけ。
「う〜ん、あ、あっちの石の上渡っていったら濡れないんじゃない?」
「あ、危ないよ」
「大丈夫だよ、川浅いし、落ちても怒られるだけだって」
そう言ってみなみちゃんは笑う。
その笑顔を見るたび『私』は安心したんだ。大丈夫って何故か思えて。
ダメなのに。
いつの間にか私はさっきまで見ていた『私』のところにいた。
目の前ではみなみちゃんが手を差し出している。
臆病な私にみなみちゃんはいつも手を差し伸べてくれていたんだ。
その手を掴もうと手を伸ばした時だった。
「あ、」
足を滑らしたみなみちゃんが転ぶ。
投げ出された手を掴もうとした私の手は空を切って。
嫌な音がした。
嫌な、嫌な、嫌な、嫌な、嫌な嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「み、みなみちゃん」
と、取り敢えず助けを呼ばないと。
え? スマホもない。こんな山の中どうやって?
「……はぁ、はぁ……! ぁ──」
息苦しい、底なし沼に沈んでいくみたいに絶望感が藻掻けばもがくほどまとわりついてくる。
ねぇ、笑ってよ。私のヒーロー……。
「は、運ばないと、お、お母さんのところまで……」
なんとかみなみちゃんのことを担ぎあげる。
山を降りないと。
ぐったりとしたみなみちゃんに段々喉の方から何かが込み上げてきた。
「うぅ……。…………ぅあぁああああ! みなみちゃん!……っみ゛な゛み゛ちゃん!!……」
泣きじゃくりながら歩く。ただ、必死に山を降りる。
段々と体温が抜けていく。
ゆっくり冷たくなっていく。
「……ぅあああああ! ……あああああああああああ!!!……っ…………」
唇を噛み締めて涙を堪えながら必死で歩く。
いつの間にか、私は家の前にいた。
背中にもう温もりを感じれないみなみちゃんを乗せて。
◆
「……ね、てた」
また、あの夢を見た。
電車内。電気はついているけど、窓からは一切光が入らなくてどこか仄暗さを感じる。
ふと、窓に映る自分を見た。
「え? え、こ、これ。え、嘘。これ」
あの頃の。あの時の。『私』だ。
その時、ブレーキ音が響いて。電車が止まった。
扉が開く。
私の目に、懐かしい。義足が目に入った。
「……みなみちゃん…………!!」
「──あやちゃん!!」
あ、あぁ。この声だ。
目頭が熱くなるのが分かる。
あの頃のままの彼女がそこに立っていた。
◇
「ちょ、あやちゃん! 泣きすぎ!」
「だ、だってぇ。……っごめ、ん…………ごめぇん……っ……」
発音が嗚咽と混じってはっきりしない。
なんとか、涙を止めて鼻をすする。
喉が渇いて張り付いちゃいそうだ。
「……あのさ。あやちゃん」
少し俯きながらみなみちゃんが言葉を紡ぐ。
「……うん」
あの頃の私には大きく見えたみなみちゃんが今は何だか少し小さく感じる。
「あんまり覚えてないんだけどさ。私死んじゃったんだよね?」
そう言ってみなみちゃんがこっちを向く。
その瞳が揺れた。
「…………」
言葉は出なくて、その問いに私はただ頷いた。
あの頃から私は……変わってない。
「……そっか。駅員さんから聞いたんだ。川で遊んでて頭を打って死んじゃったって。ほんとなんだね……」
「……うん」
悲しそうなみなみちゃんの顔が直視出来なくて俯く。
なんて……言えば良いんだろう。
重ねていた手の甲に冷たい感覚が落ちてくる。
水滴……。
「……ぅ……っ…………っひっぐっ」
ハッとしてみなみちゃんの方を見る。
口をわなわなと震わせて。真ん丸の瞳は揺れ、大粒の涙が溢れる。
「……っもう、みんなに会えないの?」
「…………」
「お父さん……。お母さん……。れなに、ゆうとくん……そうやくん……っ……お兄ちゃん……ぅああああああああ!」
「……みなみちゃん……」
そうだ。
小さく見えて当然なんだ。
だってみなみちゃんはこんなに小さい子供じゃないか。
みなみちゃんの泣き声は落ち着くどころかどんどん激しくなっていった。
ぎゅっと、みなみちゃんの手を握る。
でも、みなみちゃんは泣きやまなかった。
その涙を見ていると私もまた泣きそうになってくる。
「……笑ってよ、私のヒーロー……」
小さく、呟く。
「私の姿を、元に、高校生に戻して……」
『しょうがにゃいにゃあ』
どこからか声が聞こえたかと思うと私の体は元に戻っていた。
目を瞑って泣きじゃくっているみなみちゃんを、そっと抱きしめる。
そういえば、あの日、みなみちゃんが死んだ日私もこんな風に泣きじゃくっていた。
「……ふぇ?」
泣きじゃくっていたみなみちゃんも少しづつ落ち着いて目を開くと可愛い声をあげた。
「ふふっ、ふぇって」
可愛くって自然と笑みが溢れる。
「お、お姉ちゃん誰?」
「私? あやだよ。実はさ、私の方ではあれから5年経っててさ。私高校生になったんだ……」
私の言葉にみなみちゃんは少しの間ポカンとしていた。
急に現れて、急にこんなこと言われても分からないか……。
「あ、あやちゃんは? どこ?」
「だから、私があやちゃんだよ」
みなみちゃんが眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする。
「……ずるい、私も一緒に高校生になりたかった……!」
「あ、そ、それは、そのごめん……!!」
また、みなみちゃんが泣きそうな顔になる。
「だ、大丈夫だから。ご、ごめんね」
この姿は、刺激するだけだったか。
「……みんなと、お別れしたくない」
「うん」
「……死にたくないよ…………」
「……うん」
今度こそ泣き出してしまったみなみちゃんを抱きしめて肩の方に来た頭に優しく手を乗せ。背中を撫でる。
私もみなみちゃんの見えないところでこっそり泣いていた。
無限に思えた涙にも限りはある。
段々と落ち着いてきたのが息づかいからも分かる。
「あのさ、あやちゃん。みんなのこと聞かせて?」
「あ、えっと、あの後。私はあんまりみんなとは会ってなかったりするんだけど……あ、ゆうとくんは今、サッカー部の期待の2年エースって感じで人気だよ」
「……そっか」
「えっと〜、れなちゃんは確かバレーボールで県大会決勝まで行ったとか……」
「うん」
「みんな、それなりに元気にやってるよ。今は。だから安心して」
「うん……」
きっと今、みなみちゃんの胸のうちには色々なことが巡っているのだろう。
子供って、馬鹿にしちゃいけない。色々なことを考えて感じて、正しいと思える何かを掴もうとしている。
「あのさ、みなみちゃん」
私の声に反応してみなみちゃんの顔がこっちを見る。
『私』のヒーロー。
「あのね、みなみちゃんは私のヒーローだったんだ。臆病な私を連れ出してくれて、手を差し伸べてくれて、みなみちゃんが笑うといつも大丈夫って安心できたの。だから、ありがとうね」
こうやって、高校生の姿の私がこんな風に女の子に感謝を伝えるのはちょっと照れくさい。
「……あやちゃん。わ、私も楽しかったよ。同い年の友達が出来て……ほんとうに、うれしかった、」
お別れなんだ。
そんな実感が今になって湧いてきた。
何だか、一方的に私が救われてしまったような気がする。
何かしようと思っても、そんな風に自発的に動いたことが少ない私は何をしたら良いか分からない。
何が。
ふと、頭に浮かんだのは目の前の少女の笑顔だった。
みなみちゃんの柔らかいほっぺを摘んで少し引っ張る。
「にゃ、にゃに?」
「いや、私のヒーローを笑わせたいなって」
そう言って私は、記憶の中の笑みを思い浮かべて笑った。
「大丈夫、また、会えるよ」
「…………」
「生まれ変わってもまた巡り逢える」
「……えへへ……うん!」
そう言ってみなみちゃんは笑った。
あの時、握れなかった手はもう取り戻せない。
それでも、前に進もう。
この手を、目の前のこの子がしてくれたみたいに誰かに差し伸べよう。
電車の音がどこからか聞こえる。
これがきっと別れの合図だ。
「お迎えだ、みなみちゃん。私行くね」
「……え……うん……」
「あはは、うん。元気でね」
そういってもう一度笑ってみせる。
「……うん、最後にあやちゃんに会えて、良かった!」
電車が止まった。
扉が開く。
ずっと繋いでいた手を離す。
少し駆け足で、電車に乗る。止まったらもう、二度と動けなそうだから。
きっと悔いは残り続ける。悲しいのは変わらない。それでもみなみちゃんが安心できるような笑顔を。
「あやちゃん!!」
みなみちゃんが名前を呼ぶ。
その声に釣られて振り返る。
「バイバイ!」
……私のヒーロー。
みなみちゃんは笑っていた。眩しい眩しい笑顔が彼女の頬を伝う雫に反射した気がした。
「……バイバイ!!」
扉が閉まる。みなみちゃんはずっと笑ったままだった。私もちゃんと笑えてたかな。
「あれ、涙、枯れてなかったんだ……」
……またね。
◇◇
「ねぇ、優斗くん」
「ん? 綾香? 珍しいなお前から声をかけてくるなんて」
「ちょっとね……。あのさ、お墓参りみんなで行かない?」
私の曖昧な提案に一瞬首を傾げてクエスチョンを浮かべる優斗くんだったけど、すぐに納得する。
「成る程ね。みんなか、うん、集めてみるわ」
「ありがとう」
「いや、良いよ。……隊長、だしな!」
ゆうとくんはそう言うとニッと笑った。それに釣られて私も笑ってしまう。
「あ、部長が呼んでる。それじゃ!」
「うん! またね!」
◇◇◇
そうして、私達はお墓参りに来ていた。
「久しぶりに全員集まった気がするな」
「それな」
「まだ、全員じゃないよ」
「あぁ、そうだったな」
美波ちゃんのお墓を目指して歩く。
「あれ、誰かいる?」
どこかで見たことがあるような男の人。
えっと。
「あ、お兄さん」
「ん、君たちは。あぁ、美波の友達か。懐かしいな」
お兄さんの表情が明るくなる。優しそうな人、そういえば良く美波ちゃんがお兄さんの話をしていた気がする。
「すみません、私のせいで」
あの場所にいたのに助けられなかった。
この人には私を責める権利がある。
そう思って頭を下げた。
「え!? な、何言ってるの? 君のせいじゃないでしょ」
驚いて慌てるお兄さん。
「でも、私が誘わなければ……」
「ん? 僕が川の向こうの話をしたから美波が行きたいって言って、君はそれに着いて行ったんじゃないのか?」
「え?」
「美波はさ、良く言ってたよ。地球防衛隊だっけ? みんな足のこと気にせず普通に接してくれるって。それが嬉しいんだってさ」
お兄さんが美波さんのお墓の方を見る。その視線は聞いていた通りとても優しかった。
「むしろ俺が川の向こうの話なんてしなければ……なんて言ってもしょうがないしね。今日はありがとう、美波も喜ぶと思うよ」
そう言ってお兄さんは帰って行った。
「んー、じゃあ改めて地球防衛隊全員が集まったということで乾杯!」
「何も持ってないけど……」
「てか、地球防衛隊って恥ずい……」
「まぁ、今日ぐらいいいじゃん?」
そう言ってみんなが笑う。その輪の中に美波ちゃんの姿も見えた気がした。
「美波ちゃん……。みんな元気だよ。美波ちゃんも元気だと良いな……」
私達はお墓に、そっと線香を立てた。
◆◆
「駅員さん」
「何ですか?」
「あのね、死んじゃったときのことはこんがらがって、あやふやなんだけど。私、川で遊んで死んじゃったんでしょ? でもね、最後は暖かったんだ。お兄ちゃんにおんぶしてもらったときみたいに!」
「子供は無邪気だな……」
「……? あ、そういえば泣き声が聞こえた気もするんだよね。大丈夫だったかなぁ」
「その人なら、今は大丈夫だと思いますよ」
「そっか、良かったぁ!」
あなたはあなたの今日を進もう
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というかマジで感想欲しい……。




