最終話
エティナは宝飾品を身につけた煌びやかなドレスの溢れるこの場所で、一人とても気負っていたことに気がついた。今は姉のおかげで身体の力が抜け、冷静さを取り戻せている。
周囲の人の美しいドレスの中、自分のドレスも形だけなら劣りはしない。劣るのは質感や細部で、こればかりは短時間低予算ではどうしようもないけれど、そこまで作り込めてこそ本物といえる。次はもっと……真近に見た姉のドレスを思い出しながらエティナが思案していると。
「エティナ? 大丈夫かい?」
マクオルが腕にかけたエティナの手を軽く叩いて呼びかけてきた。エティナはドレスのことばかりに意識を集中し、自分がパーティーに参加していることを忘れてしまっていたのだ。
「はい、マクオル様。大丈夫です」
エティナは慌ててマクオルに返事を返した。しかし、マクオルは真顔でエティナを見下ろすだけ。何かおかしなことをしただろうかと心配になるエティナだったが、彼の表情からは何も読めない。
「あの……マクオル様? 私、大丈夫ですけど」
「あぁ、それは……よかった」
「マクオル様、姉に会わせてくださって本当にありがとうございました。てっきり姉が何か勘違いして、王宮に居座りご迷惑をおかけしているのではないかと思っておりましたので。姉に会えて安心しました」
エティナが礼を述べるのをマクオルは聞いているのだが。その反応がにぶい気がする。
エティナは自分の態度が図々しくなっていたかもしれないと心配になりながら、マクオルを待った。
マクオルはエティナの真正面に立つ位置を変え、両手を取った。そして、切り出した。
「エティナ、また、貴女を誘ってもいいだろうか?」
「え?」
「貴女には嫌われていたのが、少しは回復できたのではないかと思う。これから少しずつ私を知ってもらい、その上で……私との結婚を考えてほしいと思っている」
「え……」
結婚? エティナは驚いた。侍女として働くことは貴族男性の結婚対象から外れるはず。王子と従兄弟のダンフォード家と下位貴族のビスコーテ家では家格の差が大きすぎる。殿下と姉は特殊な例として、 そんなことは到底無理では……。そう思いつつも、エティナは彼から請われる嬉しさを抑えきれない。
「……マクオル様、私は、侍女なのですが……」
「貴女の仕事柄、今日のように私の都合に合わせるのは難しいと理解しているつもりだ。だから、次からは貴女の休みに合わせる」
「そういう意味ではなく、……マクオル様はダンフォード家をお継ぎになられるのですし、私では、ご家族の方々がお許しにならないのではありませんか?」
「もちろん親族内から反対の声はあるだろう」
「……」
「だから貴女が私と結婚すると、反対する者達のせいで不愉快な思いをするかもしれない。だが、私と一緒に乗り越えてほしい」
「それでは……反対されるのがわかっていても、マクオル様は結婚なさるおつもりなのですか? 侍女として働いていて、他の貴族男性は相手にもしない女性なのに?」
「私は、私が望む女性と結婚する。誰に反対されようが関係ないよ」
そう言うマクオルの嬉しそうな様子にエティナは少し焦った。
「あの、もしもの話で……結婚とか、全然……。それに、ドレスのこととかもっと勉強したいと思っていますし、私……」
「結婚については、そのうち考えてくれればいい。エティナ、次の休みは、私と過ごしてもらえるだろうか?」
「……はい……。よろしくお願いします」
エティナは小さな声で答えた。その顔はとても嬉しそうな恥ずかしそうな顔で、マクオルの顔も緩んだ。
二階通路からこっそり眺めていたリオールは兄の顔を見てほっとしていた。やっと解放される、と。
それから1か月後、ダンフォード家では。
「エティナ、この布とレースはどう? 素晴らしい染色だと思わないか?」
「まあ、本当に、なんて素敵な色味でしょう」
「これで下着を作ったら、どんなに可愛いだろう」
「下着、ですか?」
「そうだよ。手触りがいいだろう? とても柔らかいから、こう、ふんわり膨らませれば可愛い下着になると思わないか?」
「そんなに膨らませては、服を着た時に服の形に影響がでてしまいます」
「うーん、なら、ドレスを着ない夜専用にすればいい」
「夜専用……それはいいかもしれませんね」
「だろう? そういう下着を着たエティナは可愛いだろうな」
「さあ、どうでしょう」
「もちろん、エティナは何も着なくても可愛いと思うがね」
「この布はどれくらいあるんですか?」
「今はこの一巻きだけだ。必要ならもっと送ってもらおうか?」
「ひとまずこの一巻きでデザインを考えてみます」
「エティナが下着姿で僕の名を呼んでくれたら、可愛いだろうな」
「妹チェルナの年頃の服に仕立てたらちょうどよさそうです。リオール様より二つほど下なのですが、見た目は5つは下に見えます。子供用ドレスはフリルばかりで面白みがないのですよね」
「私はエティナの下着の方がいいのだが」
「それだとマクオル様は完成品を確認できませんが、よろしいですか?」
「……」
「さすがに女性用の下着をリオール様に着ていただくわけにはまいりませんし、男性用の下着は私には作れません」
「……エティナ……」
「私の妹は黙ってさえいれば可愛いので、いいモデルになってくれると思いますよ」
「可愛いのかい?」
「ええ、とても。性格は可愛くないですが」
「……しかし……エティナの下着姿……」
居間での二人のやりとりを戸口で弟リオール・ダンフォードが呆れながら見ていた。
「兄さんは発言が変態じみている自覚が全くないな」
「マクオル様は正直でいらっしゃいますので」
「あの発言を引きもせず完璧に流せる彼女もすごい」
「エティナ様はデザインのこととなれば他はまるで気にならなくなるようです」
「さっさと結婚してしまえばいいのに」
「エティナ様は次のクロンザッテ家の侍女が見つかるまでは続けるそうですので、当分は無理かと」
「……仕方ないな。僕に変な服を着せようとしなくなってくれたから、いいけどさ。とりあえず、兄さんが彼女に見捨てられないように気をつけておけよ。もう二度と兄さんが作らせた服を着せられるのはごめんだ」
「はい。リオール坊っちゃま」
ダンフォード家の次男坊の言葉に、執事だけでなく使用人達はしっかりと頷いた。
兄マクオルの作らせた派手な服を着たリオールの姿を見られないのを非常に残念に思いながらも、近い将来、今まで以上に賑やかに華やかになるだろうことに期待を寄せた。
あのマクオルなら妻にも我が子にも凝らないはずがないのだから。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。m(_ _)m