第7話 謎の発生源
暗黙の中、募る苛立ちが彼の意識を叩き起こす。はっきり目を開くと、体は先ほど意識があった時に見た九つの尻尾を持つ女に引き摺られて何処かへ連れていかれるところだった。
「翔翅『翼の影飛』!」
女の手を振りほどくと同時に地面を強く蹴り出して上空へ翔け出し、その場から素早く抜け出した。暫らく空中を重力に乗りつつも浮遊落下をして、着地ーーしかし、着地に失敗し、強く体を打ち付ける形となった。
「ガハッ⁉」
ーークソッ……あの時の腹の痛みが戻ってきた。それに、今までの疲れが……クソッ!
自身の思う中で想像以上に長い一日を過ごしている想刃。その体は確かな経験を全身に刻み込み、覚え、挑み、動き、逃れ、その都度に傷付き、死に逝く時を縮めつつある。
着地直後、ふと気配を察知した想刃は、顔を上げて前を見つめる。想刃の視線の先には自身が助けた少年と、もう一人、背に黒い翼を生やした見るからに化け物類が立っていた。
「誰だあんた等、特にそこの化け物野郎」
「ば、化け物とは失礼な方ですね……。私は射命丸 文です」
女が自身の名前の言い終えた直後、想刃の耳に入った女の名前が想刃の脳内の記憶を漁り出す。その瞬間、想刃の頭の中の"何か"が弦の弾けるような音を立てて切れた。
想刃の中で今まさに明確化した殺意が苛立ちで増幅、及び全身から溢れ出し、止めどなく放たれ続ける。その殺意や威圧は人間の域は勿論の事、妖怪の域すらも超越、神の領域に踏み出すほどだった。
気が付いた頃には自然と体が動き出し、剣が目の前の"天狗"を殺さんとしていた。しかし間一髪で天狗の隣に居た少年が盾を構えて立ち塞がり、剣の攻撃を防いだ。
攻撃を防いだ少年は想刃の攻撃の威力によって同時に吹き飛び、地面を転がる。一方の天狗の文は想刃の全身から溢れ出す殺気の威圧に圧倒され、身動きが執れずにいた。
「あ、あなたは……霧裂 想刃! 紅魔殺し!! まさか、私を……」
「察しているなら死ね。一瞬で殺す、バラバラに粉微塵にする、悪いが、苦しむ暇は無いぞ」
「させるか!」
勇気ある声の主が想刃の前に変な盾を持って現れた。その盾は入れ込まれた黒いラインから光が走り、更に如何にも仕掛けがあるかのように奥行が存在する範囲の狭い盾だ。
「そんな理由で、誰かを傷付けて良い筈が無いだろ! あんた、何者だ!」
「俺は霧裂 想刃。お前の命の恩人だ」
この時、想刃の全身から放たれる殺気が少し薄まり、殺気が薄まった事で文は身動きが執れるようになり、即座にこの場から逃げ出すようにして飛翔した。文が逃げた瞬間、想刃は目で姿を追いながら舌打ちをした。
「恩人? だったら違うな、恩人は自分から恩人だなんて言わない!」
「そう思いたいなら勝手にしろ。口で言ってもわからないなら、な」
言い終えると想刃は剣を地面に突き刺し、少年の方に向かってゆっくりと歩いて接近して行く。少年は左腕の盾をしっかりと構えて想刃に向かって猛然と駆け出す。
その姿は単なる突進、想刃は歩みを止めて立ち止まると、少年の突進攻撃の元である盾を足で左に払い除け、丁度左腕が被っている部分を狙って真っ直ぐに蹴りを放つ。想刃の蹴りは少年の盾の着いている左腕を被らせた状態で左腕ごと胸部にダメージを与え、尚且つ数mの距離へ吹き飛ばした。
「ぬ゛ぅッ!?」
少年は左腕に走る範囲の広い痛みと左腕から抜けて伝わった蹴りのダメージが自身の左胸を打撃する。生身で人の攻撃を直に受けたが、それはもう"人"の蹴りとは言えない重量と丁度盾が守ってない二の腕部位に打ち込む正確さに驚いた。
このまま戦えば確実に自分の方が死ぬと踏んだ少年は想刃から逃げようと全力疾走を開始するも、ものの数秒で周り込まれた。そして直後に少年の眼前に想刃の靴の裏が現れ、風が吹き付け、以降から胸部、上腹部、下腹部にも服の上から風を感じた。
「正中線四連突き。本来なら今、お前は俺のこの蹴りをくらって倒れていた」
「な、何だって……!?」
「敵を目の前にして逃げ出すな、もし勝ちたいと思うなら、全力で倒しに掛かれ。でなければ、お前は俺だけじゃない奴等にも殺される。戦力を奪うだけでも良い、それだけでも有利になる、戦力を奪ってからなら、逃げても良い。戦力が無くなれば、倒す力は相手には無いに等しく、追って来ないからだ」
「えっ……」
「それと敵が単体なら盾は突進では無く直接殴れ。物は使いこなせてこその価値だ、今のお前じゃ俺に勝つどころか、そこ等辺に居る雑魚共に殺られて終わりだ。そして敵とは常に一対一の状況にして闘え。集団で一斉に襲われても大丈夫なのは化け物だけだ」
想刃は一通り生き延びる為の戦い方を少年に口授して、少年を茫然とさせた。少年は想刃の言葉がしっかりと頭に入ったものの、先ほどまで見た理不尽極まりない姿とは違い、無愛想ながらもしっかりとした心遣いが見受けられる事にまた驚いた。
「俺は霧裂 想刃。俺の名は恐らく広く知られているだろうが、覚えておけ」
「ぼ、僕は華千 璃月。よくわからないですけど、以後よろしくお願いします」
挨拶が終わると同時に、想刃は地を蹴って剣が刺さった場所まで一気に翔けて剣を引き抜き、二段目の翔けで空高く消えていった。璃月も痛みが残る左腕を押さえながら戻って行った。
想刃は空中を重力に従って落下しながら、ふと物思いに耽る。自分は何故、少年…いや、璃月を見逃したのだろうかーーまた、何故わざわざ戦いについて口授したのか、自分でもよくわかっていない。
相手の心理を読み取る事は出来ても、自身の心理を理解する事が出来ないとは、奇妙なモノである。これまでも、これからも、自身の敵となる障害となる全てを倒していくのだが、何故璃月にだけはたったあれだけに。
ーー自分が助けたから? 違う、そうじゃない……何かが引っ掛かる、何を隠している、俺の心理は何を隠している?
考えに至るだけでも頭痛がするほど自身の心理の底無しさに想刃は我ながら度肝を抜かれた。幻想郷に来てから全てが変わってしまった、自分の全てが、全部はこの世界が悪い……。
「ーーさて、奴を追うか……」
想刃は木を蹴り飛ばして更に飛翔距離を継続させ、文を追う事にした。まずは自身の情報を口軽く広めた"烏"を駆除する為に、剣をしっかりと握り、文の逃げた軌跡を辿って行った。
『イイね、良い精神の成長具合だ。これからどうなっていくか、楽しみだなぁ。しかし、射命丸も長生きの割に長生きしない仕事をするよなぁ、ま、"実際の"じゃねぇんだし、気にする辺りじゃあねぇな。これが"実際"ならかなり問題だがな、俺がわざわざ動いて無愛想を止めるか、射命丸を暫らく監禁するかしなきゃならん、そうなると面倒だ、二重の意味で。さてと? 璃月とやら、お前はこの世界でどう成長する? 想刃の望む力を身に付けて行くか、"盾"に相応しい力を得るか……愉しみだな』




