♡06話 甘い飴をくれる狼にはご用心を
すぐ、食べてほしそうな期待を込めた目で見つめられます。
前もこんな感じだったと思いながら、この流れでなぜ飴が出てきたのか、よく分からないままに手に取って包み紙を剥きました。白い丸い飴に色々な色の小さなビーズのような粒が埋め込まれています。楽しそうな飴です。
包み紙はテーブルの上に置いて、飴を口に入れました。ミルクの味に何種類かの果実の味もします。甘い美味しい飴でした。
「舐めちゃうんだねえ。素直というか、懲りないよね。うん、やっぱり君は、実は私の事が好きだろ?」
そんな事を言われてギョッとしました。この青年は何を言ってるんでしょうか。タラシまくっているうちに、全ての女性が自分に好意を持つと妄想し始めたのでしょうか。
「はあっ?! なっ何を仰ってるの! 勘違いなさらないで!」
否定して怒鳴ると、青年は大きく頷いて見せました。
「全然自覚がないのも分かってる。でもさ、嫌いなやつがくれた飴を舐めるかい? キスされたのが嫌な思い出になってたら、また飴を出されて口に入れる気になるかな?」
「えっ? そっそれは……」
青年の言葉に動揺します。何か胸がザワザワします。言われてみれば、自分の行動がおかしいのが分かりました。
「嫌いなやつを自分の部屋に入れる? まあ、それは私が誘導したところもあるけど、きっちりドアを閉めて二人きりになるかな? 私の隣に何の抵抗もなく座ったよね? いきなりキスした男の隣にさ」
「それは、それは舞踏会で一緒に過ごしたからあまり抵抗が……あれ、でもあんなキスでなぜ隣に? あら?」
自分の行動に疑問が湧きました。胸のザワザワがひどくなります。
「君は私の前だと素が出やすくなってるよね。ご令嬢の外面が剥がれて変な言動したり、すごく分かりやすい顔しちゃうの、わかってる? それって私の事が好きだからじゃないのかな」
「えっ?!」
青年の言葉に驚きました。胸のザワザワがさらにひどくなります。またもや言われてみれば、確かに外面が取り繕えてなかったような気がします。
この青年が好き? いえ、騙されてはならないでしょう。そんな気持ちを認めたら、いいように狼に食べられてしまいます。これはヤリチ〇のタラシ技なのです。言いくるめて好きだと錯覚させる手なのです。
そう、好きと言うよりどうでもいいと思っているから、という方が納得できます。
色っぽいご婦人達に全身に円を描かれるようなやつです。(←決めつけ)好きと言うよりクズ……そう、クズだと思ってるからではないでしょうか。
「わあっ、よからぬ事を考えてるのが丸わかり! ホントに分かりやすいなあ」
クズだと思ったのがバレたのかとギクリとします。青年の方を見ると何やら悪戯めいた、意味深な笑みを浮かべて見つめてきました。
「変な事を考えたようだけど、君、実は最初から私に好意を持っただろ。あっ、好意というより興味かな。耳年増だものね。あれこれ、いけないことを考えるのが好きなご令嬢だよね」
そう言いながら、青年は立ち上がると 艶かしい動作で上着を脱いでソファの背に掛けました。シャツのボタンを見せつけるような手つきで外し始めます。
「なっなぜ、服を脱ごうしてるんですの?」
「君の気を引きたいからかな。好奇心を刺激してあげようと思ってね。男の体に興味ありありだよね。耳年増だものね」
青年はシャツのボタンを上から半分外すと、手を止めました。シャツの前が少し開いて肌が見え、何ともあやしい色気が出ています。エロエロです。
「あっ、あとのボタンは君が外してみる?」
「やっやめてくださいな。はっはしたないですわっ!」
顔がカーッと熱くなり、両手で顔を覆って叫びました。とたんに青年の口から笑い声が漏れます。
「アハハハッ、いいね。その指の隙間からガン見してるところ!誰も呼ばないし、逃げたりもしないよね~」
「……えっ?」
言われてみれば、指の隙間が開いてしっかり見ていました。これは恥ずかしいです。カーッと頭に血が昇りました。無意識に欲望に従ってしまっていたとは、とんだ失態です。
ひとしきり色気を吹き飛ばしてお腹を抱えて笑った青年は、笑いが収まると近づいてきました。ソファから抱えて持ち上げられます。
「なっなぜ、抱き上げましたの?」
「あっ、首に手を回してくれる? 落ちたら大変だからね」
ギクリとして焦って青年の首に手をかけると、また笑い声が青年の口から漏れました。
「クククッ、本当に面白いよね、君は。寝室に運ぼうと思ってね」
「なっなぜ、寝室に運ぼうとしてるんですの?」
「実はね、君の兄上に君にアレコレしちゃったって言っちゃったんだよ。だから、責任を取って結婚しますってね。嘘だとばれて婚約をなしにされたら困るだろ」
「えっ、えっ、どういう事ですの?」
「うん、寝室で詳しく説明してあげるね。あっ、飴はどうしたのかな? 飲んじゃった?」
青年に尋ねられて、首を振ります。
「いえ、話すのに邪魔だったので舌の下側にしまっただけですわ。ありますわよ、ほら」
舌の下にしまっていた飴を舌で転がして舌の上に載せると口を開けて見せてあげました。とたんに青年が大きく目を見張って驚く様子を見せました。
「わあっ、この状態で口開けて飴を見せてくれちゃうんだ。懲りてないというか、誘ってるつもりないよね。
女性不信の私をホントに和ませてくれるよね。変な素直さがあって分かりやすくてさ。おまけに面白いんだよ。
ん? 分かりやすいのは私が興味を持ってよく見てるせいもあるのか? まあ、どっちでもいいか」
やはり、独り言のような事を言う癖のある青年のようです。口を閉じて青年の顔を見ていると、ニヤリと悪巧みしてそうな楽しそうな笑顔を浮かべました。
「その飴は『一緒に舐めませんか?』って意味はないけど、上級者向けで、舐めると『何でもお好きにどうぞ』って意味になるからね」
「えっ?」
驚いているとスタスタと寝室のドアの前まで運ばれました。
「なっなぜ、ここが寝室だと分かりましたの?!」
「まずは一番、立派そうなドアにしただけだね。部屋にそんなにドアはないでしょ。このドアがトイレだったら、ビックリだよね」
「ああ、納得ですわ」
頷いて見せると、またもや青年の笑い声が聞こえました。
「フフフッ、いいね。君はホントにいいね。ああ、大好きだよ。早く私を同じくらい好きになってね。頑張るからさ」
顔を近づけてきた青年の唇が額に軽く触れました。
「二人で一緒に愛ってどういうものか考えようね~」
ひょいと抱いた体を自分の胸の方に体重がかかるよう引き寄せた後、青年は右手で寝室のドアを開けました。お姫様抱っこしたままドアを開ける技を見せてもらいました。さすが、タラシだと感心してる間に寝室の中に運ばれてしまいました。
──結婚が確定しました。
淑女は狼に食べられるような隙を見せてはいけません。油断してはいけません。特に甘い飴をくれるような狼にはご用心を……。
でもまあ、狼を好きになってしまったなら、仕方ないのかもしれませんが……。
お読みいただき、ありがとうございました。楽しくお読みいただけていたら、嬉しく思います。
〈前作をお読みいただいた方へ〉
前作の青年がアレだったので、今回の青年はコレにしたら、こんな話になってしまいました。こんな話でがっかりした方や、不快な思いをした方はすみません。謝っておきます。m(_ _)m
〈前作の修正について〉
前作の青年は黒タキシード(ブラックタイ)から燕尾服 (ホワイトタイ)に着替えさせました。
ダンスは妙な踊りから、ワルツらしきものを踊らせました。結婚衣装はいいわけを付けさせていただきました。