第一話 年上の優しい彼女
もう一度だけ話したいと思っても
話せばきっと
また、もう一度だけ話したくなる
こんな噂があった。
きさらぎ駅。この世でもあの世でもない場所。
その駅に迷い込んだ人は決まって、人に会ったという。
それは恋人だったり、家族だったり。
共通点は一つ。
"さよならを言えなかった"
きさらぎ駅。
さよならを言えず大事な人と別れた人が最後の一時を望む場所。
…boy met girl…girl met boy…boy misses girl…girl misses boy…
「これ、ください」
いつか彼女が好きだと言っていた花を指してそう言った。
「あぁ、いつものね」
後ろを向いたまま店主のおばさんは言った。
「はい」
苦笑しつつそう返事する。
俺もすっかりこの花屋の常連だ。
「ずっと変わらないね」
おばさんは呆れるように言った。
「はは、彼女の好きだった花なので」
「まだ引きずってんのかい」
荒っぽい態度と言葉だけど、何度も通う内にこの人なりの気遣いなのだと分かってきた。
「きっと、一生未練タラタラですよ」
そう言って選んだ花をカウンターに置き、代金を払う。
「そうかい」
おばさんはお金を受け取ると慣れた手付きで花束を包装した。
「今日は何の日だい? 交際記念だっけ、それともキス記念?」
「いや、命日です」
「……そうかい」
「ふふっ、大丈夫ですよ。もう四年なので」
「未だに毎月お墓参りに行ってるくせに良く言うね、はいよ」
おばさんからしっかりと包まれた花束を受け取る。まだまだ手が震えるなんてこともなく、包装は綺麗にされていた。是非とも長生きしてもらいたいものだ。
「ありがとうございました」
命日、もう四年とは言ったが未だに思い出すたびに胸が締め付けられる。荒れた心を鎮めてくれるこの場所と、その店主への感謝を述べながら俺は店を後にした。
「もうすぐ社会人だろうに。花言葉ぐらい調べないのかね。薄れる愛を毎年贈るってのも変な話、薄れちゃないじゃないか」
花の香りの充満する店内に店主の独り言だけがこだました。
◇
「あ、」
改札に向かっていると前を歩いている人が切符を落とすのが目に入った。
「あの、落とし……。あれ、どこ行った?」
気付いてないようだったので切符を拾うも顔を上げたときには既にその人の姿は無かった。
どこに行ったんだろう。さほど人が多いわけでもないから人混みで見失ったとかじゃないし。
不思議に思いながら切符に目を落としてみる。
「きさらぎ線?聞いたことない……。それに4年区間?」
なんだ、これ。切符だけど、見たことない。
消えた人に見たことない切符。
スピリチュアル的なものはあまり信じていない、それでも少し怖く感じて駅員さんにでも預けようと改札の方へ向かった。
確か隣に駅窓口があったはずだ。
「あ、あのこれさっき、拾って、見たことないものだったんですけど……」
少し目深に帽子を被った駅員さんに切符を渡す。
駅員さんは受け取った切符に目を落とすと口を開いた。
「あぁ、これ。きさらぎ駅行きの切符ですね」
「きさらぎ駅ですか」
「ええ、そうです」
ここら辺にはそんな駅なかった気がするけど。なんでだろう、どこかで聞いたことあるような気がする。
少し訝しんで聞いたのだが、駅員さんはしっかりと答えた。
「まぁ、その預かって貰えると、落とした人を見失ってしまって」
「いえいえ、これは貴方のですよ」
「え?」
何を言っているんだ。俺はこれを拾っただけだ。こんな切符は買ってない。
話が噛み合ってない、そう思い口を開こうとしたところに駅員は被せて言った。
「最後に会って話をしたい人がいるのでしょう?」
目深に帽子を被っているのと少し俯いているので表情は良く読み取れない。
冷や汗が滲み出てきて、喉が渇いた。一体この人は俺の何を見透かしているのだろう。
◇
「きさらぎ駅、その噂を聞いたことはありませんか?」
いつの間にか周りから人は消えていた。
いつもと同じ風景なはずの駅が何だか別物のように感じる。
いや、明らかにおかしい。でも、俺はこの人の話を聞こうと思った。
怪しくも、惹き込まれてしまった。
気になるのはさっきの言葉。もしかすると......。そんな感情が信じがたくも、確かに心の隅に生まれていた。
駅員さんは窓口横のドアから出てくると目深に被っていた帽子を脱いだ。
思ったより若い、なんなら10代のように見える人だった。少し驚いているとそんな様子に気づいたのか駅員さんは少しはにかんだ。
「さよならを言えずに大事な人と別れた方に最後にお別れの時間を与えるのがきさらぎ駅の役割なんです」
「それは......死んだ人とも、もう一度会えるということですか?」
あの切符が俺のだというなら俺が会いたい人は一人だけだ。
「勿論、きさらぎ駅はこの世でもあの世でもないですから」
「…………」
死んだ人とも会える……。彼女に会える……。
「さぁ、どうしますか。もうすぐきさらぎ駅行きの電車が来ます。それを逃してしまえば、ここは元の駅に戻ってしまいます」
「乗ります」
この人を信じたわけではない。騙されている可能性だってある。それでも今の状況は可能性を見出すには十分だった。少しでも可能性があるなら、彼女に会えるかもしれないなら、俺に乗る以外の選択肢は無かった。
「それでは、切符を拝見いたします」
◇
少しして電車がやってきた。
「……」
変な緊張感を感じつつも乗車する。
中はいつも乗っている電車と変わらなかった。
でも、人は誰も乗っていなくて不思議な感覚がする。
「前に終電に乗ったときも、もう少し人がいたかな」
電車が出発して少しすると外は暗くなり、中から様子が見えなくなる。
電車に揺られながら少し昔のことを考えていた。
◆
「ねぇ、勉強教えてあげよっか?」
帰り道、後ろから背中を押す優しい衝撃と一緒に楽し気な声がした。ずっと聞いてきた声、小さい頃から聞き慣れた声。
「そう言ってこの前は結局ゲームしたよね」
振り返りながら呆れてそう言う。
案の定そこには隣の家に住む一個年上の幼馴染が居た。
「あはは、そうだったね。でも、良いでしょ、もう受験生じゃないんだしさ」
確かに、そうだ。ついこの間まで受験生だったからなんとなく勉強しないで遊ぶということに後ろめたさを感じてしまう。
そうか、もう、勉強を教えてもらうという建前はいらないのか。
「そうだね」
楽しそうな笑顔に釣られて口から自然と笑みが溢れてしまう。
「……私と一緒の高校入れて良かったね」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んで彼女は言った。
「……いや、うん、まぁ」
反射的に否定しそうになるのを飲み込んで頷く。
もう気持ちを隠す必要もないんだ。
既に何度も言ってることだし、それでも改めて言われると少し恥ずかしかった。
「ん〜。一緒に帰ろっか!」
満足気に笑う彼女が楽しそうに誘うのに、少し周りを見渡して手を差し出した。
「手を繋ごうとまでは言ってないけど?」
「──っ……いや」
「嘘だよ! ホント可愛いなぁ、ほら行こう」
......振り回されっぱなしだ。僕の手を取った彼女が走り出したのに慌てて着いていく。
可愛い、か。もっと頼られるようにかっこよくなりたいんだけどな。
そんなことを言うのも何だか気恥ずかしくて今はこれで良いと言葉を飲み込んだ。
「隙あり」
「あ! ちょっと待って!」
「待ちませーん、てい!」
間違えて逆向きに技を放ってしまったところにすぐさまコンボを決められる。
そのまま、僕の操っていたキャラクターは場外に飛ばされてしまった。
「ふっ、ゲームセットだね」
「あー、負けたぁー! いっ!」
後ろに倒れ込むと、思ったよりクッションが後ろにあって頭を打ってしまった。
うーん、なかなか勝てない。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「他のゲームする?」
少し心配そうに覗く彼女のことが愛おしくてたまらない。
負けすぎて嫌になっちゃったとでも思ったのだろうか。
そんなことはない、ただ少し疲れただけだ。
「ううん、いや、まぁ他のゲームしたかったらしても良いけど。別に嫌にとかはなってないよ」
「そう? 良かった」
「うん」
少し勢いをつけて起き上がったところで彼女が何かを思いついたように立ち上がる。
「あ、でも、ちょっと休憩しようか、お菓子持ってくるよ」
「お菓子持ってくるって......僕の家なんだけど......」
「ほぼ私の家みたいなもんじゃん?」
「まぁ、じゃあ、お願い」
「おっけー」
そう言って僕の部屋から彼女は出て行った。
「…………」
彼女が出て行ったドアをぼんやりと眺める。
あぁ、彼女が帰ってきたらなんて言おう。このどうしようもなく高まる感情を。
ずっと一緒にいたはずなんだけど、未だにこんな気分になれる僕は本当に幸せ者だ。
「取ってきたよ〜。えーっと、ブラウニーとまぁ色々」
「あはは、紹介雑すぎでしょ。ブラウニー食べたかったの?」
「頭使ったからね、甘いもの食べたくなっちゃった」
そう言って、100均で買ったブラウニーの袋を開けておいしそうに食べる。
「──ねぇ」
自然と声が漏れ出ていた。
「ん? どうしたの」
「いや……。何ていうか楽しいなって」
「楽しいなって?」
「その、こうやって遊ぶの」
「ふふ、いつもやってるじゃん?」
「そうなんだけど、なんか凄い。ゆい姉と一緒にいるこの時間が」
「時間が?」
「時間が────幸せ」
あぁ、恥ずかしい。
顔を背けたくなる、それでも反応が気になって覆った手の隙間からゆい姉の顔を覗く。ゆい姉はどんな顔をするだろう。
僕がこんなに恥ずかしがってしまってはきっと恥ずかしがらせることは出来てないだろう。
「そっか──」
ふっ、と笑って目が細まる。
あぁ、この顔だ。優しいこの顔だ。
忘れらない、脳裏にこびりついて離れない。俺は一生この笑顔に縛られるのだ。
どうか行かないでくれ。時よ止まってくれ。高鳴っていた鼓動が段々と本来の脈へ戻って行く。
気付いていた。これは夢だ。
思い出していただけだ。彼女は死んだんだから。
会わせてくれ、お願いだ。さよならなんて言いたくない。それでも別れが来るなら、最後に言いたいことがあるんだ。
「ん……あぁ、着いたのか」
電車の慣性で体が傾く。
覚めたくなかった、いっそこの電車が一生夢を見せる電車なら良かったのに。
外の景色は相変わらず見えない。
俺は立ち上がってドアの前へと立った。
音を鳴らしながらドアが開く。
少し俯いていた視点は視界の先に誰かの足を捉えた。
誰かいる。
ドアがゆっくりと開く。いや、そう感じただけだったかもしれない。
視点を上げるのが怖い、それでも。
確かな期待感とそれが裏切られても絶望しないようにそんな予防線を心の中に敷きながら。
俺は顔を上げた。
「その、なんだろう。久しぶりなのかな? ゆうくん」
「あ、ゆ、ゆい姉......」
案外、第一声はそんなものだった。
少しばつが悪そうにしたあの時と変わらないゆい姉がいて。
あ、ダメだ。
「ゆい姉!」
もう大学生にもなったのに溢れる思いは止めようがなかった。
頭が段々と理解する。その姿を、色を、匂いを、声を、鮮明に今までの全てが昨日のことのように流れ込んでくる。
あぁ、あんなこともあった。こんなこともした。そんなこともしたかった。
本当に会いたかったんだ。
「ちょ、大丈夫?」
いきなり叫んで走り寄ってきた俺にゆい姉は少し焦って声をあげる。
「だ、大丈夫だけど」
「あはは、良かった。私の知ってるゆうくんだ。前よりもなんか大きくなってたからちょっと不安になっちゃってた。変わらないね」
「いや、これでも。成長はしたつもりんなんだけどね。そういえば......ゆい姉はどうしてたの?」
姿はあの時の、それこそ交通事故で亡くなった直前と同じはずだ。
同じ高校の制服、懐かしい。デザインが結構好きだって言ってたっけ。
「うーん、私としてはそんなに時間が経ってないんだよね。交通事故で死んじゃってから良く分からない道だけがある場所に行って。その通りに進んでたら急に駅員の恰好した人が現れて、あなたに会いたい人がいるって。ゆうくんだなって思ってたよ」
「へぇ......そうなんだ。そっか、その」
寂しかっただろうか、良く分からない場所で一人で。
どんな言葉をかけるか、悩んで少し顔を落とす。
「ごめんね、死んじゃって」
──いや、そうじゃないのだ。謝ってもらいたいわけじゃなくて。
「寂しい思いをしたよね。辛い思いさせちゃったよね」
──だから、そうじゃなくて。
「──そのさ」
「うん、何?」
ふっ、とゆい姉の目が細まる。
あぁ、優しい。この笑顔に俺はずっと甘えてきたんだ。
一度目を閉じて言葉を整理する。
「あれからさ、四年経ったんだ。俺も色々考えたんだよ。寂しかったのも辛かったのも、それはゆい姉も一緒だろ? むしろ俺は色んな人に支えて貰ってさ。だからさ、そんな大人にならなくていいんだ」
「────大人にって」
「泣き叫びたいよ、俺は」
「泣き叫びたいって......。......そんなのっ......わ、私だって、同じだよぉ......!!!」
細まっていた瞳の端から雫が流れ落ちて、口元がわなわなと震える。
悲しそうに寄る彼女の眉に俺も自然と泣き出していた。
最初は抑えていた声も次第にどうしようもなくなって、ひっくひっく、と肩を震わせながら泣いた。
お互い安心するような言葉で慰めることもできなくて、ただお互いを抱きしめながら泣いていた。
何分かして、やっと涙も収まってきていた。
「っ、はぁ、うん。あはは、めっちゃ泣いちゃった」
「そうだね」
自然とベンチに足が向かう。泣きつかれてなんだか足取りも覚束ない。
すると、ゆい姉は少し小走りでベンチに先に座ると自分の太ももをぽんぽんと叩いた。
「え......」
「良いから! させてよ」
「じゃ、じゃあ」
少し離れた位置に座って彼女の膝に頭を預ける。
「よしよし、良く頑張ったね」
そう言って俺の頭を彼女の指が優しく撫でる。
「だから、そんな大人にならなくても」
「良いから、私の方がお姉ちゃんなんだからさ」
「......今は俺の方が年上だよ」
四年も経ったんだ。
今じゃ俺の方が三つも年上だ。
だってのに、やっぱりゆい姉は優しくて、その声に、表情に、香りに、溶かされてしまっていた。されるがままに身を任せる。
「一人だったんでしょ?」
「うん、まぁ、そうだね」
「寂しかったでしょ」
「......うん、そうだね」
「......」
なんで、こんな時、気の利いた言葉が浮かばないんだろう。
「ゆうくんも寂しかった?」
「うん、まぁ、そりゃ」
「四年か......。彼女、出来たりした?」
「いや、出来てない......」
「え、そうなの? 引きずり過ぎじゃない?」
そんな、十何年と一緒にいたんだ。たった四年で忘れれるわけがない。
ゆい姉は驚いた表情をしているけど俺にとっては当然のことだった。
「別に忘れなくても......彼女ぐらい作っても良かったのに」
「そんな簡単に言わないでくれ。ゆい姉とだって十何年も経ってやっと付き合えたんだ」
「そっか、そうだったね」
懐かしそうに笑うゆい姉。優しく細まる目が、ふっくらとした唇が、声が、紅くなった目元が、髪も何もかもが────。
好きなんだよなぁ。
「............」
ゆっくりと起き上がる。
どこからか吹いてくる夜風が火照っていた体を冷やしてくれた。
でも、同時に確かに感じていた彼女の熱も奪っていって不安になる。
そういえば亡くなったのに体温があるのか。
もしかしたら彼女の魂の持つ暖かさなのかもしれない。
「ねぇ、ゆうくん?」
「ん?」
「いつから、俺っていうようになったの?」
「あぁ、大学に入ってからみんな俺って言ってたし」
「からかわれたんだ」
「いや......! いや、まぁ、そうだね。からかってきた奴もいた」
頭にあざとくて小憎らしい後輩の顔がうか、いや、あんまりはっきりとは浮かんでこなかった。
思えば俺はずっとゆい姉のことばかりであまりちゃんとアイツに構っていなかった気がする。それでも、懲りずに付きまとってきたのには、正直知らず知らずのうちに助けられていたかもしれない。
「あ~、私の前で他の女の子のこと考えるのは禁止!」
「え、いや、別に女の子とは言ってないけど......」
「そんな気がしたの!」
当たってるからなんとも言えない。
「俺が好きなのはゆい姉だけだよ」
「──!! 嬉しいけど......それもどうなの?」
「え?」
「ほら、だって私一応死んでるし、あぁ、ごめんごめん、そんな悲しそうな顔しないでよ」
死んだなんてことはとっくのとうに分かってる。それでも痛みを我慢するような顔で死んでると本人に言われるのは少し苦しかった。
「好きだよ、四年経っても。愛してる、本当に」
「ちょちょ! は、恥ずかしいよ」
顔の前に手をやって顔を遠ざけるゆい姉に俺も冷静さを取り戻す。
「ごめん」
「い、いや、大丈夫」
「なんか拗らせたわ」
「ふふ、そうみたいだね」
あぁー、顔も何もかも熱い。
「好きだよ、うん。好き」
「うん、私も好き」
お互いにベンチに前向きに腰掛けて顔を合わせずに言う。
「でも、ばいばいだね」
「............っ」
「あはは......。見なくても分かるよ。悲しそうな顔してるのが」
「嫌だよ」
「うん、私も嫌」
「好きだよ」
「私も好き」
「それなら」
「でも、私は」
「死んじゃったから」
「............」
そんなこと言わないでくれ、とは言えなかった。
この場所は本当に静かで耳を澄ませば電車の音が聞こえてきそうで。さよなら......しなくてはならないんだろうか。
「ほら、こっちおいで」
そう言って腕を広げるゆい姉。
俺は一度深く息を吸って、上手く吐き出せなかったけど。
ちゃんと向き直って。抱きしめた。
頭の後ろと背中にそっと手を置いて抱き寄せる。
「......ぇ......」
「ごめん、何も言えないや。何言えば良いか分からないし、何言ってもダメな気がする」
彼女の頭を自分の胸元に埋めながら、そう呟いた。
「うん」
幾ばくかの静寂。
耳を澄ませば彼女の息さえ聞こえそうだった。
「心臓の音が聞こえる」
「え?」
急なことでびっくりして声が出る。
「生きてるんだね」
「......今は、ゆい姉も鳴ってるんじゃない?」
口から出たのはそんな言葉。
「だとしても、それは仮初。誰にもそれを感じ取ってもらえないなら鳴ってないも同義なんだよ。きっと」
「それなら、俺が」
「いいや、ゆうくんは生きてるでしょ」
それなら。いや、これだけは言ってはいけないか。きっとゆい姉も望まない。
「うん」
「ちゃんと、私以外にも大切な人を作ってね」
落ち着いた声で、そう彼女は言った。
「そんなお別れみたいな」
「お別れでしょ?」
俺の言葉にかぶせるように言う。でもそれは怒ったようなものではなくて、どこまでも冷静で、優しかった。
今度は確かに遠くに電車の音が聞こえた。
あぁ、確実に今俺は悲しそうな表情をしている。ダメだ、こんな顔してたら──。
「そんな悲しいかお────!!────」
「────..................っはぁ......ごめん」
「いや、ふふ、なんで謝るの?」
「そのいきなりしちゃったから」
「ううん、ゆうくんの気持ち分かったよ。うん、だったらさ」
「うん、分かるよ」
「うん、心配させないでね」
「分かった、心配させないよ」
ふっ、と笑みがこぼれた。
お別れの時間は近かった。名残惜しくないわけなんてない。悲しくないわけなんてない。今だって胸が張り裂けそうだ。
それでも、お別れの時間は来るのだ。
確か電車を逃してしまえばすべて無かったことになるんだっけ。
「............」
沈黙が辺りを包めば電車が近づいてくるのが分かる。
「元気でね」
「ふふ、元気も何も死んでるけど。ゆうくんこそ元気でね」
「うん」
あぁ、ダメだ。寂しそうな顔をしちゃだめだ。
そんな俺の表情を見て何か察したのかゆい姉は、ふっ、と目を細めた。
「ふふっ、お別れだね。私が生まれ変わるまで」
あぁ、最後まで気を遣ってもらいっぱなしか。
「そうだね」
後ろで電車が停車した音がした。
「じゃあ」
そう言ってゆっくりと離れる。
三歩進んで振り返る。
「さよなら」
「うん、さよなら」
ゆい姉は笑ってそう言った。
今度こそ前に進もうと思っても電車に乗り込もうとしたところで足が止まる。
「ありがとう」
「ありがとね、私もだよ」
......あと一歩で電車に乗れるのに足が進まない。
「あはは、しょうがないなぁ」
足音が聞こえる。何度も聞いた、駆け寄ってくる音。背中にゆい姉の感触がして抱き締めらたのが分かる。回された腕を取ろうとすると、ゆい姉はすっと手をひいた。そして、トンッ、と優しく手で背中が押される。
ブザーが鳴ってドアが閉まりはじめた。
『じゃあね』
口の動きでそう言ったのが分かった。
俺も必死に口を動かした。でも、閉まりきると外の景色は何も見えなくなって。
それでも俺は手を振って、電車が走り出せば後ろの車両まで走って行って。
耳を澄ませばまだ彼女の声が聞こえる気がして、目を凝らせばまだ彼女の顔が見える気がして。
どれだけ別れの時間があっても足りない。もっともっと。
あぁ、なんで君は死んでしまったんだ、なんで君だったんだ。どうしようもない問いが。今になって溢れてくる。
愛してる、愛してるんだ。結局俺は恥ずかしくて言えなかった。
「......さようなら」
車両の一番後ろまで来て立ち止まる。
背中を押してくれた感触が、あの感触がもう一度鮮明に浮かび上がる。
きっと、伝わっているだろう。こんなにも彼女の愛が俺に伝わっているんだから。
◆
「こんにちは」
「ん? 今日も来たのかい」
店の扉を開けて挨拶するとおばさんは驚いたように言った。
「一体、何記念日だい? 今日は」
「ははっ、そうですね。失恋、いや、恋の終わり記念ですかね。まぁ、まだ完全に吹っ切れたわけじゃないんですけど」
そう言うとさっきよりもおばさんは驚いたようで、目を丸くして固まっていた。
「そ、そうかい」
「はい、あ、何か良い花ありませんか?」
「......そうさねぇ。普通なら菊の花なんかがお参りには良いのかもだけど......。紫苑なんてどうだい?」
「そうですね。実は俺もそれにしようと思ってたんです。花言葉とか初めて調べて。あ、でも供花のタブーとか大丈夫ですかね。今更なんですけど」
「ふっ、気にすることないだろ」
わぁ、ワイルド。
「そうですね。じゃあ、お願いします」
そう言って花束をカウンターの上に置く。
「はいよ」
そう言ってまた慣れた手つきで包装しようとするのを俺は慌てて止めた。
「あ、あの。お墓参り用ので、大丈夫です」
いつもしてもらってたのは恋人とかにプレゼントで送る用のものだった。最初に俺が彼女にプレゼントと言っていたからだろう。
「あぁ......そうかい」
「はい」
俺は、もう心配させないよう。
力強く答えた。
◆
「ほら、唯人。行くぞ」
「うん」
「今日から、幼稚園生だね」
「うん、楽しみ!」
無邪気にそう言う我が子。でも、きっと最初にお母さんと離れるときには泣くんだろうなぁ。
あれから......きさらぎ駅での一軒から、15年の月日が経った。
俺はあのあと、会社で再開した大学で俺の一人称をからかってきた例の後輩とお付き合いをすることになり。プロポーズを経て結婚した。
今日は我が子の入園式である。
「忘れ物ないか?」
車の運転席に座り、後ろに乗る妻と子に向かって言う。
「うん、大丈夫だと思う」
「そうか、じゃあ行こう」
「しゅっぱつしんこー!」
楽しそうに、まだ少しつたない発音で唯人が言った。
「こら、しっかりシートベルトしなさい」
「ははっ」
「ちょ、何?」
「いや、お母さんしてるなって」
「そりゃ、そうでしょ」
「なんか俺も緊張してきたわ」
「なんでよ......!」
少し楽しそうに妻はそう言った。俺もなんだか面白くなって笑ってしまう。それを、唯人はぽかんと見つめていた。
◇
「それではひよこ組のみなさん。名前を呼ぶのでそしたら返事してね」
「「「「はぁーい!」」」」
バラバラだけど元気の良い返事が返ってくる。
唯人は、朝校門で一度離れると分かったときは泣き喚いていたが、今は隣の子たちと話してなんだか楽しそうだった。
名字の早い順で名前が呼ばれていってようやく唯人の番。
「四ツ井 唯人くん」
「はい!」
ちゃんと返事出来たことになんだか安心する。
「六沢 結衣ちゃん」
「はい!」
おぉ、ゆい続きだ。
「以上です」
どうやら今のでクラス全員だったようだ。
まぁ、あとは写真撮影とかするのだろう。
ふと外に視界を向けると桜の木が目に入った。ここ、桜の木とかあったんだ。
別れと出会いの季節か。
ふとある人物が頭に浮かんだ、懐かしいその姿に自然と口が綻ぶ。
まぁ、ゆい姉の場合、全然関係ないんだけど。
「あぁ~、唯人可愛い。うちの子は世界一だわ」
妻が額を抑えながら大袈裟に言う。
「ははは、ここにいる人全員同じようなこと思ってそう」
なんせ今日は子供の一大イベント。少しずつ大きくなっていく唯人を見るのは俺の人生の楽しみとなっていた。
ゆい姉。心配しなくても大丈夫だよ。
だから、気楽に転生でもしてくれや。
「なんかあの子さ、こっちめっちゃ見てない?」
「え? なんでだろ」
fin
今はこの痛みすら愛おしく感じる
面白かったら評価、ブックマーク、いいね! お願いします!! それと感想も! 本当にお願いします! 本当にモチベーションに関わるので! お願いします! わがままでごめんね?! 土下座します、てか、既に土下座してます。それと、雰囲気壊してすみませんした。




