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主従萌え女と氷の王子様  作者: 水無 仙丸
最終話「氷の王子様」
26/26





「――氷の王子様が来たわよ!」

 校門をくぐると、女子の集団がワッと押し寄せてきた。

「おはようございます王子! これ受け取って下さい!」

「クッキー作ったんです食べて下さい!」

「お弁当を作りました!」

「握手して下さい!」

「一緒に写真撮ってくれませんか?」

「これ、あたしのケータイの番号です!」

「彼女と別れて私とつき合って下さい!」

「あたしは二番目でもいいです!」

「あたし三番目!」

「あたしは召使いでいいです!」

 女子どもの波をかき分けたその先には、男子が待ち構えていた。

「高宮君のためにミルフィーユ作ってきたのヨ! 食べてちょーだい!」

 身長190センチの鬼瓦が今日も手作りスイーツを抱えて迫ってくる。

 お前が目の前に立つと陽射しが遮られてちょっと涼しいとか怖すぎるわどんだけデカイんだよ。

「文化祭が間近なんだ! 今日こそは採寸させてもらうよ高宮君!」

 演劇部部長が採寸メジャーを新体操のリボンのようにさばきながら近づいてくる。

 さすがは演劇部。動きも華麗ですね。でもウザイです。

「初めまして僕は剣道部の部長です! 良かったら剣道部に入りませんか!」

 誰だよお前。

 なんで男子が日に日に増えていくんだよ。

 朝からむさ苦しいんだよふざけんな。

 俺は、女子(一部男子)の集団にあっという間に取り囲まれて、身動きが取れなくなった。

 いつもならここでアイツが割って入ってくるんだけど、今日はいない。

 どこにもいない。

 いつまで待っても来ない。

 なにやってんだアイツ。

 どこにでも駆けつけますとか、

 いつでも見つめておりますとか、

 さんざん言ってたくせに。

 ただの嘘吐きかアイツ。


 ――恭ちゃんは、真知子ちゃんが恭ちゃんを好きだったから、真知子ちゃんのこと好きだったの?


 昨日の天坂の言葉をふと思い出した。

 天坂の言う通り、アイツが俺を好きだったから、好きになったんだろうか。

 アイツが俺を好きじゃなくなったら、俺の気持ちもなくなるのだろうか。

「――あのさあ」

 集団にもみくちゃにされながら声を上げた。

「俺、ずっと断わってるのに、なんでみんなあきらめねえの?」

 俺の問いかけに、みんなはしんと静まり返った。

 そして互いに近くの者と目を合わせて、何やらひそひそと相談をしている。

「――だって、あきらめたくても、あきらめられないんですもん!」

 しばらくしてから、一人の女子が言った。

 すると他の奴もうんうんと大きく頷き出した。

「そうです! 私たちみんな、高宮君をあきらめられないんです!」

「だからアタックし続けてるんです!」

「どんな手段を使ってでも、王子を手に入れたいんです!」

「どんなに冷たくされても、傷ついても、高宮君が好きなんです!」

「てゆうかむしろ冷たくされればされるほど燃え上がります!」

 みんながそれぞれ、主張をし始めた。

 なぜか全員が、握りこぶしを作っている。

「そうよそうよ、何度断わられたってあきらめないワ。アタシの手作りスイーツで高宮君を喜ばせたいのヨ~」

 鬼瓦も女子に混ざって一緒に頷いている。

 いやお前の意見は聞いてない。

 つかなんで女子と意気投合してんの。

「そうだよ高宮君! どうしても手に入れたい物は土下座してでも手に入れる主義なんだよ俺は。というワケで採寸させて下さい!」

 演劇部の部長がその場に勢いよく土下座した。

 まさか本当にするなんて驚いた。

 するとなぜか拍手が巻き起こり、女子たちが「部長の土下座カッコイイ!」などと言ってはやしたてている。

 拍手喝采が鳴り響く中、俺は茫然と立ち尽くした。

 意味が分からない。

 なんでそこまでやる必要があるんだ。

 断わられてるのにあきらめないとか、一歩間違えればストーカーだぞ。

 俺には理解できない。


 でも、


 だけど、


 ただひとつだけハッキリと分かることは、


「私は高宮君にふさわしくないから」と言われた中学の時の俺は、


 あの時の俺には、


 土下座してでも手に入れたいという強い思いが、全くなかった。


「――すごいね、みんな」


 自然と俺の口から出た言葉に、みんなは不思議そうに首を傾げた。


 みんなが俺を見ている。


 髪の長い女子も、短い女子も、


 背の高い女子も、低い女子も、


 柔道部の鬼瓦も、


 演劇部の部長も、


 みんなが俺を見ている。


 みんなが俺をあきらめないでいる。


 俺は今まで一度も、


 傷ついてでも何かを手に入れたいなんて、


 思ったことがない。


 今まで一度も、だ。


 だけど、



〝――私は王子の従者です! 何なりとお申しつけ下さい!〟



 アイツが現れたあの日から、


 俺は変わった。


 だって、


 こうしている今この瞬間も、


 この人だかりの中に、


 俺は、



 ずっとアイツの姿を探しているから。



「――ありがとう」



 俺が笑顔でお礼を言うと、全員が静まり返った。

 そして何人かの女子が卒倒した。

 女子の介抱は鬼瓦に任せるとして、俺は校舎へと急いだ。


 俺らしくない。

 そうだ、

 こんなの俺らしくねーんだよ。

 どうすればいいかなんてウジウジ悩んでないで、

 欲しい物はどんなことをしてでも手に入れりゃあいーんだよ。



「――こんなの合成写真に決まってるじゃん!」

 昇降口に入ると、掲示板の前に大勢の生徒が集まっていた。

 その先頭で、天坂が大きな声を上げている。

「ひどいイタズラだね全く! みんなこんなの信じちゃダメだよ!」

 掲示板に貼られていた一枚の紙を、天坂が乱暴に剥がしてぐしゃぐしゃと丸めた。

「これ合成だからね! 絶対合成写真だから! みんな忘れること! いいね!」

 天坂が丸めて握りしめている紙を、俺は後ろからスッとかすめ取った。

「あ、ちょっと誰……って、恭ちゃん?!」

 紙を広げてみると、それは一枚の写真だった。

 A4サイズに引き伸ばされた写真で、そこに写っているのは、メガネ女と、柚木。


 ――二人がキスをしている写真だった。


「……ひ、ひどいイタズラだよね。こんな、合成写真を作るなんて……」

 天坂が顔面に冷や汗をかきながら引きつった笑いを浮かべている。

 まあ、確かに。

 後ろの背景を見る限り、場所はカラオケボックスだろうか。

 キスをしていると言っても、メガネ女は目を開けたままの真顔で、唇も完全には重なっておらず、メガネ女の唇の端辺りに柚木がキスをしている、といった感じだ。

 そして写真の下の方に、「柚木優真と立花真知子はめでたくカップルとなりました!」と書かれてある。

 合成と言われれば、合成に見えなくもない。

 だけど、

 もしそうでないとしたら――

「――きょ、恭ちゃん……?」

 天坂が心配そうに顔を覗き込んできた。

 そんな情けないカオすんなよ。

 お前、仮にも光の王子様なんだから。

「――ありがとうな」

 俺がそう言うと、天坂の顔が赤く染まった。

「ちょ、ちょっと恭ちゃんどこ行くの!」

 心配しなくても大丈夫だよ天坂。

 俺の気持ちは、もう固まっている。

 人だかりをすり抜けて、廊下を突き進んだ。

 向かう先はもちろん、メガネ女のいる一年D組だ。


 廊下の角を曲がったところで、前方に渦中の人物を見つけた。

 ――猫王子こと、柚木優真の後ろ姿。

 柚木は国語準備室のドアを開けて、中に入っていった。

 これはいいチャンスだ。

 俺はD組に向かうのはやめて、国語準備室のドアノブに手をかける。


 ――アイツを返してもらう。


 そのためなら何だってやる。


 柚木を倒せば取り戻せるなら、容赦なく叩き潰すし、


 土下座して帰ってきてくれるなら何度だってやってみせる。


 どんなにぶざまになってもいい。


 アイツを返してもらう。


 そのためには手段を選ばない。


 俺は勢いよくドアを開けて中に入った。


「――誰か助けてくれえ!」


 国語準備室の中にいたのは、


「あ、恭一様、なぜこんなところに」


 ロープで上半身を縛られて倒れている柚木と、それを踏みつけているメガネ女がいた。

 ……なにやってんのお前。


「――え、なにこれ、真知子ちゃんも恭ちゃんもどういう状況?」

 後から追いかけてきた天坂が中を覗き込み、困惑した声を出した。そりゃ当然だ。

 なぜ柚木が縛られてて、なぜメガネ女が柚木を踏みつけているのか。

 状況から察するに、柚木を縛ったのはメガネ女なのだろうけど。

「え、ええーとですね、これには深い事情がありましてですね、何から話せばいいのやら」

 メガネ女が額に汗をかきながら必死で説明しようとしているが、

「うるせえな黙れ」

 俺は片手でメガネ女の両頬を挟んだ。

 メガネ女はタコみたいな口になって「う?」と声を出した。

「俺はなあ、女の気持ちとか考えるのが苦手なんだよ」

 だからもう、お前の気持ちを考えるのやめた。

 お前の気持ちなんてどーでもいい。

 どーでもいいんだよ。

 だって俺は、

「――お前が俺のことどう思ってようが、俺はお前を手放す気なんかこれっぽっちもないからな」

 メガネ女はタコ顔のままで耳まで真っ赤になった。

 これじゃあ本物のタコだな。

「イチャついてんじゃねーよボケ! さっさとこのロープほどきやがれ! テメエら全員後でめちゃくちゃ後悔させてやっからな!」

 床に転がっていた柚木が叫んだ。

 随分と口が悪いが、いつもの猫キャラはどーした。

 するとメガネ女が突然、柚木の顔面を靴で思い切り踏みつけた。

 柚木が「うごあ!」と呻き声を上げる。

 おいおい大丈夫かそれ。

「……柚木君が私の連絡先を聞いてきたあの朝、恭一様に敵意を抱いているのをなんとなく感じたので、その後からずっと柚木君のことを見張ってたんです」

 メガネ女が柚木の顔面をグリグリ踏みつけたまま、静かな口調で話し始めた。

 連絡先を聞いてきたあの朝というのはアレか、天坂がケータイのアドレス件数で悔しがっていたあの時か。

 というかそろそろ足をどけてやった方がいいんじゃないか?

「すると案の定、恭一様のロッカーや靴箱にいたずらしてたので、証拠写真を撮りつつ、全部私が後処理をしておきました。植木鉢の落下や、竜崎センパイの襲撃もおそらく柚木君のさしがねだと思われます」

 ああ、竜崎センパイな。植木鉢もな。やっぱりな。

 お前が学校で姿を全然見せない時があったけど、アレは俺の知らないところで色んなことを処理してくれてたのか。

「柚木君と一緒にカラオケに行ったあの日、私が撮った証拠写真を見せて、恭一様への嫌がらせをやめるように忠告したんです。そしたら……」

 メガネ女が、言いにくそうに口ごもった。

「柚木君が、ある写真を見せてきたんです」

「写真って、何の?」

「私がメガネをかけずに登校してきた時の写真です」

 ああ、アレか。

 化粧バッチリの。

 でもそれに何の問題が?

「校門前に立ってたところをいつの間にか盗み撮りされてたみたいで。この写真をバラまかれたくなかったら、証拠写真を消せって言われまして……」

「消したの?」

「はい」

「なんで。そんな写真、取り引きするに値しないだろ」

「だってあの姿を学校中にバラされたら恭一様に破門されるじゃないですか」

 余計なことを言ってしまった。

 あんな姿で毎日登校されたらたまったもんじゃないと思って強く言い過ぎてしまった。

 反省も後悔もすることにしよう。

 これからは発言に気をつけるよ。

「ついでに恭一様と別れろという意味不明な脅しも受けまして……」

 はあ?

 なんでそうなる?

「でないと知り合いの暴走族を使って恭一様に嫌がらせするって言うもんですから、ここはいったん命令通りに動くふりをしておいて、後で実力行使でケータイ粉砕してやろうと思い、こうしてロープで縛り上げて……」

 まあそれはどうでもいいんだけど。

 それよりもまず聞きたいことがある。

「つか何お前、コイツに脅されて俺と別れるって言ったの?」

「は、はい」

「何それ。そんなに簡単に俺と別れられるんだ?」

「か、簡単じゃないですよ! だって……」

「サクッと言ってたもんな。おつき合いを解消したいってサラッと言ってたもんな」

「あの時だって、棚の陰から柚木君が見張ってたんですよ」

「柚木のいいようにされすぎだろ」

「ですよね……。途中から私も何をどうすればいいのか分からなくなってました。でも……」

 メガネ女が伏せていた顔を上げて、俺を真っ直ぐに見つめる。

「でも絶対に恭一様を危険に晒したくなかったんです。それが最優先でした。恭一様を守るためなら、私との関係は壊れてしまってもいいと思いました」

 知ってるよそんなの。

 お前がどーゆーヤツなのかは、

 俺だって知ってるんだよ。

「……カッコ良すぎなんだよお前はいつも」

 俺がフッた女から嫌がらせされた時も、全部裏で後始末してたもんな。

 上から水ぶっかけられた時も。

 制服のままでバケツの水かぶって。

 知ってるよそんなの。

 お前がどんだけ覚悟決めてるか。

 知ってるよ。

 知ってるけど、

 だけどなあ、

 でもなあ、

「今日くらいは俺にお前を守らせろ」

 もっと頼れよ、俺を。

 メガネ女の額に渾身のデコピンをくらわせた。

 すると突然、メガネ女がぼろぼろと泣き出したので驚いた。

 なんで泣くんだよ。

 そんなに痛かったか?

「――おいコラ、猫王子」

 今度は天坂が、床に転がっている柚木のケツを蹴り上げた。

 柚木が「いってーな何すんだよ!」と怒鳴り散らしている。

「なにお前、恭ちゃんと真知子ちゃんを別れさせたかったの?」

「別に。ただの暇つぶしだよ」

 柚木が鼻で笑った。

「高宮クンの女を奪ったら面白いかなーと思って。クールな氷の王子様がヘコむところ見たいじゃん。それにキス写真を拒んだからちょっと腹立っちゃって」

「キス写真って何?」

「あれ知らない? ボクね、女の子とのキス写真集めてるんだよ。今ちょうど二百五十枚突破したところ」

 天坂君は集めてないの? と柚木がいたずらっぽく笑った。

「キス写真撮らせてくれたらメガネなしの写真ばらまくのカンベンしてやるっつったのに立花さん全然OKしてくんなくてさあ。仕方ないからカラオケボックスに女の子いっぱい呼んでみんなで歌って盛り上がってたら立花さん茫然としちゃって。隙だらけだったから突然キスして撮っちゃった。掲示板に貼ったの見てくれた? きれいに写ってたでしょ? シャッター押したのはF組のカナちゃんだよ」

 にこにこと嬉しそうに話す柚木をみんな黙って見つめていた。

 大体のことは分かった。

 それはつまりこういうことだな。

「――あの写真は合成じゃないってことだな?」

 俺がそうつぶやくと、すぐ隣にいたメガネ女が、一歩後ずさった。

「……な、なんで笑ってるんですか恭一様……?」

 メガネ女が、何か恐ろしい物でも見るような、真っ青な顔になっていた。

 俺、笑ってる?

 マジで?

 自分ではよく分かんねーんだけど。

 もし笑ってるんだとしたら、たぶん、アレだ。

「腹が立ちすぎて笑いが止まらねえ」

 天坂とメガネ女が二人そろって顔面蒼白でガタガタ身体を震わせている。

 その姿がなんだかおかしくて俺はさらに笑ってしまった。

「――天坂、震えてるとこ悪いんだけどちょっとパシられてくれるか?」






「――恭一様、一体何をするつもりなんですか?」

「お前は見ない方がいい」

 中に入ろうとするメガネ女を廊下で待たせて、ドアを閉めた。

 ここは放送室。

 HRが始まっている時間だから、中には誰もいない。

 いるのは俺と天坂の二人だけ。

 足元にはロープで縛られたままの猫王子が「さっさとほどけアホ!」と悪態吐いている。

「そう言えば古い方の放送室にお前と閉じ込められたことがあったな」

 と俺が言うと、天坂が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「やめてよ忘れてよ。アレは黒歴史だから」

「なんで? アレでお前と仲良くなれたのに」

 天坂の顔がみるみる赤くなったと思ったら突然俺にタックルをかましてきた。

「恭ちゃん! 今すぐ僕を抱いて!」

「やだよ。それより連れてきてくれたのか?」

「ああうん、ドアの外で真知子ちゃんと一緒に待機してるよ」

「オッケー」

 俺はマイクのボリュームを一気に上げた。

「――授業中に失礼します。一年A組の高宮恭一です」

 今はHRの真っ最中だから、ほとんどの生徒が教室で聞いているだろう。

 前回の全校集会と同様、教師が止めにやって来る前に終わらせなければならない。

「皆様にお知らせがあります。今朝、掲示板に貼り出されていた写真は、猫王子こと柚木優真君によるイタズラでした」

 放送室の中にいても、校内が徐々にざわめき始めているのが伝わってくる。

 俺は息を大きく吸い込んだ。

「俺、高宮恭一は今後も変わらず一年D組立花真知子専用の王子様ですのでヨロシク。文句がある奴は叩き潰すって同じことなんべんも言わせんなよぶっ殺すぞ」

 きゃあああああーッ!! と学校全体から女子の黄色い悲鳴が響いた。

 この部屋、防音なのに。

 こんだけ聞こえてくる悲鳴って、スゲーな。

 喜んでんのか驚いてんのかよく分からんが、とにかく女はすぐ奇声を上げるんだな。

 女子だけでなく、男子が盛り上がっている声も聞こえてきた。

 そろそろ教師が飛んでくる頃か。急がなければ。

「手始めにまず猫王子に制裁を加えるんでよろしければご静聴願います」

 天坂に合図して、ドアを開けてもらう。

「高宮君からの呼び出しだなんてドキドキしちゃうわネー!」

 中に入ってきたのは柔道部の大男、鬼瓦武蔵だ。

 190センチの筋肉男が入ってくると、途端に放送室が狭く感じられた。

「コイツ、カワイコちゃんとのキス写真撮るのが趣味らしいんだ。協力してやってよ」

 柚木の首根っこをつかんで差し出すと、鬼瓦の目が急に輝き出した。

「アラ可愛い! アタシはどちらかと言うと絶対零度の上から目線で罵声を浴びせてくるようなドSイケメンがタイプだけど、こういうキュートなコもいいわネ!」

「あと寝技もかけて欲しいらしいよ」

「本当っ?! こんな可愛いコに寝技かけたことないから腕が鳴るわネー!」

 鬼瓦が指をバキボキ鳴らした後、ポケットからリップクリームを取り出して自分の唇にグリグリ塗りたくった。

「えっ! ちょ! ちょっと待って、ちょっと待って高宮クン!」

 柚木が大慌てで後ずさりしようとするが、天坂にあっさり捕まえられた。

「高宮クンまさか本気じゃないよね? 本当にやったりしないよね?!」

「どーした喜べよ。ちゃんと撮影してやるから」

「いやいやナイよコレは! 絶対ナイよコレマジでやったら高宮クン鬼だよ悪魔だよ!」

「鬼でも悪魔でもねーよ。氷の王子様だ」

 言っただろーが。

 文句ある奴は容赦なく叩き潰すって。

 俺はな、こう見えて負けず嫌いなんだよ。

 やられた分はキッチリやり返す主義なんだよ。

「ちょっと待って高宮クンやめて本当にごめんなさい! 謝るからマジでマジでマジでごめんなさい許して下さい!」

 縛られたままの柚木が必死になって俺の足元に縋りついてくる。

 俺はにっこりと王子スマイルを作った。

「大丈夫だ安心しろ。鬼瓦のキス以外にも、俺からの制裁をたっぷりと用意してあるから」

 微笑みながら、柚木の茶色い髪を優しく撫でてやった。

「――せいぜいイイ声で鳴けよ、猫王子」







***







「――氷の王子様が来たわよ!」

 校門をくぐると、女子の集団がワッと押し寄せてきた。

「おはようございます王子! これ受け取って下さい!」

「クッキー作ったんです食べて下さい!」

「お弁当を作りました!」

「握手して下さい!」

「一緒に写真撮ってくれませんか?」

「これ、あたしのケータイの番号です!」

「彼女と別れて私とつき合って下さい!」

「あたしは二番目でもいいです!」

「あたし三番目!」

「あたしは召使いでいいです!」

「あたしは下僕でいいです!」

 女子どもの波をかき分けたその先には、大男が待ち構えていた。

「高宮君のためにアップルパイ作ってきたのヨ! 食べてちょーだい!」

「高宮君! ロミオ衣装の仮縫いができたからちょっとこれ袖を通してみてくれ!」

「おはようございます剣道部の部長です! 剣道部の稽古を見学だけでも来ませんか!」

「おはようございます放送部の部長です! 高宮君の美声にシビれました! 放送部に入部して一緒に放送コンクールに出場しませんか!」

 また増えてんじゃねーか。

 見たことない放送部の部長とやらが俺に握手を求めてくる。

 すいませんごめんなさい放送部には入りません。

 群衆の中をもがきながら校舎を目指して進んでいると、

「高宮クンおはよう!」

 ひょっこりと目の前に、猫王子・柚木が現れた。

「あの……この間は色々と迷惑かけてごめんね。ボクが悪かったなって思って、コレお詫びの品なんだけど立花さんに渡してくれるかな?」

 柚木が白い箱を差し出してきた。

 この期に及んでなに考えてんだコイツ。

「いらねーよそんなの。開けたら爆発とかすんじゃねえだろうな」

「そんなっ、違うよ! ああでも信じてもらえなくて当然だよね。じゃあボクが開けるから……」

 柚木が自ら箱の蓋を開けた。

 箱の中に入っていたのは、

「……なにソレ」

 かかとの先が針みたいに細い、黒エナメルのハイヒール編み上げ膝上ロングブーツだった。

「立花さんにこれを履いてもらって、またボクを踏んでもらえたらなあと思って……」

 柚木が頬を染めつつも何だか嬉しそうに言う。

 一体何に目覚めてしまったんだお前は。

「あと、高宮クンのこと、これから『おにいさま』って呼んでもいいかな?」

 だから何の扉を開けてしまったんだよお前は。

 もじもじと恥ずかしそうに話す柚木に、背筋を凍らせていたら、

「――させてなるものかあああ!!」

 柚木の脳天に、かかと落としが直撃した。

 柚木はそのまま地面に崩れ落ちた。

「恭一様、ご無事ですか!」

 倒れた柚木の向こうにメガネ女が立っていた。

 しかし、いつもと様子が違う。

「……なにそのカッコ」

 メガネ女は制服姿ではなく、俺が以前全校集会で借りたロミオ風ヨーロッパ貴族コスチュームを着ていた。

 ダンボールで作ったであろう、剣も握りしめている。

「演劇部の部長さんからお借りしたんですよウフフ。この前、恭一様が着た衣装です! どうですか似合いますか?」

 いや、この際衣装はどうでもいい。

 そんなことよりも、

「お前、メガネどうしたの」

 メガネ女は、メガネをかけておらず、髪も結わずに垂らした状態だった。

「だってロミオコスにおさげメガネじゃあバランス悪いじゃないですか。それにね、私やっと気づいちゃったんですよ!」

「気づいたって何が」

「例え恭一様に破門されたって、私は一生、恭一様をお守りします!」

 メガネ女が剣を構えながら声高らかに宣言すると、周囲のギャラリーから拍手が巻き起こった。

 ――へえ、なるほど。

 つまりお前はアレか。

 俺に破門されたって痛くも痒くもないというヤツか。

 随分と偉くなったモンだな。

「いい度胸してんじゃねえかテメエ」

 俺がニヤリと口の端を上げると、メガネ女は「しまった」と言わんばかりの青い顔になった。

「……な、なんか分かんないけどごめんなさいっ!」

 突然メガネ女がダッシュで逃げた。

「まだ話は終わってねえんだよ!」

 俺も後を追いかける。

「氷の王子が逃げたわよ!」

「王子様待って!」

「王子様、私も連れて行って!」

 女子の集団も一斉にドドドと走り出した。

 やばい。

 これ捕まったら絶対やばい。

 なんか地面も揺れてるし。

 俺は後ろから迫りくる女の大群に心底恐怖を感じた。

「おいメガネ女、もっと早く走れ!」

「ええええこれ以上無理ですよ!」

「来てんだよ後ろからすごいのが!」

「それは私も分かってますけども!」

「分かってんならもっと早く走れ!」

「ちょっと押さないで下さいよ!」

「お前が遅せえからだよ!」

「あのですね恭一様!」

「なんだよ!」

「好きです!」

「知ってる!」

「大好きです!」

「それも知ってる!」

「ちょっと! どうして『俺も大好きだよ』って言ってくれないんですか!」

「言うワケねーだろそんなこと!」


 好きなんて言葉じゃ足りないから。




 ――別れたいの、と中学の時に結構マジな気持ちでつき合ってた彼女にそう言われた。

 でも今は、あの時の俺に言ってやりたい。


 そんなにマジじゃなかったんだよお前は。

 本気だったら、そんな簡単にあきらめられねーんだよ。



 女なんて面倒なだけだって、ずっと思ってたし。


 女とのつき合いは今までスマートにこなしてきたのに。


 コイツと出会ってからは全部が想定外だし予定外だし計算外だし。


 こんなにカッコ悪い男になってしまうなんて、


 未来の大女優に手を出した代償は高くついたと、心底後悔している。


 だけど誰かの「彼氏」になって、幸せを感じたのは初めてのことで。


 俺が出しためちゃくちゃなパスを、何が何でも受け止めてくれるコイツといるのはやっぱり楽しくて。


 こういうのもアリかなと笑ってしまう俺は、頭がどうかしているに違いない。


 この気持ちを何て呼ぶのか、俺は未だに分からない。


 きっと好きなんて言葉じゃ足りない。


 だから俺は、



「――置いてくぞ、真知子」



 名前を呼んでやるよ。



「……きょ、恭一様あああっ!」

「なんだよウルセーな」

「い、今のっ、今のもう一度お願いしますっ!」

「また後でな」

「ちょっと待っ……ふぎゃあッ!!」


 メガネ女が派手にすっころんだ。

 あーあ、知らね。


 後ろの方でメガネ女の断末魔が聞こえる。

 俺は一人、笑いながら走り続けた。

 頭上にはどこまでも広がる青い空。

 こんな愉快な気持ちは初めてだ。

 人生、何が起きるかマジ分かんねーな。










 主従萌え女と氷の王子様 ~恋する主従ガチバトル編~ end

完結です。

最後までおつき合い下さり、ありがとうございました。 水無 仙丸

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