ザッピング
8
スーちゃんのは、そぼろと卵に、昨日のおかずっぽい野菜炒めと唐揚げのお弁当。
三木ちゃんは助六寿司。
蘭ちゃんのは、ナポリタンがメイン。
彩芽は手作りのローストビーフのロール・サンドイッチに、コンビニで買ったような茹で玉子だった。
ここで、コンビニのハムサンドと一緒に漂白剤入り霧吹きをカバンから出すと、ゾンビ事件やザーラの仕掛けたインプラントの話をさせられて弄られる。
では、出さないと、どうなる?
私はハムサンドだけをカバンから取り出した。すかさずスーちゃんが聞いてきた。
「あれ? 神崎さん、今日はコンビニのサンドイッチなんですか? いつもは、お母さんの手作りサンドイッチなのに」
「今日は親と喧嘩しちゃったからね。普段のは、お店の日替りランチ用サンドイッチを包んでもらってるの」
ダディとマミーに漂白剤をぶっ掛けて怒られた話は内緒!
「親と喧嘩をしちゃった」
ただひとこと答えると、スーちゃんが興味深そうに身を乗り出した。
その上、私をじっと見て突っ込んできた。
「えっ! 喧嘩ですか? 何があったんですか?」
「ン? ああ、一学期の成績が悪くて、怒られてさ」
もちろん、これはウソ。ゾンビ事件の話なんかしたら、ぶち壊しだもん。
「へぇ~。神崎さんのところも大変ですね!」
よし、反応が変わったぞ。
ここで話題を一気に変えてやる!
「スーちゃんのとこって、プラモ屋さんでしょ? お母さん、お弁当を作る時間って、あるの?」
「お母さんは、昼は店番だけだし。忙しいのは、お父さんね。ネットでプラモデルの組み立ても受け付けているから、定休日でも、ひたすら仕事をしているわ」
パラレルワールドに移行する前も、そんな話を聞いたなぁ。
「じゃあ、旅行とかお出掛けも、お父さんとは無理ね」
「そうなのよ。私、お父さんと出掛けた思い出って、あまり――っていうか、全然ないのよね」
こうなると、家が電気屋さんの彩芽のところも気になる。
「彩芽のうちは、お父さんとはお出掛けしないの?」
彩芽はローストビーフのロールサンドを頬張りながら答える。
「旅行もするし、お買い物だって、一緒にするわよ」
「そうなんだ。いいお父さんじゃん」
「でも、お父さんって、シオの知っているとおり、ゲーム馬鹿でしょ? ときどき秋葉原に付き合わされて、荷物持ちさせられるのよね」
そいつは、面倒くさいな。
で、お母さんは取り敢えずお弁当は作ってくれるわけね。
「そのローストビーフ・ロールサンドって、スーパーの特売品?」
「ローストビーフのお肉だけはね。お母さんったら、スーパーの閉店一時間前になると、原チャリで買いに行くのよ。今日のは塊だけ買って、家で作ったの。マメでしょ?」
「うん、そうね。彩芽んちのお母さんもなかなかの料理上手じゃない。ローストビーフって作るの難しいってうちのマミーがいっていたわよ」
頷きながら、私は彩芽の席に行って、サッと茹で玉子一つを取って、囓った。
「あ、何するのよ。楽しみにしてたのに!」
「あれ? 彩芽って、茹で玉子が嫌いだったよね!」
彩芽が反論してきた。
「誰かと間違えてない? 箱根の林間学校に行ったとき、大涌谷で一緒に黒卵を食べたじゃん!」
「おかしいな。あのとき、あんたは五メートルぐらい下がって、臭い臭いって嫌がっていたじゃん」
「あんた、今日は変だよ。どうかしてるよ」
パラレルワールド移行前と同じ反応だ。つまんないな。
彩芽と私が喧嘩になるんじゃないかって心配したのか、蘭ちゃんが話題を変えようとしてきた。
お調子者なだけじゃなくて、空気を読むのも早いね。
あんたの、そういうとこ、好きだよ。
「布刈部長と神崎さんとスーちゃんって家がお店屋さんですね。自営業トリオですね」
せっかく蘭ちゃんが話題を変えてくれたんだ。だから、ここは一つ、乗ってあげよう。
「そういう蘭ちゃんのとこって、ご両親は何をしてるの?」
「うちですか? お父さんは銀行員です。信金の支店長ですけどね」
「うわぁ、お嬢様じゃん」
「そんなことないですよ。ホンモノのセレブなら、外人墓地の近くのゴージャスな女子高に行って、スカートの裾をちょっと持ち上げて、ご機嫌よろしゅっ! なんて、ぶりっ子してますって」
それもそうか。でも、私たち五人の中じゃ、あんたんちが一番リッチだよ。認めちゃいな。
「それで、お母さんは、働いてるの?」
「専業主婦なんです。料理馬鹿で、ブログでレシピを公開しているし、ママ友を集めて、料理講習会までやってるんですよ!」
それは、すごいな。すると弁当のおかずも手作りか。
「ひょっとして、そのナポリタンもお母さんの作品なの?」
「はい、ケチャップじゃなくて、トマトソースも作ってます」
想像以上だな。三木ちゃんのもお母さん作かな?
「三木ちゃんの海苔巻きとおいなりは、お母さんが作ってるのかな?」
「あの、これは、その、私が作ってます」
ちょっと遠慮がちに三木ちゃんが答えた。
恥ずかしそうにしているけどさ、海苔巻きとか、おいなり、私は作れないからね。それだけでも充分にエライ!
「お母さん、どこか具合が悪いの?」
「元気ですよ。うちは両親共に中学の先生で共稼ぎなんです」
「二人とも先生だとすると、職場結婚なのね」
「はい。神崎さんも分かっているとは思いますけど、中学の先生って、みんな部活の顧問もやっているから、朝早くから遅くまで働いているブラック職場なんです」
「それじゃ、家事は一人でやっているの?」
「洗濯は夜遅く母がやって、朝早く母が干して出勤しますけど、洗濯物を取り込むのは、私ですね。あと、部屋のお掃除とお弁当と夕飯を作るのは、私の仕事です」
「大変ね! 手伝ってくれる兄弟とか、いないわけ?」
「京都の大学に行ってる姉がいますけど、就活は関西でやるっていってるし、こっちには戻るつもりが全然ないみたいです」
「夏休みとか冬休みも、帰ってこないの?」
「この夏休みも一度だけ帰って来たんですけど、すぐにニュージーランドに、語学留学に行っちゃったんで、今、私一人でやってるんですよ」
大変だね。三木ちゃんのとこも。でも、そういう環境なら料理上手になるよね。
パラレルワールドで話題を変えたら、全員の身の上話を聞く羽目になっちゃったな。
ところで、今、何時だ?
そう思ったら、時計を見た彩芽が叫び出した。
「あら、大変。もう一時を回っているわ。午後の作業をしないと!」
ここで、もう一度、時間の動きを弄ってみよう。午後の作業を、私が仕切るのだ。
「ちょっと待ってね。彩芽がこれから先、どんな指示を出すか、予言してあげるわ」
カバンからごそごそと巾着袋を取り出した。中身は水晶玉だ。
「ここに取り出したる水晶玉。これで予言をするわよ」
「また、口から出任せの、デタラメな占いをするんでしょ! 当たりっこないわよ」
彩芽が馬鹿にしたような目付きで見た。
「ア~ブラカダブラ、ホホイノホイ!」
「え? 何なの? どうするつもり?」
私は、両腕を振り回して、大袈裟なポーズをとる。すると、蘭ちゃんが目を剥いた。
「見えたわよ! 彩芽はみんなの似顔絵を3Dカラー化してポスターを作れって指示するつもりね!」
今度は彩芽が目を剥いた。
「え? 分かるの? どうして?」
「まだ、あるわよ。ポスターに載せる挨拶文を、仲良し三人組に書かせるであろう!」
「そ、それで?」
「仲良し三人組には、さらに占いを見本として、ネットのアイドル情報で占いを試させる」
「ホントですか?」
今度はスーちゃんが不思議そうな顔で私をじっと見る。
「もう一つ、あるわ。私の似顔絵に『幸せの似顔絵』と命名して、文化祭の出し物にして、一枚三百円で、私に来場者の似顔絵を描かせる。どう? 当たった?」
彩芽は大きな目をさらに大きくして、少女マンガのヒロインみたいな顔をして驚いた。
「うっそ~! 私の考えていることが、どうして分かるの? あり得ない! いつから、水晶玉占いが当たるようになったの?」
ザーラにインプラントを埋め込まれたからだ――なんて答えられないよね。すっとぼけてやった。
「これが私の実力よ! 能ある鷹は爪を隠す。さぁ、文化祭で水晶玉占いをやらせてよ!」
「だ~め! 似顔絵のほうが絶対にウケるし、第一、自分で文化祭の本番で似顔絵を描くって予言したじゃん。話が矛盾してない?」
チッ、ダメか。取り敢えず、全員に指示を出してやろっと。
「はい、そういうわけで私はみんなの似顔絵カラーポスターを作りま~す! あとの皆さんは頑張って、見本の占いと自分の占いの紹介文を書きましょう。よ~い、始めっ!」
どうなってンだ、こりゃ――とでも呟きそうな表情で、みんな、パソコンに向かい出した。
私は、といえば自分の似非予言どおりに似顔絵を加工して、3Dフルカラー・ポスター作りをした。
私は心の中で早く夕方になれ! 舜くんに水虫薬を塗るんだから! と繰り返していた。
空が紫色を帯びたところで彩芽が声を掛ける。
「今日は終わりにしよ! 続きは明日ね!」
私は校舎裏に自転車を取りに行った。
9
自転車を漕いで校門に行くと舜くんが待っていた。
「はうっ! 詩織ちゃんだぁ。詩織ちゃんはか、わ、い、い、な~!」
目の焦点は合わず、蚊の鳴くような小声で奇声を発し続けている。
よし、水虫薬作戦開始だ!
自転車に乗ったまま舜くんを促して歩く。
街灯の明るいところで髪を見た。
やっぱり紫色の染みがある。
速やかに水虫薬を染みに塗りつけた。
すると、みるみる目に光が戻ってきた。
「ン? 今、何か塗った?」
舜くんは髪を撫でつけた。
「あ、髪の毛がベタベタしてる! おい、ちょっと、今、何を塗ったんだよ」
「何も塗っていないってば!」
「ポケットに隠したものを出してみな!」
舜くんは私のスカートのポケットに手を突っ込み、水虫薬を見つけた。
「あ、水虫薬だ! なんで、こんなものを塗りつけるんだよ!」
「あの、頭にゾンビに変身する怖い宇宙キノコの胞子が付いていたから取ろうと思ってね」
私の弁明に舜くんは、みるみる顔を真っ赤にして怒鳴った。
「嘘つけよ。いい加減な言い訳しやがって! そんなに俺が汚いかよ!」
「そんなつもりじゃないわよ」
私が反論しかけたところで舜くんは畳み掛けてきた。
「ホントは他に好きな人ができたんだろ! だったら、正直に話せよ! こんな変な嫌がらせをしやがって! もういいよ。じゃあな!」
舜くんは涙ぐみながら走っていった。
あっちゃ~!
思いっきり振られた!
これじゃ、パラレルワールドに行く前と一緒じゃん!
こうなると三日以内に生物部の後輩に乗り換えちゃうな。
参ったなぁ。
でも、一つだけ収穫があった。
水虫薬を使うと、制服のブレザーに染みを付けなくて済む、と分かったからだ。
問題は、どうやって舜くんにバレずに水虫薬を塗るか、だ。
しっかり作戦を考えないと何度タイムリープをやっても同じ結果になるのは自明の理だった。
失敗の理由は水虫軟膏がベタついて感づかれたからだ。液体で行くか、それとも塗り心地満点で、べたつかないサラサラな軟膏を探すかだった。
でもなぁ。何だか自信がない。
二度あることは三度あるっていうしなぁ。
そう思ったら、目が熱くなってきた。
目の前の水銀灯の景色がにじむ。
何だか自転車を漕ぐ気力をなくした。
うなだれて自転車をボウっとしながら押した。
気が付くと一軒のプラモデル屋の前に立っていた。
行灯タイプで中に蛍光灯の入ったプラモデル会社のロゴマークが明るく灯っている。
幅百八十センチはありそうな広いガラスの引き違い戸。
その脇には、やはり幅百八十センチぐらいのショー・ウインドウがある。
中を見ると、下段にガンダム、戦車、軍艦、戦闘機、爆撃機のプラモデルの完成品。
中段はお城や屋台やお店のジオラマっぽいヤツ。
上段はスイーツの模型がお行儀よく並べられていた。
ん? スイーツの模型?
まさか。
もう日は暮れて夜のなっていたけど、目を思いっきり限界まで開いて、凝らして看板を見た。
《すすぎ模型教材社》
あ、ここはスーちゃんのうちだ!
驚いていたら、一台の白いママチャリが滑り込んできた。
「あれ? 神崎さんだ! 遊びに来てくれたんですか?」
「たまたま近くに来ちゃったから、寄ってみたの」
スーちゃんは自転車を店の脇の隙間に押し込むと、買い物袋を持った。
「まぁ、上がって下さいよ。私の部屋は狭いけど」
「そう? 悪いわね。お買い物から帰ってきたばかりなのに」
スーちゃんに促されて、店に入った。
中は、プラモデルの箱や塗料や模型の材料らしきものが所狭しと並んでいる。
まるで模型博物館ね。
プラモデル屋さんだから、当然か。
「奥へどうぞ! コーヒーぐらい出しますよ」
「別にいいわよ。そんなに気を使わなくても」
案内されて店の奥のスーちゃんの部屋に入った。
六畳ぐらいの部屋の壁には、いくつかタヌキのぬいぐるみがぶら下がっていた。
「タヌキのぬいぐるみなんか集めてるんだ」
「可愛いでしょ? お部屋のマスコットにしているの」
「ふ~ん。スーちゃんってそういう趣味なんだ」
奥にはシングル・ベッド。
お布団と枕はお揃いの水色花柄か。
女の子らしくて可愛いわね。
シングル・ベッドの向かい側は勉強机。
でも、机の上のものが勉強道具じゃないわ。マットが、カッターとか使うときの緑色のカッター作業用マットだ。
鉛筆立てに差さっているのは筆記用具ではなく、デザイン・ナイフにヘラ。
本気で造形作家を目指しているのね。
入口側には小さな四角い卓袱台が一つ。
「ふ~~ん。卓袱台なんか置いているんだ。休憩用なのかしら」
「勉強机をスイーツ模型の加工場所にしているから、学校の勉強とかは、ここでやったりもしますね」
「ちょっと足がごついわね」
「これ、本当は、一人用の炬燵なんです。冬は、炬燵布団を掛けて使うんですよ」
卓袱台の裏を覗き込むとヒーターらしきものが見えた。
電気を点けると赤く光るわけね。
スーちゃんは座布団をベッドの下から出した。
「コーヒーを淹れてきますね。座って待っていてください」
「えーっ、なんか悪いわね。いいのよ。先輩だからって気を遣わなくても」
勧められるままに、卓袱台の前に出された座布団に座った。
スーちゃんは買い物袋を持つと部屋から出て行った。
アタシはぼんやりと辺りを見回していた。
さて、どうするかなぁ。瞬くんに振られた話をするべきか、適当にごまかすか、それが問題だ。
しばらくすると、お盆を持ってスーちゃんが戻って来た。
「コーヒーをどうぞ。あと、スナック菓子も」
カップは花柄でちょっとメルヘンチックだけど上が大きく開いている。
「カップが円筒形ぽくなくて、口が開いてるね。これ、紅茶用じゃん」
ずずっとコーヒーをすすった。
おっ、インスタントじゃないんだ。モカじゃん。
「これモカでしょ? 豆を挽いたやつをドリップしたわね」
「神崎さんは流石、喫茶・ともしびのお嬢さんなんですね。一発で当てた!」
「これぐらいは、分かるわよ。コーヒーカップなら口がこんなに広くなくて、割と寸胴だから」
「お気に入りなんです。デザインが可愛いから、これでコーヒーも紅茶も飲んでいるんです」
「お店じゃないから、別にいいじゃん。それで」
「それもそうね。おうちで飲むだけですもんね」
ドンドンとドアがノックされ、声変わりをしていない少年が、顔を覗かせた。
眉を寄せて、なんかイライラしている感じ。
やっぱり夕食時に来ちゃったのはまずかったかなぁ。
「姉ちゃん、帰っていたのかよ。メシは?」
「かずちゃん。お客さんが来ちゃった。お客さんに挨拶は?」
「あ、どうも、いらっしゃい。で、メシは?」
「悪い! 作ってくんない? ちゃんと埋め合わせをするからさ」
「え~! 今日は姉ちゃんが食事当番じゃん!」
「悪い悪い。ねぇ、チョコフレーク一箱で手を打ってくれない? 明日、買ってくるからさ」
「ちっ! しょうがねぇなぁ」
少年は顔を引っ込めた。
「一也っていうの。今、中学一年生。まだ子供っぽいでしょ?」
「そんなことないわ。しっかりした弟さんね」
雪一也君かぁ。
顔は小顔で、ちょっと丸顔。
髪は横分け。目は、ぱっちり二重。
スーちゃんに、ちょっと似ているわね。
「一也君と交代で食事を作っているんだ」
「お母さんが習い事のある日だけね。ヨガと韓国語を習っているの」
「なかなかユニークな習い事ね。 韓流ドラマが好きなのかしら?」
「そうよ。でも今日はヨガ。マットを持って出かけているわ」
「まずいときに来ちゃったかしら。本当はスーちゃんが食事当番だったんでしょ?」
「気にしないでください。それより神崎さん、目が赤いですね。泣いていたんですか?」
う、鋭い。舜くんに振られて泣いたのばれちゃったかな?
「いやぁ、目にゴミが入って」
「嘘ですね。今、視線を外したし、目が泳いでた!」
優しそうな顔をして、何でもお見通しだな。
スーちゃん、アンタは閻魔か?
昼間はダディとマミーのゾンビ事件を誤魔化したけど、正直に打ち明けるしかないのかな?
幸い、ここには毒舌家の彩芽と冷やかし屋の蘭ちゃんがいない。
スーちゃんと一対一だ。
思い切って全部しっかり話そう!
「ねぇ、スーちゃん。これから打ち明けることは嘘のような本当の話なの。最後まで聞いてね」
「それで、何があったんですか?」
「実はね、地球は今悪い宇宙人に狙われているの!」
「確かに嘘っぽい話ですけど、目が真剣ですね。泳いでないし、私をじっと見ています」
「ホントのことだからね。で、悪い宇宙人は怖い宇宙キノコの胞子をばらまいたの」
「どんな怖い宇宙キノコなんですか?」
スーちゃんが真剣なまなざしで顔を近づけてきた。
「人間の頭にでっかいキノコを生やすの」
「キノコが生えると、どうなるんですか?」
「最初は、ぼうっとしていて、脳味噌に菌糸が回りきると、その人をゾンビに変えるの!」
「それで、人間を襲うわけですか?」
スーちゃんは瞬きもせず、私を見つめた。
「そうなの。ウチのダディとマミーが感染して、アタシは危うく殺されかけたの!」
「どうやって助かったんですか?」
「ザーラって名乗る全身タイツの宇宙人に助けられたのよ。そのザーラは私の頭にタイムリープ装置を埋め込んだわ」
「なんですか? それ」
「時間を巻き戻す装置なの」
「見た目は何もないように見えますね」
「頭の中にインプラントって、細くて小さなカプセルが入っているわ」
「どうやって使うんですか?」
「目を閉じて『タイムリープ・オープン』って唱えるの。頭の中にぱっと画面が出てくるわ。その画面を両手でクリックすると行きたい過去に戻れるわ」
「へぇ、凄い!」
スーちゃんは大きな目を倍以上に見開いて驚いた。
宇宙キノコに感染したダディとマミーはどうなったのか?
スーちゃんはそちらも気になったのか尋ねてきた。
「お父さんとお母さんは、どうなったんですか?」
「宇宙キノコの弱点は漂白剤と水虫薬に弱いの。だから時間を巻き戻したわ。それで、菌糸が広がる前に、お店の漂白剤をぶっ掛けたの!」
「それでお父さんとお母さんは助かったんですね」
安心したのかな。
スーちゃんはニッコリして両手を胸の前で合わせた。
「でもね、服を台無しにされたって怒られて弁償させられたわ」
「え~~可哀想! もしかして、アルバイト代がパー、とか?」
「そ。バイト料が全部、ダディとマミーに取り上げられた。喫茶店を手伝って毎月もらえるバイト料よ!」
「気の毒でしたね。怖い宇宙キノコから守ってあげたっていうのに」
スーちゃんは眉をひそめた。
「でも、それが泣いていた理由じゃないですよね。続きがあるんじゃないですか?」
「宇宙キノコに感染した人が、もう一人いたの。それが舜くん」
「え~! それで、どうしたんですか?」
「一回目はお店の漂白剤を舜くんにも掛けたの。そしたら、学生服を台無しにした、って振られました」
「助けてあげたのに、酷い。もしかして、タイムリープを二度やった、とかですか?」
「鋭いわね。時間を巻き戻して今度は水虫薬を頭に塗ったわ。でもベトベトのヤツで、すぐにばれて、振られた」
「二回も振られたのは、きついですね。三回目のタイムリープをしようとしても自信が持てなかったんでしょ?」
「わかる? それで三度目の正直をどうしようか悩んでいたら、涙が出てきちゃったの」
「なるほどね。それで泣いていたんですか」
「嘘っぽい荒唐無稽な話でしょ? 信じる?」
「そんな真剣な目で嘘をつく人なんて、私、見たことがないです。信じますよ」「信じてくれただけでもうれしいわ」
「でも、どうやって神崎さんを慰めたらいいんだろう? 参ったな」
スーちゃんは目を伏せた。
話せば分かる子なんだ。彩芽も、もう少し人の話を聞いてくれる子ならいいのにな。
「話を真剣に聞いてくれただけで嬉しいわよ」
「そうですか? 気休めになるかどうか分からないですけど、私のスィーツ模型でも見てもらえますか?」
「どんなの作ったのかしら?」
スーちゃんは机の下の抽斗を開けると箱を取り出した。
「私の最新作、ショートケーキです!」
「すご~~い! そっくりじゃん!」
スポンジケーキの質感もイチゴも生クリームも、よくできている」
「このイチゴ、どうやって作ったの?」
「樹脂粘土で形を作って着色したんです」
「へたな商品サンプルより、よくできてるわねぇ」
「神崎さん、知ってますか? 実は、ショートケーキって横浜発祥なんですよぉ!」
「ホント? 最初に発売した店が、まだあるとか」
「ありますよ。伊勢佐木町の不二家ですから」
「へぇ~、そうなんだ」
「大正時代の終わりに、できたんですって。アメリカではスコーンに生クリームとイチゴをトッピングしていたそうです」
「それが原型なんだ。スコーンだって美味しそうなのに」
「でも、それじゃ日本人の口には合わないって、カステラに似たスポンジケーキに変更したんですって」
「フランス菓子とか書いてあるから、てっきりフランスから伝わったんだって思っていたわ」
そのとき、だれかがドアをノックした。
コンコン! ガッチャッ!
ドアを開けたのは、中年男性だった。
「お父さん、何か用? 急にノックなんかして」
身長は百六十センチちょっと。割と小柄。
チノパンと白いTシャツの上からデニムの作業用エプロンをしていた。
チノパンはスプレーの塗料が付着しているのかな。あっちこっちにペンキらしきものが付いている。いかにもモデラーって感じだな。
丸顔で目がぱっちりしているところは、スーちゃんに似ていた。
髪は七三でイケメンではないけど端正な感じだった。
「悪いなぁ。弥生。こないだ、纏めて買った樹脂粘土。二袋ぐらい、くれないかなぁ」
お父さんはバツが悪そうに揉み手をした。
なんども小さく頭を下げていた。
「え? なんで? お父さんのプラモには要らないじゃん」
お父さんからの意外なリクエストにスーちゃんは口を半開きにして、お父さんをじっと見つめた。
こりゃかなり当惑しているな。
「それが急に必要になったんだよ。こないだヴィンテージもののクルーザーを完成して納品したお客さんだけどさ」
「古~いモーターボートを作ってあげた人?」
「そう。釣りをやっていて自分のクルーザーを持っている人だよ」
「その人に何か頼まれたの?」
「ああ。自分のクルーザーそっくりだって喜んでくれたんだよ」
「よかったじゃん。お父さんはプラモデルの達人だもんね」
二人は立ち話を続けた。
お父さんのプラモデル技術はスーちゃんも充分に認めているんだ。
スーちゃんの口元からは笑みが零れていた。
「それはいいんだけど、今度は玄関に飾りたいから、ってタイのミニチュアを作れって」
「タイって、お魚のタイなの?」
「それも、自分が釣ったやつ。本物は一メートルぐらいありそうな、でかいやつ」
お父さんは慣れていない魚のミニチュアのオーダーに戸惑っているみたい。
目が何か、必死な感じだ。
「そんな大きいの、いくらお父さんでも作れないでしょ!」
「そのままのサイズだと大きすぎて飾れないから、十センチぐらいのマスコットにしてくれって。ボードにくっつけて玄関に飾りたいんだってさ」
「それで、急に樹脂粘土が必要になったの? でも、お父さんは、そんな食品サンプルみたいなやつなんか得意じゃないじゃん」
「ウチの模型を気に入ってくれた大切なお客さんだからなぁ。断れないよ」
お父さんは眉間にしわを寄せて右手を振った。
お得意さんの無茶ぶりかぁ。
断るに断れなかったんだろうな。
得意でもないタイのミニチュアなんか頼まれちゃってさぁ。
「私が作ってあげようか! このショートケーキのイチゴを作るテクがあればタイなんか大したことないわ」
スーちゃんは私に見せたショートケーキの模型をお父さんの目の前に突き出した。
「頑張って自分で作ろうって思っていたんだけどな。で、いくらの工賃を貰う気なのよ」
「販売価格から材料費を除いた製作費の半分で、どうかしら?」
「え~~? そんなに取るの?」
「お父さん、ガンプラと戦車とゼロ戦で、忙しいんじゃないの? 本当は手が回らないくせに」
お父さんの顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「うううう、ああああ、しょうがない! 弥生に頼むわ」
首を左右に振ってわなわなしてるぅ。
娘に仕事を頼まなくてはならないなんてオヤジとしては屈辱か「まいどありぃ! 釣りをやる人からの魚の模型注文なら、魚拓とか写真があるでしょ?」
「あるんだよ。よくわかるな。じゃぁ、あとでスマホに送るよ」
「今日は、ちゃんとスリッパを履いているわね。お父さんは水虫なんだから、裸足で歩かないでね」
スーちゃんのお父さんの足元を見たら、メッシュのサンダルみたいなスリッパを履いていた。
「スリッパを履かなくたって、移らないけどな。塗るとサラサラになる軟膏を毎日、使っているからね」
「床がベタベタにならなくても、なんか嫌なんだもん」
え? 何だって? 塗るとサラサラになる水虫薬だって。
とっさにアタシはスーちゃんのお父さんに質問した。
「おじさん。今、足に塗るとサラサラになる水虫薬を使っているっておっしゃいましたか?」
「ああ。使っているとも。今だって、ちゃんと塗っているよ」
「ちょっと足を触っていいですか?」
これにはスーちゃんが慌てた。
「神崎さん、ダメですよ。手に水虫ができたら、どうするんですか?」
スーちゃんの止めるのも聞かずに、アタシはスーちゃんのお父さんの足の指を撫でた。
全然、べとついてない!
「今、触ったところは、確かに水虫薬が付いているところだよ。ベタベタしていないだろう」
「ええ。サラサラですね。なんて薬ですか?」
「アグレッシブ・グランデ・クリームだよ。もしかしてお嬢ちゃんも水虫?」
「あの、その、ブーツ履いていたらできちゃって」
「そう。お大事に」
やり取りを聞いて、スーちゃんがニヤリと笑って、ウインクした。
何に使うか、もちろん分かるよね。
さすがにスーちゃんのお父さんにまでゾンビ話をするのはまずいと思って、ごまかしちゃったけど。
使える薬が分かった以上、ここでのんびりしていられないな。
とりあえず、家に帰って作戦を考えよう。
アタシは立ち上がってペコリと挨拶した。
「すみません。今日はもうおうちに帰らないと! お邪魔しました」
店の入り口までスーちゃんが送ってくれた。
「お父さんのと同じ薬で勝負するんですね。神崎さん、頑張って!」
「もう、べそなんか、掻かないよ。今日はありがとうね! バイバイ!」
ガコン、ガコン、ガコン!
私は自転車を勢いよく漕ぎ始めた。




